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49話『リレージュ、空中に浮く聖地』 その2

「あれ、おにいちゃんどうしたの?」

「ん? ジェリーの花を飛ばす姿が似合いすぎてて、見とれちゃったんだ」

「ほんと? えへへ、うれしいな」

「ああ、立派な花精になること間違いなしだな」

「ユーリ様、わたくしを賞賛しては下さらないのですか? 花精を除けば誰よりもこの巡礼の美しさ、神聖さを引き出せる存在である自負がございますのに」


 素面で言える辺り、色々な意味で凄まじい自信だ。


「分かった分かった。がんばれミスティラ、おまえがナンバーワンだ」

「愛が、真実が、称賛が足りませんわ!」

「ここへ来る前、俺をからかったお返しだ。わはは」


 とりあえず1人目への仕返しを済ませた後、市街を適当に観光し、お次は塔の中にある魔法図書館へと行ってみることになった。

 ちなみにこれらは全部、ジェリーが率先して申し出たものだ。


「だって、さきにやっておきたいんだもん」


 と。


「すっげぇ……」


 実際中に入ってみると、実にデカい図書館だ。

 ローカリ教の寺院にあった図書室とは比較にならない。


 魔法図書館は、38階層ある塔の1~5階部分をほぼ占めているらしい。

 各階ごとに回廊があり、吹き抜けのような構造になっていて、壁に沿って設置された本棚いっぱいに本がびっしり並べられている。

 世界最大の蔵書数を誇っているだけあって、その光景は圧巻の一言だ。

 大地震が起こったりしたら大惨事じゃないだろうかとは思うが。

 にしても、図書館特有の古い紙の匂いみたいなのは、どこの世界でも変わらないのな。


 結構な人数が利用しているが、空間が広いため、狭苦しさは感じない。

 また、完全な沈黙を強要している訳でもないようで、やや落とし気味の話し声などがあちこちから聞こえ、空気は適度に緩んでいる。

 ちなみに、この場所に限った話じゃないが、試練を受ける場所だからか、花精の姿がよく目についた。


 本来、身分がはっきりしているフラセースの国民以外は色々入館審査が必要らしいが、ありがたいことに大分簡略化して通過させてもらうことができた。

 ミスティラの、ローカリ教教主とマーダミア家の娘という立場が貢献してくれた。


「感謝は結構ですわ。いいえ、感謝するならば父母にして頂きたいですわね」


 殊勝なことだ。


「モクジさん、シュフレさん、ありがとうございます」

「深く感謝してます」

「うむ、海より深い謝意を表明するぞ」

「ありがとうございます」

「そ、そうまで言われてしまうと、心の水面が波立ってしまいますわね」


 一斉に畳み掛けたら、珍しくはにかむ様を見せた。


 さて、問題なく入館できたとは言っても、一般人が閲覧できる区域はだいぶ限られているらしい。

 地下や上の方の階には特別な魔法に関係した記述がある書物や石版が収められていたり、また様々な研究が行われている部屋なんかもあるらしく、当然ながらそういった場所は超極秘なため立ち入れない。

 興味はあるけど、しょうがないな。


 ただ、一口に魔法書と言っても、真っ先に連想しがちな"本自体に魔力が宿っているもの"、"詠唱内容が記されたもの"ばかりじゃなく、分野は多岐に渡るみたいだ。

 魔法の起源や成り立ち、魔具の詳細な分析、魔石の埋蔵分布や採掘法、数学的視点で見た魔法陣の効率的な設計、魔法が使える生物に関する統計情報……

 幾つか手に取って読んでみたが、正直ほとんどチンプンカンプンだった。

 脳みそが熱を持って、耳から煙が出そうだ。


 更に残念なことに、ここの図書館の本は外部持ち出し禁止らしい。

 つまり、借りてっての勉強はできないってことだ。


「嗚呼ユーリ様、どうか気を落とされませんよう。魔法の道とはいと高き天のように涯が見えず奥深きもの。魔法が扱える存在とて学術的な理解は皆無な方がほとんどですのよ。そうですわ、慣れ親しむのであれば、こちらの絵本などいかがかしら? 無知な幼児向けゆえ、綿に水が染み込む如く知識を吸収できますわよ」

「すっごい丁寧に紹介してくれたのは分かるけど、ちょっと傷付いたぞ……あれ、お前は読まねえの」


 アニンは、はなから全く関心を示していないようだった。


「幼少の頃より、斯様な場所にはとんと縁が無くてな。どうも体が痒くなってしまうのだ」

「お前らしいな」


 性格的なものだけじゃなく、剣技を磨き続けてきたからってのもあるんだろう。


「ただ、魔法の進化については興味があるぞ。研鑽、という部分では剣の道と共通しているからな」

「良い着眼点ですわ。技とは異なり、"魔法は生来の才が全て"などという風潮が蔓延しておりますが、魔法とて遥か過去より連綿と続く奮励の歴史がございますのよ。いかに少ない魔力で魔法を扱うか、詠唱を短縮できるか、効率の良い魔力練成……わたくしたちが現在、安全に魔法を扱えているのは、そういった先人の方々の研鑽の賜物であると言えますわね。決して血や才気のみで扱える力ではないのです」

「エレッソおじいちゃんも、おんなじようなこと言ってたよ」


 花精と魔法との関わりについて書かれていた絵本を熱心に読んでいたジェリーが、ぱっと顔を上げた。


「ジェリーちゃんのお師様は、イースグルテにて詠唱省略の研究をされていたのでしたわね。大変名誉ある、素晴らしい職務だと思いますわ」


 何だか、特に才能も努力も必要とせず、簡単に餓狼の力なんてもんを使ってるのが申し訳なくなってくるな。

 いや、俺のことはどうでもいい。


「おい、あんま気にすんなよ」


 原因は薄々予想できていたが、ずっと浮かない顔で本をペラペラめくっているタルテに、一応小声で釘を刺しておく。


「それともあれか、便意か? よくあるらしいからなー、本が並んだ場所に行くと便所が近くなるって。我慢は体に毒だぜ」

「ち、ちがうわよ」

「ふ、大方己が劣等感を刺激されてしまったのでしょう。惰弱ですわね」

「…………!」


 便だけに、穏便に済まそうとしてるのに(読みが違うなんて言うなよ)何でこいつは突っかかるのか。


「そのような性根では、仮に魔法が扱えたとて……」

「はいはいやめやめ。もっと平和的に行けよな。魔法なんて武器を持ってるんだから尚更だ」

「……仰る通りですわ。お見苦しい所をお見せしました」


 殊勝な言葉とは裏腹に、顔には不満の色がまだはっきりと滲んでいた。

 なーんか様子がおかしいな。

 あまり仲がよろしくないとはいえ、いつもだったらもっと素直に引き下がるってのに。






 数日後、遂に俺達はジェリーが一人前の花精になる試練を受けるための手続きをしに向かうことにした。

 時間を空けたのは色々な準備、特に心の方をしっかりと整えるためだ。


「ジェリー、いつでもだいじょうぶだよ」


 表面的にはいつも通り振る舞おうとしているものの、やっぱり子どもだ。

 ふと気が緩んだ瞬間、食欲や寝つきなど、部分部分で本心を隠し切れずにいた。

 かといって、あまり日数を空けすぎるのも良くないので、話し合った結果、数日後ということで落ち着いたのである。


 手続きを行う場所は、浮島のうちの1つだった。

 トラトリアの里であったみたいな、大きな木をくり抜いて作った建物の中に入り、受付をしていた花精の姉ちゃんに、ジェリーの両親から預かった書簡を渡す。


「……確認致しました。それではジェリー=カンテさん、こちらへ。お連れの皆様もご一緒にどうぞ」


 小さな子が試練を受けるということに特に驚きもせず、姉ちゃんは淡々と手続きを進めていく。

 ……って、ん、何だ? 俺に意味ありげな目配せなんかしてきて。

 初対面だよな。別に知り合いでも何でもないはずだぞ。


 多少気にはなったが、言われるがまま別室へ移動し、椅子に座る。

 すぐに奥からもう1人、色々なものを持った男の花精がやってきて、


「まずはあなたに"花吹雪く春息吹"を扱えるだけの魔力があるか、確認致します。こちらに思い切り魔力を込めて下さい」


 卓上に、花の形を模した透明な石を置いて戻っていく。

 どうやら真っ先に適性検査をやるらしい。

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