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46話『ユーリとラレット、タゴールの森で腕比べをする』 その4

「これ以上続けても無駄なのでは? 素直に降参すべきでは……」

「その辺にしておけマンベール。男を侮辱するものではない」

「は、申し訳ございません。言葉が過ぎました」


 執事とは対照的に、坊ちゃんは特に侮蔑するつもりはないみたいだった。

 卓の上に肘をついて両手を組んで、ぱっちりした目をわずかに細め、俺を見てくる。


「どうだ、今からでも遅くはないぞ。素直に頭を垂れて請えば、先刻提示した通り点数を与えようではないか」

「は? だからいらねえっての」

「恥じることはないのだぞ。ある意味では当然の結果だ」

「途中経過だけで判断すんなよ。勝負ってのは最後までやらなきゃ分からねえんだぜ」

「頑なに拒む君の考えは読めている。"水銀魚"を狩れば逆転の目があると思っているのだろう。だが、低得点の魔物すら発見できぬような者が、水銀魚を狙うなど愚行の極みだぞ。私とて遭遇したことがないのだからな」

「その初めてが今日来るかも知れねえだろうが。それにこの後、魔物が大量に出てくるかもしんねえし」

「ふっ、希望に縋るのも度が過ぎればただの愚行、かつてこの森に巣食っていた狂信の徒と変わらぬぞ」


 流石にムカっと来て、馬鹿野郎俺達を舐めんじゃねえ、って言ってやろうと思った時、隣に座っていたタルテが立ち上がった。


「む、なんだ」

「……彼に代わってわたしからお願い申し上げます。ラレット様、どうか……」

「待て待て待てぃ! ダメだ、それ以上言うんじゃねぇ!」


 声を上げてタルテの肩をひっつかんで、グッと下に押し込んで座らせる、という一連の行動を、ほとんど反射的に行っていた。


「でもこのままじゃ勝ち目はほとんどないわよ。そうなったらあんた、大変なことになっちゃうのよ」

「お前に頭を下げさせるくらいなら、裸で逆立ちして聖都一周した方がマシだってんだ」

「わたしだって、あんたにそんな恥ずかしいことをさせるくらいなら、頭を下げた方がいいって思ったのよ」

「アホ、いいんだよ俺は別に。恥かくのは俺だけなんだ」

「アホってなによアホって!」


 危うく口論になりそうになったが、坊ちゃんのわざとらしい大きな咳払いのおかげで何とか踏み留まれた。

 まさか敵に助けられるとはな。


「鎮まるがいい、君達2人の心意気は分かった。先の提案は撤回する、これが最善の落とし所だろう。だが敗北した場合の罰までは取り下げぬぞ」

「ああ、悪いな坊ちゃん。な、タルテもいいだろ。俺を信じろって。負けねえから」

「……分かったわよ、そこまで言うなら信じてあげる」

「話が思いの外長引いてしまったな。食事にするとしよう」


 落ち着いた所で、さあこの美味そうなメシを腹一杯食うぞ……

 なんて訳には行かなかった。


 理由は言うまでもなく、餓狼の力を鈍らせる訳にはいかないからだ。

 大差をつけられている状況ならば尚更である。

 ここからはガンガン見つけて狩っていかねえと。

 タルテの実戦経験の上積みをさせつつ、俺も積極的に狩りに参加する必要がある。


「どうした、食べないのかね」

「いや、その……」

「嫌いな食べ物でもあるのですか? 全く、子どもですね」


 敵の施しは受けねえよ、と言おうにも今更説得力がないし、こんなまずそうなもん食えるか、なんてウソは口が裂けても言いたくない。


「いや、実はさ、腹を空かせとかねえと力が出ねえんだよ、俺。そういう力を持ってるんだ」


 しょうがないから、本当のことを話すことにした。

 諸々の備品だけでなく、こうしてメシまで用意するほど対等であろうとしてくれるなら、こっちも手の内を明かすのが礼儀だろう。

 もっと早くそうしろよ、って突っ込みが聞こえてきそうだが、そこは御愛嬌だ。


「何だと? 訳の分からぬことを」

「ラレットさん、ユーリ様が今仰ったことは偽り無き事実ですわ。ユーリ様は他の誰もが持ち得ないような、不思議な力をお持ちなのです」

「ならば後学の為に是非とも見せてもらいたいものだな」


 言われるがまま、虚空に向けてレッドブルームを放ってやると、餓狼の力を知らない人間が全員目を見開いた。

 これまで無表情を崩さなかった記録係までもがそうなった。


「ま、魔法だと!? いや違う、詠唱も無しに……それ以前に魔力を感じもしなかったぞ!」

「ユーリ=ウォーニー殿、貴殿は一体……」

「あんま気にしないで下さい。世界は広いんすから、こういう奴が1人くらいいてもおかしくないでしょ」


 実演によってあっさり信じてもらえこそしたが、執事の俺を見る目が一層きつくなった気がするのが少し嫌だった。

 一騎打ちをさせなくて良かった、ってのが一番前に来てるんだろうけど、そんなキリキリと警戒すんなっての。


 にしてもああ、このメシを思う存分食いてえなあ!

 だって見ろよ、この上等そうなパンや羊肉といい、色鮮やかな野菜をテリーヌにした奴とか、見てるだけで唾液が次々分泌されてくるぜ。


 いや我慢だ。

 素っ裸逆立ち聖都一周はダメだ、絶対阻止だ。

 正直自分で言っといて少し後悔しつつあるが、男として取り下げらんねえ。






 結局用意してもらった食事には一切手をつけず、タルテからもらったサンドイッチだけをこっそりとちょっとかじって、空腹状態のまま後半戦を迎えることにした。

 昨日の夜からほとんど飲み食いしてないから、思考力にも悪影響が出てるような気がするが、もうしばらくの辛抱だ。

 ちょっと気持ちが悪いけど、サンドイッチから得た力のおかげで大きな問題はない。

 大包丁は振れるし、ちゃんと動けもする。

 勝負が終わったら貪ってやるからな、待ってろ俺の胃袋。


「ユーリ」


 再び坊ちゃん達と別れ森に入って少し経った後、タルテが声をかけてきた。


「あの、さっきはごめんなさい。あなたの気持ちを考えないで勝手なことをして」

「馬鹿、謝んなって。元々は魔物を見つけらんなかった俺の責任だ。でもこっからはガツガツ行くからな。緊張してる暇はねえぜ、外してもいいからガンガン撃ってけよ」

「ええ、頑張って得点を稼ぎましょう」


 タルテは頷き、ギュッと握っている弓を軽く持ち上げた。


「よっしゃ、たかが50点くらいの差が何だってんだ。スポーツ漫画の如く、余裕で逆転してやろうぜ」

「すぽーつまんが?」

「点を取りまくりゃ、そんな疑問も吹っ飛ぶってもんだ。よし、もっと奥行くぞ奥。俺の餓狼の力とお前のメルドゥアキの弓でぶっ飛ばしまくってやろうや」


 もはやタルテも、深入りすることや道を外れて進むことに異を唱えるつもりはないようだ。

 俺達は、森のより奥深くへと侵入していく。

 ただ一応、比較的歩きやすい所を選ぶようにはしなきゃな。


 枝や藪を排除し、足元を確かめ、魔物の存在に注意を払いながら、奥へと進む。

 どんどん、と言うにはちょっとゆっくりかも知れないが、進む。


「ん?」


 やっぱり道を外れたのは正解だったみたいだ。

 想定よりも早く異変が起こった。


 ガサガサという音が聞こえ、前方の草木が不自然に揺れるのが確かに見えた。

 早速魔物のお出ましか、幸先がいいじゃあねえか。

 振り返らず、タルテに武器を構えるよう手で合図し、俺も大包丁を構える。


 さあて、一体どんな魔物だ。

 できれば水銀魚がいいんだけど……

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