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46話『ユーリとラレット、タゴールの森で腕比べをする』 その1

 まだ薄暗く、ひんやりした空気に包まれた聖都の中を、俺達は走っていた。


「ねむ……」


 ……まあ、俺のせいなんだけど。


「あんた、いくらなんでも緊張感なさすぎでしょ!? どうして勝負の当日に寝坊するのよ! いくら起こしても中々毛布から出さえしないし!」

「あー、だってほら、ちゃんと体を休めとかねえと力を発揮できねえだろ。ギリギリまで回復に専念してたんだよ。タルテはよく寝られたか?」

「おかげさまで。あんたみたいに図太くないから」


 少し不機嫌そうに返される。

 やっぱりあんまり寝られなかったんだな。


 かつてミスティラに結婚を申し込んだというフラセースきっての大貴族、ウォルドー家の三男坊・ラレットから顔を合わせるなり喧嘩を売られてから何日か経った後、使者がやってきて、勝負の正式な日程と、詳細の記載された書簡が届けられた。

 で、勝負当日である今日に至る。

 今は朝飯を食う時間もなく(餓狼の力を使うために最初から食うつもりはなかったけど)集合場所である聖都の東側の出入口へと走っている最中だ。


「にしても、空きっ腹で走るのってしんどいよな。胃がキリキリしてくるぜ」

「自己責任なんだから文句言わないの」


 俺以外は皆ちゃんと起きて、メシを食ったみたいだ。


「サンドイッチは一応持ってきてあげたから、我慢できなくなったら食べなさい。お腹を空かせすぎて動けなくなったら元も子もないでしょ」

「お、気が利くじゃん。流石はタルテちゃん」

「付け加えると、タルテ殿の手製だぞ。果報者だなユーリ殿は」

「ちょ、ちょっと、そういうことは言わないでよ」


 はぇ~、そこまでしてくれたのか。

 昼時にでもちょっとかじらせてもらおう。


「申し訳ありませんユーリ様。わたくしも食事を差し上げたかったのですが……此度の決闘においてはあくまでも中立を貫かねばならぬ身であることをどうか御理解下さいませ」

「分かってるって、気にすんな」






 当たり前だが、先方は既に到着しているみたいだ。

 ようやく到着した出入口、その脇には馬車が2台停まっていて、坊ちゃんや執事の姿も見える。


「遅い!」


 俺達の姿を認めるなり挨拶も無しに開口一番、坊ちゃんが少しざらついた声を大きく張り上げた。

 朝イチだってのに元気一杯な奴だな。


「約束の時は既に過ぎているぞ! よもや寝坊したとでも言うのではあるまいな!」

「あー、まあ……おっしゃる通り」

「何だと!? 嗚呼、嘆かわしい! 神聖なる決闘を穢すような真似をするなど、君はどこまで私を愚弄すれば気が済むのだ!」

「決闘には遅れて到着するのが通のやり方なんだぜ。巌流島の決闘でも、武蔵だって遅刻してきたって説があるじゃんか」

「ガンリュウ? ムサシ? 誰だそれは。ワホンの人間か?」

「あ、何でもねえ、忘れてくれ」


 いっけねえ、言い訳したいがためについ向こうの知らない名前を持ち出しちまった。


「まあいい、早く乗りたまえ。君が遅れたせいで、時を無駄にしてしまっているのは事実なのだからな」


 坊ちゃんが、全く同じ作りをした馬車のうちの1台を指差した。

 先日届いた書簡にも書いてあったけど、交通手段を用意してくれるとは太っ腹なことだ。


「ミスティラ嬢は私と同じ馬車でよろしいかな? さあ、お手を」

「いいえラレットさん、1人で乗れますわ。わたくしはあくまで中立ゆえ。ですが同乗の申し出はお受け致しましょう」


 ミスティラが、俺に許可を求める視線を送ってきたので、頷き返す。

 本人が乗りたい方に乗ればいい。


 という訳で、俺達4人で1台の馬車に乗り込むことになった。

 本当に時間が押してるんだろう、聖都を出るなり、かなりの速さで走り始める。

 とは言っても運転が雑という訳でもなく、加えて馬車の作りもしっかりしていて、乗り心地は良かった。

 流石は大貴族様、人も物もちゃんとしたのを揃えてるって所か。


 動くための最低限の栄養補給として、タルテの作ってくれたサンドイッチを一口だけ食べ、後は適当に雑談なんかして馬車に揺られているうちに、目的地に到着する。

 聖都からそう離れてないとは聞いてたけど、意外と早かったな。


 今回の勝負の舞台となるのは、聖都の東に広がる、タゴールの森という場所だ。

 貴族の狩りだから、最初はてっきり平原で猟犬や鷹なんかを使いながらやるもんなのかと思ってたけど、実際はそんなお上品なものでもなく、魔物との戦闘と変わらないみたいだった。


「……っ」

「どうした、寒いか?」


 森と平原の境界付近で停まって、馬車から降りるなり、ジェリーが風邪の引き始めみたく体を少し震わせた。


「ううん、へいきだよ。なんかね、あの森からよくないかんじがしたから」

「うむ、奥の方で邪悪な気配が渦巻いているのがここまで伝わってくるぞ」


 アニンも、目を細め森の奥をじっと見て言う。


「言われてみりゃ確かにな」


 一筋縄じゃいかないような場所だってのは、一応俺も分かっている。

 だいたい森の第一印象自体がコクスの大森林よりも陰気で、あっちは"生きている森"だったが、こっちは"死んでいる森"みたいだ。

 別に枯木ばかりとか気持ち悪い植物だらけって訳じゃなく、普通の森っぽいんだけど、悪い意味で違和感がある。

 ジェリーは花精だから、この辺りのおかしさを敏感に察知したんだろう。


 この前ミスティラも教えてくれたけど、確かこの森は……


「早速腕比べを始めるぞ」


 と、もう1台の馬車から降りてきた坊ちゃんが、時間が惜しいと言わんばかりに声をかけてきた。

 森の不気味さを別段気にしている様子はない。

 続いて歩いてきた執事やミスティラも同様だった。

 実際はそんなに警戒する必要もない場所なんだろうか。


「事前に送付した書面にて既に把握しているだろうが、改めて規則を説明する。マンベール」

「は。……腕比べの内容は、ここタゴールの森に出没する魔物を狩り、総得点を競い合う、というものでございます。魔物の種類毎に割り振られた得点につきましては、御手元の一覧表で確認して頂いた方が早いでしょうから、口頭での説明は割愛させて頂きます。刻限は――」


 執事が偉そうな口調で語る内容は、事前に渡された書面と一致していたから、正直半分聞き流していた。

 要は森から出ず、制限時間内に魔物をたくさん倒して得点を稼げばいいってだけの話だ。


「――得点の記録係兼、不正を監視する審判として、当方にて人間を用意致しました」


 執事の紹介で、さっきまで馬車を操っていた御者が帽子を取り、それぞれ名を名乗る。


「この両名をそれぞれの組に1人ずつ同行させます。異存は?」

「ないっす」


 人に限らず、他の物資も全て先方が用意してくれていたが、特に猜疑心は湧いてこない。

 坊ちゃんの性格と貴族としての面子上、相手が不正を働くことはないだろう。


「随分と簡単に信用するのだな。君の仲間を我々に同行させてもいいのだぞ」

「そうか、ではお言葉に甘えて私が行こう。念の為な」


 お構いなく、と言おうとするよりも早く、アニンが坊ちゃんたちとの同行を申し出た。

 まあ付いて行かせても不利になる訳でもなし、いやむしろこっちには都合がいいから、いいか。


「――説明は以上となります」

「御苦労。追加で聞きたいことがあるならば、今の内に申すがいい」

「ないっす」

「そうか。では私から1つ提案がある。君達に持ち点を与えようと思うのだが」

「持ち点?」

「君達は当然、ここタゴールの森での狩りは未経験だろう。対する私は鍛錬などで幾度となくこの場を訪れている。これは些か公平さに欠けるというもの」

「坊ちゃま」

「それ以上言うなマンベール。さあ、何点欲しいか言ってみるがいい。望むならば50点でも100点でも許すぞ」

「は? いらねえよ。俺らを舐めんなよな。んなもんもらって勝っても嬉しくねえんだよ」


 あまりに上から物を言われたもんだから、つい口汚くなっちまった。

 ったく、見くびりやがって。

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