8話『ユーリの特殊能力講座』 その2
「えっ?」
「お、どうした」
「なんか今、頭の中でユーリの声がしたような……」
――やーい、タルテのオタンコナス!
「だ、誰がオタンコナスですって!?」
「は? 俺は何も言ってねえぞ」
もう少しだけいじってやろうと思ったのに、タルテはすぐ気付きやがった。
「……あ! 分かった! これもあんたの"力"の仕業ね!?」
――ご名答。これが"ブルートーク"だ。お前もやってみろよ。頭の中の声を俺に強く飛ばす感じでさ。
――これでいいの? 届いてる?
――ああ、聞こえてるぜ。せっかくだから卑猥なことを言ってみろよ。大丈夫、心の中だから恥ずかしくないぞ。
――バカじゃないの!?
「ぐお、頭痛ぇ……叫ぶなって」
「あんたが変なこと言うからでしょ」
「言ってねえよ。声に出してねえじゃん」
「そういうのを屁理屈っていうの!」
「はいはいすんませんした。……付け加えとくと、"通信"できるのは俺がブルートークを発動させてる時だけで、それと心を読んだりはできないから安心しろよ」
ここ、一番重要だと思うので、真面目に説明しとかなきゃな。
「ええっと、後は……あれか。台所にぶら下がってるあそこの手鍋を見てろよ」
タルテの視線が俺の指差した先に向く。
俺も同様に、底部の焦げ付きがくっきり見えるほど手鍋をじっと見つめ――意識を集中させる。
力は最小限に絞って。
やりすぎて散らかしちまったら、またタルテが神経キリキリ言わせちまうからな。
頭の中で引き金を引いたすぐ後、カァンと鐘を衝いたような音が鳴り、手鍋が振り子運動を始めた。
「動いた! ……でも風系統の魔法、じゃないのよね」
「見えない力の塊を利用する技だ。ちなみに名前は"クリアフォース"な。今みたくぶつけるだけじゃなく、動かしたりするのに使うこともできるんだぜ」
「ねえ、そういえば、他に使い手がいないのにどうして名前が分かるのかしら。それも突然浮かんだの? それとも自分でつけたの?」
「俺の命名だ」
「ふうん、別にいいんじゃないかしら」
何とも奥歯にものを挟んだような言い方が気になるが、残りの説明に移ろう。
「後は、物理的な攻撃だろうが魔法だろうが遮断する"ホワイトフィールド"と」
「周りに白い薄布みたいな膜ができた!」
「遠隔操作で火を起こす"レッドブルーム"」
「何もない空中に火がついた!」
「これで全部な」
「えっと……瞬間移動する"ブラックゲート"、傷を治す"グリーンライト"、頭の中で会話できる"ブルートーク"、目に見えない力を使う"クリアフォース"、防御できる"ホワイトフィールド"、火を起こす"レッドブルーム"の合計六つが、ユーリの"餓狼の力"ってことね」
「最後にまとめてくれてどうも」
一気に説明しつつ喋ったら、空腹感が更に激しくなった気がする。
やることやったし、さっさとメシにするか。
買ってきたハーブ鶏肉のサンドイッチが冷めちまう。
「全部説明してもらった後に聞くのも悪いけど、いいの? 喋っちゃっても」
しかしタルテ的にはまだ全部に納得してなかったようだ。
更に質問を重ねてきた。
「いいんじゃね? 別にバレたって不都合がある訳じゃねーし。何かありゃ、そん時はそん時だよ。どうにでもなるだろ」
「楽観的ね」
「悪いかよ」
「ううん、ユーリのそういう所、す……いいと思う。分かりやすくて信頼できるわ、力を悪用しそうにないって。いたずらはどうかと思うけどね」
「バ、バカ野郎、当たり前だろ。俺はスーパーヒーローだぜ。いいことに使うに決まってんだろ」
「なあに、照れてるの?」
「そんなんじゃあねーって。ほら、メシにしようぜ」
ったく、何を言い出すんだか。
「……ねえ、もう一つだけ聞いてもいい? 答えたくなかったら、別にいいんだけど」
ハーブ鶏肉のサンドイッチとフライドポテト、サラダ、ミルクをたっぷり入れた紅茶を全て胃袋に送り込んだ時、タルテが切り出してきた。
「どうした? 今更遠慮なんかしなくてもいいだろ」
「気を悪くしたら悪いなって思って」
「今の俺は美味いものを食えて満足してるから、何を聞かれても平気だぜ」
冗談めいて言ったことで、タルテはようやく本題に入った。
「わたしたちが最初に会った時、周りにいた人があなたのことを『人切り包丁』って言ってたじゃない」
「あー、言ってたな。何だ、そこを気にしてたのか」
「……ごめんなさい」
「謝るこたねえよ。別にやましいことはないからな。俺、普段はファミレの外の警備とか、商人や荷物を護送する仕事とかもしてんだけど、そうすると野盗とやり合う羽目になることも多々あるだろ。それでだよ」
「そうなんだ。周りの人に言われた時、けっこう本気で否定してたように見えたから、気になっちゃって……」
「確かに正直、人切り包丁なんて嬉しい呼ばれ方じゃあねえんだよな。好き好んで切ってねえし」
にしても、つくづく真面目ちゃんだな。
そんなことをまだ気にかけてたとは。
「せめて『大包丁のユーリ』ぐらいにしてもらいてえもんだ。つーことでタルテも是非、大包丁の方で呼んでくれ」
「……分かったわ、大包丁のユーリさん」
タルテの表情が、やっと緩んだ。
「戻ったぞ」
と、唐突に家の玄関の扉が開く音がして、外出していたアニンとジェリーが帰ってきた。
「早かったな。もうちょっと遅くなると思ってたのに」
「見たい気持ちより見せたい気持ちが優先したのでな」
アニンが両肩をすくめるように持ち上げ、首を斜め後ろにひねって、
「ほらジェリー、恥ずかしがらずに」
自分の背中に隠れていたジェリーをそっと前へ押しやる。
「え、えっと……ど、どう、かな?」
新しい衣装に身を包んだジェリーが、モジモジしながら上目遣いで聞いてきた。
「へえ、可愛いじゃんか! よく似合ってるよ」
「ほんと!?」
「ユーリ兄ちゃんはウソをつかないぞ」
本当にお世辞ではない。
真っ白でふわふわしたワンピースが、色白の肌や薄紫色の髪とよく調和してるし、背中で結ばれた大きな青いリボンがまたいい具合に目を引く。
かわいすぎて、また良からぬ輩にさらわれたりしないか心配になるくらいだ。
「髪のリボンも服に合わせた色にしたんだな。いい組み合わせじゃん」
「む、その通りだ。流石はユーリ殿、目端が利く」
「そんぐらい見りゃ分かるって」
「えへへ」
モジモジから一転、ジェリーは全身を見せつけるように一回転し、花が咲いたような笑顔を見せる。
喜んでるようで何よりだ。
「あのね、さっきまでアニンおねえちゃんといっしょにいろんなところを見に行ったんだよ! ジェリーのおうちの近くよりもたくさん人がいて、たてものもいっぱいあって、それで……」
それに、幼いながら意外と心の強い部分があるようで、石化させられていたことによる精神的な悪影響は思いのほか少なく、寝食も普通に行えていた。
こうして興奮気味に、未知の場所を楽しめてすらいる。
この点は本当に良かったと思う。
「そっかそっか。じゃあ次は俺も加わって、もっと楽しいとこに連れてってやるよ。約束のケーキ、食べに行こうな」
「うんっ! ジェリー、ケーキ大好き!」
「ときに、タルテ殿は服を新調しなくてよいのか」
「ええ、わたしはこれでいいわ」
タルテはジェリーに笑いかけながら、かけているケープをそっと握った。
遠慮しているというより、単に気に入っているのが理由なようだ。
だったら俺から言うことは何もない。
しかし。
戦士のくせに露出の高いアニンと、肌色率の低いタルテ。
つくづく正反対である。
別に他意はないが、つい見比べてしまう。
「悪かったわね、地味なつまらない服装で」
「うおっ!?」
な、何でブルートークを使ってないのに、考えを読まれたんだ!?
「ユーリ殿、女子を目だけで品定めするのは感心せぬな」
「な、何のことでしょう」
すっとぼけてみたが、ムダだった。
「バレバレなのよ、そのいやらしい目」
「いやらしい……? いやらしいってどういう意味なの?」
「小さな子もいるんだからマジで勘弁して下さい!」
そんなにジロジロと見た覚えはねえんだけどなあ。
その辺のさじ加減はさておき、早々に展開を切り替えるに限る。自分を戒めつつ。
くわばらくわばら、ってやつだ。