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42話『聖都エル・ロションとイースグルテ城とトスト大聖堂』 その1

 今日も空は抜けるような青さで、その遥か彼方には太陽が眩しく輝いていて、東の方にはうっすらと浮遊島・インスタルトらしき姿も見える。

 この開放感は、地上ならではの醍醐味だろう。


 聖なる湖の底に存在する街・テルプから上がった直後に感じた違和感はもう消えたが、フェリエさんとの別れで感じた何とも言えない寂しさは未だちょっぴり心を濡らしたままで、乾いていなかった。


 馬車が、ガラガラと道を進む。

 単調で規則正しい音は、眠気と共に、まだ新しい過去の記憶も引き連れてくるように錯覚する。


 自然と、思い出してしまう。

 テルプを出た日、まだ朝早い時間帯に、東西の街区を隔てる水路の上でフェリエさんに見送ってもらった時のことを……


「これからの道中、どうかお気を付けて」

「ありがとうございます。それと、温泉のことは本当にすいませんでした」

「いいんですよ。不謹慎かもしれませんが、とても楽しかったです。一生忘れない思い出として、心の中にしまっておきますね」


 あんな恥、忘れてもらった方がありがたいんだけど、嬉しそうな顔をされてしまったらそんなこと言える訳がない。


「……あの、私から1つだけお願いがあるのですが、よろしいでしょうか」


 加えて、いつもは伏せがちだった目を、この時ははっきりと開けて、フェリエさんが言ってきた。


「なんですか?」

「あの時、"私のことは忘れて構いません"と言いましたが……その、やはり、道中お暇な時で構いませんから、私のことを少しだけ思い出して頂けないでしょうか」

「もちろんっすよ。フェリエさんのこと、忘れる訳ないじゃないですか」

「ありがとうございます。そのお言葉だけで充分です。私は幸せ者ですわ」


 言っとくけど、その後は特に何もなかったからな。

 というか後方にタルテたちがいたんだから、起こりようもない。


 それにしても、旅に出会いと別れはつきものだってのに、こんなに尾を引くことが未だかつてあっただろうか。

 別にフェリエさんに恋愛感情を抱いた訳でもないのに……自分のことだってのによく分からん。


「ユーリ様、未だ温泉の熱がお体から抜けていらっしゃらないのですか?」


 隣に座っているミスティラの一声で、回想は強制打ち切りとなった。


「んなこたねえよ。とっくにいつも通りだ」

「ならば良いのですが。……時に、1つ伺ってもよろしいかしら」

「どうしたよ」


 ミスティラは一瞬視線を外した後、紫色の上着の襟元を正し、切り出してきた。


「これは仮定の話として下さいませ。わたくしがユーリ様以外の誰かの所へ嫁いだとして、もしも何らかの事由でその良人を亡くしてしまったとしたら……貴方様はわたくしに魅力を感じて下さるのでしょうか?」

「あのなぁ、そういう問題じゃねえだろ」


 何を言い出すのかと思ったら、そんなことかよ。


「……承知しておりますわ。低劣な戯言です、お忘れ下さいませ」


 呆れて怒る気も失せる、とまでは行かなかった。

 ミスティラの笑いは乾いていて、いつもの過剰気味ですらある自信はどこへやら、かなり自嘲的にも感じられたからだ。


「つまらぬ話題で時を浪費させてしまったこと、お詫び致しますわ。さて、そろそろ道の先にエル・ロションが見えてくるはず。心の準備はよろしいかしら」


 視線を車窓の向こうへと外したので、俺もそれ以上の追及は避けることにした。






 フラセースの中心的存在、聖都エル・ロションは、まさしく国土のほぼ中央部に拡がる台地に築かれている。

 そのため、遠くからでもその広大な都市の姿が目視できた。


「皆様、聖都を訪れたご経験は?」

「ずっと前にだが、私はあるぞ」


 頷くアニンと、首を振る俺達3人。


「把握致しましたわ。では……」


 段々と往来が多くなっていく道を進んで聖都に着くまでの間、例の如くミスティラの講義が始まった。

 相変わらず回りくどい表現が多かったが、退屈はしなかった。


 言い回しを簡潔にした上で要約させてもらうと、こんな感じである。


 ツァイ帝国の帝都・ペンバンに次ぐ都市面積を持つ聖都は、三重の城壁によって3つの区に分かれている。

 内側から順に「シャマン区」「ラファエ区」「ルレド区」と呼ばれていて、当たり前だが内側ほど階級の高い人間が住んでいて、最も内側のシャマン区には竜の特区まであるらしい。

 また、聖都と呼ばれているだけあり、都市全体を強力な魔物除けの結界が覆っていて、発生源は三重の城壁のうち、最も外側の壁にあるとのことだ。


 で、聖都のど真ん中に建つのが、遠くからでも一際目を引く、聖竜王・トストの居城、イースグルテ。

 もっと近くに行かないと何とも言えないが、ここからだと城というより、幾つもの塔が密集して伸びているように見えた。


「――簡単ではありましたが、紹介はこの辺りでよろしいでしょう。後は御自身の目や耳、肌で聖都の美しさを体感して下さいませ」


 講義の間に、聖都がもう目と鼻の先にまで迫っていたので、馬車から降りて手続きをしに向かうことにする。

 

「まさか実際にエル・ロションへ来られるなんて、昔だったら考えもしなかったわ」


 列に並んで待っている間、タルテがそんなことを呟く。


「なんだ、憧れの場所だったのか?」

「憧れっていうほどじゃないけど、一度は来てみたいってずっと思ってたから」

「ジェリーもね、おんなじことおもってたよ。きれいなばしょがいっぱいなんだって」

「なるほどなあ」


 俺も同じことを思ってたが、多分この2人とは望みの方向性も強さも違うだろうな。

 さて、手続きが済んだところで、大きな跳ね橋を渡って、いよいよ聖都の中へとご入場だ。


 聖都の中に入った瞬間、空気が変わった……

 なんてことは特になかった。

 ただ人や都市の雰囲気はやっぱり聖都らしいというか、清潔でどこか秩序だったものが感じられる。

 それでいて人々の活気は失われていない。

 都市のあるべき姿として、理想的な形の1つじゃないだろうか。

 建物も、限られた空間に詰め込まれているというより、整然としている印象を受け、狭苦しさはない。

 色調も意識して配置しているんだろう、寒色と暖色を綺麗に使い分けている。

 ごみごみしたファミレとはえらい違いだな。


 遂に念願叶ったタルテやジェリーは興味津々といった様子で周囲を見回しているが、既に来たことがあるアニンやミスティラはいつも通りだった。


「メシ食い終わったら、巡礼にでも行くか?」


 提案してみると、案の定タルテやミスティラが賛成の意を表明してきた。

 という訳で、手近な食堂でパパっとメシを済ませた後、フラセース最大の巡礼地、トスト大聖堂へと足を運んでみることにした。


 トスト大聖堂はシャマン区よりも内側、イースグルテ城の近くに建っているとのことだ。

 聖都は山型になっているため、内側へ行くためには石段を登って行かなければならない。

 1階から2階へ上がるように楽なもんじゃなく、結構な段数を越える必要がある。

 傾斜は緩めだし、ちゃんと途中にいくつも踊り場が設けられてはいるんだけど、エスカレーターがあればと思ってしまう。


「めんどくさくなってきた……やっぱ俺、下で待ってようかな」

「何言ってるの。ジェリーを見習いなさいよ、文句の1つも言わないでちゃんと登ってるのよ」

「うん、ぜんぜん、つかれてないよ」


 頭の横で結んだ髪を揺らし、軽やかな足取りで石段を上がるジェリーの姿を見て、俺も歳かな……と痛感する。

 ま、これ以上駄々をこねても仕方ねえか。やれやれだ。


 区から区への移動は原則自由らしく、城壁の所に設けられていた門には番兵が立ってはいたものの、手続きも必要なく、咎められることもなく、あっさり通過できた。

 ラファエ区を、シャマン区を抜けて、ただひたすら都の中心部へと上がっていく。

 俺達の他にも階段を行き来する人は結構いて、旅人風から巡礼者、市民っぽい人まで様々だ。

 割合的には微々たるものだが、地祖人や洋の民もいる。

 ただ、竜の姿は見当たらなかった。

 ミスティラ曰く、混乱を避けるため、聖都に住む竜は基本的に他種族の所へは姿を現さないようにしているらしい。


 道中、ちらりと市街の雰囲気を窺ってみたが、聖都といえどやはりそれなりに格差みたいなものは存在しているみたいだった。

 ただ、極端に飢えているような人間は表面上見当たらない。


「ユーリ様が今お考えになられていること、我が事のように理解できますわ」


 歩きながら、建物と建物の間の暗がりに目を凝らしていると、横にいたミスティラが声をかけてきた。


「確かに全ての貧困が救済されてはおりませんが、飢餓という悪魔を打ち払うための努力は、人竜一体となって日々行われておりますのよ」

「人竜一体ってどういうことだ?」

「フラセースはトスト様を頂点に置いたうえで、人と竜が共同で政治を行っているから、それを言いたいんじゃないかしら」

「へえ、他の種族は文句言わないのかね」

「四大聖地でそれぞれ強い発言権を持っているから、特に問題は起こっていないはずよ」

「……お前、物知りだよなぁ」

「こ、これくらい別に普通よ」

「お、どうした?」


 話の途中から、ミスティラが不服そうに眉根を寄せていたのに気付く。


「ま、間違ってました?」


 それを見たタルテが不安げに尋ねるが、


「いいえ、正解ですわ。……ただ、わたくしが説明したかったと、それだけです」


 事実を知り、安堵の息を漏らす。

 にしても前々からそうだと思ってたが、こいつ、やっぱ説明したがりか。


 そんなやり取りをしているうちに、やっとこさ上方に階段の終わりが見えてきた。

 降り返ってここまでの道のりを確認してみる。

 ラファエやルレドの市街が思いのほか小さく見えて、結構上がってきたんだなとちょっと自分を褒めてやりたくなった。

 自分に鞭打って、残された距離を一気に詰める。

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