7話『奴隷タルテと異邦の幼女ジェリー、解放される』 その2
「無論、私も同行するぞ」
「ああ、頼む」
旅慣れているアニンは、是非ともいてもらいたい存在だ。
ジェリーと同性ってのも助かる。
「さーて、ひとまず今日の所は帰ってメシ食おうぜ。ジェリーは何が好きなんだ?」
「ジェリーはね、ケーキが好き。いちごがたくさんのってるケーキ」
「いちごケーキか。よっしゃちょうどいい、美味い人気のケーキ屋を知ってるんだよ」
「ほんと?」
「おう。ただ今日はもう売り切れちまってるだろうから、明日行こうな」
「うん」
「タルテは何のケーキが好物なんだ?」
「えっ、わたし?」
ジェリーが打ち解けてくれたと思ったら、今度はタルテがまごつき始めた。
「もしかして甘いものが苦手なのか?」
「ううん、好きだけど。そうじゃなくて……その、わたし、いいの?」
「今さら気にすんなよ。ほれ、契約書。これでお前は完全に自由だ」
書きたてホヤホヤの紙をちらつかせる。
するとタルテの奴、嬉しがるどころか、ますます深刻な顔になっちまった。
「……ごめんなさい」
「はあ? 何でここで謝るんだよ」
「結局、周りに迷惑かけてばっかりで……覚悟してたはずなのに……クィンチには勝てなかったし、わたしってほんと、弱くてダメね」
これまでどんな人生を送ってきたのか分からないけど、こりゃ相当根が深いな。
「んなこたねえだろ。聞いたぜ、ここに来る時、魔獣からおっちゃんをかばったんだって? カッコいいじゃあねえか。お前も立派なヒーローだよ」
「わたしが、ひーろー?」
「それと、"おじさま"なんてガラでもない呼び方されて感激してたぜ。帰ったらもっと言ってやれよ。ついでに口を滑らせたことも怒ってやれよ。
少し話がそれたけど、要するにだ、お前は自分で思ってるほど弱くないし、価値があるんだよ。……それと、ヒーローだとか絶対正義とか関係なくさ、俺、お前と知り合えて良かったって思ってるんだぜ」
「……ほんと?」
「家族みたいっつーか、初対面から一緒にいて居心地が良かったんだよ」
これはウソじゃない。
「ユーリ……!」
「それとも、今度は俺の奴隷にでもなるか?」
「…………それは、イヤ」
冗談っぽく言ったら、露骨に顔をしかめられた。
「そうだよな」
「奴隷にはなりたくないけど…………その、わたし……あなたとまだ、い、いっしょに……いたい。いい、かしら」
「当たり前だろ。これからも一緒にメシ食おうぜ」
「……ええ!」
「ジェリーを送る旅には?」
「頑張って、ついていくわ」
目尻に涙を浮かべながらだが、ようやくタルテが笑顔を見せてくれた。
勝ち気な顔を、パっと輝かせながら。
初めて見た心からの笑顔じゃないだろうか。
泣きそうな顔よりそっちの方が百倍似合ってる、なんて口が裂けても言えねえけど。
と、ここでジェリーがとんでもないことを口走った。
「おにいちゃんたち、けっこんするの?」
「え?」
「ジェリーのパパとママも、ずっといっしょにいたいから、けっこんしたって言ってたよ」
逆恨みで大変恐縮なのだが、顔を見たこともないジェリーのご両親に対して、ちょっとだけ『言うなよ』と思ってしまった。
「そ、それは……お、俺らの場合はちょっと違うんだよ! ほらアレだよアレ、俺もアニンも大雑把にしかメシ作れねえから、ちゃんとしたものを作ってくれる奴が必要なんだよ! 栄養とか大事じゃん! それだけだからマジで! 別に結婚とか考えてねえから!」
「わ、わたしだって、別にこいつのことが好きなわけじゃないんだから! 誤解しないで!」
「先程の言い方では、ジェリーがそう捉えるのも当然だと思うのだが」
「ぐ……」
アニンから冷静に突っ込まれると、なおさら"やられた"感がある。
「だ、だったら行動で、け、結婚しない証拠を見せてやるよ。アニン、ほらよ」
「む……急にどうした」
ポンポンと、アニンの頭を撫でてやる。
少し身長差があるので、ちょっと不格好な形になるが。
「ここに入る前に約束しただろ。上手く助けられたら頭を撫でるって」
「いや、しかし私は先に救出できた訳では……」
「その分は差っ引いてあるよ。だから撫で"回す"のは無しな。ほらジェリー、見ただろ。結婚する人は、他の女の人にこういうことしないもんな、な?」
「??」
ジェリーは首を傾げて、よく分からないといった顔をしている。
が、アニンの方は感無量といった風に嬉しがっていた。
「ユーリ殿……私は嬉しいぞ」
「そりゃ良かった。……ところで何で睨むんだよタルテ」
「……別に」
だったらチクチクした視線を送るなよ。
いい加減に収拾がつかなくなるので、この辺で打ち切るとしよう。
三人を促し、俺達は帰路につくことにした。
クィンチのこれ以上の処遇についても、後へ持ち越すことにする。
これだけやったら、報復はしてこないだろう。
夜はすっかり更けていて、時折吹きつけてくる風は肌をピンとさせる冷たさを孕んでいた。
とはいえ、真っ暗な道を歩かずに済んでいる分まだマシだ。
クィンチの館から出る際、灯を失敬してきたためである。
「寒くないか」
アニンに背負われ、目蓋を重たげにしているジェリーに声をかけると、小さな頷きが返ってきた。
重ねて着せてやった俺のマントとタルテのケープでどこまで防寒できるか疑わしかったが、やせ我慢している様子はないようだ。
「アニンおねえちゃんは、寒くない?」
「気遣ってくれるのか。ジェリーは優しいな。私は全く問題ないぞ。むしろジェリーとくっつけて温かいくらいだ」
剛毅なことだ。
普段からあんなビキニアーマーを着てる時点で、寒さなど気にしている場合じゃないんだろう。
そのうちジェリーは、完全に目を閉じて小さな寝息を立て始めた。
緊張が解けて一気に疲れが押し寄せてきたんだろう。
家族とぐっすり寝られるように、一日も早く帰してやらなきゃな。
「ねえ、ユーリ」
ふと、隣を歩くタルテが話しかけてきた。
「わ、わたしたち、結婚しないんだからね」
「改めて確認しなくてもいいだろ」
蒸し返すようなことかあ?
「ご、ごめんなさい。……そうじゃなくて、助けにきてくれたあの時……ほ、惚れたとか何とか、言ってたじゃない」
「んー」
先刻のやり取りを頭の中で再生してみる。
えーと、俺の前に手下を蹴散らしたアニンが立ってて、階段の踊り場にタルテとクィンチがいて……
「結婚はまだ早いけど……こ、こい」
「あー、アレか。ありゃその場のノリっつーか勢いっつーか、あんま深く考えんなよ。直接的にガツンと言った方がカッコいいだろ?」
「……バカっ!」
「いてっ! 頭を叩くこたねえだろ! 何なんだよ!」
「静かに、ご両人。ジェリーが起きてしまう」
「あ、ごめんなさい」
「悪い」
「これから賑やかになりそうだな」
声の調子を少し上げて、楽しそうにアニンが言う。
その点は同意だな。これから色々と楽しみだ。