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42話『聖都エル・ロションとイースグルテ城とトスト大聖堂』 その2

「わぁ、きれーい!」

「おお、凄えな」


 陳腐な例えだが、そのように感じずにはいられない。

 また、登り切った甲斐があった、なんて言葉でも足りない。

 階段を登り切った先に待つ、石の薔薇に飾られた門を潜った先に広がっていたのは、まるで楽園のような光景だった。


 まず、広大な空間を吹き抜けていく風が何よりも火照った体に心地良く、離れた場所から聞こえてくる澄んだ鐘の音が心を洗う。

 足下から真っ直ぐに伸びつつ、途中左右に枝を伸ばしているのは、掃き清められたように綺麗で、細かく几帳面に敷き詰められた石畳の道。

 そこから外れた所には、光を放ちそうなほどに瑞々しい緑色をした芝生が広がっていて、更には彩りを添えるように木や花も各所に植えられている。

 計算して配置したというより自然に任せた感じだが、それがまたよくこの場所に調和していた。

 更には人工の池や、ちょっとした水路まで作られている。

 どのような技術や魔法で作り上げたのか気になるが、考えるのは野暮ってやつだろう。


「ねえねえ、ここのお花さんたち、すっごいよろこんでるし、お歌をうたってるよ」

「へえ、どんな歌を歌ってるんだ」

「えっとね、こんなかんじ」


 ジェリーのちっちゃな口から流れ出したのは、とても掴み所のない音程と、独特な旋律だった。


「そ、そうか。いい歌だな」


 そう言わざるを得ない。

 きっと植物だから、人間とは違った音楽的感性を持ってるんだろう、うん。


「トスト様の御意向で、身分や種族に関わらずこの大庭園を開放しておりますのよ。もっとも、竜の皆様は人の立入ができない夜にのみこの場所を訪れるのですが」


 日中と夜間で分けてるのか。

 にしても、ここまで惜しげもなく一般公開してくれるとは、随分と太っ腹な聖竜王様である。


 トスト大聖堂は、あの右方にある建物だろう。

 人の流れを見ずとも、建築様式から想像せずとも、漂ってくる雰囲気だけで分かってしまうほど存在感があった。


 大聖堂へ行く前に、ちょっとばかし道草を食ってみることにした。

 周囲を散策しつつ、景色を楽しんでみる。

 端の方まで行くと、聖都の姿を完全に見下ろすことができて、最外周の城壁、その東西南北から伸びる"結界の塔"までもがはっきりと視認できる。


 それだけでなく、聖都の周りに広がる世界を一望できたのには、思わず言葉を失ってしまう。


「嗚呼、この開放感! 美を極めた神聖なる情景! 幾度味わっても飽き足りません! 世界を手中に収めたと錯覚してしまいそうになりますわ!」

「同感だ。ここまで登って来たのは初めてだが、大声で叫びたくもなるな」


 ……そうじゃない奴らもいるみたいだけど。


 それはさておき、流石に四大聖地までは見えないけど、広大な平原、森、川、山々が、一枚絵として遠くまで見渡せる。

 ここへ来るまでに俺達が辿ってきた道なんか、まるで麺のように細いじゃんか。

 世界って広いんだなと、柄にもなくしみじみ思ってしまう。

 安食悠里のまま終わるんじゃなく、ユーリ=ウォーニーとして生まれ変われて良かった、と感じた瞬間である。

 欲を言えば、カメラが欲しい所だ。

 めちゃくちゃパシャパシャやりてえ。


「ジェリー、危ないからあまり身を乗り出しちゃダメよ」

「うん、気をつけるね」

「柵もあるんだし、落ちねえって。心配性さんめ」

「なによ、だって気になるでしょ」

「そのうち試練を受けに行くってのに、ここで落っこちたら様になんねえだろ。つーか縁起悪いだろ」


 タルテが段々ムッとしてきたので、それ以上の追撃は控えておいた。

 慈悲深いこの俺に感謝するがいい。


 さて、個人的には巡礼よりもこちらの眺望に価値を感じてしまい、ずっと見ていたいくらいなんだけど、それじゃあ他の皆が納得しないだろう。

 程々の所で切り上げて、移動することにする。


 でもまたちょっと寄り道だ。

 大聖堂へ入る前に、ちょっとイースグルテ城を近くで見物してみようかって話になったので、真っ直ぐ進む。


 ただ、流石に城の中までは立ち入れないようで、途中で立ち止まらざるを得ない。

 城から大分手前の所で、厳めしい城門と屈強な番兵が堅牢な防御を形成していた。

 ただ、俺達を含めて結構な人数が城の周囲をうろついて、ジロジロと見物したりしていたが、それを咎めるつもりはないようだ。

 善人と悪人を見分ける眼力が発達しているのか、それとも守りに自信があるのか、城自体に何らかの強力な警備機構が存在するのかは分からないけど、随分な余裕である。


「イースグルテに勤めることは、フラセースの民にとって最高の栄誉と言われておりますのよ。故に血のみならず、力・信義・忠誠・知性……あらゆるものを兼ね備えていなければならないのです」

「はぇ~、俺にゃ全く縁のない世界だな」

「そうね、"ひーろー"さん」

「おいおい、そこは嘘でも否定しといてくれよタルテ」


 笑い合う俺達。


 しかしこうして近くで見上げてみると、中々に面白い形をした城だと、改めて思う。

 バラバラに使った色鉛筆を束ねたような感じ、と表現していいんだろうか。

 遠くから見た時の印象は間違ってなくて、城というよりも塔が寄り集まっているのに近い。

 それぞれ独立して建っているが、隙間には連絡通路が幾つも張り巡らされていて、移動には難儀しなさそうだ。

 もっとも、方向音痴だと迷子になっちまうんじゃないか、なんていらん心配をしたくなるが。

 1つ1つの塔は高さも直径も不揃いで、中央の白い塔は高層ビルくらいあるが、最も小さそうなものでもちょっとしたペンシルビルぐらいはある。


「イースグルテ城は合計24の塔から構成されておりまして、それぞれ"赤の塔"、"青の塔"といった具合に名付けられていますのよ」

「そのまんまじゃんか。制作者は捻らなかったのかね」

「わたくしは何ら関わりを持たぬ身ゆえ、何とも申し上げられません。さて置いて、あの中央で一際天に沖する"白の塔"に、トスト様は坐していらっしゃるそうですわ」

「"そう"とはどういうことだミスティラ殿」

「些細な表現の違いも見逃さないとは、流石の眼識ですわね。実はここ幾年にも渡り、トスト様は民の前へ御姿を見せていないのです。公式には"神聖なる政務に専念"とのみ告げられており、一切の詳細は水門が如く遮断され、我々が知る術もないのですが、雑草のように次々と生えてくる噂ばかりはどうにもならぬもの。様々な話がまことしやかに囁かれているのですが……」


 今度はミスティラが、不愉快そうに顔をしかめ出した。


「強大なる魔物を封じ込めるのに不眠不休で御力を注がれている、程度ならばまだ受け流せもしましょうが、事もあろうに、御隠れになったなどと無礼千万な妄言を吐く輩も現れる始末……我が魔法でその不敬な心根、浄化して差し上げたいですわ」

「まあまあ、ほっとけよ。上に立つ者の苦労を知らない奴ってのは、どの世界にも一定数いるもんだからさ」


 随分知ったような口を利いたもんだと、我ながら苦笑いしたくなるが、とりあえずミスティラは納得してくれたようだ。

 割とあっさり、抜きかけた心の刃を収めてくれた。






 一通り観光した所でイースグルテ城を離れて、ようやく俺達はトスト大聖堂へと行くことにした。

 と言っても城からはそんなに離れてはおらず、鐘の音に誘われるように歩いていくと、すぐに着く。

 

 城の方とは違って、こっちは至って正統派というか、いかにも聖堂らしい形をしていた。

 建築関係に疎い俺でも、技術と趣向の限りを尽くして飾り立てたんだろうなってことぐらいは分かる。


 奥行きがある直方体をした大聖堂は、城よりも大分背が低く、面積も狭まっているとはいえ、それでも"大"をつけるに相応しい荘厳さと威容を示していた。

 屋根部分では数多もの尖塔が青空をつついて威嚇しているかと思えば、地上の壁や門、窓枠や扉にはびっしりと細微な彫刻が施されていて、武器を携えた勇壮な兵士の姿や、翼を広げたり牙を剥いたりしている竜の姿があった。

 今にも動き出しそうなほど克明な作りで、建物全体に人と竜の軍勢が張り付いて守護しているようだ。


 で、正門の上に、これまでの聖地でも散々見てきた聖竜王の彫像がドンと鎮座している。

 せっかくならそろそろ実物を見てみたいんだが、いい機会はないだろうか。

 これまでの情報を総合すると、大きさや形は一般的な竜と同じだが、体色が少々特殊で、貴金属を鱗にして貼り付けているかのように、輝く金色と銀色が混ざっているんだとか。

 えらく豪華というか、金持ちそうな聖竜王様である。


 それらの根源となっている、灰色と言うよりも銀色に近い石材は、鈍い光沢を放っている。

 初めて見る材質だけど、一体何の石なんだ?

 研磨した花崗岩にちょっとだけ似てるけど、全然違うよな。


「これが、トスト大聖堂にだけ用いられているというパミミ式建築なのね。全ての彫刻を1人の手作業で行ったなんて、信じられないわ」

「えっ、マジかよ、これ全部?」

「さすがに建築は大勢の人を使ったらしいけど、外側の彫刻は全部1人でやったらしいわよ」

「ふ、やはり貴女の芸術に関する審美眼だけは認めざるを得ないようですわね。そう、伝説の建築家であり彫刻家でもあったパミミ氏が、与えられた寿命と才能の全てをたった1つの建造物に捧げ尽くした結果がこちらですわ。世の終わりまで語り継がれるべき偉業と言うべきでしょう」


 まるで我が事のように、ミスティラが豊かな胸を見せつけるように反らして誇らしげに語る。


「うん、ジェリーもすごいと思うな」

「芸術に疎い私にも、作り手の魂や才覚といった不可視の力がひしひしと建物から伝わってくるぞ」


 みんなも大絶賛だった。


「中を御覧になれば、更なる感動が皆様を打ち貫くでしょう。言葉よりも耳目、さあ参りましょう」


 吸い込まれていく人々の流れに乗って、俺達も大聖堂へと入る。

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