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51話『ジェリー、未だ蕾』 その1

 ツタ梯子を降り切って侵入した洞窟の迷宮でも、幾つかの試練が俺達を待ち受けていた。

 人間大のワラ人形がワラワラ出てきたり、他には落とし穴が幾つもある広間や、決められた手順で操作棒を切り替えて進む、からくり仕掛けの吊り橋群……


 一筋縄じゃいかないものばかりだったが、ジェリーとこの俺が力を合わせりゃ、突破できない試練なんかない。

 簡単、楽勝って奴だ、ふふん。


 ……ただ。


「悪いジェリー、ここでメシにしないか? 我慢できなくなってきちまった」


 幾度か休憩を挟んだため、俺もジェリーも体力的に問題はないが、空腹の方に耐えられなくなってきた。

 餓狼の力は強くなるが、これ以上腹を減らすと、満足に動けなくなっちまう。

 その辺の兼ね合いを考えなきゃいけないのが、この力の数少ない欠点だな。


「うん、ジェリーも、おなかペコペコになっちゃった」


 満場一致。

 という訳で、ここで一旦食事を取ることにした。

 開始から大分時間が経っている上、ちょうど試練も一区切りついてる状況で、時機的にもいい具合だ。

 おあつらえ向きに、今俺達がいる所はちょっとした居住空間みたくなっていた。


 広めの居間ほどの空間にちょっと手を入れて作ったようなここもまた、不思議な場所だった。

 誰も住んでいる気配がないってのに、壁に灯りがついているし、簡単な家具類なども置かれている。

 ここで休めっていう取り計らいだろう。利用しない手はない。

 食糧や水もあればなお良かったんだけど。


 持ち物を下ろし、木製の簡素な椅子に座ると、つい気が緩みそうになってしまうが、すぐ引き締め直す。


「アレを食べてみようぜ」

「そうだね」


 ジェリーが鞄を探り始め、黒っぽい色をした長方形のビスケットを取り出す。

 試練の前にミスティラからもらった、ローカリ教の修行者が口にするという保存食だ。

 曰く、2枚食べれば必要な栄養を1食分、しっかり摂ったのと同じ効果を得られるらしい。


「俺は1枚でいいや」

「はーい」


 理由は言うまでもなく、空腹感を満たさないようにするためだ。

 餓狼の力が使えなくなっちまったらまずいからな。


 お互い目が合い、どちらともなく祈りを捧げ始める。

 ローカリ教の食前儀礼が、すっかり習慣になっていた。


「いただきます」

「いただきまーす!」


 以心伝心したように俺達2人、同時に祈りを止め、同時にビスケットを口へと運ぶ。

 咀嚼。

 ザクザク、という音が空間に響く。


「……にげぇ」


 食感こそ乾パンみたいに固くサクっとしているが、想像以上の苦さだった。

 食べ物というより、薬の味だ。


「…………」


 ジェリーも、何も言わなかったものの、可愛らしい顔を歪め、すぐさま水筒を口にしだす。

 最近はめっきり見かけないが、ミスティラの奴、よく平然と食ってたな。


 だけど、確かに効果は並々ならぬものがあった。

 苦さで空腹感を紛らわす効果があるんじゃないかと思ったが、そうじゃなくちゃんと栄養があって、不思議と噛めば噛むほど体の内側が満たされていく。

 長時間有酸素運動を行った後に炭水化物を摂った時のような、すぐさま栄養に変換、吸収されていくあの感覚に近い。


「えいよう、いっぱいなんだよね」


 笑顔を作りながらも、ジェリーは水と一緒に少しずつ、ビスケットを食べ進めていた。


「ああ、なんせローカリ教の特別製だからな」

「ねえ、おにいちゃん。きいてもいい?」

「ん?」

「これからもちゃんとえいようとったら、ミスティラおねえちゃんみたく、おっきいおっぱいになるかなぁ?」

「ぶっ!」


 思わず、口の中にあったビスケットを噴き出しそうになる。

 いきなり何を……と思ったが、平らな胸をぺたぺたしながら言うその瞳は、とても真剣だった。


「ねえおにいちゃん、どうかなぁ?」

「あ、ああ、まあ、そうだな……好き嫌いしないでちゃんと食べればいいんじゃないか」

「そっか、よかったぁ!」


 何故か喜ぶジェリー。


「だっておにいちゃん、おっきいおっぱいのほうが好きなんでしょ?」

「ぶふっ!」


 今度は堪えきれず、少し中身を出してしまった。


「だ、誰だよそんなこと言った奴は!」

「えっ、だっておにいちゃん、ミスティラおねえちゃんとかアニンおねえちゃんのおっぱい、よく見てるでしょ? 好きだから見てるんでしょ?」

「……何かもう、ほんとすまんとしか言えねえ」


 最悪だ。恥ずかしすぎる。穴があったら入りてえ。

 そこまでジロジロ見てるつもりはなかったんだけど、気をつけねえと。




 なんとも微妙な空気のまま、簡素な食事は終了した。

 口の中に未だ残っている苦味の原因は、きっとビスケットだけじゃない。


「おにいちゃん、おこってる? それとも、つかれちゃった?」

「あ、いやいや、どっちでもないんだ。ちょっとな、反省してたんだ」

「さっきのこと? ジェリー、あんなことででおにいちゃんをきらいになったりしないよ?」


 なんて優しい子なんだろう。

 タルテだったらビンタ数発か、しばらく無視される案件だってのに。

 だが、この優しさが、かえって痛かったりもした。


「……それにね」


 ふと、ジェリーの声音が変化した。


「おぼえてる? ジェリーね、おっきくなったら、おにいちゃんとけっこんしたいって言ったの」

「ああ、もちろん。トラトリアを出発した後だったよな」


 記憶力に自信がある方じゃないが、あのことはよく覚えている。


「うれしいなぁ」


 ぱあっと笑顔を咲かせ、立ち上がるジェリー。

 そのまま俺の方へと近付いてきて、


「ジェリーね、今もずっと、ほんきだよ? おにいちゃんが大好きだから、けっこんしたいって言ったんだよ?」


 めちゃくちゃ真っ直ぐな目と、真剣な声で言ってきた。

 こりゃあ誤魔化せねえな。


「んー……まだ結論を出すにゃ早いんじゃないか? もちろんそう言ってもらえて俺は嬉しいけどさ」

「うん、わかってるよ。ジェリーはこどもだから、まだダメだって。"ふうふ"になったら、ちゅーだけじゃなくて、いろいろやらなくちゃいけないことがあるんだよね? そういう気もちになるのは、まだよくわからないけど……」


 おいおいおいおい、一体誰がそんな情報を吹き込んだんだ。

 いや、自力で調べたのか?

 気になるけど、聞いちゃまずいよな。


「でも、でも、おにいちゃんのこと、ほんとに大好きだよ? いっぱいしあわせにしてあげたいもん! おにいちゃんがしあわせになるなら、その、ジェリー、なんでもがんばれるよ?」


 上目遣いをしたまま、包み込むように俺の手を握ってくる。

 あまりに健気で、純粋で、可愛らしい振る舞いと言葉。


「ありがとうな、本当に」


 自然に感謝が口から漏れ出た。


「でも、やっぱりジェリーとの結婚は考えられない。ごめんな」

「……そっかぁ」


 悲しげな顔に、罪悪感が刺激される。

 冷たく突き放しすぎただろうか。


「うん、わかってるよ。おにいちゃんは、もっとりっぱな"ひーろー"になるんだもんね。ジェリーも、もっとがんばろっと。"みりょくてきな"女の人になれば、いちばんに好きになってもらえて、やっぱりけっこんしたい! って言ってもらえるかもしれないし」


 強い子だ。本当に。

 お世辞抜きで俺より強く、勇気があると思う。

 だって俺は、この子のように素直に言えたりしないから。


「だから、ぜったいしれんを成功させなくっちゃ。まずはいちにんまえの花精になれなきゃダメだもんね!」

「ああ、頑張ろうな!」






 しばらく部屋に留まって休息し、体力と魔力をある程度回復させてから、俺達は更に奥へと進むことにした。

 本来魔力はそんなにホイホイ回復するもんじゃないらしいが、文字通り魔法のような道具を、ジェリーは持っていた。


「ママのゆびわって、こんなにすごいこうかがあったんだね。ビックリしちゃった」


 紐を通して首にかけていた指輪を指でいじりながら、ジェリーが言う。

 トラトリアの里を出る前、この子の母親が「お守りに」と渡した指輪である。

 銀色一色の、石のついていない至って簡素な造形だが、握ったり指にはめたりして祈ると、消耗した魔力を回復できるという凄い効果がある。


「ジェリー、もうげんきいっぱい!」


 おかげで、魔力をほぼ満タンまで戻せたようだ。

 これならきっと試練もバッチリだな。


 木の扉を開け、部屋を出ると、まっすぐな一本道がずっと伸びていた。

 壁の両側、岩と岩の隙間に、淡い緑の光を放つ花が一定間隔で咲いていて、辛うじてだが道を照らしてくれている。

 休息前に扉を開けて確認してみたんだが、その時と変化はない。

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