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47話『ユーリとラレット、タゴールの森で共闘をする』 その3

 ……で、しばらく時間が経った後。

 俺の周りの敵はあらかた片付いたので、いよいよ大物の始末に取り掛かる。


「今度こそ喰らいやがれッ!」


 威力よりも範囲を重視した、板状のクリアフォースを放つ。

 見えざる力の塊が空を切って、一直線に魔女の影へと迫っていく。

 もう邪魔者はいないし、ちゃんと相手の動きを考慮した軌道で撃ったから、最低限命中はするはずだ。


 ……なのに。


「は?」


 命中する直前で、クリアフォースは掻き消されてしまった。


「どうなってんだ」


 クリアフォースは実体を持たない相手にも効果があるはずだ。

 いや違う、あれは何らかの手段で防御したんだ。


 魔法か?

 ゲマイさんが使った"鉄屏風"みたいな……


 いや、のんびり考えてる暇はねえ。

 倒す手段を探せ。


 他の力の方が有効なんだとは思うが、危険が大きい。

 威力を上げたレッドブルームは延焼させて惨事を招く可能性があるし、ブラックゲートで接近するにしても、相手が未知数で不気味すぎる。


 と、その時。

 前方にいる魔女の影の顔、その下半分が、刃物を通したようにぱっくりと三日月状に裂けた。

 ひどく単純な造形なのに、一瞬背筋がゾッとするくらい気味の悪い笑いだった。

 同時に、ヤバい予感がプンプンとする。


「うおッ!?」


 背後から聞こえてきたカッツの声に、それが的中してしまったことを感じ取る。

 後退して目をやると、カッツが緑色の火の玉に囲まれ、身動き取れない状態になっていた。

 1つ1つは小さいが、数が多すぎる。

 何十、いや百は優に超えていて、奴の周りを囲み、じりじりと包囲を狭めている。


「だ、誰か助けてくれぇ!」

「動くな! 少し我慢しとけ!」


 こっちも少々の損傷は我慢だ。

 全速力でカッツの所へ走り、手を伸ばす。


「……っちぃッ!」


 煙草を押し付けられたような痛みが左腕を中心に次々と襲ってくる。

 我慢だ我慢!


 目を閉じたくなるのも何とか我慢し、掌にカッツの体が触れたのを知覚したのとほぼ同時に、すぐさま視界の先へとブラックゲートを発動。


「……ふぅ」

「わりぃ、助かった」


 俺の実に素早く勇敢な判断のおかげで、互いに大した火傷にはならなかった。

 とはいえ熱いものは熱いので、グリーンライトで治療を行う。

 焼き尽くす相手を失った大量の火の玉も全て消滅していた。


「また貸し1つな。つーかああなる前に避けろよ」

「無理言うなって、いきなり大量に火の玉が出てきやがったんだよ」

「今のは火系統の中の上級魔法、"道連れる蛍火"ですわ!」


 お前はそうやって魔物の相手をしてる時まで解説を忘れないのか。

 にしてもえげつない魔法を使いやがって。

 もう危険を恐れてる場合じゃねえ、ガンガン攻めてかねえと。

 大包丁を右手に握り直し、左手で牽制のクリアフォースを撃ちながら接近だ!


「そりゃそりゃッ! ……あれ?」


 多分当たらないんだろうなと高を括っていたんだが……今度はあっさりと命中した。

 しかも体を貫通して、さっきの悪夢の霧の如く、煙のように消滅していく。


 あまりに簡単すぎて、逆に疑わしい気持ちになる。

 魔法を使った直後で無防備だったと解釈するにしても納得しがたい。


 まあいいか、考えても分からんことは無視だ。

 それよりも、坊ちゃん達が狙おうとしている、残ったもう1体の魔女の影を……


 ……影?

 いや、霧!?


 突如として湧き起こり始めた黒い霧で視界が急激に黒みがかり、見辛くなっていく。

 咄嗟に後方へと退避するが、地面のあちこちから次々と吹き出てきてキリがない。


 黒い霧の発生源は、俺達が討った魔物たちの死骸だった。


「"殉教に至る病"だと!? おのれ、このような外道の法まで……邪教の徒め!」


 聞いたことがない名前だったが、執事の口ぶりからして魔法らしい。

 各所から湧いた霧は明らかに指向性を持っているようで、互いに寄り集まって大きな一塊になり、かなりの速度で標的を目指していた。


 標的は、俺ではなかった。


「ユーリ=ウォーニー! 女子達の傍につけ! 結界は間もなく破壊される!」

「は? マジかよ!」

「それは聖なる力を冒す魔法だ! 亡骸から力を集めている分、尚更防ぎ切れぬだろう! 霧そのものは人体に影響はない、急げ!」


 高速で飛び回る八面怨恨に剣を刺しながら坊ちゃんが言う。

 ダメだ、この距離だともう結界は守れない!


「分かった、今行くぜ!」

「君達は結界から出るな!」


 まさか、最初からこれが狙いだったのか!?

 結界を壊す力を得るために、大量の魔物をけしかけて殺らせて……


「ユーリ!?」

「おにいちゃん!」

「大丈夫だ、俺がついてる!」


 ブラックゲートでタルテとジェリーの傍まで飛ぶ。

 空気中に墨汁をぶちまけたように真っ黒い霧は、既に結界内に侵入していた。

 つまり、もう結界は音もなく破壊されていた。


「ホワイトフィールド!」


 あえて声に出したのは、もう1つの結界があると2人に教えて安心させるためだ。


「タルテ、ジェリー、霧が晴れるまで動くなよ」


 まずはこの霧を何とかしねえと。

 視界が悪いってのは色々と厄介だ。

 外部の敵はみんなに頼むとして……


 と、段々と霧が晴れていって、視界が元の明度を取り戻していく。

 俺はまだ何もしてないってのに、どうして勝手に消えてんだ?

 誰かが魔女の影をやっつけてくれたのか?

 いや、みんな交戦中だし、魔女の影の片割れも健在だ。


「ああっ!?」

「あああああああっ!」


 思索の最中、耳をつんざく2つの悲鳴がすぐ後ろから上がって、思わず飛び上がりそうになる。

 突然だからじゃなく、声だけで分かるくらい様子が異常だったからだ。


「お、おい、どうし……っ!」


 振り返った俺の目に映ったのは、顔を背けたくなるような2人の姿だった。

 ピンと伸ばした身体を痙攣させ、焦点の合わない瞳を大きく見開き、開いた口から言葉の体をなさない叫びを発していた。

 結界が破られた恐怖心が原因とは思えない。


「……くそッ、やられた!」


 原因はすぐに分かってしまった。

 さっき、似たような現象を目にしてしまったからだ。


 魔物の"悪夢の霧"が、黒い霧の魔法の中に紛れてて、タルテとジェリーの中に入り込みやがったんだ!

 結界を破壊した時点で既に……


「タルテ! ジェリー! しっかりしろ!」

「いや、いやああああああっ!」

「あああう……!」


 タルテは弓を放り投げて髪を掻きむしり、ジェリーも激しく首を左右に振り、結んだ髪を蛇のように波打たせる。

 普段からは想像もつかない2人の振る舞いに、吐き気を伴うような嫌悪感が急激に込み上げてきた。

 ジェリーよりもタルテの方が酷く見えるのは、精神的な問題か。


 ほとんど無意識に、俺の右手は勝手に大包丁を離し、更に左手と一緒に前へ伸ばしていた。

 俺の本能も捨てたもんじゃないと思う。

 完全に正気を失った2人が駆け出しそうになったのを、すんでの所で捕まえられたんだからな。


「落ち着け! 気をしっかり持て! おいタルテ、ジェリー!」


 だが、その先に至る勇気がなかった。


 目録にも対処法が書いてあったが、悪夢の霧を追い出すのは難しくない。

 聖水を飲ませるか、意識を喪失させればいい。

 ただ手持ち分の聖水はもう狩りの前に武器へかけちまったし、馬車に積んであった在庫もさっき馬が突っ込んじまった際どっかに行っちまってる。

 取れる手段は後者だけだ。


「……くっそおお!」


 分かってる。

 やるべきことを頭では分かってたけど、体が動かなかった。

 日常で見せてくれる、きつい目を緩めて唇をわずかに開くタルテの微笑が、ジェリーの可憐な笑顔が、脳裏にちらついて離れない。


 馬鹿野郎、今は思い出すな。忘れろ。

 やれ、やるんだよ!

 やらねえと2人が大変なことになっちまうんだぞ!

 こうやってバタバタ暴れてるのは本当の姿じゃねえんだ。

 2人だって開放されるのを望んでるんだ。

 ああくそ、グリーンライトじゃ追い出せねえって分かってるのに、どうして俺は使い続けてんだよ!

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