46話『ユーリとラレット、タゴールの森で腕比べをする』 その2
「貴様、坊ちゃまに対してその口の利き方はなんだ!」
「よい。大した自信だな。後になって後悔しなければ良いのだが」
「しねえよ。それとな、質問じゃねえけど、不公平つながりでこっちからも1個付け加えさせてくれよ」
「ほう、言ってみるがいい」
「もし俺が負けたら、正式に罰を受けさせてくれ」
「どのような罰を受けるというのだね」
「裸で逆立ちしながら聖都を一周する、ってのはどうよ」
「ちょっとユーリ、そんな約束していいの!?」
「心配すんな。負けたとしても、もちろんお前はやんなくていい。これは元々俺と坊ちゃんの勝負だからな。そうだろ?」
「ふむ……些か品位に欠ける行為ではあるが、罰としては充分か。良かろう。無論、そちらの君は免除で構わぬ。婦女子に卑猥な行為を強いる訳にはゆかぬからな」
「わたしが言いたかったのはそうじゃなくて……」
「つー訳だ。俺のうまい棒を衆目に晒す羽目にならないよう頼むぜ、相棒」
タルテの真意は分かってたけど、あえて無視して軽口を叩いたら「下品っ!」と肩を強く叩かれた。
うまい棒を知らないはずなのによく反応するわ。
「今の宣言を裏切るなよ、ユーリ=ウォーニー」
「男に二言はねえ。親から譲り受けたこの大包丁にも誓ってやるぜ」
「うむ、それでこそ男だ」
「ラレット様、こちらの準備は整ってございます」
話の切れ目を見計らってたんだろう、道具を使って結界を張っていた従者の1人が、立ち上がって一礼した。
「御苦労。勝負の最中、万が一危険な状態になったならば、ここへ逃げ込みたまえ。魔物如きには破れぬ堅牢さを誇る結界だ。薬の用意もある」
「どうもっす」
多分世話になる機会はないだろうけどな。
「わたくしはこの場にて、御二方の健闘をお祈りしておりますわ」
「おう」
「ミスティラ嬢、苦味を伴う青いものではありますが、勝利の果実を貴女に捧げることをお約束致します」
膝をついて恭しい態度を取る坊ちゃん。
つくづく大げさな奴だ。
「ジェリーもここで待ってな。結界があるから安全だし、ミスティラが一緒だから寂しくないだろ」
「うん、そうする」
ジェリーは素直に頷いた。
「おにいちゃん、おねえちゃん、がんばってね」
「おうよ」
「それと、気をつけてね。あぶないことしすぎて、ケガしたらいやだよ」
「ああ、大丈夫だ」
「ふむ、君は確か花精の血が流れているのだったな。この森に残る邪気を感じ取ったのだろう。だが案ずることはない、確かにここはかつて、聖竜王・トスト様に仇なす邪教徒どもの根城であったが、今となっては過去の遺物に過ぎず、彷徨う亡者や魔物が残るのみ。聖水の用意や、このように結界も張ってあるのだ。安心したまえ」
「坊ちゃんもこう言ってるんだ、いい子にして待ってなって」
「……うん」
「では、この時をもって勝負開始とする!」
約束をした時と同じく、俺と坊ちゃんは再び互いの剣を抜いて交差させ、ミスティラとジェリー、そして従者を残して森の中へと足を踏み入れた。
「んじゃ、俺達はこっちに行くか」
「もう別方向に行くの?」
「多分、坊ちゃんたちにぴったり付けて獲物を横取りする作戦は読まれて対策されてるだろうからな。何より、一緒に行動してたら精神衛生上良くないだろ」
「……確かに」
獣道に従って、森の奥へとゆっくり進んでいく。
俺が先頭で、真ん中にタルテ、最後尾に記録係兼監視係の男――ディケットという名前のおっちゃんがくっついている。
一応、何のあてもない訳じゃなく、魔物が出現しやすい場所が付記された森の中の大まかな地図も事前に渡されていて、それに従って歩いている。
さっきからタルテは一言も口を開かなかった。
振り返らずとも、緊張がかなりの度合いにまで達しているのが、気配だけで分かる。
まだ魔物は出てきそうにないし、ちょっと話でもしとくか。
こういう場合は下ネタじゃない方がいいだろう。
「タルテ、一覧表見して」
「え? ええ、はい」
いったん立ち止まり、受け取った得点一覧表を、改めてざっと眺めてみる。
2点:キノコ人間、キノコ犬……
3点:残骸蛙、残骸蛇……
5点:悪夢の霧、病みし頭骨……
けっこうな種類がいるが、遭遇したことのある魔物は1体もいなかった。
しかしご親切なことに、それぞれ絵や解説がついているため、全く想像できないってことはない。
「にしてもこの顔ぶれだと、狩りっつうか除霊だよな。霊体系とかばっかじゃんか。鬼の手が欲しいよなあ」
「鬼の手? そんなに強力な魔具なの?」
「強力、っちゃあ強力かな。でも今は無いものねだりって奴だな、うん」
鬼の手の何たるかを知らないタルテから、こういう反応が返ってくるのも無理はない。
ちなみに最も得点が高いのは、"水銀魚"とかいう奴で、高得点帯の魔物が軒並み10点の中、なんと100点が設定されているが、滅多に出会えない希少な魔物らしい。
おまけに攻撃が当たりにくく、魔法も効かず、極端に臆病な性質で、すぐに逃げてしまうんだとか。
こういう奴を見るとウズウズしてしまうんだが、これはもうしょうがない。きっと俺の性なんだろう。
また、この一覧にない魔物を狩っても得点にはならないが、そのような事態はまず起こらないらしい。
「やっぱさ、男ならこの水銀魚を狙って一発狙いがいいよな。お前どう思うよ」
「……ええ、いいんじゃないかしら」
わたしは女です、なんて突っ込む余裕もないくらい緊張してるようだ。
それと多少の遠慮もあるんだろう。
戦闘に関して素人の自分が口を挟んでいいんだろうか、と。
「もっと力抜いて行こうぜ。ホワイトフィールドもあんだから心配ねえよ」
「信頼はしてるんだけど」
「頭で分かってても体が納得しないことってあるよな。ま、やってる内に慣れんだろ。……ああそうだディケットさん」
解しておきたいのはタルテだけじゃない。
「ディケットさんって、これまで何度も記録係を務めてるんですよね。だったらお勧めの狩場とか知りませんかね」
「お答えできかねます」
「えー、こっそり教えてくれてもいいじゃないっすか。ダメすか?」
「はい」
同行者に尋ねてみたが、案の定けんもほろろに突き放された。
坊ちゃんの敵だからってんじゃなく、単に規則違反になるからだろうけどさ。
この記録係、かなりの無口で、こっちから話しかけない限り口を開こうとしない。
まあ、仕事上そう振る舞ってるってのもあるんだろうけどさ。
というか、何気に凄い人である。
こうやって歩いている今も完璧に気配を消しているだけじゃなく、森の中だってのに物音1つ立てていない。
狩りの記録係より、隠密に向いてるんじゃないのか?
にしても、危なげな気配は漂っているものの、一向に魔物が現れねえな。
周りを見ても、背の高い木、生い茂った草ばかりが延々と広がっている。
「何だよ全然魔物出ねえじゃねえか。俺達に恐れをなしてるのか? なあタルテ」
「俺達、じゃなくて、ユーリ個人にじゃないかしら」
「お前、真面目に……じゃなかった、謙遜すんなって。ねえディケットさん、こいつ凄いんすよ、もうビシバシ獲物に矢を突き立てちゃうんすから」
「そうですか」
無表情なままのおっちゃんと、顔を赤くして異常なまでにぎこちない笑顔を作るタルテ。
……和むには時間がかかりそうだ。
「……ねえ」
と、タルテが、押し殺した声を発する。
「あれ、右の、曲がってる木の奥」
「お、獲物だな」
滑舌が悪くなった早口に従って、薄暗い森の奥の方へ目を凝らすと、人の形をしたモノがもぞもぞと移動しているのが見えた。
えーと、あれは"キノコ人間"だな。
死体に生えて操るキノコ型の魔物だ。