表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/300

51話『ジェリー、未だ蕾』 その3

「――あったよ!」


 少しの時間が経過した後、ジェリーが短く細い棒を掲げて声を上げた。

 予想が的中しただけじゃなく、思ってたよりかなり早く見つけられた。ついてるな。


「でも……」


 が、言いよどむ。


「どうした!?」

「枝から、力をかんじないの! 元気がなくなってる! これじゃ……」


 なんてこった、それじゃあただの枝じゃねえか!


「あっ、でも! もしかしたら……やってみたいことがあるの!」


 何を、と聞きたかったが、既に集中を始めていたからやめた。

 それに、魔力を高めている姿を見れば、大体の想像はついた。


 すなわち、枝そのものに"花吹雪く春息吹"を使うか、あるいはあの魔法か……


「――声無き者達には実りを以て愛を示し」


 後者みたいだ。


「雄弁な我には実りを以て繁栄を与えよ、共存共栄、架け橋となる"温かき緑手"」


 花による浸食を感じさせない、優しい声音で紡がれた魔法が発動すると、小さな両手に握られた枝が緑色の光を帯びていく。


「んんんん……っ!」


 かなりの魔力を込めているんだろう。

 目をきつくつぶり、額や頬には珠の汗が浮かんでいる。


 頑張れ、頑張れジェリー!

 見守るしかできないのが歯がゆい。


「…………ぁっ!」


 絞り出すような声を上げた後、枝が、一瞬の閃光を放った。

 その後は何も起こらない。

 ジェリーも、魔力の注入を止めていた。

 もう必要ないからだ。

 一見形や色は変わってないが、生命力が蘇っているのが、魔法が使えない俺にもはっきり分かる。


 死にかけていた枝が、ジェリーの手で、生きたヴェジの枝に戻ったんだ。


「あっ……」

「おっと」


 だが、かなりの代償を必要としたらしい。

 抱き止めたジェリーは、かなり衰弱していた。

 尋常ではないくらい、体も熱くなっている。


「よしよし、よくやったぞ。第一段階突破だ。次は指輪で魔力を回復しような」


 急がせるのは少々酷だって分かってるが、時間が経過するほど花に生命力を削られてしまう。

 何とかこらえてもらうしかない。


「……うん、がんばるよ」


 ジェリーの声と瞳には、固い意志の力が宿っていた。

 紐を通して首から下げた指輪をぎゅっと握り、魔力を補充する。


「さっき魔法をかけたとき、枝からね、声がきこえたの。まえに持ってた人の声。"がんばって"って……! ジェリー、まけないよ!」

「そうか」


 前の持ち主は、きっと優しい人だったんだな。


「……ありがとうございます」


 届かないと分かってるが、礼を言っておく。

 とりあえず第一段階は突破、ヴェジの枝は手に入れた。

 次は"花吹雪く春息吹"の発動だ。

 しかし、何を蘇らせる?


「……だいじょうぶ、どうすればいいか、もうわかったから」


 ジェリーの中には、もう答えがあるようだった。


「思い出したの。おじいちゃんからおしえてもらったこと。"治すことと壊すことは表裏一体"だって」


 俺の頭でも理解できた。

 つまるところ、水をやりすぎた花が萎れるのと同じ原理だな。

 魔法で過剰に生命力を注ぎ込んで、生きているこの花たちを"殺す"って訳だ。

 萎れるのか枯れさせるのか、具体的にどうなるのかまでは分からないが。


「おにいちゃん、もうちょっとだけ、がまんしてほしいの。ぜったい、魔法をせいこうさせるから」

「ああ、皆まで言うなって。あんま腹ペコにさせないでくれよな」


 おどけて言うと、くすりと笑われる。

 そして、ヴェジの枝を右手に握り、集中を始めた。


 "花吹雪く春息吹"は上級魔法だから、相当量の魔力が必要なはずだ。

 試練前にやった検査で、発動に必要な魔力を持っているのは証明済みだが、今の体力を消耗した状態でやれるかどうかが問題だ。


 でも、俺は信じている。

 見守る覚悟はできている。

 ジェリーは絶対、成功させるってな。


「ん……」


 魔力が高まっていく。

 さっきの"温かき緑手"よりも、ジェリーが使える最大魔法である"蒼鳴りの剣"よりも強く、大きく。


「んん……っ!」


 ひどく苦しそうだ。

 無理もない。

 今もずっと間断なく、花から邪気だか毒みたいなものが飛び続けていて、俺達の生命力を容赦なく奪い続けている。

 正直、俺の方も段々しんどくなってきた。

 諸々の症状はどんどん酷くなってきている。

 足元がおぼつかなくなってきて、真冬の夜に全裸で放り出されたかのような寒気が襲い続けている。

 心臓の辺りが痛い。

 鼓動の音がうるさい。

 視界が揺らいで滲む。


 咳き込みそうになるのを、何とか抑え込む。

 ここで弱ってる所を見せちまったら、きっとジェリーは動揺して焦っちまう。

 俺はジェリーの足を引っ張るためじゃなく、守るためについてきたんだぞ。

 負けてたまるか。

 ただ静かに、信じろ。


 魔力を溜め始めてから結構な時間が経過したが、まだ詠唱を始めない。

 一定量から増えてはいないから、恐らくもう必要量には達しているはずだ。


 想像が上手く行ってないんだろうか。

 体調悪化に加えて、始めて使う魔法だからな。

 いくら事前に脳内学習を繰り返していても、実戦でその通り円滑に進められるとは限らない。


 手助けしてやりたいが、何もできない。

 黙って信じ、祈り続けるだけだ。


「…………っ!」


 いよいよか。

 ジェリーがすうっと息を吸い込み、枝を握った手を夜空へ掲げた。


「――春を待たずして枯れ死んだ無辜の生命」


 かすれた声で紡がれる詠唱。


「――何を思い土に臥し続ける、喜びを知らず飲まれるのか」


 よしよし、頑張れ。


「無念すら抱かず還り逝くのか、芽吹……く……っ!」


 しかし、途中から明らかに声の調子がおかしくなる。


「げほっ、ごほっ……!」

「ジェリー!」


 とうとう詠唱が止まってしまい、膝をつき、激しく咳き込み出す。

 高まっていた魔力が、空気中に散って消失してしまった。


 とはいえ、あれだけ魔力を高めておきながら、暴発しなかっただけマシだ。

 攻撃的な魔法でなかったのが幸いしたんだろう。

 それより、ここまで体を蝕まれてたなんて。まずいな。


「大丈夫、大丈夫だから。ちょっとずつ飲んで、口の中を湿らせな」


 背中をさすりながら、水を少しずつ与えていくと、気休め程度だが緩和した。

 でも、失った体力や魔力までは戻らない。


「よしよし、次は魔力だ」


 指輪を握らせ、失った魔力を回復……


「あっ……!」


 ジェリーの短い悲鳴。

 なんと、指輪全体にヒビが入ったかと思うと、ボロボロに崩れ去ってしまった。

 きっと使いすぎたからだ。


「ど、どうしよう……こわれ、ちゃった……」


 魔力が充分に回復したようには見えない。

 こいつはちょっと、しんどい状況になっちまったかもな。


「母ちゃんには俺も一緒に謝るよ。さ、もう一回頑張ろうぜ。立てるか? きつかったら俺が支えるからな」

「ご、ごめん……ね……っ……けほっ」

「謝らなくていいんだぞ。俺は全然平気だからな」


 だが、ジェリーは弱々しく首を振って、


「……もう……ダメ、かも…………しっぱい、して……ちから、入らなく、なっちゃった……」


 涙をこぼし始めた。


「……けほっ、ご、ごめん、ね……ダメな、せいで、こほっ……おにいちゃん、まで……」


 どんどん衰弱していき、泣きながら謝罪を繰り返す小さな女の子の姿を見ていると、こっちまで泣きたくなってくる。

 耐えろ。

 ここで俺まで泣いたら、本当に全部終わっちまう。

 諦めるな。

 心の萎れたこの子を、どうやってもう一度立ち上がらせる?

 叱咤か? 鼓舞か?


「ママ……パパ……」

「そうだろ、母ちゃんや父ちゃんに会いたいだろ?」


 返事は、激しい咳と震え。

 グリーンライトをかけてみたが、やっぱりダメだった。


「……ぁっ……っ……」


 それどころか、どんどん生命力が奪われていく。

 段々進行が早く、厳しくなっている気さえする。


「しっかりしろ! こんな所で、こんな所で終われないだろ!?」


 冷たくなっていく体。

 細く、少なくなっていく呼吸。

 焦点が定まらない瞳。


「ジェリー! ジェリー!」


 きっと今、この子は想像もつかない苦しみを味わっているだろう。

 それなのに。


「……い、じょうぶ」

「ジェリー?」


 まるでこれまでの全てが嘘だったかのように。

 演技だったかのように。

 腕の中の小さな女の子は、微笑んだ。

 苦しみが全部消えたかのように、安らかに。


「……かった……か…………ら……」

「何を?」


 しかし、ジェリーは答えてくれなかった。

 微笑んだまま、まぶたを閉じ、身体から全ての力が抜け、それきり時の流れから切り離されたかのように、全ての動きを止めてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ