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49話『リレージュ、空中に浮く聖地』 その1

「…………んん」


 馬車に揺られながら、俺の膝を枕にして眠っているジェリーの寝顔を見てると、不思議と優しい気持ちになってくる。

 俺達は既に聖都エル・ロションから離れ、東にある四大聖地の1つであるリレージュを目指していた。


 タゴールの森で"帰れずの悪魔"と一戦やらかすなんて大事に巻き込まれはしたが、事後処理の面倒にまで付き合わずに済んだのは幸いだった。

 ウォルドー家という責任ある立場の坊ちゃんや、遺跡探索の依頼を受けたカッツがほとんど全部引き受けてくれて、しがらみのない俺達はほとんど関わらずに済んだって訳だ。

 精々、悪魔をどうやって倒したのかを説明する羽目になったぐらいだ。

 ちなみに後日正式に捜索した結果、カッツ以外の調査隊は全滅してたらしい。


 かなり多忙らしく、坊ちゃん達とは説明に出向いた時以来会っていない。

 ただ出発する前日、坊ちゃんから俺達全員宛に、かなりの額の謝礼金が送られてきた。

 ご丁寧なことに"勝負は無効となったため、敗れし時は全裸で逆立ちしながら聖都を一周するという約定は持ち越してやる"なんて手紙を添えて。

 正直、こういう展開になってくれてホッとしている。

 流石に50点以上の差をひっくり返すのはしんどかったからな。


 にしても……あの悪魔は一体何だったんだ。

 ロボットなのはもう疑いようもない事実だが、あっちの世界よりも遥かに高い技術水準で作られていた。

 こっちの世界にも、科学の発達している場所があるのか?

 俺の知る限り、そんな国や施設はないはずだし、説明の際、役人や傭兵組合のお偉いさんにそれとなく尋ねてみても、有効な答えは返ってこなかった。

 あーわかんねー!


「どうしたの? 難しい顔してジェリーを見て。重いならわたしが代わるわよ?」

「ああ、いや、そうじゃねえんだ。ちょっと悪魔のことを考えててさ」

「咄嗟の言い訳としてはまずまずだな。本当はジェリーに邪な想いを抱いていたのであろう。ん?」

「は? んな訳ねえだろ」


 正面に座っていたアニンがとんでもねえことを言い出しやがったもんだから、つい声を上擦らせてしまった。


「うそ……最低」

「嗚呼、わたくしは悲しいですわ。よもやユーリ様が、未成熟な肉体に熱き血潮を滾らせるなどと」

「お、おいふざけんなマジでやめろ馬鹿! 俺は断じて……」

「静かに。ジェリーが起きてしまう」

「うっ……」

「冗談よ。必死になっちゃって、おかしい」

「ふ、たまにはこのような戯れに付き合ってみるのも、悪くはありませんわね」


 ……こいつら、つるんで俺をはめやがったな。


「んん……おにいちゃん」


 ああ、俺の癒しはジェリーだけだ。

 見ろよこの邪気を一切感じさせない寝顔を。


「むにゃむにゃ……ジェリーのそこは、たべものじゃないよぉ……なめちゃだめぇ……あっ、かむのもだめだよぉ」

「……え?」


 場の空気が凍り付いたのは、説明するまでもない。






 全精力を注ぎ込んだ長時間の弁明でやっとのことで誤解が解け、ジェリーも目を覚ました頃、道の先に不思議なものが見えてきた。


「あれがリレージュね」


 天高くそびえる巨大な塔と、浮遊する島。

 風の魔力が満ちる高原に築かれた半空中都市、リレージュである。


「すっごーい! 地面がういてるよ! インスタルトみたい!」


 インスタルトとは高度も大きさも異なるが、はしゃぎたくなるのはよく分かる。

 湖の底にあるテルプと並んで、いかにも魔法の加護を受けた聖地って感じがするもんな。


 ここが、ジェリーが一人前の花精になるための試練を受ける場所だ。

 色々な意味で一体どれだけ時間がかかっちまってるんだって話だが、ついにやって来た。


「風が気もちいいね」

「あっ、ほら、あまり体を外に出さないの。危ないわよ」

「はーい、ごめんなさい」


 今の所、ジェリーが緊張している様子はない。

 本番が近付けばそうもいかなくなるかもしれないが、いい傾向じゃないだろうか。

 それと確かに、風の魔力を抜きにしても空気が澄んでいるのが分かる。

 普通に呼吸しているだけでも、気持ちが清々しくなってくる……ってのは言い過ぎだろうか。

 まあいいか、そろそろ到着だ。


 …………


 ……


「でっけぇ……」


 間近で見ると、実にデカい塔だ。

 イースグルテ城よりも太く、長い。


「この塔に、リレージュの中枢が凝縮されておりますのよ。政治施設、そして魔術の叡智が集う大図書館……」

「では、塔の中でもなく、浮島どころか普通に地面に建っているローカリ教の寺院は、中枢から外れていると言うことか?」

「人とは本来、地に足を着けて生きるべきもの。そしてローカリ教は民に寄り添うもの。通常の市街地に建立されるのは当然の成り行きですわ」


 アニンのいささか意地悪な問いに、ミスティラは目を泳がせつつ答えた。


「……もっとも、浮島の地価が高騰しているのも事実ではありますが」


 リレージュは塔を中心として円状に都市が区画されており、更に塔の周囲を大小10数個の浮島が周回している。

 例えるなら塔が太陽で、島が惑星といったところか。

 こっちの世界に火星や水星などに相当するものが存在するのかは知らないが。


 最大のものは大きな公園ほどもあるこれらの浮島は、風の魔力と、島の地中に埋蔵されている"浮遊石"なる物体によって宙に浮いているんだとか。

 で、塔の中にあると言われている操縦室で軌道や高度などを調整しているらしいが、詳細は最重要機密となっていて、一般人が知る術はない。

 不具合が起こって島が墜落したら大惨事じゃねえのかと余計な心配が浮かんだが、そのような事態は一度も起こったことがなく、きっと対策は立ててあるのでしょうという答えが返ってきた。

 そう、言うまでもなく、以上は全て説明大好きなミスティラお嬢様の弁だ。


 街に着くなり真っ先に塔へと寄り道してしまったが、続いて本来第一に向かうはずだったローカリ教のプスラ寺院に行き、挨拶をする。

 で、休憩や食事を挟んだ後に話し合いをすると、せっかくここまで回ってきたんだから、最後の1つもやって巡礼を全部終えようって流れになった。


 リレージュの巡礼地は、浮島のうちの1つにあるらしい。

 その浮島へはどうやって行くんだろうって話だが、大きな鳥に乗って移動するみたいだ。

 市街のあちこちに鳥のいる発着場があって、ある程度自由に行き来できるようになっている。


 ちなみにリレージュの住人は無料で利用できるらしいが、それ以外は有料らしい。

 まあしょうがねえか。別に高額でもねえし。


 竜よりデカい体は威圧感があるが、よく見ると目元が可愛らしく、とても賢そうだ。

 一度に10人くらいは運べそうな広い背中に乗って、浮島を目指す。

 実に優しい飛び方だった。


 リレージュで行う巡礼の内容は、桃色の花を風に乗せて飛ばすというものだった。

 聖竜王・トストが起こした、地平線を埋め尽くすほどの邪霊を、聖なる力を秘めた花吹雪でたちどころに全て消し去ってしまったという奇跡に由来しているらしい。

 ちょっと盛りすぎじゃねえかとか、乙女っぽくないかと、やる前はちょっと抵抗感があったりもしたけど、実際やってみたら柄にもなく感傷的な気持ちになってしまった。


 加えて、


「いってらっしゃい」


 結んだ髪を風に遊ばせながら、伏し目がちな顔で花を飛ばすジェリーの姿に、思わず見とれてしまう。

 花精の血が流れているだけあって、とても絵になる可憐さだった。

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