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51話『ジェリー、未だ蕾』 その2

「行くぜ」


 と促し、俺が前に立って前へと進んでいく。

 結構幅が狭いため、大包丁は抜いていないが、問題はない。

 敵の気配が全くしないからだ。

 それに、流石に食事前よりは効力が低下しているものの、餓狼の力も使える。


 とは言っても、そもそも身構えることもなかったみたいだ。

 通路の終わりと思われる場所が、思いのほか早く見えてきた。

 前方のある地点から花の灯りが途切れていて、更には奥からこちらへと、妙に生温い、微かな空気の流れが肌に伝わってくる。


「……この先にあるのが、さいごのしれんだって」

「この花たちが言ってるのか?」


 こくん、と頷きが返ってくる。

 次でいよいよ最後か。

 さっきの部屋で休んどいて正解だったな。


「やっとだな。あと一息だぞ」

「うんっ、いこっ!」


 力強い言葉が、狭い通路内で一際大きく響く。


「おーし、元気一杯になってるな」

「まかせてっ!」

「おっと、慌てるなよ。張り切るのはいいけど、手足は冷静にな」


 ジェリーが少しずつ早足になりだしたのを制し、警戒は解かないまま、出口を目指す。

 どうやら道を抜けた先も暗いようだ。

 慎重にならねえと。


 足元を確かめながら、花の灯りが途切れる場所まで近付くと、もうここで洞窟自体が終わりになっているのが分かった。

 つまり、外はいつの間にか夜になっていたらしい。

 ここまでの経過時間を考えれば自然な話だ。


 振り返り、ジェリーの安全を確認し、頷き合ってから、俺達は外へ出る。


「わぁ……」


 幻想的な光景だった。

 開放感を伴って俺達を待ち受けていたのは、月と星空、湿気と仄かな甘さを孕んだ微風、そして地面いっぱいに咲き乱れる灰色の花。


 闇が濃くて遠くの方はよく見えないが、周囲を山で囲まれた地形らしい。

 とはいえ、先の闘技場とは比較にならないくらいの広さだ。

 いかにも最終試練に相応しい場所だと思った。


 しかし、決して美しいだけの場所じゃない。

 理由を具体化することはできないが、本能がそう言ってる。

 肌から鼻から、警告が送られてくる。

 ほとんど自然にホワイトフィールドを張っていた。


「しらないお花なの」


 地面を見たジェリーが戸惑いの声を上げる。

 花精が知らないんだから、当然俺も分からない。


「でも、すごくよくないかんじがする……」

「ここで何をすりゃいいのか、言ってきてないのか?」


 頷きが返ってくる。

 自分で考えろってことか?

 だったとしても、一切手がかりなしでやれってのは……


 とりあえず、現状把握が先決か?

 もうここはリレージュじゃねえだろという突っ込みさえする気にならない。

 それと……空気が薄くはないから、標高の高い場所ではないな。

 気になるのは湿気だ。

 フラセースは基本的に乾燥しがちな気候だったのに、この場所はけっこうジメジメしている。


 ああ違う違う、試練に関係ない方向に考えを進めるな。

 えっと、ここが最後ってことは、この場所で目的の魔法"花吹雪く春息吹"を覚えろってことだ。


 "花吹雪く春息吹"は生命力を失った、つまり枯れた植物を蘇らせる風系統の魔法だ。

 こんな危険そうな花どもが元気モリモリに咲き乱れてる状況で、一体何を蘇らせるってんだ……?


 やっぱりコデコさんやエレッソさんの時とは違っている状況だ。

 2人の時の最終試練は、枯れた大樹を蘇らせるというもので、まさしく魔法の本分を全うさせる内容だったらしい。


 今回、ジェリーの場合はどうなんだ?

 枯れている植物なんか全然見当たらない。

 しかし、実践を通じて魔法を習得する、という本質は変わらないはずだ。


 というかそれ以前に、今の状態ではジェリーは"花吹雪く春息吹"を使えない。

 発動に必要なもの――"ヴェジの枝"という魔具が欠けている。


 ヴェジの枝はトラトリアの里で実物を見せてもらったことがあるが、木でできた、指揮棒くらい短く細い杖だった。

 試練を始める前、受付の人が"最後の試練で手に入る"的なことを言ってたっけ。

 となると、この場所のどこかにあるはずなんだけど……樹らしきものすら見当たらない。


 まさか、この花畑を這いつくばって探せってか?

 んな砂漠の上で砂金を探すようなことを……

 いや、もっと効率のいい方法があるはずだ。


 枝……枝といえば……

 お、そうだ。


「ジェリー、ヴェジの枝の声を聞くことってできるか?」


 尋ねてみると、あっという声を上げて、


「やってみる!」


 という答えが返ってきた。

 ホワイトフィールドを維持しながら、絶え間なく聞こえる風の音にしばし耳を傾けていると、


「……ここのお花がじゃましてきて、ききとれない」


 という結果が戻ってくる。

 意地悪な奴らだな。

 さて、お次はどうしたもんか。

 ちょっと寒くなってきたし、あまり時間をかけたくはないな。


 ……ん、ちょっと待てよ。

 風は生温いままだってのに、寒くなったっておかしくねえか?

 それにこの寒さは何だか、肌じゃなくて体の内側からやってくる感じだ。


「……ッ」


 急にこめかみが、定期的に殴られているように痛くなってきた。

 加えて、喉の奥がイガイガというか、ヒリヒリと熱を持ち始め、体の節々も痛み出してくる。


 おかしいぞ。

 病気、っつーか風邪に似てるけど、こんな急に症状が出るもんか?

 そもそも俺は滅多に風邪すら引かないってのに。


「ぅぅ……っ」


 前触れなく、ジェリーが苦しそうな声を漏らし、縮こまらせた体を震わせ始める。


「……くそっ!」


 何でもっと早く気付かなかった!


「この花の仕業か!」


 人体に悪影響を及ぼす、目には見えない花粉か邪気か何かを飛ばしてやがるんだ!

 ホワイトフィールドは円蓋状が基本形だから、地面方向までの対処ができない。

 いやそもそも、仮に球状だったとしても、極微細なものを完全に遮断できただろうか。


 どうする。

 花は彼方まで延々と敷き詰められてるし、ブラックゲートでもダメだ。

 一度洞窟に避難するか。


「……ふざけやがって!」


 と思った直後、図ったかのように崩落が起こり、出入口が塞がれてしまった。

 避難がダメなら、回復か緩和だ。


「ジェリー! 大丈夫か!?」

「うん……ちょっとさむくて、体がいたいけど、へいき、だよ」


 微笑みが弱々しいけど、まだ大丈夫そうだ。

 とはいえ、悠長にはしてられない。

 グリーンライトを使ってみる。


「……どうだ? 楽になったか? 気を遣わないで、正直に言っていいからな」

「……かわって、ない」


 ひどく言いづらそうに答える。

 毒じゃないのか? 細菌か?

 それか、グリーンライトが効かない毒なのか?

 どっちにしても厄介だな。


 レッドブルームで花をまとめて焼き払いたいが、俺達まで危険に晒されちまう。却下だ。

 クリアフォースで地面ごと花を削り飛ばしても、この広さじゃ焼け石に水だろう。

 それに、ヴェジの枝まで破壊してしまう危険性がある。


 八方塞がり、という言葉が頭をよぎる。


 いや、弱気になるな。

 俺はヒーローだぞ。

 何より絶対ジェリーを守るって、この子の両親にも約束しただろ。

 絶対に打開策はあるはずだ。

 落ち着け。

 何か手がかりは……


 激しくなってきた動悸のうるささにも妨害されながら周囲を見渡すと、近くの地面に何かが映る。


「…………!」


 花に覆い隠されるような状態で転がっていたのは、白骨化した遺体だった。

 この最終試練に敗れた花精や、付き添いの人たちだ。

 より目を凝らすと、何人、いや十数人と、あちこちに点在していた。


 試練開始直前に運ばれてきた人たちは、帰れただけまだ幸運だったんだな。

 ここにいる人たちは、ボロ布と化した衣服や、道具を残したまま……


 ……道具?


「……そうだ!」


 閃いた。

 可能性としては心もとないが、何もせず徐々に消耗していくよりはいい。

 もしかしたら、誰かが……


「ジェリー、もう少しの我慢だ! 枝を見つけられるかも!」

「どうやって!?」

「ここで亡くなった人達が持ってるかもしれないんだ! すんません、失礼します!」


 亡くなった人の物を漁るのは申し訳ないが、場合が場合だ。

 とにかく探せ。

 花にトゲがついてたり、変な汁を飛ばしたりしてこないのが不幸中の幸いだ。


「ジェリーもさがすよ!」


 なんと、ジェリーも体を屈めて遺体を調べ始めた。


「だって、ジェリーのしれんだもん! おにいちゃんにばかり、つらいおもいをさせられないもん!」

「……分かった、頼む!」


 そうは言ったものの、胸にしこりが残る。

 ジェリーの覚悟は大いに買うが、やっぱりなるべくなら小さな子にこういうことをやらせたくはなかった。


 じわじわと症状が悪化していくのを自覚しつつも、調べる速度を上げる。

 腐敗臭も虫もないだけマシとはいえ、あまり気分のいいもんじゃない。

 でも気にしてる場合じゃない。

 急がねえと。

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