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53話『三人は内省する ~ユーリの場合~』

「おねえちゃん!?」

「お、おい、お前らどうしたんだよ」


 祝福するどころか、俺達の存在さえ全く目に入っていないようだ。

 タルテもミスティラもこっちの問いを完全に無視し、服や髪を乱し、顔のあちこちを腫らせ、唇の端や鼻から血を垂らし、互いの顔から目線を切らず火花を散らし合っている。

 痕跡からしてかなり派手にやり合ったようだ。


 ぱっと見、タルテの方がひどい負傷で、呼吸も荒いが、闘志は全く衰えていない。

 脳内物質が出まくってるのか、痛みも忘れているようだ。


 ……なんて冷静に分析してる場合じゃねえな。


「やめてっ! ケンカしちゃダメっ!」


 ジェリーが上擦った声を上げて、両者の間に割り込んで両手を広げた。

 普段だったらこれでほぼ確実に停戦してただろう。

 しかしこの時ばかりは焼け石に水だった。


「お下がりなさい。巻き添えを食いますわよ。この娘は今、見境のつかぬ獣に成り下がってしまったのですから」

「……! なんですって!?」

「獣風情が人の言葉を話すとはどういう了見ですの? この犬!」

「お上品ぶってるんじゃないわよ! この牛!」

「な……っ! もう一度言ってごらんなさい! その口、縫い合わせて……!」

「待て待て、やめろお前ら!」


 両者の間に割り込み、強制的に争いを中断させる。

 その際2人が繰り出した拳をしっかり顎とこめかみに受けてしまったが、この際不問だ。


「ユーリ!?」

「ユーリ様!?」

「いてて……ったく、暴力はいかんよ君達。とにかく少し離れろ。ほれ、2人とも治してやっから」

「ユーリ様、当然このわたくしを優先して治して下さいますわよね?」


 ミスティラが髪を直しつつ擦り寄ってきたかと思えば、


「わたしはいいわ。こんな人の攻撃なんて全然効いてないから。蚊に刺された方が痛いわ」


 タルテは身を遠ざけ、あからさまに顔を背けて引きつった笑みを作った。

 悪意たっぷりの磁石である。


「口の減らない……!」

「はいはい揉めない揉めない!」


 いきり立つタルテとミスティラを引き離しつつ、両手でそれぞれにグリーンライトを使う。

 両手で複数人を同時に治療するのはあまり得意じゃなかったが、上手くいってホッとする。


「もっと平和に行こうぜシスター。ジェリーも悲しんでるぞ」

「おねえちゃんたち、ケンカしちゃダメだよ! 仲よくしようよ? ね?」

「ほれ、愛くるしい花精さんもそうおっしゃってるぞ。つーかさ、せっかく厳しい試練を乗り越えて一人前になったんだから、もっと祝福してくれよな」

「そ……そうだったわね。おめでとうジェリー」

「無事に帰還できたこと、喜ばしく思いますわ」


 2人はぎこちない笑みを作りながら、乱れた衣服や髪を正す。

 ひとまず再戦は避けられたか。やれやれ。

 にしても、相性が良くないとは前々から思っていたが、こんな形で物理的に爆発しちまうとは。


「うむ、遅ればせながら、よく無事に戻ってきた。私は嬉しいぞ」

「……おいアニン」


 そう、そして一番理解できないのは、こいつが部屋の片隅に突っ立ち、平然と事の成り行きを傍観してたことだ。


「お前、何でボサっと見てたんだよ。頼んどいただろ」

「止めてしまえば、御両人の誇りに疵がつく故にな」


 全く悪びれもせず、アニンはしれっと答えた。


「誇りだあ?」

「おっと、詳しい事情については黙秘だ。女人の秘密を詮索するのは感心せぬな」


 ダメだ、話にならねえ。

 もう少し頭を冷やさせてから当事者に聞くか。


「申し訳ありませんユーリ様、この度の戦いの元となった種は禁断の箱に詰め、水中深くに沈めておきたいのです。ただ1つ申し上げられるのは、戦いの口火を切ったのはそこの犬ということですわ。全く、臆病者のくせに手だけは早いものですから……」

「挑発したのはそっちでしょう!? 偉そうなこと言ってるんじゃあないわよ! だいたい……」

「大体、何ですの? 足りないならばお相手になりますわよ」

「このっ……白豚女!」

「だからやめろっつってんだろ。……ったく」


 一喝すべきかと思いかけたが、ここで俺まで怒ったらジェリーが泣いちまう。

 冷静に対応しつつ、力ずくで停戦させるのが上策だろう。

 しっかし、ミスティラにはほとんど言い返せずにいたタルテがここまでプッツンするなんてな。

 余程のことがあったんだろう。


 とりあえず、これはとてもお祝いなんて空気じゃねえ。

 ジェリーには悪いけど、少し待ってもらって、この2人の関係を何とか修復しねえと。


 そのためにまず2人の距離を物理的に引き離さなきゃと考えていると、ミスティラが「用がある」と言い残して外へ出て行った。

 正直、助かった。


 タルテの方はというと、


「……ごめんなさい」


 とジェリーに一言だけかけたきり、椅子にかけ、うつむいて床の一点をじっと見つめ始めた。

 外へ出ないのは、ミスティラと鉢合わせしないようにするためだと信じたい。


 あー、空気が重てえ。

 ジェリーはオロオロして泣きそうだし、アニンはいつも通り飄々としてやがるし。

 まあ、ひとまず再度の暴力は避けられたんだ。

 今の内に策を考えるとしよう。


「ユーリ殿、ジェリー」


 唐突に、アニンが俺達の名を呼んだ。


「長丁場の試練を終えて疲れているだろう。まずは一眠りするといい」

「そんな気分でも状況でもねえだろ」

「まあそう言わずに。横になればすぐに睡魔に襲われよう。案ずるな、御両人が眠っている間は私が責任を持ってタルテ殿とミスティラ殿の壁となるゆえ」


 こいつは……よくもまあいけしゃあしゃあと言えたもんだ。


「この剣に誓って、今度は保証するぞ」

「わたしも誓うわ。余計な心配かけてごめんなさい」


 床を睨み付けたまま、タルテも続く。

 本人が言うなら、信じるべきか。


「さあさあ、兄妹のように仲睦まじく眠るがいい」


 アニンに手を引っ張られ、半ば放り出されるように寝台へと寝かされる。


「いや、俺は別の……」


 別の寝台へ移動しようとしたが、続いてやってきたジェリーがしがみついて胸に顔を埋めてきたため、できなくなった。

 それに少々癪だけど、横になったら本当に耐え難い睡魔が襲いかかってきた。

 ジェリーは早くもくっついたまま寝息を立て始めている。

 まあしょうがねえか、俺も一眠りしよう。

 ろくに寝てないから……まぶたが…………体、が……






 怖い場所に、いつの間にか俺は立っていた。

 背後は底の見えない断崖絶壁で、前方には見渡す限りの荒野。

 更におかしなことには、空は快晴だってのに、しとしとと雨が降り続いていた。


 そして目の前には、2つに分かれた道。

 片方の先には女の輪郭をした光があって、もう片方には大包丁が突き立っているのが見える。


 俺は、どっちを選んで歩いていくべきなんだろう。

 いや、別に悩む必要もないよな。

 両方手に入れればいい。

 実際、さほど難しいことでもないし、普通は両方を選び取って生きていくんだろう。


 それは分かっている。

 だけど……


 やっぱり、怖い。

 自分の性欲が。

 本能に屈するのが、怖くてしょうがない。


 違う。それ以前の問題だ。

 誰かと恋愛関係になることにすら、俺は怯えている。

 どうしても"前世"のことがチラついてしまう。

 嫌悪してしまう。


 所詮は俺も、あの人達と同類なんじゃないだろうか。

 欲望に支配されているだけの、獣と紙一重な人間もどきなんじゃないだろうか。

 そして何より、あの人達のように欲望に負けて、子どもが出来て、俺はその子を愛せるのか?

 他人の子はともかく、自分の忌々しい精神を受け継いだ子どもを、負い目なく……


 陰湿な思考が止まらなくなる。

 馬鹿馬鹿しいと分かっていてもやめられない。


 こんな欲望、捨てられるものなら今すぐ投げ捨てたかった。

 でもそんなこと、生きている限り無理だ。

 "腹が減るのがムカつくから空腹感を捨てる!"と宣言しても意味がないのと同じように。


 だからこそ、せめて清純な付き合い方を望んでいた。

 童貞臭い、乙女の発想だと馬鹿にされようとも、それで自分を正当化して守れるなら。

 性欲よりも食欲、と言っていれば格好がつくし、実際に誰かを助けられもする。


 表面的なことはともかく、地中、その根底にあるものまでは到底誰にも話せなかった。

 でも、本当の俺は、絶対正義のヒーローという生き方に逃げているだけだ。


 怖い、怖い、怖い。

 でも、受け入れなくちゃいけない。

 立ち向かわなくちゃいけない。

 ヒーローというのは、そういうものだから。

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