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8話『ユーリの特殊能力講座』 その1

「――これで必要なものはだいたい揃ったわね。あ、いけない、火石や水石も用意しとかなきゃ……」


 隣を歩くタルテが、さっきからしきりにブツブツと独り言を呟いている。

 女は買い物好きな傾向があるというのは、どこの世界でも共通するようだ。


「なあタルテ、そろそろ切り上げてメシ食いに行こうぜ。腹減っちまったよ。ちなみに俺、今日はサンドイッチな気分なんだよな。ハーブをたっぷりかけてこんがり焼い鶏肉を、野菜と一緒にガブッ! とかぶりつきてえなー」

「あんたってば食べることばかりね。まだ買うものが残ってるんだから我慢しなさいよ。遠くまで行くんだし、もっとちゃんと準備しないとダメでしょ? あ、すみませんおじさま、ちょっと品物を見せてくれませんか?」

「はいよ、いらっしゃい! じっくり見てってくんな!」


 ファミレの港周辺、人でごった返している市場にて今俺達が何をしているのかというと、旅立ちの準備、必要なものの買い出しである。

 悪徳商人クィンチにさらわれ、魔獣ビンバーによって石にされてしまった女の子・ジェリーを家へ送り届けるため、彼女の故郷であるタリアンのトラトリアという所まで行くことになったのだ。


 タリアン王国はここワホン国ファミレ市から、海を隔てた遥か西の大陸にある。

 ファミレは海に面した大きな港町であるため、乗船自体は容易い。

 しかし前の世界で走っていた電車のように、毎日何本も運行している訳じゃない。

 次の船が出るのは、十日後だった。


 諸費用については全く問題なかった。

 タルテとジェリーを助けた翌日、クィンチの野郎からきっちり資金を取り立ててきたからだ。

 元はといえば奴があの子をさらってきたのが悪いんだから、当然の権利だろう?


 ついでにトラトリアの場所も聞いたんだが、詳しい位置までは知らないの一点張りだった。

 何でも実際にトラトリアに立ち入った訳ではなく、ジェリーが森の中、一人で花摘みをしていた所を連れ去ったらしい。


 当てが少々外れたが、この点についても大きな問題はなかった。

 ここファミレに世界各地から集まってくるのは食材だけじゃない。人間もだ。

 片っ端から尋ねていけば、大抵の情報は集められる。


 果たして、割とあっさりトラトリアの大体の場所を知ることができた。

 "花精"という花の妖精が住む、深い森の中にある小さな里らしい。

 ここまで分かれば上等だ。あとは現地で聞き込みをすればいいだろう。


 そしてクィンチがジェリーにご執心だった理由をこの時理解した。

 つまりジェリーには、花精の血が流れている。

 実は本人にも確認済みだ。道理でどこか人間離れした雰囲気をしてる訳だよな。

 ただ厳密には半分が人間、花精なのは母親の方だけとのことだ。

 ま、知った所で接し方が変わるわけじゃあないけど。


 今回の件、面倒だとは全く思っていない。

 むしろいい機会だと捉えている。

 どのみち、いずれ他の国を回ってみるつもりだったしな。

 俺の絶対正義を、ワホンだけに留めるつもりは毛頭ない。


 それに正直、ワクワクしていた。

 見たことのない場所、会ったことのない人や生物……想像するだけで胸が躍る。

 不思議なもんだ。

 転生する前は、こんな外向的な性格でもなかったはずなんだが。


「これとこれと、あとこれをください」

「毎度あり! 嬢ちゃん可愛いから、ちょっとおまけしとくぜ!」

「あ、ありがとうございます。……はいユーリ、これもお願いね」

「うおっと」


 予定よりも少し多く詰められた火石と水石の袋を受け取って、両腕にかかる重量が増加したことで、俺の考え事は強制終了させられた。

 つまるところ、今俺は荷物持ちをさせられているのだ。


「尻に敷かれてるねえ兄ちゃん」

「まったくっすね。こいつのケツ、本当に重たいんですよ」

「な……! げ、下品なこと言わないでよね!」

「いてっ! だから叩くなっての! 軽い冗談だろ!」

「そもそもわたし、あんたに乗っかったことなんてないじゃない……あっ」


 やっと気付いたらしい。タルテははっと口をつぐんだ。


「ほら、行こうぜ」


 ニヤニヤ笑みを浮かべる店主のおっちゃんに見送られ、俺達はその場を離れた。


「まったく、あんたのせいで恥ずかしい思いしちゃったわ」

「おいおい、墓穴掘ったのはお前だろ」


 ケツだけに掘った、と付け加えたら、恐らくタルテは我を失ってしまうだろう。

 黙っておくことにした。


「火石と水石はこれでよし。あとは……傷薬も買っておかなきゃいけないわね」


 そのうちすぐに熱も冷めて、再び買い物態勢へと戻っていった。


「というか、どうして普段から傷薬を用意しておかないのよ。家に買い置きすらなかったじゃないの」

「自分で回復できるし、必要ねえから買ってなかったんだよ。アニンの奴はちゃんと自分が持てる分を確保してるってのもあるし」


 と、ここでタルテがはっとした顔を見せる。 


「そういえばこの間から気になってたんだけど、あなた、魔法が使えるの? わたしを治してくれたり、急に姿を消して別の所に現れたりしてたけど」

「ん? ああ、ありゃ厳密には魔法じゃねえんだ」

「魔法じゃないって、それじゃあ一体どんな力なのよ。もしかして、実は人間じゃないとか?」


 タルテの声の調子が、少しだけ高くなる。


「失敬な。ま、ちょうどいい機会か。俺の"力"のこと、帰ったら詳しく話してやるよ」

「だったら先にお買い物を済ませた方がいいわよね。さ、もう少し荷物持ち頑張って」

「……へいへい」

「任せとけ、なんて最初に言ったのはあんたなんだから、責任持ってやり通しなさいよ」


 痛いところをついてきやがって。




 その後もしばらく荷物持ちとして市場を引き回され、家に戻った時はもう両腕が軋みを上げてるわ腹はペコペコだわで、まさに激戦の後といった状態だった。

 俺達とは別行動を取っているアニンとジェリーは、まだ帰ってきていなかった。

 買い物がてら、ジェリーにファミレがどんな街か見せに行ってるから、戻ってくるのは少し遅くなるだろう。


「お疲れさま。荷物を置いたら食事にしましょう」

「待った。先に俺の力についての説明をした方がいい」

「珍しいわね。何より食べるの大好きなのに」

「そう、まず前提としてそこが重要なんだ。何でかって言うと、俺の力は"腹が減ってるほど"威力が増すからな。"空腹感"が、魔力の代わりに必要な動力源ってわけだ」

「冗談……を言ってるわけでもなさそうね」


 そうは言いながらも、タルテは少し怪訝な顔をしていた。

 まあ、そんな反応をするのも無理ないよな。


「俺だって初めて気付いた時、変だと思ったんだ」

「どうやって覚えたの? 誰かに習ったりしたの? それとも、本に書いてあったとか」

「思い出した、ってのが一番近いかな。多分、生まれた時点で既に使えるようにはなってたはずだよ」

「ご家族も同じ力を持ってるの?」

「いや、俺だけ。それに今まで、俺と同じ力を持ってる人間に会ったこともない」

「わたしも見たことないわ。……聞けば聞くほど奇妙ね。アニンさんも初めて見た時、驚いたんじゃないの」

「そうでもなかったな。『便利なものだ』とやたら感心してたぜ」


 ふと、その時のアニンの様子を思い出した。

『私もそんな力が欲しかったぞ。色々やれるではないか!』なーんて言ってたが、目つきがやけに真剣だったっけ。

 ま、今はどうでもいいか。話を戻すことにする。


「俺の力――"餓狼の力"って名前をつけてんだけど、他にも魔法より有利な面があるんだぜ。魔法って魔力の他にも詠唱が必要だし、場所や道具によっても効力が変わるだろ?」

「確か、水系統の魔法は水場で使うとより効果が増す、みたいな感じだったかしら」

「そうそう。でも俺の力は別に場所と効果が関係しないんだよな。それに詠唱もいらないし。ただ集中して意図すれば発動するんだ」

「ちょっとずるすぎない、それ」

「言うなよ」


 自分でもそう思うんだから。


「わたしがこれまで見た限りでも、便利な力ばかりよね。あの一瞬で移動するやつとか」

「これか?」


 わざと気の抜けたような顔を作り、タルテを、正確にはタルテの目の前をじっと凝視する。

 力を行使。


「キャッ!!」


 いきなり俺が文字通り目と鼻の先に現れ、タルテが口から心臓を吐き出すほど驚いて後ろに飛びずさった。


「はははは、そんな驚くなよ。瞬間移動、"ブラックゲート"って俺は呼んでる。ちょっとばかし溜めがいるのが……」

「し、心臓に悪いことやらないで!」

「いってえ!」


 いたずらの代償は、タルテからの平手打ちだった。


「それでわたしにいたずらするの、二度としないでよね」

「分かった分かった。じゃあ一緒にやろうぜ。俺以外も一緒に移動できっから」

「もっとダメでしょ」

「はいはい」


 引っ叩かれた左頬に手を当ててみる。

 おお、いい塩梅に熱を持ってヒリヒリしてやがるぜ。


「おーいてあーいて。"グリーンライト"! ……あらら? 腫れや痛みが不思議と引いていくよぉ~」


 おどけた調子で言ってみるが、タルテは怒りも突っ込みもしなかった。

 別に呆れてる訳ではないようで、ただ不思議そうに俺の左頬辺りに浮かんだ緑の淡い光を見ていた。

 ……感心してるんだろうけど、ちょっと空しい。


「わたしがクィンチに殴られた時の傷を治してくれた力ね」

「実際はこんな冗談みたいなもんじゃなくて、もうちょっと効果あるからな。仮に今のタルテの一撃、打ち所が悪くて出血したり、頬骨が砕けたりしてもちゃんと治せるぞ」

「わたし、そんな怪力じゃないわよ! でもいいわね、わたしも料理で指を切ったり火傷した時にお願いしようかしら」

「いいけど、食あたりの下痢とかは止められねえぞ」

「そんな時に頼んだりしないから!」


 ――またまた御冗談を。

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