48話『帰れずの悪魔、破壊と再生』 その4
「……なるほど、多少は効果ありってか」
刃の脚は無効化できた。
というより、脚による攻撃を仕掛けてこなくなり、口から溶解液を吐き出してくる戦法に切り替えてきた。
封じられる"武器"の概念がどのように定義されているのかまでは分からないが、溶解液はホワイトフィールドで容易に防御できる分、対処が楽になったのは事実だ。
加えて、鈍磨の呪符を使ったおかげで、想定よりも状況が速く進行した。
蜘蛛の奴焦れてきたのか、呪符を剥がさずにあの最大攻撃、光線をぶっ放す体勢を取り始めやがった。
しかも砲口をタルテに向けようとしている。
危険だが、好都合だ!
――来るぞッ!
流石に何度も応対していれば、前兆や標的決定の挙動を読み取ることはできる。
そして、動作開始から発射までの時間も把握している。
蜘蛛が転回すると同時にホワイトフィールドを解除、接近。
左手にはもう1枚の呪符――縛鎖の呪符。
たった1体を相手にもう何枚も呪符を使っちまってるが、ケチってる場合じゃねえ。
設置。
カシャ、っという小さな音。
砲口に破壊の力を蓄積しかけたまま、蜘蛛の動きが止まる。
剥離するための小刻みな振動が始まる。
落ち着け、想定の範囲内だ。
縛鎖の呪符はあくまで作戦の成功率を上げるための補助であり、布石に過ぎない。
――よし撃てッ!
合図を出すと同時にすぐさま振り返りブラックゲートを使用、数10メーン先でメルドゥアキの弓を構えているタルテの元へ飛ぶ。
タルテは既に矢を放ち、顔を硬直させていた。
俺達にできることは蜘蛛の動向と、矢の軌道を見守るのみ。
熱と光を帯びた砲口の前には、メルドゥアキの魔眼がつけた"目印"が付けられている。
矢は雨にも負けず、矢じりについた"異物"の影響も受けず、文句の付けようもない軌道と速度で目印を抜き、砲口へ吸い込まれていった。
その後を眺めてる暇はない。
突き飛ばす勢いでタルテをすぐ近くの穴へ押し込み、俺も覆い被さるように中へ入り、全力でホワイトフィールドを張って"蓋"をする。
誰によって開けられたのかは分からないが、戦いの最中にできた穴だ。
人間数人が余裕で入れるくらいには深い。
大雨で地面が柔らかくなってたのが幸いしたな。
「うおっ……!」
「きゃっ!」
爆発音が地面から骨肉へ、そして空気から鼓膜へと響いてくる。
不快な感覚だが、俺達に湧き上がってくるのはむしろ高揚感。
作戦の成功を半ば確信してしまう。
「ここにいろ」
小声でタルテに伝え、ホワイトフィールドを張ったまま穴から出る。
どうだ……やったか!?
「……よっしゃあ!」
抑え切れない感情を、思わず声に出してしまった。
これまで散々手こずらせてくれた憎き帰らずの悪魔を、ついにボロボロにしてやることができたからだ。
砲口のあったケツの部分だけでなく、胴体のほとんどが消失していて、8つの目が不規則に明滅する頭部や中身が露出した部分からは火花が散り、黒煙が上がっている。
8本あった脚も後方の4本は無くなっていて、無事なのは前側の2本のみで、残る2本は千切れかけて震えていた。
どう見ても半死半生、いや半壊か?
まあどっちでもいいや。
再生される前にダメ押しだ!
「食らえッ!」
レッドブルームを残った胴体部分に放つ。
「このッ! たっぷり食らえってんだよポンコツ!」
蜘蛛の身体が炎に包まれても油断せず、何度も、何度も放つ。
念入りにしすぎることはない。
跡形もなく全部焼き尽くす勢いでやらねえと。
どこかの器官だか機関に火がついたか、再び蜘蛛が爆発を起こした。
熱風が襲ってくるが、怯んでなどいられない。
「もう一丁、おかわり強制だ! たんと食らいな!」
もっと大盛りの炎にしてやろうと、意識を再集中したその時。
小爆発が起こり、その勢いで弾かれた巨大な火球が、一直線にこっちへ向かって飛来してくる。
炎に包まれた蜘蛛の頭部だった。
どう見ても偶然じゃない。
明確な害意を持って、俺を殺傷しようとしている。
「なめんじゃ……ねえッ!」
見苦しいんだよ!
大包丁を抜きざま、野球の大根切りのように振り下ろす!
「ジャストミート!」
悪球をスタンドまで運ぶ……どころかボテボテのゴロにすらならなかったが、蜘蛛の頭を真っ二つにしてやるのには成功した。
こちとら技は使えねえけど、剣の方だって素人じゃねえんだ。
それに、これでクラルトさんに修復してもらった大包丁の面目も立ったな。
ぶった切った際、少々火が引っかかっちまって熱かったが。
それはともかく、後ろから小さな破裂音が2つ聞こえてきた。
確認してみると、分断された頭はほぼ完全に消滅していて、残った破片も降りしきる雨によって鎮火されようとしていた。
今のが最後の悪あがきだったらしい。
向こうでバラバラになって炎に包まれている本体の残骸も、もはや再生が行われることはないようだ。
一応、ホワイトフィールドを張って、最後まで見届けておこう。
「……終わったぜ」
悪魔の終わりを見届けた後、穴でじっと息を潜めていたタルテに声をかける。
「顔中ドロドロのベチャベチャだぜ。新しい化粧か?」
「……そういうあんただって」
「俺のは美顔を保つためにやってんだよ。ヒーローたる者美肌じゃなきゃな」
「なにそれ」
互いに笑い合ってしまう。
「立てっか?」
「ええ、平気」
「やったな。お前の作戦、ドンピシャだったぜ。見ろよ、俺達の完全勝利ってやつだ」
タルテの提示した作戦は、光線の発射直前に砲口へ矢を撃ち込み、暴発させて自滅させるというものだった。
もちろん、矢だけでは効果は見込めない。
そのため矢じりには、呪符と一緒にシィスからもらった武器――火炎弾を取り付けてあった。
こいつを砲口にぶち込めば、こちらの火力も相手の防御力も関係なく、内部からぶっ壊せる。
異物を取り付けたことによる精度への影響は、メルドゥアキの弓の機能が、そしてタルテのこれまでの努力が補ってくれる。
より安全に、成功率を上げるために、呪符も惜しまず使う。
その上で仮に矢が外れたり、上手く誘爆しなかったとしても、その時は俺が補助するつもりだったが、そんな必要もなかったみたいだな。
「弓も完璧だったしさ、ほんと凄えよ。お前を相棒に選んだ俺の目に狂いはなかったって訳だ」
「い、いいから、早くみんなのところに戻りましょうよ」
「照れんなって」
「照れてないわよ」
スタスタと歩いて行くタルテを追いかけて、みんなの所へと行く。
余裕がなかったから裁量は任せちまっていたが、どうやら全員上手く避難してくれたようだ。
そしてやっぱりみんな一様に、ドロドロの泥化粧をしていた。
「御両人の戦いぶり、しかと見届けた。見事だったぞ。タルテ殿も最早立派な戦士だな」
「ありがとう。でも、もっと頑張らないと。わたしの力じゃなくて、この弓とシィスさんからもらった道具……それと、ユーリのおかげだから」
こういう時も謙虚なのがこいつらしいっつーか。
「ジェリーも目ぇ覚ましたか。大丈夫か?」
「うん、へいきだよ」
「今後に支障が無いことも確認しております。御安心下さい」
「そっすか。ありがとうございます」
屈託なく微笑する本人の姿と、従者のお墨付きをもらって安心する。
「悪魔をやっちまうとか、お前、段々人間離れしてきてねえか」
「人聞きの悪いこと言うなっての」
カッツの戯言は右から左だ。
「お疲れ様でした」
ミスティラの言葉が非常に簡潔だったのは、すぐ傍にいる男を気遣ってのことだろう。
汚れも構わず土の上に座り込み、こっちへ顔も向けず、坊ちゃんはうつむいていた。
負傷が原因ではない。
ミスティラ以外の誰かから治療を受けたんだろう、火傷や切創はほとんど癒えている。
坊ちゃんの使いたちは皆、些細な変化も見逃すまいといった顔つきをして、無言で主人の動向を見守っていた。
――最初は治療さえ拒絶していたのだが、何とか説得して受け入れさせたのだ。
ブルートークでアニンが更に踏み込んだ事情を説明してくれて、さてどうしようかと考え始めた時、坊ちゃんが少し顔を動かした。
コソコソ様子を窺うように俺のことを見上げるが、すぐ忌々しげにそらされる。
可愛らしいくりっとした目は細められ、宝石のような青い虹彩からは力強い真っ直ぐな光が消え、いじけて淀んでいた。
初対面とはまるで正反対な姿を見て、胸の辺りが重たくなった。
生まれ変わる前の自分と重なる部分があったからだろうか。