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52話『ジェリー、花開く』 その2

 ……ん、待て待て待て。

 感傷に浸ってる場合じゃねえぞ。

 まだ1つ、重要な問題が解決してないじゃねえか。


「なあジェリー。魔法が上手くいったのはいいけど、ちゃんと元に戻れるのか? スキケの花は無くなっちまったけど」

「うん。それはへいきだよ」

「そっか、ならいいんだ」

「でも、ちょっと力をつかいすぎちゃったから、体にもどってもしばらくおきられないとおもう」

「ゆっくり寝てていいぜ、俺がずっとそばについて見てるから」

「うん、おねがいしていいかな? ……あっ、そのまえに言っておくね。本当にありがとう、おにいちゃん」


 ジェリーが、深々とお辞儀をする。


「おにいちゃんがいてくれたから、ジェリー、さいごまでがんばれたよ」

「何をおっしゃる。ジェリーが頑張ったからだろ。俺はほとんど見てただけで、全然大したことしてないって」

「ううん、してくれたよ。おにいちゃん、どんな時でもずっと信じてくれたよね? だからジェリー、がんばって、うまくできたんだよ」


 そんなの当たり前だよ、と言いたかったが、言えなかった。

 恥ずかしいことに、もし口に出してたら、声が震えてみっともないことになってただろう。

 代わりに、頬を張った後、親指を立てながら笑って誤魔化した。

 それがおかしい仕草に映ったのか、ジェリーには笑われてしまったが、その方がマシだ。


「じゃあ、もどるね。おやすみなさい」

「ああ、お休み。またな」

「うん」


 目を閉じたジェリーの幽体が、ゆっくりと肉体に吸い込まれていき、同化して消える。


「…………すぅ」


 呼吸や脈、体温が戻り、寝息を立て始めたのが確認できると、自分の目から勝手にポロポロと涙が出てきた。

 ちょっとこれはしばらく止まりそうにない。

 でもまあ、誰も見てないし、嬉しい時の涙だし、ヒーローでも今だけは泣いてもいいよな。

 この子が起きるまでには、ちゃんといつも通りに戻っておかねえと。






 ジェリーが目覚めたのは、夜が明けてしばらく経ってからだった。


「……ん……あっ、おはよう、おにいちゃん」

「おう、おはよう。体は大丈夫か? 隠し事はダメだぞ、いきなりまたスポッ! って魂が抜けちゃったら、ビックリして俺の心臓が止まっちゃうからな」

「うん、だいじょ……」


 言い終える前に、お腹から可愛らしい音が鳴って、恥ずかしげな顔を作る。


「健康な証拠だな。よし、まずメシにすっか」


 飲まず食わず寝ずで見張ってたから、実は俺も結構な空腹状態だった。

 ローカリ教ビスケットに水という、相変わらずの栄養補給優先な献立だが、むしろその方がいい。

 お腹に優しいってだけじゃなく、みんなの所へ帰ったら、美味いものをたらふく食えるし。

 相変わらずビスケットの味に苦そうな顔をしているが、ジェリーの食欲にも問題はないようだ。


「ごちそうさま~」

「……よし、食ったな。動けるか?」

「うん。はやくおねえちゃんたちにも、やったよっておしえてあげたいな」

「ジェリーの活躍を、これでもか! ってくらい語ってやろうぜ。そしたらそろそろ行くか……って、どっから帰りゃいいんだろ」


 空が明るくなるにつれ、周囲の様子も段々と視認できるようになって、あちこち目を走らせたりはしてたんだけど、帰り道っぽい場所はどこにも見当たらなかった。

 ここへ来る時に通ってきた洞窟は出入口が塞がりっ放しだし。

 まさかあの険しい岩山を越えろってんじゃないだろうな。


「あっちにあるいていくとかえれるって」


 良かった良かった、流石に山登りはしないでいいみたいだ。

 花の上を歩いていっていいのか、ジェリーを通じて許可を取ってから、俺達は歩き出した。


 しかしこうしてのんびり移動してるとあれだな、楽園にいるみたいだ。

 景色の美しさ、真っ青な空、ぽかぽかした空気……


「~♪~~♪」


 そりゃジェリーも陽気に歌い出すってもんだ。

 ここがどこなのか結局分からずじまいだが、まあいいか。

 それと不思議なことに、遺体も全て無くなっていた。


 少し進んだところで、どうやって帰るのか、俺にも見当がついてきた。

 咲いている花が、色分けによって特殊な図形を描いていたからだ。


「なるほどな、花たちによる転移魔法陣って奴か。こりゃ凄えや」

「みんな、よろしくね」


 直径約5メーンほどの円の中に入ると、魔法陣を構成する花たちが花弁をぶわっと吹き上げた。

 瞬く間に視界が多彩な吹雪に覆われ、外が見えなくなる。

 とはいえ、驚きこそすれど別段恐怖感はない。


 視界はすぐに晴れた。

 見覚えのある巨木が目の前にそびえ立っていて、振り返れば柵と虚空。

 そして吹き付けてくる乾いた風にリレージュへ、試練開始地点の裏側に戻ってきたんだろうという実感を得る。


「リレージュだ! もどってきたね!」

「走って転ぶなよー。帰るまでが遠足だからな」

「はーい!」


 樹の正面側まで回り込むと、始める時に入口を開けてくれた花精の男が待っていた。

 亡くなった人が運ばれてきた時もそうだったけど、何らかの手段で俺達が帰還する時機を把握してるんだろうな。

 姉ちゃんの方はいないみたいだ。


「ナータとコデコの子・ジェリー=カンテ」

「はいっ」

「よくぞ無事に戻られました。証たるヴェジの枝を見せて頂けますか」

「これです」


 男はヴェジの枝を受け取り、内面に宿るものを探るように目を閉じる。

 そしてすぐ、にっこりと微笑んで、


「……ふむ、慈悲に満ちた、温かな力が宿っている。枝が雄弁に語っていますよ。数々の苦難を乗り越えたのですね。見事です」

「ありがとうございます!」

「試練の後でお2人ともお疲れでしょうが、もうしばしのご辛抱を。こちらへ」


 そう言って、俺達を別の樹へと連れていった。

 タルテたちのことを尋ねてみたが、来ていないとのことだった。

 まあしょうがねえか、俺達がいつ戻るかなんて分からねえもんな。


 建物になっている樹の中は、小さな礼拝堂のようになっていた。

 くり抜かれた壁から日光がたっぷり注がれる仕組みになっていて、置かれている祭壇や椅子などを照らしている。


「ではこれより、"開花の儀"を執り行います。ジェリー=カンテ、ヴェジの枝を手に持ち、祈りなさい」


 俺を椅子に座らせた後、男が美しい花々で飾られた祭壇の前に立ち、命じる。


「あなたはこの時を以て蕾の期間を終え、開かれし一輪の花精となりました。本分たる調和・繁栄・衰微の原理を忘れず……」


 つらつら並べ立てられる語句はあまり頭に入ってこなかったんだが、途中で花冠を被せたり、水を振りまいたりと、それらしき行動と併せて見ていると、何だかジーンと来るものがあるな。

 もしかして娘の結婚式を見守る父親って、これと似たような気持ちだったりするのか?


 それはさておき、つくづくジェリーはよく頑張ったと思う。

 この気持ちは決して欲目なんかじゃない。断言できる。

 やばいやばい、また目頭が熱くなってきそうだ。


 儀式は簡素で、思ってたよりも遥かに早く終わった。


「――以上をもちまして、"開花の儀"を終了致します。お疲れ様でした。なるべく早く、御両親や里の人々に報告してあげなさい」

「はいっ!」

「お世話になりました」


 最後に認定書入りの筒を受け取り、俺達は樹を出て、浮島を後にした。


「あの人が言ってた通り、早くトラトリアに戻ってみんなを喜ばせてやろうぜ」

「うん!」


 ああ、でもその前にまずはメシだ。

 ローカリ教ビスケットを食って抑えたはずなのに、もう腹が減ってしょうがない。

 やっと全部終わったっていう開放感もあるから尚更だ。

 時間帯も昼時でちょうどいい。


「おなかすいちゃったね」

「もう腹と背中がくっついちまってるよ」


 俺の胸にもたれかかりながら、ジェリーが同意を求めてきたから、全力で肯定した。


「おにいちゃんはなにが食べたい? ジェリーはね、あまいケーキをたくさん食べたいな」

「おいおい、いきなり甘味行っちゃうか? でもいいな、俺も直に糖分を補充したいな。一緒に食べるか」

「うん、ジェリーが、"あーん"ってしてあげるね」

「そりゃ楽しみだ」


 大鳥の背でそんなやり取りをしているうちに、地面に着く。

 向かうはプスラ寺院。あとはもう寄り道も障害もなく、一直線に帰るだけだ。






 心配しながら待っているタルテたちに元気な顔を見せ、祝福の言葉を受けて、美味いメシを食う。


「うーっす、戻ったぜ……」


 そんな未来図は、一瞬にしてどっかに吹き飛ばされていってしまった。


「……え?」

「はあ?」


 帰還した俺とジェリーの目に映ったものは、ボロボロになり、息を切らせ、怒りを迸らせて互いに睨み合うタルテとミスティラの姿だった。

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