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45話『ラレット、ミスティラに求婚した坊ちゃん』 その2

 燃えに燃えている顔は俺に向けていたが、指差したのは扉側にいるタルテたちの方向だった。


「大体君は何を考えている! ミスティラ嬢のみならず、女子ばかりをぞろぞろと侍らせて! 不埒なッ!」

「おっと、そこは突っ込まないでくれ。大人の事情って奴だ」

「大人の事情だと……!? は、破廉恥なッ!」


 顔を真っ赤にする坊ちゃん。

 あー、そういう解釈しちゃうか。


「ラレットさん、どうか誤解をお解き下さいませ。ユーリ様は女性に対して、花の蕾の如くとても慎み深い御方。貴方が想像するような行為は一度たりともなさっておりませんわ」

「臆病、とも取れるがな」


 やかましいわアニン。


「それにユーリ様との同道を決めたのは、皆各自の意志によるもの。ここにいる幼い女の子、名をジェリーちゃんと言うのですが、彼女さえそうなのですよ」

「うん、そうなの。ジェリー、おにいちゃんもおねえちゃんたちも大好きだから」

「しかしミスティラ嬢、貴女は……」

「先日申し上げた通りですわ。わたくしは既にユーリ様へほぼ全ての想いを伝えましたが、夜空の星を手に収めることが出来ないのと同様、届くことはなく……

 それでもなおわたくしがこの御方に付き従うのは、愛だけが原動力ではありません。父を救って頂いただけではなく、ローカリ教の教えとも合致する気高き信念に、心より敬慕の念を抱いたがゆえ。

 一連の件について、ユーリ様に些かの恨みもございませんわ。あの時、想いを打ち明けた際、誇り高き騎士の如く誠実に、真正面から向き合って頂けただけで、わたくしの心は充分に救われているのですから」

「だ、だが……!」

「貴方を代替とすることはできないと、今一度明言致しましょう。どうかわたくしのことは過去の遺物と、貴方の中で風化させて下さいませ」


 静かな拒絶の言葉の裏に、精一杯の誠意を込めて、ミスティラは話を締めた。


「ぐっ……!」


 改めて事実を突きつけられたからか、さしもの坊ちゃんも言葉を詰まらせ、わなわなと震え始めた。

 そりゃそうだ、いくら覚悟の上とは言っても、人前でこんな晒し者のような目に遭えば無理もない。

 ましてや気位の高そうな貴族様だってんだから。


 さて、どうしたもんかと考え始めると、控えていた執事が俺達に睨みを利かせつつ、ご主人様を視線から遮るべく前に立とうと動き出す。


「構うな」


 が、坊ちゃんが絞り出した一言によって制され「出過ぎた真似を致しました」と一礼して再び下がった。


「……ミスティラ嬢」


 そのまま、まっすぐにミスティラを見据えて言葉を継ぐ。

 ここまで喜怒哀楽を抑えられるのはたいしたもんだと思う。


「このラレット=ウォルドー、貴女の先にも後にも、剣と盾と指輪、そして血を捧げる相手を知りませぬ。とはいえ、悪徳商人のように愛を押し売りするほど醜悪ではないつもりです。これ以上執拗に食らいつく真似は致しません」


 と、坊ちゃんが鋭い動きで体の向きを俺の方へ急転換した。


「……だが、やはり君を認めることはできない! ユーリ=ウォーニー! 決闘だ!」

「はあ?」


 決闘って何だよ。いきなりすぎんだろ。

 雲行きが怪しくなってきたぞ。


「君がミスティラ嬢に相応しい男かどうか、この目で見極めさせてもらう! 今日この場へ赴いた真の目的は、その旨申し伝える為だ! これは奪還の為の闘いではない! 敗者の無様な嫉妬と解釈して結構! ……しかし言っておくが、君が平民だから認めていないというのではないぞ」


 相応しいも何も、俺とミスティラは別に婚約どころか交際もしてねえっての。

 って言いたかったけど、言えなかった。


「お待ち下さいませラレットさん! 決闘などと……」

「御止め下さるなミスティラ嬢! 最早これは身分を超越した、1個の男と男の問題。婦女が踏み込む余地はございませぬ!」


 坊ちゃんの方はますます感情を昂らせ、腰に下げていた刺突剣を抜いて、突きつけてきた。

 おいおい、まさかここでやり合う気かよ。


「さあ君も剣を取れ! 安心するがいい、これは決闘の作法、互いの武器を重ね合うことで成立の誓約と見なすのだ。正式な決着は後日つけよう。それに決闘と言っても、生命を奪いはしない。もっとも君の男としての、戦士としての誇りは根こそぎ奪掠するがな。

 無論、君にのみ不利益を強いるつもりは毛頭ない。私の沽券に関わるからな。君が勝利したならば相応の褒賞を取らせよう。いや、私の方は命を惜しみもせぬ。敗れし時は仮借なくこの命、狩り取るがいい!」

「何を仰るのです坊ちゃま。軽々に御命を賭けられるなど、ウォルドー家の子息がすることではありません」

「黙れマンベール! 男子たる者、常に死を背に忍ばせながら必勝を期して戦わずしてどうする! 生まれなど関係ない! さあユーリ=ウォーニー! 私と戦え!」


 この坊ちゃん、多分マジに言っているな。

 目つきから声色、気迫まで、読み取れる要素はいくらでも見つけられた。


 実際、腕は立つんだろう。

 今こうやって剣を突き出している姿にも分かりやすい隙がないし、剥き出しになっている感情を抜きにしても力が漲っているのが伝わってくる。

 とは言っても、命を奪うとか奪わないとか、物騒なのはご勘弁願いたいんだが。


「怖気づいたか! 逃げるならばそれも良し、だが末代まで君の臆病を笑ってやるぞッ!」


 正直言うと、こんなことで決闘なんてバカバカしいと思っていた。


「分かった分かった、それで気が済むなら受けて立つよ」


 でも、断れなかった。

 だって、坊ちゃんのこんな真剣さを見ちゃあな。


 坊ちゃんは本気でミスティラが好きなんだ。

 言葉通り、命や名誉を全て賭けても惜しくはないくらいに。


 そんな気持ちを無下に扱うことはできなかった。

 こういう奴は嫌いじゃない。

 それに……そこまで人を好きになることに熱くなれるのが、少しだけ羨ましかった。


「よく言った、それでこそ男だ!」

「お待ち下さい坊ちゃま」


 背中の大包丁に手をかけようとした時、執事が今までよりも強い調子で諫止した。


「このような平民、いえ蛮人に決闘など申し込まれては、ウォルドー家の名が汚れます。坊ちゃまは1人の男子であらせられると同時に、フラセース随一の大貴族という名誉をも常に御身に背負われていらっしゃるのです。どうかお考え直し下さいませ」

「二度言わせるな! 今は身分など関係ないと言っているだろう!」

「坊ちゃまの御意志そのものをお止めするつもりはございません。ただ、雌雄を決されるのならば、魔物狩りによる腕比べがよろしいかと存じます」

「む、狩りか……」


 手を顎に添え、考え出す坊ちゃん。

 執事がこんなことを提案してきた意図はすぐに読めた。

 正面切ってのタイマンじゃ坊ちゃんの勝ち目が薄いと見たな。


「……確かに、狩りでも互いの技量を競うこともできる、か」

「いかがですユーリ=ウォーニー殿。ラレット様と直接剣を交えずに済み、安堵こそすれど、まさか断るなどとは言いますまい」

「ああ、いいっすよそれでも」


 坊ちゃんが迷ってる内に勝手に話を進めようとしているのが見え見えだが、別に俺としてはどっちでもいい、というか確かに執事の言う通り、命のやり取りをしなくていい分こっちの方が気が楽だ。

 ただし、わざと手を抜いたり、負けてやるつもりはない。

 坊ちゃんの意を汲んだからとか、気に食わないとかじゃなく、単純に俺が勝負事に負けたくないからだ。

 やるからには勝つ。


「いいだろうマンベール、お前の意見を聞き入れよう。お前がいつも私の為を思って発言していることはよく分かっているからな」

「勿体無き御言葉ありがとうございます、坊ちゃま」

「聞いての通りだ、すまないが一部訂正させてもらう。魔物狩りによって、私と君の間においての白黒を明確にする。異存はないな」

「うーっす、ないっす」

「では、誓いを」


 改めて大包丁を背中から出し、坊ちゃんの刺突剣と交差させる。


「これにて誓約は交わされた。勝負の日取り等、詳細は追って伝えよう。なお従来の作法に従い、狩猟は2対2で行う。君も相手を選んでおくがいい。罪人でもない限り、身分や種族は問わぬ。無論私は、ここにいるマンベールを指名する」

「かしこまりました、坊ちゃま」

「武器、魔法、魔具に限らず、いかなる道具や技法の使用も自由だ。精々優れた相手を見つけるのだな」


 とは言われたが、どうすっかな。

 優秀な狩人の知り合いなんかいない。

 ましてやファミレでもなく、初めて訪れた聖都だ。

 選ぶなら、やっぱ遠距離から狙撃できるような武器を持ってる相手……


 ん、遠距離武器?

 ……あ、そうだ。


「いや、俺の方も、もう決まってるんだけど。タルテ、頼むわ」

「えっ、わたし?」


 これまで無言の観客だったのが突然の指名を受け、驚きを隠せないといった感じのタルテ。

 まあ、この状況で選ばれるとは思わないだろう。


「待って、真剣勝負なんでしょう? アニンじゃなくていいの?」

「ああ、お前じゃなきゃダメなんだ。お前がいいんだよ」

「えっ!?」


 益々戸惑うタルテに連動して、坊ちゃんの顔がどんどん険悪になっていく。


「クッ……どこまで私を馬鹿にすれば気が済むのだ君は! そのようなか弱き婦女子を、勝負の場に用いようなど……!」

「馬鹿にしてるのは坊ちゃんの方だぜ。こいつを甘く見んなよ」

「ちょっと、ユーリ」

「こいつはこう見えて相当な弓の腕前なんだ。こいつほど一射絶命を体現した存在はいないだろうよ。その気になりゃ脳みそも心臓もズドン! だぜ」


 ちょっと盛り気味になっちまったが、まあいいか。


「そう……なのか? 失礼だが、そうは見えぬのだが」

「良いではありませんか。誰を選ぼうと、坊ちゃまの勝利は揺るがないのですから」

「ふむ、それもそうだな。良かろう、好きにするがいい」


 執事の方はタルテの現状の実力に気付いたな。

 にしても勝利は揺るがないとは大きく出たもんだ。

 大した自信だけど、俺が"餓狼の力"を使った後でもその態度を維持できるかな。


「質問があるのだが、よろしいか」


 話の隙間を見計らってアニンが挙手する。


「その魔物狩り、我々は観戦しても構わぬのだろうか」

「好きにするがいい。ただし慕う男が敗北する様を見て君達が失望しても、私は責任は持てぬがな」

「心配無用。ユーリ殿の醜態は既に散々目の当たりにしている。例えば先日」

「うわああ言うな! 黙ってろ!」

「ともかく、今更失望するような仲ではないということだ」

「ふっ、大した信頼ぶりだな」


 ったく、ヒヤヒヤさせやがって。

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