表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/300

50話『ジェリー、試練に挑む』 その2

 まさか、泣いてるのか?


「……お花のにおいがする」


 と思いかけたが、全然違った。


「花?」

「うん、ほんのちょっぴりだけど」

「……んん?」


 俺も鼻をすんすんやってみたが、全然分からなかった。

 花精ならではの嗅覚ってことか。


「どんな匂いがするんだ?」

「ちょっぴりスーっとするかんじ。うーん……これって、キチノの花、かな?」

「毒とかはないのか?」

「うん、気もちがおちつく作用があるんだって……あっ!」


 突然、ジェリーが大きな声を出した。


「どうした?」

「キチノの花の花言葉は"まっすぐな正しさ"って言うの!」

「……なるほどな!」


 そこまで説明されれば、いくら俺でも意味は分かる。


「匂いはどっちからだ?」

「こっち! ……あ、まっくらだからわからないね、えへへ。えっとね、ジェリーがつれてってあげる!」


 するりと前後が入れ替わり、引っ張られる感覚。


「待った、棘があるかもしれないから、ゆっくり進んだ方がいい」

「うん。……でも、だんだんわかってきたかも。なんだかね、トゲの花のにおいもするようになってきたの」


 自信ありげに言うだけあって、ジェリーの先導に迷いはなかった。

 時折方向転換しながら、暗闇の迷宮を先へ先へと進んでいく。


 気を紛らわせるための雑談なんか必要なかった。

 いやむしろ、集中の妨げになっちまうだろうな。


「この先は道がせまくなってるから、気をつけてね」

「おう」


 大包丁で確かめると、確かに両腕一杯分くらいの幅になっていた。

 素晴らしい精度だ。


「……きこえる」


 さほど長くはなかった細道を抜けた所で、ジェリーが独り言のように呟く。


「べつのお花の声がきこえるよ。すごく小さいけど、"こっちが出口"だって」

「お、そうか。花精ってほんと凄えよなあ」

「そうかなぁ? おにいちゃんのほうがすごいよ。魔法よりもすごくて、だれも持ってない力をつかえるんだもん」

「いや、たまたまだよ」

「おにいちゃんのパパもママも、きょうだいも持ってないんだよね?」

「ああ、そうなんだよな」


 血統に由来する力じゃないのは容易に想像がつく。

 "生まれ変わり"を経て得た力だから。


「実は俺だけ、橋の下で拾われた子だったりしてな」

「えっとね、ジェリーね、おもうの。だいじなのは、血がつながってるかじゃなくて、好きなのか、大切にしてるかどうかだって。それに、そうだったら、ジェリーたちも、本当のおにいちゃんといもうとになれるでしょ?」


 冗談のつもりだったんだけど、こうまで真面目に返してくれるとは。


「……ほんとに優しい子だよな、ジェリーは」

「え? ふつーだよ、ふつー。……えへへ、おにいちゃんのまね」

「お、やるじゃんか。かなり似てたぞ」

「ほんと? うれしい!」


 きゅっと、より固く手を握られる。

 まさか、この場が真っ暗であることを感謝したくなる瞬間がやってくるとは。

 だって今、メチャクチャにやけちまってるぞ、俺。


「あ、まって!」


 更に少し進んだ所で、ジェリーが立ち止まる。


「……お花の声が、まざってる」

「混ざってる?」

「"こっち"って声が、いろんなところからきこえるの」


 道が分岐してるってことか?

 どうすりゃいいんだ、と問うと、ちょっとまって、と返された。

 いかんいかん、邪魔しちまった。

 もっと信頼してやらねえと。


「……えっと、こっちのほうのお花が、ほんとのこと言ってるとおもう。いい声だから」


 少しの間の後、手を引っ張られる。


「分かった、信じるぜ。連れてってくれ」


 当たり前のことだが、あえて口にした。

 結構な時間歩いていて、距離や方角は分からなくなっていたが、不安や疑いはない。

 俺はこの子を信じる。それだけだ。


「お、あれって出口じゃね?」


 しばらく進んでいると、ずっと先の方に小さな光が見えてきた。


「やるなあ、ドンピシャじゃん」

「えへへ。いこっ」


 段々と光が大きくなっていくにつれて、引っ張る力と歩く速度が上がっていく。


「気持ちは分かるけど落ち着いて、ちゃんと声を聞いて、な」

「あ、うん」


 ジェリーは素直に忠告を受け入れてくれて、最後まで気を抜かずに先導を行ってくれた。

 これは俺の想像だが、仮に"悪い声の花"の方に進んでたら、恐らく罠みたいなのが待ち受けてたんだろう。






「……どこだ、ここ?」


 暗闇の迷宮を抜けた先に広がっていたのは、予想もできない景色だった。

 競技場? 闘技場?

 緩やかなすり鉢状をした人工的な建造物の最上部付近に、俺達は立っていた。


 振り返った所にあったものは、樹ではなく、石で造られた門。

 あの闇の中は空間が歪んでたりして、いつの間にか瞬間移動してたんだろうか。

 どこに飛ばされたんだ?

 ちゃんと青空も太陽もあって、気候はリレージュと違いはなさそうだ。

 時間帯も、試練開始時から経過した分と大体合っているはず。


 帰る時どうすりゃいいんだと少し不安になったが、まあちゃんと別の所に帰り道があるんだろう。

 とりあえずは試練のことだけ考えよう。


 ぐるりと取り囲む、何十段もある石造りの客席をざっと見渡す。

 綺麗な円形をしていて、かなりの規模だ。

 造られてから大分経っているのに加え、風雨に晒されっ放しだからなのか、かなり傷んでいた。


 それだけでなく、一体どこから生えているのか、何もかもを覆い尽くす勢いであちこちに蔦が伸びている。

 ここまで来るともう自然に還りかかっている、とでも言うべきか。

 そう考えると、古代遺跡のようにも見えてくる。


 そんな状態だから、万単位の人間を収容できそうだってのに、人っ子一人見当たらないのも当然っちゃ当然か。

 ただ荒涼とした風ばかりが、建物の外から吹いていた。

 そういや、ここはどこなんだ?


「ちょっと外側を見てみっか」


 好奇心半分、状況確認半分で見に行こうとした時、


「あっ、ダメ!」


 ジェリーに止められる。


「ここの外を見ようとしたら、それだけで試練はおしまいだって、ここのツタさんが言ってる」

「マジか」


 知られたら困るような場所なのか?

 そう言われるとますます気になっちまうじゃあねえか。


「じゃあさ、ここの外がどうなってるのか、聞いてみてくんないか?」

「もうきいてみたんだけど、おしえてくれなかったの」


 少し悲しげに言われる。

 なんてケチな植物なんだ。教えてくれたっていいじゃねえか。


「"下におりていきなさい"って言ってるよ」


 下ってのは、すり鉢の底、"試合"を行う部分のことだろう。

 鮮やかな緑色をした芝生が、びっしり敷き詰められている。

 こういう所でサッカーができたら気持ちいいだろうな、と柄にもなく考えてしまう。


「それとね、もう魔法とかをつかってもいいって」

「そうか」


 お許しが出たので、早速棘で刺しちまった手をグリーンライトで治す。

 傷は浅かったからもう出血は止まっていたけど、一応な。


「ジェリーはケガしてないか? ちょっとしたかすり傷とかアザでも、遠慮しないでちゃんと言ってな」

「うん、どこもケガしてないよ」


 ざっと確認してみたが、本当に大丈夫みたいだ。

 準備を整えたところで、近くの階段を使って降りていく。


 念のため、大包丁を抜いていたが、敵の気配や害意はなく、何もないまま最下部の芝生まで辿り着けた。


「こうやって降りてみると、でっかいよなあ」

「そうだね」


 明るい返事とは裏腹に、ジェリーは緊張しているようだ。


「次はどこに行けばいいんだろうな」

「あのあたりだって」


 指差した方、中央へと歩いていく。

 不思議なことに、芝生は手入れが行き届いていて、短く綺麗に刈り揃えられていた。

 足の裏から伝わる柔らかい反発に、ますます競技がしたくなる欲求が高まってくる。


 そのまま中央辺りまで行くと、何の前触れもなく、目の前から光の柱が立ち上った。

 敵か!?


「下がれジェリー!」


 ホワイトフィールドを張り、様子を窺う。


 何かが現れるかも、という予想は的中した。

 光の中に、生物的な影の姿があった。

 光度はすぐに落ちていき、中にいた存在の正体が明らかになっていく。


「えっ……!?」

「こいつは……!」


 中から出てきたものは、見覚えのある、しかし予想もしていない奴だった。

 四足歩行の大型獣ほどのデカさ、石像みたいな体……


 忘れもしねえ!

 ジェリーを石にしやがった元凶……


「ビンバー!?」


 どうしてこの魔獣が……ファミレで俺が確かに始末したはず!

 同族か!?

 どっちにしても、こいつの魔眼に魅入られたら、まとめて石にされちまう!

 ホワイトフィールドは解除できねえ。


 ……が、石造りの魔獣は目を開かない。

 それどころか、光が消えても突っ立ったままで、仕掛けてくる気配さえない。


「う……ああ……」


 しかし、身動きが取れないのはジェリーも同様だった。

 ここまでずっと気丈なほど落ち着いていたが、流石に怯えの色を隠せず、体を小刻みに震わせている。

 自然な反応だ。

 なんせ自分を石に変えた相手なんだから。


「大丈夫だジェリー、ここは俺に任せときな」


 だけど、もしこいつを倒すのが試練だってんなら、特に問題はない。

 魔眼はホワイトフィールドで防げるし、大包丁での攻撃も有効なのは実証済だ。

 さあて、きっちり護衛の役目を……


「……ダメ、だって」


 ジェリーの口から出てきたのは、俺達を更なる窮地に追い込む言葉だった。


「ジ、ジェリーだけで、魔獣を……しりぞけよ、己がよわさをのりこえよ、って」

「おいおい、俺は一切手を出しちゃダメなのかよ。何のための護衛だよ」

「こうげきは、しちゃダメだって言ってる」

「つまり防御とか回復はやっていいんだな。よし、そっちは任せとけ」


 その点は救いだ。

 少なくとも最悪の事態は避けられる。


「……はぁ、はぁ……っ!」


 問題は、勝利できるかどうかだ。

 ジェリーの呼吸が短く、早くなっていく。

 今、この子の脳裏には、過去の心的苦痛が鮮明に再現されてるんだろう。


 頑張れ、なんて言えるはずがなかった。

 残酷すぎる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ