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44話『メニマ、聖都に生きる娼婦』 その2

「このほうがかわいいって、先輩たちにゆわれたからやっただけなのに。それにね、おっぱいも大きくしたほうがいいってゆうから、詰めてみたの。後でガッカリされちゃっても、いったん部屋に引きずり込んじゃえばこっちのもんだって」

「……は?」


 自分の意志でやったんじゃないってことを知った途端、急に醒めてしまった。

 本当かよ。

 助言ではなく、ネタにして弄ってるようにしか思えなくなった。

 ただどうやら、舌っ足らずで間延びした喋り方は演技じゃなく素らしい。


 冷静になってみると、だらんと開けっ放しになったぺたんこの胸元が、とても虚しいものに見えて仕方なくなってきた。


「ほれ、そこ、ちゃんと閉めとけって」

「これ、いいの。ぺったんこでもこうした方が、お客さん、取れるんだって」

「あのなあ、見せすぎんのもダメなんだぜ。もっと際どい所で釣らねえと。男ってのはめんどくさい生き物なんだよ」

「へぇ~……詳しいんだねぇ」

「言っとくけど、俺は未経験者だからな」


 何で俺がこんな助言をしなきゃいけねえんだか。


「あ、初めてなんだぁ。じゃあ、あたしが、忘れられない初めての夜にしてあ・げ・る」


 濃く盛られた片目をつぶって言われるが、もはや笑いも込み上げてこなかった。

 そんな俺の代わりに合いの手を入れたのは、弱々しいながらも芯がある、腹の鳴る音。


「にはは」


 特に恥ずかしがる様子も見せず、張本人が歯を見せて笑う。


「お前、腹減ってんのか」

「んー、まぁねぇ。なかなかお客が取れなくて、あんま食べれてないんだよねぇ」


 彼女の売上が芳しくないであろうことは、容易く想像できてしまった。


「もっとがんばんなきゃいけないな~、って。あたしさ、本当はフラセースじゃなくてワホン生まれなんだけどぉ」

「へえ、そうなのか。俺もワホン出身なんだぜ」

「そうなの? ね、ね、どこぉ? あたしはショルジンなんだけど」

「ロロスだよ」


 ショルジンとは、ワホンの首都だ。


「ふぅん、行ったことないなぁ。いいところ?」

「ああ、まあな」

「いいなぁ~……」


 女が、一瞬だけ寂しそうな、遠い目をしたのを、俺は見てしまった。

 まるで、この娼館街の眩しさと賑やかさに、存在そのものが掻き消されてしまいそうなくらいに。

 そうか、きっとこいつ……


「なあ、メシ食いに行こうぜ」


 俺にまずできるのは、これくらいだ。


「え?」

「とりあえず腹を満足させときゃ、少なくとも"今"だけはちょっと幸せになんだろ」

「え、え?」

「心配すんな、俺のおごりだ。つーか俺も腹減ってんだよ。ほれ行くぞ」


 きょとんとしていた女の顔が、朝日が昇って空が明るくなっていくように、みるみるうちにぱあっと明るくなっていく。


「……ほんとにぃ? いいのぉ!? やったぁ!」

「落ち着けよ。そんなぴょんぴょん跳ねると、ただでさえ少ない脂肪が余計に燃焼すんぞ」

「だって嬉しいんだもぉん。お兄さんのこともご飯の後で喜ばせてあげるからねぇ」

「いや、それはいいよ。これは単に俺の、絶対正義のヒーローとしての責務だからな」

「絶対正義の"ひぃろぉ"ってなぁにぃ?」

「腹減ってる奴を助ける奴のことだよ」

「わぁ、カッコいい!」


 娼婦をやってるとは思えないくらい、子犬のように屈託のない、黒々とした瞳を向けてくる女。

 あまりに真っ直ぐすぎて、つい気恥ずかしくなってしまう。


「ま、定義はどうでもいいだろ。行こうぜ」

「うんっ」

「おいおい、そいつを買おうだなんて物好きだなぁ兄ちゃん!」

「あははは、よかったじゃないのメニィ! 久しぶりのお客さんだよ! しっかりやんな!」


 話がまとまった時、窓から路上から、男女の野次が飛んできた。

 ったく、鬱陶しいな。ずっと傍観者でいりゃいいのに。


「あっちの方もちんちくりんで、ちんちくりん同士お似合いってか!」

「そりゃいいや、はっはっは!」

「うるせぇ馬鹿ども! このスーパーヒーローをなめんじゃねぇ! ほれ、お前も何か言ってやれって」


 1つぐらい反撃の言葉を催促してみたが、


「えへへ、お腹いっぱいになったらがんばるよぉ」


 出てきたのは、ヘラヘラと締まりのない笑顔を伴った抱負だった。


「ったく、しょうがねえな。まあいいや、この辺じゃ落ち着けねえだろうし、ちょっと離れるか?」

「んー、仕事中は"縄張り"の外から出ちゃいけないってゆわれてるんだよねぇ」

「そっか、そしたら行ける範囲でちょっとでもマシなとこを探すか」


 嘲笑が不愉快極まりないので、とりあえずこの場を離れることが先決だ。

 歩き出すと、横に並んできて手を握られる。

 ……まあ、これくらいはいいか。


 その際、何の気なしにちらりと爪を見てみたが、何とまあ悪趣味なまでに真っ赤っ赤だった。別にいいけどさ。

 それに、最初に近付いてきた女に負けず劣らず香水の臭いがきつかったが、さっきとは違ってそこまで不快にはならなかった。


「そうそう、まだ名前教えてなかったよねぇ」


 目が合うと、歯を見せて笑いながら、俺が忘れてたことを口にしてきた。


「あたし、メニマって言うの。先輩たちはメニィって呼んでるんだよぉ。よろしくぅ」


 本名……だろうな、きっと。


「お兄さんの名前も教えてぇ」

「ユーリだ」

「ユーリちゃんかぁ。じゃあユリちゃんだね」

「女みたいで嫌だな」

「なんでぇ? 可愛くていいじゃぁん。いいでしょぉ? ユリちゃぁん」


 ……好きにしてくれ。

 





 元いた場所を離れ、このギラついた欲望の空間でメシが食えそうな場所を探してみるが、ぱっと見た所適切な場所は見当たらなかった。

 さーて、だったらちょっと移動してみっか……


「ねぇユリちゃん、やっぱりあたしと遊んでくれないのぉ?」


 歩き出してまだそんな経ってないってのに、メニマが早々に再び食らいついてきた。


「悪い、そっちの方は期待しないでくれ。言っとくけど、別にお前に魅力がないからってんじゃあないからな。さっきも言ったけど、来たのは別に用があったからなんだよ。カッツって奴を探してんだけど」


 説明してみたが、残念ながら知らないみたいだった。

 やっぱりカッツのお目当てがメニマだった、なんて都合のいい展開にはならないか。


「ユリちゃん、男の子が好きなのぉ?」

「だから何でここの連中はそういう発想に至るんだよ」


 男がここへ来る目的を考えれば当然の帰結かもしれないけど、勘弁して欲しい。


「ちょっぴり付き合ってくれるだけでいいんだけどなぁ……」

「そんな悲観すんなよ。ちっこくてちょっと変わった感じの女が好きって奴もいるだろうよ。世の中にいる奴の数だけ、好みってのはあるんだから」


 えらくしょげた様子を見せるメニマに、俺は下らない気休めを言うことしかできなかった。


「ん~……」


 更には繋いでいた手を離し、俯きがちになり始める。

 そりゃそうだ。金にならない奴にこんなことを言われても意味はないだろう。


「そうゆう人を探してる余裕はない、かな」


 割と早く顔を上げ直し、並びの良くない歯を見せて笑った。

 このことについても当たり前だと思った。

 文字通り食うこと、生活がかかってるんだから、しつこくもなるだろう。


「あたし、今日中にお客を引っ張って……あっ違う、お客様を取らないとまずいんだぁ」


 ん?

 どうやら俺が想定していたのとはちょっと違うらしい。

 他にもっと重大な理由があるみたいだ。


 本当は聞かない方がいいんだろう。

 俺が首を突っ込んだ所でどうにかできる訳でもない。


「そりゃ、どういうことだよ」


 でも、聞いてしまった。

 同国出身だからじゃなく、強いて理由付けするなら、先程こいつが漏らした似合いもしない儚げな空気が俺を操作しちまったみたいだ。


「えぅ」


 メニマはしばし、驚きの表情を固定したまま俺をじっと見返したが、


「そうゆう風に聞いてくれたの、ユリちゃんがはじめてだよぉ」


 そう笑って前置きし、話し始めた。

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