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42話『聖都エル・ロションとイースグルテ城とトスト大聖堂』 その3

 ミスティラの言う通り、大聖堂内部も息を飲むような美しさと厳粛さに満ちていた。

 各所に配置された火石の放つ光が、空気に黄金色をつけているのがまず目を引いた。


 今立っている入口の扉から奥の方までひとつながりになった空間は広く、天井もとても高くなっているが、開放感なんてものは感じない。

 むしろ、大樹のように左右から伸びる列柱や、天井いっぱいに描かれた物語調の絵画などのせいで圧迫感さえ覚える。


 でも不思議と息苦しさはない。

 むしろ安心に近いものさえ感じる。

 聖都を包む結界とは違う、見えない存在に護られているかのような……


 他の皆の様子を横目で窺ってみると、アニン以外の3人は正に先の予言通り、完全にこの空気に言葉を失っていた。

 つーか、こういう場所でもアニンの奴はほとんど変わらねえのな。

『おお広い広い』みたいな力の抜けた顔で、辺りを眺めている。

 ある意味凄いと思うわ。


 自然と無言になった俺達は、ゆっくりと奥へ足を進めていく。

 他の巡礼者たちも同様の行動を取っていた。

 結構人が多いので、自分の勝手で動いたり止まったりはできないが、その分じっくり内装を見られる余裕があるという利点もある。


 おかげで色々と発見ができた。

 横で1人納得したように頷いたりしている評論家さんのように専門的な知識はないから、精々両側の柱の上には歩廊がついてるんだなとか、左右の柱の隙間に通路が見えて、上下へ階段が伸びていたりだとか、それぐらいだ。

 しかし、一般の巡礼者が移動できる区域は限定されていて、俺達はほぼ前後に進むことしか許されておらず、そちらの方へ行ってみるなんてことはできない。


「地下は墓所になっておりまして、フラセースの建国に貢献した人物や、聖職に就いておられた方々が眠っておられますのよ」


 俺の視線から疑問を察したのか、ミスティラが耳元で囁きかけてきた。

 ……つーか近い。いくら静かにするためっつっても、ここまで近付くこたねえだろ。

 身を引き離したら不服そうな顔をされたが、んなもん無視だ。


「……このような場所で、不埒なことをする訳がありませんのに」

「あ、ごめん」


 と思ったら、俺の早とちりだったみたいだ。

 ただ同時に、普段の行為は不埒と自覚してるのかよという突っ込み所が生まれた。


 亀の如き鈍行でしばらくノソノソ進むと、前方に空間の切り替わりを意味するであろう、門のように上方が弧状に湾曲した一対の柱が目に留まる。

 その下を潜り抜けると、また内装と雰囲気が変わった。

 柱が消えて広くなり、代わりに赤い幕が壁や床にかけられている。

 何故だか自分でもよく分からないが、それらは時の止まった炎を連想させた。


 炎といえば、先程までふんだんに使われていた照明としての火石はこの辺りではほぼ使われておらず、薄暗かった。

 そうしている理由は、もし自分が世界一の鈍感野郎だったとしても一瞬で気付けただろう。

 窓に施された細工を、最大限に活かすためだ。


 着色硝子を組み合わせた幾何学模様が、左右に並ぶ全ての窓に、そして正面、短い段を上がって祭壇を隔てた更に先の正面の壁にも、硝子の絵がいっぱいに描かれていた。


 これを目にした時ようやく、ミスティラが先に述べた"感動"の本当の意味を心から理解した。

 絵の内容は、人や竜を含めた様々な種族が、頭上に輝く4つの星を仰いでいる場面を描いたものだった。

 聖竜王は4つの星の中心におり、翼を広げて眼下を見下ろしている。


 普通に、例えば美術館で絵画として見たなら、凄いな程度にしか思わなかっただろう。

 しかし硝子絵、おまけに歴史ある大聖堂という場所で鑑賞したとなれば、硝子の裏側から差し込む光と相まって、震え上がるような神々しさを心の奥底から感じずにはいられなかった。


 とは言っても、別に信仰心が芽生えたりなどはせず、純粋に芸術に触れての感激だ。

 こんなにも壮大で、繊細で、色彩豊かで、輝かしく、神聖なものを目の当たりにすれば、俺みたいなのでも心が動かないわけがない。

 何らかの細工をしているのか、全体的に銀色がかっている光を見て、ああ光の色で聖竜王の体色を表現しているのかという仕掛けにも気付く。

 だから前半部分に相当する空間は金色がかってたのか。


 別の場所で誰かが演奏しているのだろう、やや籠った音で流れてくる管風琴の厳かな音色が、一層場の空気を崇高な世界へと引き上げる。

 あっちの世界の何かの曲に似ていた気がしたが、どうしても思い出せなかった。


 俺でさえこうなんだ、タルテにはもっと鮮烈だったようで、目には涙すら浮かんでいた。

 既に何度も訪れているというミスティラも同じようになっていた。

 ただこれは2人に特有の現象でもないようで、他の巡礼者達も同様の反応を示しているものがちらほら見受けられた。


 ジェリーは既に目を閉じて祈りを捧げていて、アニンはやっぱりというか、どこか気の抜けた様子で硝子絵を眺めていた。

 相変わらず、何考えてるか分からんところがあるなこいつは。


 さて、このトスト大聖堂で行う巡礼の内容だが、他の四大聖地のように特に何かをするでもなく、ジェリーが既にやっているように、ここでただ祈りを捧げるだけみたいだ。

 ちょっと味気なくないか……などと、アビシスやラフィネ、テルプで行ってきた巡礼のことが、罰当たりな俺の頭の中に次々蘇る。

 ここまで取り立てて触れはしなかったが、これまで行った四大聖地でも一応ちゃんと巡礼をやってきてたんだよ。

 正直、どうしてもあまり興味が持てなかったから、付き合い程度の気持ちでしかやらなかったんだけど。


 一応、俺なりの言い分もあるっちゃある。

 "前世"があんなだったからか、こういった存在に対してどうも素直に信仰心を抱くことができないんだよな。

 救ってくれなかったじゃねえか、という恨みを完全に捨て去ることがどうしてもできなかった。


 でも、聖竜王が多くの人たちを救っていて、多くの種族をまとめ上げて秩序をもたらしていることは事実なんだし、そこは純粋に素晴らしいと思う。

 だから捻くれ者になって、意地でも認めてやるかなんて気持ちもなく、こうやって周りに倣って祈ったり、四大聖地の時みたく色々やったりもする。


 ……けど、無心になって祈ることまではできず、つい色々と考えたり、思い出したりしてしまう。


 巡礼の順番としては、ここの大聖堂から開始して四大聖地を巡っていくか、逆に四大聖地を回った後で大聖堂へ行くのが普通らしいが、実際はバラバラだったり、行かない場所があっても問題はないらしい。

 というか聖竜王自身、別に巡礼なんかしなくてもいいし、神様みたく持ち上げられたくないとまで言っているらしいが、民衆側が熱くなって祀り上げているようだ。

 王様なのに、結構親しみやすい部分もあるんだろうか。

 ミスティラが聖竜王のことを語る時、かなりの確率で寛容さや慈悲深さといった部分を強調していたことを思い出す。


 自身がそう言っているとはいえ、せっかくここまでやってきたんだから、流れに従ってリレージュの巡礼地にも、現地に着いたら行くつもりだ。


 えっと、ここまで行った3つの聖地では何をしてきたんだっけ……

 そうだ、アビシスでは"いと甘きパンの畑"とかいう場所に小さな松明を投げ込んで、ラフィネでは土を振りかけられたり、それとテルプでは聖水を撒いたり……


 それぞれ、大昔に聖竜王が起こした奇跡と関係しているらしい。

 確かラフィネでは種族を問わずに大流行してた流行り病を瞬く間に治癒して、テルプでは川の水をぶどう酒に変えたんだったっけな。


 アビシスで起こした奇跡については内容の関係上、まだよく覚えている。

 ローカリ教が成立するよりも昔に大飢饉が起こった時、荒れ果てた畑の上に天からパンを降らせて、人々を飢えから救ったらしい。

 おまけにそのパンは、中に甘い豆が入っていたんだとか。


 アンパン……だよな?

 んなもんが上から降ってくるって所も中々にぶっ飛んでいるが、聖なる存在が起こす奇跡なんて大体そんなもんか。

 つーかおかしくても何でもいいから、俺もそういう力が欲しい。

 そうすりゃもっと簡単に多くの人々を助けられるのに。


 ちなみにこれらの奇跡、魔法とはまた違った力らしい。

 まず竜は魔法を使えないと言われている。

 聖竜という称号がついているのは、にも関わらず魔法じみた奇跡を起こせることに由来しているらしい。

 俺の"餓狼の力"みたいな感じなんだろうか。


 ん?

 ってことは、聖竜王もあっちの世界から生まれ変わってきたとか……

 会うだけじゃなくて、ちょっと話をしてみたいかも。

 親しみやすい王様だっていうなら、何とかならないだろうか。


 なんて考えてたら、どんな関連性があったのかは不明だが、瞑っていた目が勝手に開いた。


「……お?」


 しかも他の皆は既に祈りをやめていて、俺を待つ状態に入っていた。


「随分長い時間、熱心に祈ってたわね」

「ユーリ殿にしては珍しいな」

「とても感心なことですわ」

「え? あ、ああ、まあな、聖竜王様マジリスペクトっすわ」


 祈るどころかずっとゴチャゴチャ考え事をしてましたとは、この状況では言えなかった。

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