表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/300

43話『金貸しユーリ、娼館街に行く』 その1

 フラセースの聖都、エル・ロションで思いもよらない人間と再会したのは、トスト大聖堂に行った翌日の昼前だった。

 ちょっと用事があったため、最も外側の街区・ルレド区にある傭兵組合の支部に行ったら、懐かしい奴の姿を発見した。


「お? お前、カッツか?」


 建物に入ってすぐの広間、そこにずらずら並ぶ椅子の1つに座っていた、頬に十字傷のついた鉢巻き男に声をかけると、そいつは傾けていた酒杯を卓にガンと叩き付けて振り向いた。

 最初は怪訝そうな顔をしていたが、見る見るうちに緩んでいき、


「うお、ユーリじゃねぇか!」


 立ち上がって、「おお友よ!」なんて言わんばかりに大げさな動作で両腕を広げた。

 遠く海を隔てたファミレにいるはずの奴が、何故かここエル・ロションにいたのである。

 別に再会を喜んで抱き合ったりするつもりはないけどな。


「タリアンに行ったんじゃなかったのかよ。何でここにいるんだ……ああっアニンさん! お久しぶりです! 相変わらずお美しく凛々しいですね」

「カッツ殿も、壮健そうで何よりだ」

「女の子2人もお久しぶり」

「ど、どうも、お久しぶりです」

「こんにちはー!」


 この野郎、早々にこの俺の存在を蔑ろにしやがって……

 と、カッツの視線が、ミスティラの所に固定される。


「……おいユーリ、どちら様だよこのお美しい女性は!?」


 正確には、彼女の胸元に固定されていた。

 客観的に見た昔の俺もこんな感じだったんだろうなと、軽い自己嫌悪に陥る。

 あーあー、締まりのないツラしちゃって。


「誰ですの、この方は」

「ファミレにいた時の傭兵仲間だよ」

「お初にお目にかかりますお嬢様。私、カッツ=トゥーンと申します。ワホンでその名を知らぬ者はいない"三日月のカッツ"とは私のことです」


 極めて紳士的(という皮を被った野獣)な自己紹介だったが、当の本人からの反応は極めて冷淡なものだった。

「そうですの」と事務的な声色を発した後は名前だけを名乗り、軽蔑の混じった一瞥をくれるのみだった。

 やっぱりちゃんと気付いてるのか。

 温泉の時みたく、惜しみなく見せてやりゃいいのにと思うのは、俺が男だからだろうか。


「つーかお前、ファミレから出てたのか」

「おうよ!」


 せめてもの情けとして話題を切り替えてやると、酒臭い息を吐きながら、カッツが力説を始めた。


「話したことあったろ? 俺ぁな、世界中を冒険してみたかったって前々から思ってたんだよ。世界にはまだまだ知られてない秘境だの、調査が進んでない遺跡だのってのがわんさかあるからな。やっぱ冒険ってのは男心をくすぐる訳よ。お前なら分かんだろ? なぁ?」

「あー、まあな」


 共感はできる。

 ちなみに、冒険だのと言っときながら何で傭兵組合にいるんだよ、という疑問はない。

 資金稼ぎのために仕事を斡旋してもらってるのかもしれないし、探険家の護衛といった仕事もあるから、この場所にいても不思議ではない。


「でさ、俺がとんでもないものの第一発見者にでもなっちゃえば、そりゃもうガッポガポよ。 富! 名声! 権力! 富! 名声! 権力! って感じで……

 女の子にもモテモテだし、このカッツ様の名は永遠に歴史に残る上、大金持ちのまま人生を……」


 あーあー、酒が入ってるからか、いつも以上に舞い上がっちゃって。

 タルテやミスティラから侮蔑の、アニンやジェリーからは呆れた眼差しを向けられているのに、完全に脳内で作り上げた成功談に酔いしれてやがる。


「……はっ!」


 滑稽に映ってるぞと教えてやろうか、それともこのまま放置しようか迷っていると、急にカッツが落ち着かない様子を見せ始めた。

 妙に態度がよそよそしくなったというか、目を左右に泳がせたり、貧乏揺すりを始めたりし出す。


「あー、急に便所に行きたくなってきた! ちょっと席外していいか?」


 声が裏返っていた。

 一刻も早くこの場を離れたがってるようにも見える。


 一体どうしたんだこいつ……酒のついでにいけない薬でもキメてんのか?

 女の冷ややかな視線にも気付けないのに、冷静に自己反省できるほど殊勝な奴でもないし…… 

 喋ってる途中で急におかしくなったんだよな。

 歴史に名を残すだとか、大金持ちの人生がどうだとか。


 ……ん? 大金持ち?

 ……金?


「あぁぁぁ!」

「どうしたのよ、急に大声出して」

「そうだ、貸しっ放しだった金返せよお前!」

「うぐっ!」


 図星だったらしく、カッツは更に激しく動揺した。

 飲みかけた酒を吹き出しつつ、咳き込む。

 挙動不審にならなきゃ多分思い出さなかったのに、馬鹿な奴め。


「あっぶねえ、取りっぱぐれるとこだった。お互いファミレにゃ戻ってねえけど、ここで会ったが百年目って奴だ。ほれほれ、今すぐ返せ。持ってんだろ?」

「あ、ああ……ええっと、その、なんだ」

「今素直に返すのと、後で更に利息乗っけて払わされる羽目になるのと、どっちがいい?」

「う……」


 後ろから「おにいちゃんこわい」とか「金貸しみたいね」との声が聞こえてきたが、ここは無視だ。


「……すまん! 今は持ち合わせがねえんだ!」


 カッツが、突然席を立ったかと思えば、地面に激突する勢いで土下座してきた。


「実は昨日、可哀想な女の子に飯おごってやってさ。"ひーろー"のお前なら分かってくれんだろ?」


 嘘臭え。


「持ち合わせがねえっつってんのに、何で酒飲む金は持ってんすかね。嘘はいけねえなあ兄さん。そういう舌は引っこ抜いちまうか?」


 指摘してやると、カッツは顔を引きつらせた。


「おっと、逃げようなんて思うなよ。一歩でも離れようとしたら、利息を一割上乗せするからな」

「お、お前、いつからそんな腹黒くなっちまったんだよ。黒いのは服だけにしとけよ」

「フッ、あちこち旅をして、揉まれちまったからな。ま、嘘でもどっちでもいいや。金がねえなら作りに行こうか。お前のその大事な斧、それを売りゃあそこそこの値がつくだろ」

「ダ、ダメだ! これだけはダメだ! この三日月斧は俺の魂、俺そのものなんだよ! 絶対手放せねえ!」

「だから売るんだろうが。大事なもんじゃなきゃ意味がねえだろ」


 後ろから「こんなのおにいちゃんじゃないよ」とか「クィンチ並の下衆さね」との声が聞こえてきたが、ここは無視だ。

 あと一息で詰められる、という確かな手応えがあるんだから尚更だ。


「カッツ=トゥーンさーん! カッツ=トゥーンさーん!」


 その時だった。

 受付の所にいる組合の職員が、大声でカッツの名前を呼び始めた。


「……おっと! 頼んでた斡旋の話がまとまったみたいだな」


 途端に、さっきまで平身低頭していたカッツが態度を豹変させて立ち上がる。


「わり、今回はここまでな。縁があったらまた会おうや。今度会ったら三倍にして返してやっから、期待しとけよ」

「お、おい、ちょ待てよお前」


 腕を掴もうとしたが、するりとかわされ、そのまま人混みの中へと潜り込まれる。

 ……取り逃がしてしまった。


「詰めが甘いな。本気で取り立てるならば、怒鳴りつけるなり、周りを蹴散らしてでも追うべきだ」

「うるせえなあ」

「だが、私はそんな甘っちょろいユーリ殿が好きだぞ」

「……うるせえなあ」

「よろしいのですか? 金銭の貸借は、友情をも破壊する力があると言われておりますのに」

「ああ、まあいいや。大した額じゃねえし」


 金貸しには向いてねえのかもしんねえな、俺。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ