7話『奴隷タルテと異邦の幼女ジェリー、解放される』 その1
アニンとタルテは、中々戻ってこなかった。
思いのほか時間がかかってるから、もう一度ブルートークで呼びかけてみたが、着替えの他にも女同士で話したいことが色々あるから遅れていると返ってきた。
そう言われちまえば、男の俺が出る幕はない。大人しく待つしかない。
「…………ん、むぅ……」
「おっ、お目覚めか」
足元で汚い呻き声がする。
どうやら気を失っていたクィンチが目を覚ましたようだ。
周囲を見渡し、置かれている状況を理解したと思われる瞬間、大包丁を頭のすぐ横に突き立てて機先を制する。
「寝起きだけど、状況が分かるくらいには頭働くよな。言った通りぶっ倒してやったぜ。よく"考えろ"よ。判断を間違えたら俺がどう出るか、態度の保証はできねえぞ」
散々はぐらかされた恨みも込めて、わざとらしく一部分を強調して言ってやる。
「なぁクィンチさんよ。俺的にもここらでそろそろ手打ちにしてえんだ。いい加減聞き入れてくんねえかな」
「……わ、分かった。あの娘を自由にしてやる。契約書も用意する」
事ここに至って、流石に堪えたようだ。
渋々とはいえ、力のない声で遂に折れる宣言をした。
「よっ、大将太っ腹! よっしゃ、俺らはもう引き上げるよ」
ここらが切り上げ時だろう。
あまり詰めすぎるのも良くないからな。
「別に"俺は"騒ぎを大きくするつもりはねえから、自警団とかにチクったりはしねえよ。……これ以上余計なちょっかいをかけなきゃな」
しかし牽制だけは忘れないようにしとかねえと。
「むぐぐ……これでは…………将来が……」
「あんま先を悲観すんなって。もし将来、食うものにも困るようになったら俺んとこに来いよ。メシぐらいおごってやるからさ。それが俺の絶対正義だからな」
高級なものは食わしてやれないけどな。
「そういや一つ好奇心で聞きたいんだけど、館の屋根にくっつけてる像、ありゃ何なんだよ」
「ワシが魔法で作った獣人像だ。自信作だぞ」
「……作り直しをお勧めするぜ」
その後クィンチに『私は二度とタルテ様に近付きませんし、何もしません』と契約書を作らせて署名させた。
これで本当にカタがついたという訳だ。
急に腹が減ってきたな。帰ったらまず夜食を食おう。何がいいか。
なんて思っていると、二階の扉の一つが開いて、タルテとアニンが戻ってきた。
もう一人、見たことのない女の子を連れて。
「お、その子がさっきタルテが言ってた子か」
尋ねると、アニンが小さく頷いた。
思っていたよりも幼いな。
……ん? 幼い?
ふと、閃光のように最悪の想像が頭をよぎる。
「……おいクィンチ、まさかてめえ」
「ま、待て! 幾らワシでも手は出しておらぬ! 本当だ!」
「じゃあ何で服を着せてなかったんだ。体にカーテン巻き付けたあの格好はどういうことだ? あぁ?」
「彫刻というのは得てして服を着せておらぬものばかりではないか! 無論石にした後も一切やましいことはしておらん! 純粋に芸術作品として眺めて愉しんでいただけだ! こればかりは嘘ではない! 頼む、信じてくれ!」
「本当だとは思うわ。多分」
何故かタルテが、ここで擁護に回る発言をした。
それに本人のこの慌てぶりからして、ウソをついているようには見えない。
でもな。
「真偽以前に、こんな小さな子を誘拐したのは許せねえな。タルテとアニンもそう思うだろ」
「ええ」
「うむ」
「満場一致。天誅!」
「ちげっ!」
三人の総意として、クィンチの脳天にかかと落としを叩き込み、もう一度昏倒させてやる。
ったく、芸術だか何だか知らねえけど、この変態野郎め。やっぱしょっぴいてもらった方がいいかもな。
叩けばもっとホコリが出てきそうだし。
ともあれ、今できる制裁は執行してやった。
あの子の状態の方が気がかりだ。
「俺、そっち行っても大丈夫か」
三人にまとめて尋ねつつ、女の子の様子をちらりと窺ってみる。
女の子は、明らかに怯え戸惑っていた。
そりゃそうだよな。
しかし、タルテとアニンから何か小声で話しかけられると、小さく頷いて、
「大丈夫だそうだ」
許可を出してくれた。よし。
この場面はいつも以上に第一印象が大事だ。
意識して笑顔を作り、しゃがみ込んで目線を同じにし、声色を柔らかくしなきゃな。
紳士的な態度も忘れずに、だ。
女の子と接見するまでに要点をまとめ、実行する。
頭から下を包むように分厚いカーテンをしっかり巻き付けているため、肌を見てしまう心配はない。
「初めましてお嬢さん。私はユーリと申します。よろしければお名前を教えて頂けないでしょうか」
「うわ、似合わないわね」
「……うるせえな」
「……ジェリー」
タルテには突っ込まれたが、演技をした効果は得られたようだ。
泣きそうな、か細い声だったが、ちゃんと答えてくれた。
「ジェリーか。いい名前じゃん。もう大丈夫だからな」
今度は返事を声に出さなかったものの、こくん、と頷かれる。
そしてこの時初めて、俺はジェリーという少女をしっかりと観察した。
年齢は多分一桁台、10歳にも達していないだろう。
透き通るような白肌、薄紫色の髪を頭の両側で結んで垂らし、薄赤色の瞳はぱっちりしていて、目鼻は小さい、可憐という言葉がマジで似合う女の子だ。
美少女というよりも、どことなく人間離れした雰囲気さえある。
なんつーか、触ろうとしたら消えてしまいそうな……
「…………んっ」
実際に消えることはないだろうが、ジェリーは目を伏せ、体をもじもじとさせていた。
別に俺が見たからではなく、言いたいことを言い出せないからだろう。
相手がタルテやアニンだったら『ションベンなら我慢しない方がいいぞ』とすっとぼけている所だが、この子相手にそんなことを言う訳にもいかない。
待つことにしよう。
「さあ、このお兄さんにお願いしてみるといい」
「お願い? これはこれは……何なりとお申し付け下さいませお嬢様」
「……うん」
アニンに両肩を抱かれつつ促され、ジェリーはおずおずと話し始めた。
「……あのね、ジェリーね、おうちに、かえりたいの」
「そうだよな。帰ってお家の人に会いたいよな」
「うん、パパもママも、しんぱいしてると思うから。……でもね、わたしだけじゃ、かえれないの……」
「よしよし、それは兄ちゃんたちに任しとけ。それで、ジェリーの家はどこにあるんだ?」
具体的な場所を聞いてみたら、にわかにジェリーの表情が深くかげり出した。
「……タリアンの、トラトリア」
「タリアン?」
随分遠い所だな、と思うと同時に納得する。
そりゃ誘拐された挙句、こんな海を隔てた遠くまで連れてこられりゃ、こんな反応にもなる。
言い換えれば、ずっと家に帰れてないってことだし。
「……やっぱり、ダメ?」
「おいおい、ダメなんて言う訳ないだろ。俺はヒーローなんだぜ」
「えっ? じゃあ」
「タリアンだろうが宇宙の果てだろうが、バッチリ送り届けてやるよ」
「ウチュー?」
「いや何でもない。とにかく、安心して任しときな」
「……うんっ! ありがとう、おにいちゃん」
お、やっと俺にもいい笑顔を見せてくれたな。
何かこう、子どもが笑うのって、見てるだけで気持ちがほっこりするよな。




