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48話『帰れずの悪魔、破壊と再生』 その2

「飛ぶぜ坊ちゃん!」


 返事を待たず坊ちゃんの手を掴み、ブラックゲートで少しでも遠くへと退避。

 その判断は正しかった。

 まるであらかじめ地雷でも埋まってたかのように、蜘蛛の周辺が、俺達がついさっきまで立っていた地面が吹き飛んだ。


「おいおい、勘弁してくれよ」


 あれが仲間の攻撃だったら良かったのに、と思いたくなる。

 現実はそんなに甘くはなく、土混じりの雨や霧から現れたのは、ピコピコした音を発し、頭部を左右に動かしている蜘蛛の姿。

 もはや確認するまでもないが、呪符を貼っていたはずの場所を見てみると、何も無くなっていた。


 機械には通用しねえのか?

 エピアの檻であの大悪魔に貼られてたのは何だったんだ。


「来るぞッ!」


 こっちへ跳躍してきた蜘蛛が、その巨体を活かして押し潰そうとしてくるのを、それぞれ横っ飛びでかわす。


「呪符もダメってなると、これもう戦って黙らせるしかねえな」


 逃げを打つよりはそっちの方がまだ安全なはずだ。


「ふっ、またしても君と意見が一致するとはな。よいなマンベール!」

「御意」


 今度の執事はあっさりと戦闘を認めた。

 きっと俺と同じ思考過程を経て、同じ結論に至ったんだろう。


 執事の指示で俺と坊ちゃん、アニン、そして執事自身が蜘蛛に接近して戦いを挑み、残りは後方で待機することが決まる。

 あまり大人数でかかっても、治療の手間が増えたりして非効率になるだけだろうから、異存はない。


「何故わたくしを加えないのです」


 ミスティラは不服そうだったが、


「ジェリーを守ってやってくれ。責任重大だぜ」

「貴方様の信頼に見事応えてみせましょう」


 仕事を頼むと、素直に納得してくれた。


「頼んだ。……さて、おっ始めますか」


 実際はもう始まっている、というか蜘蛛が相変わらず空気を読まねえで刃付きの脚を振り回してきてんだけどな。

 俺達の方も既に反撃をしている。


 雨脚は更に強まり、時折雨音を塗り潰すように雷の音も聞こえてくる。

 視界や足場などの悪化が、吉と出るか凶と出るか。


「頑張れよ。悪魔相手に勝てんのか不安だけどさ」

「考え方を変えてみろよカッツ。確かに守りの固い強敵だろうけど、さっきと違って相手はたった1体なんだ。一斉にかかりゃあ、すぐにでも音を上げるって」


 多分な。

 と、心の中で付け加える。


 とりあえず、雨程度じゃ短絡したりしないようだ。

 いやそもそも、通常の精密機械と同列に考えない方がいいだろう。

 こんな高性能なのはあっちの世界にもいなかった。

 ゆえに、水や電気に弱いって常識は一旦切り離した方がいいな。

 こいつに落雷してぶっ壊れねえかな、なんて期待も捨てるべきだ。


「行くぜみんな! 勝って生き残るぞ!」


 周りを、自分も鼓舞するために声を出す。

 弱気になるな。

 勇気を出せ。

 ヒーローとして模範を示せ。






 蜘蛛を包囲して、俺達は多方向から攻撃を仕掛け続けていた。


「はあッ!」


 斜め前に位置取った俺は、敵の刃を掻い潜り、大包丁で前脚をぶった切りに行く。

 もう十数回と繰り返した行為。


 甲高い金属音、痺れるような重い手応え。

 もう十数回と味わった現象。


「だりゃあッ!」


 一発や二発では小さな傷しかつけられないが、同じ箇所を集中的に狙い、蓄積させていき、


「この……ポンコツロボット!」


 破壊を狙う!


「……ちっ、またかよ!」


 作戦が成功しても喜べなかった。


 どんな原理なのか一切分からないが、攻撃が通っても、即座に損傷部分の修復が始まってしまう。

 まるで液体金属か、あるいは金属そっくりな軟体動物のように、切断した装甲も、内部の配線も、自動的に元の状態へ戻ってしまう。

 切り落とした破片を遠くへやったり、破壊してもダメで、そうすると今度は切断面から新しく生えてきやがる。

 総質量も何もあったもんじゃない。

 こうもかつて生きていた世界の水準を大幅に超えた技術を見せつけられると、本当にメカなのか自信が無くなってくるな。


「皆様、どうか闘志の花を手折られませぬように!」


 激しい雨音に紛れて、遠くからミスティラの声援が飛ぶ。

 攻撃を無効化されていたのは俺だけじゃなかった。


「"雷神光"!」


 アニンの神速の居合い斬りも、


「ウォルドー式剣術・冷却の破砕刺突!」


 坊ちゃんの魔法混じりの剣技も、


「聞け、遍在する種子、開け、偏在せし領域、閉ざせ、揺らめく花弁の"波紋花"!」


 氷晶を発生させて凍結させる執事の魔法も、大した損傷を与えられず、また上手く行ってもすぐ修復されるだけだった。


「……来るぞッ!」


 執事の声。

 電動音を唸らせて蜘蛛が高速で転回し、ケツの部分についた、砲口のような形状をした突起をこっちへ向けてくる。


「読めてんだよ!」


 すぐにブラックゲートを使い、立ち位置を右へずらす。

 落雷時のように、蜘蛛の突起が発光。

 放たれた光線が、触れる雨を蒸発させながら俺の左横を通過し、遥か彼方まで伸びていく。


 蜘蛛の奴、カッツではなく、今度は何故か俺を集中的に狙っていた。

 好都合だった。

 他のみんなを、特に後方にいるタルテたちを狙われるよりずっとありがたい。


 しかし、このままじゃこっちが不利だ。

 今の所は避け続けられてるが、決して楽に出来ることじゃない。

 光線とは言っても厳密には光速じゃないっぽいが、それでも普通に回避するのは至難だ。

 少し拍子がずれてしまえば、さっきのカッツと同じ運命を辿る羽目になる。


 それに蜘蛛の奴がちょっと気まぐれを起こしたり、イラついたりして光線の矛先を変えれば(感情があればの話だが)一層危険は増す。

 この威力を真っ向から防ぐのは無理があるだろう。

 恐らくホワイトフィールドでも相殺しきれない。

 俺のグリーンライトがあるとはいえ、重傷者が続出すれば回復が追い付かなくなってやられちまう可能性もある。


 光線の発射に時間が必要なのが救いか。

 もし連射可能ならとっくにそうしてるはずだ。

 その方が簡単に俺達を始末できるだろうからな。


 どうする。

 敵の自己修復が止まる様子は一向に見られない。

 このまま持久戦に入るのは避けたい。


「帰れずの悪魔! このラレット=ウォルドー、貴様の弱点、見破ったり!」


 と、反対側にいる坊ちゃんが、いきなり勝ち誇った声を上げた。


「マジか坊ちゃん! どこだよ!」

「背面の、中央よりわずかに奥側だ! その部分のみ傷付けても再生が遅い! そこを貫けば……!」

「よっしゃ、分かったぜ!」


 なるほど、普通だと死角になってる場所か。

 だったらブラックゲートで上に飛んで……


「待て! 君達は手を出すな!」

「は?」


 何だ何だ急に。


「生半可な攻撃では駄目だ。この私が、ウォルドー式剣術の奥義が一、"圧炸の螺旋刺突"にて悪魔を撃ち滅ぼしてくれん!」


 確かに一理あるというか、坊ちゃんの使う技は剣気だけでなく魔力も上乗せしてるからか、威力が高い。

 単純に火力だけ見るなら、アニンよりも上じゃないだろうか。

 奥義を使うと言うのなら、任せてみてもいいかも。


「分かったよ、バッチリ決めろよな! 狙える当てはあんのかよ!」

「君に心配されるまでもない! マンベール、後少し付き合ってもらうぞ!」

「私を気遣う必要はありませんぞ坊ちゃま」


 口調こそ平静を装っていたが、執事の顔には明らかに疲労が色濃く浮かんでいた。

 無理もない。魔女の影たちとやり合ってた時から休みなく魔法を使ってたんだ。

 いくら魔力量が豊富だったとしてもきついものがあるだろう。

 

「よく言った、それでこそウォルドー家に仕えし男!」


 消耗しているのは坊ちゃんとて同じはずだが、気力や意地の方が勝っているようだ。


「私の準備が整うまで任せた!」

「御意」

「君達2人にも警告しておく。私のこの剣・ラギオルが太陽のような輝きを放ったら、すぐに下がれ。よいな!」


 そう言って坊ちゃんが一度包囲の輪から外れて、剣を眼前で垂直に立てると、輝きを伴う力の奔流が全身から噴き上がった。

 凄え気だ。

 この上更に魔力を上乗せするとなれば、確かに蜘蛛を倒せるかもしれない。


 だったら俺も援護に回ってやるか。

 少しでも注意を引ければと、最初の時のようにクリアフォースを叩き込む作戦に切り替える。


「"五凛"を使うのは久々だな」


 アニンも同様に引き立て役を承諾して、完全に守りに徹する構えを取った。


「軟と硬、可変を紡ぎ、保護を編み、自在を表す"双貌の替え衣"!」


 そして坊ちゃんの前に立った執事が魔法を唱えると、周囲に長くたなびく羽衣のようなものが出現して2人を覆う。

 "双貌の替え衣"は水と氷、2種の形態を自由に切り替えられる、水系統の防御魔法だ。

 激しい雨によって更に効果を増した羽衣は、執事の意のままに動き、蜘蛛の口から吐き出される溶解液を無効化する。


「余所見は感心せぬぞ、悪魔殿」


 次々振り下ろされる刃の脚を受け流しながら、アニンが皮肉を込めて言うが、相手からの反応はなかった。


「俺も忘れんなよな!」


 引き付けるのは難しそうなので、ならば少しでも動きを封じられればと、脚を集中して狙うことにした。

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