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44話『メニマ、聖都に生きる娼婦』 その1

「背中だけじゃなくて、もう1つの剣も立派なんでしょう? 見たいなぁ」


 こういう下ネタも、これまでの人生でいい加減聞き飽きている。


「いや、女と遊びに来たんじゃなくて、人を探してんだけど。カッツっていう奴なんだけどさ、こんな感じの……」


 カッツの特徴を説明している内に、女の顔つきが段々と怪訝なものへと変化していく。

 腕をパッと離されて、


「……男がご所望なら、あっちの方だよ」


 こっちが地なんだろう、お察しといった風に、酒と煙草に焦げた低い声で裏道の方を指差される。

 どうやら誤解されちまったようだ。

 でもある意味その方が都合がいいので、特に否定はしなかった。

 しなくていいのか?


 だが、他の姉ちゃんにもいちいちこんな調子で応対してたら面倒というかキリがない。

 何より、万が一後世に『ユーリ=ウォーニーは男色家だった』なんて逸話が残ってしまうのはとてもよろしくない。


 だからと言って、わざわざ証明のために女遊びしようとも思わない。

 重ねて言っておくが、俺は一度たりともこういう場所を利用したことがない。


 もちろん、俺だって男だから、体を持て余すことはある。

 でもやっぱり初めてはさ、もっとこう雰囲気を大事にしたいというか、思い出に残る良いものにしたいじゃんか。

 2人でゆっくりと気持ちを確認して、高め合って……


 ……なんてことをカッツ含め傭兵仲間に話したら、大笑いされたことがある。

 断じて俺は間違ってない。と思う。

 おかしいのは、穢れてるのは、奴らの方だ。


 来たるべき時のために経験を積んでおけだとか、現実を知れだとか、余計なお世話極まりない助言をされたこともある。

 やかましいわ。放っておけってんだ。

 なんて言うと「怖いのかよ」なんて煽られる。

 あながち間違っていないので、その一撃を繰り出されると、俺はそれ以上反論するのが難しくなる。


 ちなみに行ったことがある傭兵仲間曰く、別に性病を恐れなくてもいいらしい。

 よく効く薬草や、何だったら魔法だってあるんだからと。

 それよりも、金をケチらない方がいいという、実に切実な助言を頂いた。

 ちなみに性病は、俺のグリーンライトじゃ……無理、だろうな。


 いや、病気は別に怖くない。

 怖いのはもっと別のものだ。


 傭兵仲間だけじゃなく、アニンからもよく言われるが、その通りだ。

 性的なものはおろか、その手前の段階、色恋に対しても俺は臆病だ。

 一応自覚はしている。


 しかし、怖いものは怖い。

 自分の……


「――しつけえな、行かねえって言ってんだろうが!」


 突如前方から聞こえてきた、俺の心を代弁したような怒鳴り声が、魂の奥に沈みこもうとした思索を引き上げた。

 なんだなんだ。揉め事か?


「そんなことゆわないでさぁ、ちょっと遊んでってよぉ。ほんの短い時間だけでいいから、ね、ね?」


 発信源、路上の端に目をやると、男女が言葉の応酬を交わしていた。

 どうやら娼婦のしつこい客引きに、男が苛立っている構図らしい。


 こういった光景はここらじゃ日常茶飯事なんだろう、野次馬なんてものはごく少数しかおらず、皆それぞれの仕事や享楽を継続している。

 精々"見張り"のお兄さん方が密かに動向に目を光らせているぐらいだ。


「いいでしょ? ちゃんとたくさんがんばるからさぁ」

「行かねえよ。お前みてえなちんちくりんな不細工は好みじゃねえんだ」

「あーっ、ひっどぉーい! なんだよぉ、そっちだってハゲてるくせにぃ!」

「な、何だとぉ!?」

「あ……! いっけない、お客さんの文句ゆっちゃダメなんだった。ごめんごめん、今のはウソだよぉ」

「遅いわ今更!」


 次元の低い争いだ。

 男はどうでもいいとして、女の方、顔はよく見えないが、背がやけに低い。

 それと胸がパンパンに膨らんではいるが、どう見ても形が不自然な上、大きさも左右違う。


 いささか問題がある表現だが、子どもが娼婦ごっこをしているようにしか見えない。

 ……言っちゃ悪いが、確かにちんちくりんではある。

 体だけじゃなく、声や喋り方も子どもっぽいし。


「待ってよぉ、遊ぼうよぉ」


 無視してその場を離れようとした男の前に、女がさっと回り込んで両手を広げる。

 早々に我慢の限界が来たんだろう、見るからに短気そうな男は、


「邪魔だ、どけッ!」

「ひゃぅっ!?」


 かなり強い力で女を突き飛ばし、そのまま大股で去っていった。

 幾ら何でもちょっとひどくねえか?


「いったたぁ……」


 盛大に尻餅をついた女は、痛がるばかりで起き上がる気配を見せないが、やっぱり誰も助けようとはしない。

 ……ったく。


「おいおい、大丈夫か」


 こういう時手を差し伸べるのも、ヒーローの役目だろう。


「え? うん、平気だよぉ。どうもありがとぉ。優しいねぇ、お兄さん」


 この時初めて女の顔を真正面から見たが、思わず少しぎょっとしてしまった。

 確かに顔の造形が整ってるとは言い難いが、別にああだこうだ指摘するほどじゃない。

 焼きそばを乗っけて垂らしたみたいな髪型と総合して、愛嬌があると好意的に見ることだってできる。


 問題なのは化粧だ。

 欠点を隠すどころか、悪い意味で部位を引き立ててしまってるというか、そりゃねえだろって呆れてしまうほど、男の俺が見ても分かるくらい下手な化粧だった。

 最初に俺に声をかけてきた女よりも酷い。

 何でそんな唇を真っ赤にすんだ。

 何でどこぞのお坊ちゃまの如くほっぺたに赤丸を作るんだ。

 眉毛も太く描きすぎだろ。

 ただ、俺とあまり変わらないくらいの年頃だろうってのは、とりあえず読み取れた。


「ケガは……してねえよな。そんじゃ」

「あ、待ってぇ」


 さっさと立ち去ろうとしたら、さっきハゲにやったみたく、女が回り込んできた。


「どうしたよ」

「……えっと、何だっけ」

「自分で呼び止めといて何だっけはねえだろ」


 こいつ、大丈夫か?

 小首を傾げてうんうん唸ってる姿を見てると、段々不安にすらなってきた。


「こういう場合はどうするんだったっけ……あ、そうだ! 礼儀正しく、お色気正しく接客するんだった」

「お色気正しくって何だよ」

「ねぇ~、素敵なお兄さぁん。そうそう、大きな包丁みたいな剣を背負ってるあ・な・た」

「いや、ここで仕切り直すと不自然だろ」


 完全に型にハマった接客しかできない部類の人間だな、こいつ。

 ……でも。


「あれ、どうしたのぉ?」

「いや、何でもねえ……くく」


 声を精一杯鼻に引っかけ、媚びようとしてるのに、全然様になってないのがおかしくて、つい笑いを漏らしてしまう。

 娼婦より芸人に向いてるんじゃないだろうか。

 あるいは、これも相手の策の内だったりするのか?


 ……おっといけねえ、つい乗せられちまった。


「ねぇねぇ、あたしと遊ぼうよぉ。ちょっとの時間だけでいいから。ね、ね?」

「悪い、そういうつもりで声かけたんじゃねえんだ。大丈夫ならもう行くぞ。用があっから」

「用事って、女の子と遊ぶことじゃないのぉ? だったらあたしでいいじゃぁん。助けてくれたお礼もしたいから、たくさんがんばっちゃうよ? おっきいおっぱい、好きでしょぉ?」


 ぐいっと、女が服の胸元を引っ張った。

 すると案の定、ぽろぽろと毛玉みたいな詰め物が零れ落ちて、偽りの膨らみが風船のようにみるみるしぼんでいく。


「あ、あ、あ……う、えっと、これは……にはは」


 勝手に気まずそうな顔をされた所で、もう限界だった。


「ぶっ、はははははは!」

「あーっ、どうして笑うのよぅ!」


 これが笑わずにいられるか。


「おま、天才だってマジで! 本当は芸人だろ」

「違うもん、芸人じゃないもん」


 赤丸ほっぺをパンパンに膨らますさまが、笑いのツボを更に突いてくる。

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