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48話『帰れずの悪魔、破壊と再生』 その3

「……途切れず結ばれし火よ、火よ! 凄惨たる廻りの炎よ、炎よ!」


 坊ちゃんの準備は、予想よりも大分早く完了したようだ。

 噴き上がる力の色が赤みを帯びていくのを見て、剣気に魔力が混ぜ合わされていってるのが分かる。


「――破壊と秩序を練り込めて積み上がれ、いと高き者へ挑め! "一の塔"!」


 詠唱が終わると、かざしていた剣に全ての力が収束、凝縮されていく。

 "一の塔"は確か、炎の渦だか竜巻だかを起こす、結構強力な火系統魔法だ。

 あれを叩き込むってか、こりゃ期待できそうだ!


「御苦労マンベール、よく耐えてくれた!」

「坊ちゃま!」

「ミスティラ嬢、このラレットの勇姿を……どうか!」


 刀身が赤く変化した剣を逆手に持ち替えながら斜め後ろに構えた坊ちゃんが、泥を蹴り上げて走り出す。

 その意気だ、かましてやれ坊ちゃん!

 言葉にすると集中が乱れるだろうし、そもそも俺には言われたくないだろうから、心の中でだけに留めておく。

 意思表示するならば蜘蛛の足止めでだ。


「お通り下さい!」


 執事が羽衣に魔力を込めると、より氷としての性質が強まり、蜘蛛に向けて伸びる坂道となった。

 坊ちゃんは硬い表情のままそこを駆け上っていき、雨降る暗い空へ高く跳躍する。


 視界が大きく閃いたのとほぼ同時に、落雷音が空間いっぱいに轟く。


「受けよ、正義の一閃!」


 剣で雷を受け……はしなかったが、勇ましい声に呼応して細い刀身が、融解した金属のように熱い輝きを帯びる。

 完全に死角に入ったからか、上方への武器を持たないのか、あるいは防ぐ必要がないと判断したのか、蜘蛛が迎撃する様子はなく、地上にいる俺達への攻撃を続行している。

 必要なら援護するつもりだったが、必要ないみたいだ。

 忠告通り、すぐさま後ろに飛んで退避し、後は坊ちゃんに任せることにした。


「ウォルドー式剣術・奥義!」


 蜘蛛の脚が動き出す。

 何する気か知らねえが、クリアフォースで止めてやる!


 が、必要なかった。

 蜘蛛の周囲にだけ局地的な高重力がかけられたように、円柱状の剣気がのしかかって、それを阻止したからだ。


 抗うが、震えるばかりで動けず、泥に脚を埋める蜘蛛。

 行け! 坊ちゃん!


「圧炸の、螺旋刺突!」


 名を叫ぶと同時に、刀身から白光の猛炎が生まれた。

 細長くも凄まじい熱と突進力を有したそれは螺旋を描いて剣気の波動の中を奔り、地上へ降りていく。


 はずだった。


「……うわぁッ!?」


 標的に命中するよりも前に螺旋の先端が爆発して、瞬く間に坊ちゃんの声と全身が飲み込まれた。

 蜘蛛を封縛していた剣気も消滅したのを見て、奥義の不発、事故を悟る。

 気と魔力を混合させる"技"は扱いが特に難しいって昔アニンが言ってた記憶があるが、まさかここ一番でこうなっちまうとは。


「坊ちゃま!!」


 すかさず執事が明後日の方向――いや、坊ちゃんの飛ばされた方向へ駆け出す。

 完全に敵の存在を忘れている挙動だった。


 アニンが疾走し、蜘蛛の背中に飛び乗るのを見て、俺も走り出していた。

 どっちを優先する?

 坊ちゃんの治療か、アニンと一緒に攻撃か。


 ……いや!


「させるかよおお!」


 蜘蛛のケツは既に、執事の無防備な背中へ向けられていた。

 防げるか? アニンは止められるか?


 分かんねえ!

 でもやるしかねえ!


「うおおおおおお!!」


 ブラックゲートで執事の真横に飛び、


「むっ!?」

「伏せろ!」


 そのままぬかるむ地面に押し倒す。

 熱が擦過していく背中から、マジに間一髪だったのを感じる。あっぶねえ。


「き、貴様何をする!」

「馬鹿野郎! 冷静になれってんだ! あんたに風穴開いたら坊ちゃんが悲しむだろうが!」


 ったく、人のことは言えねえけど、ここ一番で取り乱しやがって。

 おかげで一層ドロドロに汚れちまったじゃねえか。


「ほれ、背中に気を付けて行け! 俺とアニンが食い止めっから」


 泥を払う暇もなく、俺は蜘蛛に向かって走り出す。

 光線を放った直後の蜘蛛に追撃をかます様子はない。

 アニンが上手く足止めしてくれているようだ。

 ついでに仕留めてくれてたらありがたいんだが。


 という希望は、8つの目の赤い発光に打ち砕かれた。


「アニン逃げろ! 攻撃が来る!」


 アニンは即座に蜘蛛の背中から飛んだが、わずかに遅かった。

 呪符を吹き飛ばした時と同じ、蜘蛛を中心に発生した振動波を受け、吹き飛んでいく。


 ……間に合え!


 ブラックゲートで軌道上に飛び、受け身を取れずにいたアニンを何とか捕まえることはできた。

 が、勢いまでは殺し切れず、そのまま一緒に吹っ飛んで、樹の幹に背中と後頭部を打ち付けてしまう。


「……ってぇ!」

「すまぬ」


 表情こそいつも通りだったが、声に負傷の度合いが表れていた。


「タルテの突っ込みに比べりゃお遊びみてえなもんよ。喋れんなら大丈夫だな」

「うむ、あちこち骨をやられたが、支障はない」


 グリーンライトを前提として言ってるのかは分からないが、とにかく治療する。


「すまぬが、まず脚を頼む。……弱点を攻撃しようとしたが、殻のようなものが現れて守りを強化されてしまった。最早我々の手には負えぬかも知れぬ。撤退も視野に入れるべきではなかろうか」

「逃げられりゃあいいけどな……っと」


 アニンの全快を待たず、蜘蛛が悪路をものともせず突進してくるのを、それぞれ左右にかわす。

 脚を優先的に治療しといたのが幸いしたな。


「私の治療はもう結構。して、どうする。今はユーリ殿が指揮を執るべきだ。いかなる命令にも従うぞ」


 どうする。

 一旦アニンを下げて、カッツを呼ぶか。

 あいつでもいないよりはマシだ。


「ユーリっ!」


 蜘蛛が突進してきて、まるで猶予のない中で策を立てようとしていた時、向こうからタルテの呼ぶ声がした。

 声色から、ブルートークを使えって言いたいのは読み取れる。

 何が言いたいのかも分かる。

 大丈夫だ、お前もみんなも、誰も死なせはしねえ。

 こんな奴の攻撃、俺1人でもやろうとすりゃこうやって凌げる。


 しかし、タルテが脳内へ送ってきた言葉は、予想とはまるで正反対な内容だった。


 ――わたしに考えがあるわ! うまくいけば、悪魔を倒せるかも……!

 ――そ、そいつは本当かよ!?

 ――確実に勝てる、とは限らないけど……


 その後にタルテが説明した作戦は、確かに勝算を見込めそうな内容ではあった。

 こっちの火力は特に必要なく、相手の防御力も無視できる。


 ――なるほどな。でもよ、相当危険だぜ。

 ――大丈夫。あなたやみんなが必死に戦ってるんだから、わたしだって……


 震えてはいたが、その奥底には、確かな勇気と意志が感じられた。


「っしゃあ分かった! お前を信じるぜタルテ!」


 あえて声に出して返事をする。


 坊ちゃんやアニンも失敗したんだから、一旦は却下して逃げるのが最適解なんだろう。

 でも、あいつを信じてやりたかった。

 それ以上に、勝つ可能性があるってんなら乗りたいじゃねえか。

 このままやられっ放しってのは性に合わねえ!


「アニン、お前は下がって誰かに回復してもらえ! 俺とタルテで、この蜘蛛野郎をスクラップにしてやる」

「承知。ついでにあちらの護衛は引き受けた。武運を」

「おう、任しとけ」


 ――よし、"工作"ができたら呼んでくれタルテ!


 タルテを促し、アニンを少しずつ後退させる。

 蜘蛛に後方の連中を攻撃させてはならない。

 俺もアニンも、避けるだけなら何ら問題なくこなせる。

 むしろ俺は目一杯接近して煽ってやる。


「ヘイどうしたよゲロっ吐き野郎、酔っ払いの方がまだ命中率高いんじゃねえのか?」


 言っても意味がない?

 いいんだよ。こっちが盛り上がるんだから、重要だろ?

 ほら、ちゃんと攻撃をこっちに集めるのには成功してるし。


 ――できたわ!


 必要に応じてホワイトフィールドで受け止め、かわし続けていると、タルテの声が頭の中に飛び込んできた。


 ――おし、んじゃ作戦開始だ!

 ――ええ! 呪符は真後ろに飛ばしたわ!


 さあ、こっからが正念場だ。

 絶対に成功させる!

 一度だけ自分に強く言い聞かせ、後ろに跳んで距離を開ける。


 タルテが言った通り、ちょうど真後ろの地面に矢が突き立っていて、矢柄には呪符が2枚結び付けられている。

 蜘蛛もまた泥を跳ね上げて大きく飛び、俺を押し潰そうとしてきた。

 芸のない奴だ。

 しかもノコノコ近付いてきやがって。


「少しは自重しろよな!」


 矢を抜き、横っ飛びで押し潰しを回避。

 立ち上がりざま、矢柄から呪符を外し、雨と泥が降り注ぐ中、うち1枚――武器を封じるという"鈍磨の呪符"を、蜘蛛の胴体下部に貼り付ける。


 タルテにかかる危険を少しでも取り除くために貼ったが、どこまで有効かは分からない。

 だが、意味がなかったとしても特に支障はない。

 どのみち俺が全力で死守するからな。

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