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44話『メニマ、聖都に生きる娼婦』 その4

「行かずとも、常に携帯している食糧を渡せば良かろう」


 確かに、誰かに渡せるようにと、俺はいつも食糧を持ち歩いている。

 今は干し肉とショートブレッドが袋に入っている。


「私からも進呈しよう。これで当座の飢えを凌ぐが良い」


 俺に先んじて、アニンが自分の持っていた食糧――俺と同じ中身入りの袋をメニマに手渡した。


「あぅ、ありがとぅ」


 ぽかんとしながらも、メニマは素直に礼を述べる。


「さあ、ユーリ殿も」


 あったかいメシを食わせてやりたかったんだが、こうなっちまっては仕方ない。

 アニンに倣って、俺も食糧を手渡した。


「ごめんな、これで我慢してくれ」

「えぅ……あ、ありがと」

「2人とも斯様な顔をするな。この後のことも考えてはいる。今宵の慰みとなる、別の王子様を斡旋してやろう」


 アニンが、ニヤリと笑う。


「この先にある"飴と鞭"という待合所を、うむそうか、知っているか。そこにカッツという名の御仁がいる。様々な点でユーリ殿より劣りこそすれど、悪くはない相手だ。きっとお主にとって良き王子となるであろう。おっと、その際アニンという女の紹介があったと、忘れずに付け足すのだぞ」

「お前、カッツを見つけたのかよ!」

「うむ、その件についても報告しよう。さあさあ、笑顔のお姫様は王子様の元へ走るがいい。ユーリ殿は私と宿に戻るぞ」

「おい、こっちは逆方向じゃねえのか。カッツは……」

「間違ってはおらぬ、心配は無用」


 引っ張る力がもはや踏ん張れない程に強くなり、カッツのいる方向とは逆側へと強制的に連行される。


 展開の急変ぶりに頭の処理能力が追い付いてないんだろう、メニマは口を半開きにしていた。

 目の焦点も頼りなかった。

 が、段々と定まっていき、俺に向けて何らかの明確な意図を飛ばしていることに気付く。


 暗号の解読手段はすぐに理解できた。


 ――ユリちゃん、ありがとぉ。そのお姉さんにも、ありがとぉってゆっといて。おかげであたし、まだ大丈夫みたい。

 ――メニマ、お前……

 ――また会えたらいいなぁ。神様? 聖竜王様? とにかく、色んな偉い人たちにいっぱいお願いしとくねぇ。


 そう心で語りかけてきた後、メニマは満面の笑みを浮かべて、


「にはは、じゃぁねぇ」


 大げさなくらい両手をぶんぶんと左右に振って、走り出していった。

 これで……良かったんだろうか。

 まあ、とりあえず"今"を凌いで食いつなぐことはできたんだから、良しとするか。






 メニマの姿が完全に眠らずの街に溶け込んで消えたのと同時に、ようやくアニンは手を離した。


「信念を貫くのは立派だが、少しは毅然とした心胆も養っておくべきだな。完全に付け込まれていたぞ」


 と思ったら、今度はお小言の時間かよ。


「気にしすぎじゃね? あいつ、スレてないっつうか、明らかに慣れてない感全開だったろ」

「やれやれ、完全に騙されているな」


 アニンが、ため息をつきながら肩をすくめるという仕草をめちゃくちゃ大げさに取った。


「よいか、あの手の商売を生業としている女子というものは、得てして不幸を種とした話を口にし、客の同情を引こうとするものだ。水で薄めて嵩増しした酒のように、事実よりも誇張してな」

「百歩、いや千歩譲ってそうだったとしてもさ、別にちょっとメシ食ったり、話するぐらいならよくね?」


 ついちょっとムキになって反論してしまったのは、馬鹿にされてる気がしたからだ。


「だから甘いと言うのだ。よいか、堕落というものは"ちょっとだけ"という思いから常に始まるものだ。心当たりがあろう」

「むぐっ……」


 俺の反撃は、ごく短時間のうちに遮断、終了してしまった。

 

「色々言いはしたがな、一番の理由は至極単純、単に私自身、私が認めぬ女子にユーリ殿を渡したくなかったからだ」


 しかも相手方はまだ、追撃の手を緩めてくれないようだ。


「いかな性根、容姿であろうと、まだ綺麗で初心な、可愛い可愛い坊やを娼婦の元に走らせたくはないのでな」

「だから誰が初心だって……」


 俺はそれ以上喋れなくなる。

 アニンの奴がいきなり近くの壁に体を押し付けて、あまつさえ自分も息がかかるほどの距離まで迫ってきやがったからだ。


 というか、事実上密着している。

 胸こそビキニアーマーの装甲部分が覆っていて固かったが、頭部以外の大体の部分が、しっかりと俺をはりつけていた。

 触れ合う肌と肉にミスティラのような柔らかさはないが、その分野生じみた活力と熱さを感じる。

 女、というより雌に近いというか。

 あと、片脚を俺の両脚の間に差し込んできやがっていて、何を考えてるのかグッと付け根に膝を当ててきやがる。


 今の状況を正確に捉えようとすればするほど、心臓が歪な収縮を強め、背筋がむずむずして、血の巡りが特定の部位に偏っていく。

 あまりに距離が近いから、声を出すことさえはばかられて、代わりに鼻息の方が荒くなってしまう。


 何だこいつ。

 からかうにしては攻撃的すぎる。

 こういうことを仕掛けてくるのは今回が初めてじゃないし、ファミレにいた時もやられてたが、ここまで直接的ではなかったぞ。

 俺をどうするつもりだ……?


 アニンは微動だにせず、優越感たっぷりの顔を浮かべていた。

 が、前触れなく、じっとこちらへ向け続けていた翡翠色の瞳を閉じる。


 おいまさか、と思った直後、額に鈍い衝撃が走った。


「……ってぇな! 頭突きかよ!」

「ここまでの一連の反応こそが、他ならぬ証拠だ」


 既に俺から距離を空けていたアニンが、それ見たことかといった風にニヤつく。

 ぐうの音も出ないとはこのことだ。


「とは言え、嬉しかったぞ。ユーリ殿も一応は私に女を感じてくれていたのだな。熱い血潮をしかと全身、特に付け根の辺りから感じたぞ」

「ば、馬鹿お前変なこと言い出すんじゃねえ! 物理的な刺激による反射的な反応だっての!」

「何なら、その辺で少し発散するか。突き合うぞ」

「しねえよ!」


 こいつが今言った"つく"、絶対別の意味合いだっただろ。


「それと、別に俺はメニマともそうする気はなかったんだからな! 純粋にメシを……」

「必死に弁解せずとも委細承知している。"やらずのユーリ"殿」

「おいやめろ、そのあだ名で呼ぶな!」


 ファミレで傭兵仲間にいじられた時の、忌まわしい記憶が蘇る。


「そういやお前、カッツを見つけたんだよな」


 話を変えると、アニンは「うむ」と頷き、取り出した布袋を左右に振ってちらつかせた。


「取り立てておいたぞ。我が可愛い坊や、おっと失言、愛しのユーリ殿のためにな」

「おお……!」


 そうだった、最初からこいつに頼めば良かった。

 あいつ、アニンに裸で踊れと言われたら迷わず服を脱ぎ出すくらいぞっこんだったもんな。

 何でもっと早く気付かなかったんだろう。


「凄えな、どうやって見つけたんだよ」

「乙女の秘密だ。それよりも上手くやったのだ、頭を撫でてくれぬか」


 大仕事をやってくれたのだから、ついさっきの暴行未遂や、乙女などというまるで似合わない単語を無視してでも、それくらいは幾らでもやってやろうと思った。


「よ~しよしよしよし、りっぱに取れたぞ! アニン」

「……もう少し普通にしてもらいたかったのだがな」

「角砂糖、食うか?」

「結構だ」


 そもそもそんなものは持ち歩いていないけどな。


 んな下らないやり取りはともかく、随分長い間カッツに貸しっ放しだった金が、ようやく手元に戻ってきた。

 この臨時収入、いかように使ってやろうかと、渡される布袋を受け取りながら考える。


「あれ?」


 ……が、やけに中身が軽い気がする。

 元々そこまで高額ではなかったとはいえ、おかしいぞ。


「回収した手数料として、半分差し引いておいた」


 悪びれた様子も見せず、腰の辺りをポンポン叩いてアニンが答える。


「トリハンかよ。おいおい、随分でけえキリトリだな」

「良く分からぬ専門用語だが、世の中とはこういうものだ。1つ勉強になったな」


 確かに知識よりも実行力、返す言葉もない。

 でもまあ、一部戻ってきただけでも良しとするか。

 そう妥協できてしまう辺り、やっぱ俺は金貸しには向いてそうにない。

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