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47話『ユーリとラレット、タゴールの森で共闘をする』 その4

「躊躇うな」


 冷たく、鋭い声が、動けない俺を叱責した。

 俺が名を呼ぶよりも速く、剣を持ったままのアニンが素早く接近し、タルテの、ジェリーの首を手刀で打ち、意識を喪失させる。


「優しさの意味を履き違えるな。大切なものを失うぞ」


 2人を地面に寝かせるアニンを見て最も強く込み上げてきたのは、すまねえ、という気持ちではなかった。

 内臓を焦がすほどの、怒り。

 タルテとジェリーの口から出てきたクソッタレな灰色の霧。

 ……こいつが!


「んのゲス野郎ォォ!」


 聖水つきの大包丁を拾い上げざまに振り回すと、悪夢の霧はあっけなく消滅した。


「引きずるなユーリ殿。2人とも傷は負っていない。守り切れているぞ」

「……ああ、手間かけさせて悪かったな」


 うむ、と顔を緩めたアニンが再び前線へ戻っていく。


「ごめんな、俺が不甲斐ないばっかりに」


 声をかけてみるが、当然返事はない。

 しかし、仰向けになって目蓋を閉ざしている2人の顔はいつも通りに戻っていて、普段眠っている時と変わりはなかった。

 本当に良かった。


 全力のホワイトフィールドを張りつつ、ハエ1匹でも見逃さないよう、周囲を隈なく見る。

 頭に来るぜ。ムカつく手ばっかり使いやがって!


 悪夢の霧は……今片付けたのが全部で、他にはいないみたいだ。

 よし、まず俺がすることは、タルテとジェリーの死守。

 それと、負傷者の治療だ。


「ディケットさん! その人を連れてきて下さい! 俺が治します!」


 記録係が連れてきた、頭部から血を流して気を失っている従者をグリーンライトで治療しつつ、戦況を観察する。

 もう全体の決着もつきかけていた。

 ミスティラと、ディケットさんじゃない方の記録係は息を切らせながら武器を振るって残党を散らし、アニンは大きな樹の魔物をズタズタに切り裂き、手の空いたカッツはこっちの方へとじりじり後退している。


「ウォルドー式剣術・八光の赤橙刺突!」


 そして坊ちゃんは、魔女の影に接近戦を挑み、執事がそれを傍で援護していた。

 執事の杖には風の魔力が纏わりついている。

 あれは確か"呪い風刃"か。


「申し訳ありません、助かりました」

「いえいえ」


 従者の治療も済んだ。

 で、魔女の影だが、あのまま行けば坊ちゃんと執事が倒しちまうだろう。

 突き刺し、切り裂いた部分から漆黒の液体が吹き出ていて、確実に追い詰めているのが見て取れる。

 やっぱ偉そうなだけあって凄えんだな、あの2人。

 しかし、さっき俺があっさり倒せちまったのは何だったんだ……未だ引っかかる。


 ……ん? 坊ちゃんが突いた魔女の影が2つに分裂した?

 あれ、分かれた方はすぐ消えた。

 と思ったらまた別の所から現れた。


 ……ああ、そうか!

 多分だけど、"殉教に至る病"で巧妙に偽物を作ってるんだ。

 あれくらいの規模ならば、死体から力を得る必要もないだろうし。

 つくづく魔女らしいっつうか、老獪な奴だな。

 おまけに詠唱してんのかしてねえのか分かりづれえし。


 よし、そろそろいいかな。


「アニン! ミスティラ! それとカッツ! 俺の代わりにタルテとジェリーを守ってくれねえか!」


 完全に掃討を終えて手の空いた3人に警護を頼み、入れ替わりに飛び出す。

 元々魔女の影を狩るのは俺の仕事だからな。


 いや、んなことは別にどうでもいい。

 あいつは許せねえ。

 どうしても俺の手で仕留めたい。

 タルテを、ジェリーを苦しませた礼は、キッチリしてやらねえと気がおさまらねえ!


「邪魔するぜ坊ちゃんたち! オラァッ!」


 草むらに紛れようとした魔女の影に、クリアフォースをぶち込む。


「オラオラァッ!」


 木陰に潜む奴にもぶち込む。


「オラオラオラオラァッ!」


 策なんかいらない。

 片っ端から、見つけた端からぶち込む。

 当たろうが外れようが、防がれようが関係ない。

 ぶっ倒す。

 つーか頭に来ていて冷静に戦える余裕があまりない。


「君、私の獲物を横取りするつもりか!?」

「坊ちゃまに当てなどしたら死を以て償ってもらうぞ!」


 分かってる。

 誤射しないように心がけられるくらいの理性は残っている。

 ついでに、目星を付けられるくらいの理性もまだある。


「……っだオラァ!」

「……キィィィィィィ!」


 ふん、セコい奴なだけあって、やっぱし隠れてやがったか。

 地上からだと一見分かり辛い、背の高い樹の枝の上に乗っかっていたのが"本体"だったようだ。

 クリアフォースの球を中心にぶち込まれた本体は、不愉快極まりない甲高い悲鳴を上げて、空気に溶け込むように消滅した。

 それにつれて、分裂していた偽物も、跡形もなく消えていく。


「ざまあみやがれ、思い知ったか!」






 取り戻された静けさと、一帯に渦巻いていた邪気の喪失が、戦いの終わりを告げた。


「……ふぅ」


 これでようやく一段落ついたな。

 戦いの跡は、死体だの骨だのが散乱しまくっていて、中々に酷い有様だった。

 花火大会後の土手でも、もうちょっとお上品だと思う。

 しかもいつの間に天気が急変したのか、雨まで降ってきやがった。

 動きまくって熱くなった体にはちょっと心地いいけど。


 他の皆もそれぞれ、張り詰めさせていた心身を少しずつ緩めていた。


「お見事ですわ、ユーリ様」

「うむ、先の失策を補って余りある活躍だ。案ずるな、2人は無事だ」

「お前らもお疲れさん」


 軽傷ではあるが、2人とも傷を負ってたから、グリーンライトを使っておく。


「獲物を横取りされたのは気に入らぬが、大儀だった」

「美しさには欠けますが、かの魔女の影を仕留めたことは評価せざるを得ませぬな」


 どうしてこうどこか引っかかる物言いをするのかこの坊ちゃんと執事は。

 まあいいけど。

 怒りに任せて突っ込んだ手前、言い返せもしない。


「いや、俺だけの功績とは言えねえよ。それよか2人とも、ケガしてんなら俺が治療するけど」

「結構。平民の施しを受けるなど、ウォルドー家の名が泣く」


 一字一句違わず予想通りの答えが返ってきて、苦笑するしかなかった。


「だが、我が従者を治療してくれたことには礼を述べておこう」

「いいってことよ」

「あーあー、疲れた疲れた」


 わざとらしく唸って寄ってきたのは、カッツだった。


「ユーリ、俺にもいっちょ頼むわ。まだ体のあちこちが痛くてよ」

「お前、後の方は小物の相手ばっかしてたじゃねえか。何があちこち痛むだ」

「バ、バカ野郎、お前の見てねえ所で必死に奮闘してたんだよ俺は! 大物をこの三日月斧でバシバシとだな……」

「虚偽報告は感心しませんね。貴方の働きを拝見しておりましたが、単独で狩った魔物はキノコ人間2体、キノコ犬1体、残骸蛙2体、残骸蛇2体です」

「……うぐっ!」

「ディケットさん、調べてたんすか」

「ええ、記録係として当然のことです。無論、皆様の御働きにつきましても漏れなくお調べしております」


 記録係の鑑だなこの人は。

 別に疑ってた訳じゃないが、試しにアニンの戦闘内容を尋ねてみたら、淀みなく口述し始めた。

 アニンの表情の変化を見るに、正確らしい。

 もはや苦笑するしかなかった。


「うっ……」


 と、意識を失っていたタルテが小さな声を漏らすのが耳に入る。


「お目覚めか。大丈夫か、痛い所はねえか」

「……ええ。戦いは? どうなってるの?」

「心配すんな、もう終わってるぜ」

「そう……」

「おいおい、無理に起き上がらなくていいぞ」

「ありがとう。でも、もう大丈夫よ」


 ごめんな、という言葉を何とか飲み込んで押し返す。

 今は言わない方がいい。


 タルテの足下は意外としっかりしていた。

 一方、ジェリーはまだ目を覚ましそうになく、まぶたを閉じたままだ。

 だが、苦しそうには見えないから、恐らく大丈夫だろう。


「やべえ、腹減ってクラクラしてきた」


 安堵感が支配的になってくると、今度は強烈な空腹感が急に襲いかかってきた。

 もう食っちゃっていいだろう。栄養補給しねえとな。


 戦いの間も肌身離さず持っていた、タルテの作ってくれたサンドイッチ。

 まずはこいつを貪り食ってやろう。

 ちょっと潰れちまったが、味に影響はないはずだ。


 少し後に訪れるであろう、舌や胃袋に訪れる幸福を想像しながら、口に運ぼうとした時だった。

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