46話『ユーリとラレット、タゴールの森で腕比べをする』 その3
実物は絵以上に気持ち悪いな。
ほぼ白骨化した死体の背中から一本にょきっと太い柄が伸びてて、脳みそみたいな傘がついている。
ただ2点と低得点なだけあって危険性は低く、対処は容易とのことだ。
狩っておいて損はないし、タルテの試射にもうってつけだな。
大きさ、距離、危険性、いずれも的として申し分ない。
「よし、早速出番だぜタルテ。この状態だと俺のクリアフォースやレッドブルームじゃあ無理があっから、一発ビシっと頼むわ」
「え、ええ」
タルテは声を上擦らせ、メルドゥアキの弓をそっと構え、背中から弓を一本抜き取る。
市販品ではない異形の弓を見ても、記録係は眉ひとつ動かさず、俺達の動向を傍観していた。
「ど、どこを狙えばいいのかしら」
「あの脳みそみたいな傘の部分だ。人間部分を攻撃しても意味がないからな」
距離は……大体30~40メーンくらいか。
メルドゥアキの弓は通常の弓よりも少ない力で、より強い威力を出せるらしいから、タルテでも充分行ける距離だろう。
問題は木の幹や、そこから張り出した枝が遮蔽物になってることぐらいか。
頃合いを見計らって射る必要がある。
「急いで撃たなくてもいいからな。いつも通り的を付けて、丁寧にやりゃいい。俺の頭上の箱を狙うより簡単だろ?」
タルテは唇を引きつらせて微かに作り笑いをし、何度か深呼吸をした後、そっと矢をつがえた。
よしよし、いつも通りの流れだ。
緊張は抜けてないけど、力みすぎてる様子はない。
弦を引き切った所で、本体の魔眼が光り、キノコ人間の本体付近に刻印が浮かんだ。
敵は異変に気付いていないのか、立ち止まりもせず、ノソノソと右から左へ、足を引きずるように歩行を続けている。
刻印も、それに合わせてゆっくりと動く。
最悪、外してこちらに気付かれ、襲いかかられても問題はない。
この森、木が割とまばらだから、大包丁も振り回せる。
「……っ」
俺の予想よりも早く、タルテは発射した。
悪い意味でそうなったんじゃないってのは、矢の軌道で分かった。
タルテの手を離れた矢は木々をすり抜け、的に吸い込まれるように、いや最初から的なんかなくても良かったんじゃないかと思うくらいの正確さでキノコ人間の本体を射抜き、いやぶち抜いて行った。
「……や、やった!」
「っしゃあ!」
支配から解き放たれた死体が崩れ落ちるのと同時に、まるで点を取ったバレーの選手か何かのように、俺達は思わず手を合わせて喜んでしまう。
「な? イケたろ? つーか凄えよ、あんな素早く撃つなんてさ」
「少し強気に行った方がうまくいくって思ったの。わたし、これで少しは戦いでもあなたの役に立てたかしら」
「そりゃもうバッチリよ相棒。毎日練習した成果が出たな」
「ええ、わたし、これからも頑張るから。練習もたくさんするから」
喜びを噛み締めている様子のタルテを見て、ちょっと大げさじゃねえか(実戦で成功したことにじゃなく、役に立つ云々についてな)と思ったが、言わなかった。
ちらりと横目で記録係を窺うと、無言かつ無表情で筆を動かして自分の仕事をしていた。
これからもっと仕事させてやるからな、覚悟しとけよ。
「……おかしいな」
せっかく上々の滑り出しで盛り上がってるってのに、その後は全然魔物が出てこなくなった。
つまり俺達の獲得点数は、未だ2点のままってことだ。
地図に従って魔物が出やすい所に行ってるってのに、おかしいな。
「タルテ、見つけらんねえか」
「あなたに分からないんだから、わたしにも分からないわよ。さっきのはたまたま目についただけだし」
首を振られる。
ただ、大分緊張も解れたようなのは何よりだ。
「やっぱ道を外れないのがダメなのかな。ちょっと外しつつ、奥に進んでみっか」
「危なくないかしら。それに場所が悪いと、わたし、また役立たずになるわよ」
途端に不安げな顔をされる。
「もっと自信持てって。お前は自分で思ってるよりやれるんだ。それにどんな所でも守りはするよ」
とは言っても、結論を出す前に確認しとくか。
相手が今どんな状況か聞いとこう。
アニンのことだから、言わなくても回線は常に繋げてくれているはずだ。
ちょっと待ってろ、とタルテに手で合図して、ブルートークを使う。
――アニン、聞こえるか?
――いかがした、ユーリ殿。
期待通り、ちゃんと反応があった。
――坊ちゃん達の調子が気になってさ。どうよ?
――順調に狩りを続けている。大雑把な計算だが、少なくとも現時点で50点は超えているな。
――マジかよ!?
――執事のみならず、ラレット殿も相当なものだぞ。年若いというのに、難なく魔物を仕留め続けている。して、ユーリ殿の方はいかがか。
――お、俺達は……100点狙いの最中よ。
――つまり、芳しくはないということだな。良いのか、このままでは裸で逆立ちして聖都を一周する羽目になるぞ。
――分かってんよ! 勝つから! 俺ぜってえ勝つから! んじゃ!
……やべえな。
やっぱり坊ちゃん達、慣れてるだけあって、ガンガン点を稼いでやがる。
「攻めるぞ」
えっ、という顔をするタルテに、耳の下を指差す"合図"を出す。
念の為、記録係には聞かれない方がいいだろう。
――今アニンに確認したんだけど、相手はもう50点以上取ってるみたいだ。
――もうそんなに!?
――顔に出すな、怪しまれる。分かっただろ、安全策を取ってる場合じゃねえ。攻めまくらねえと負けちまう。
「ユーリ=ウォーニー殿」
「な!? なんすか!」
ま、まさか怪しまれちまったか!?
「そろそろ休息の時間となります。一度出発点までお戻り下さい」
「そ、そうすか。分かりました」
ブルートークのことはばれずに済んだみたいだ。良かった。
――あんたの方が動揺してるじゃないの。
――う、うるせえな。普段喋らねえ人が急に声かけてきたからビックリしたんだよ。
狩りの最中は完全に観察者に徹している記録係だったが、引き返す際は先導してくれた。
その道中も、やっぱり魔物は出現しなかった。
「……あっ、おにいちゃんたちだ! おかえりなさい」
「おう、ただいま」
森の邪気を敏感に察知していたジェリーだったが、特に体調が悪くなったりはしてないようだ。
「ふん、遅かったな」
坊ちゃん達も既に戻ってきていた。
手傷はおろか、服に汚れさえない。
侮っている風には見えない辺り、まだこっちの得点状況を知らないんだろう。
「まあいい。君達の分も食事を用意してある。汚れを落としたら席につくがいい」
結界の内側には、食卓がこさえられていた。
即席で用意したもんだろうに、白いクロスを引いた卓の上に花瓶だとか、日中だってのにわざわざ燭台を置いている辺り、やっぱりミスティラと親交のある貴族様だなと思ってしまう。
身を清めて着席して、さあメシだ……とはならず、まずは互いの途中経過を報告しあうことになった。
大体の結果はもう知ってるけど、一応初めて知ったふりをしておかなきゃな。
タルテやアニンにも目配せをし、伝えておく。
記録係2人が、各々監視していた組の得点及び内訳、そして不正がなかったことなどを読み上げる。
「うっわ、マジかよおおお!」
正確な得点は、2対56。
改めて具体的に突きつけられると、演技をせずとも頭を抱えたくなるような点差だった。
「ユーリ様……」
「無様ですな。威勢の割にその程度ですか。もしや森の中で逃げ回っていたのではありますまいな」
坊ちゃんの脇に直立している執事が、ここぞとばかりに上から言葉責めを浴びせてきやがる。
魔物が出てこねえんだからしょうがねえだろ、と反論してやりたいが、火に油を注ぐだけだろう。