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6話『悪徳商人クィンチ、打ち砕かれる』 その2

「驚いたぞ、まさか貴様も魔法を使えるとは……"防護の指輪"がなければ危なかった」


 左手を突き出したクィンチが、巨体を揺すってゆっくり立ち上がる。

 しかしまあ、あのバカ高い防護の指輪まで持ってるとはな。

 まさか身につけてる装飾品全部、特殊効果持ちか?


「いや……詠唱も無しに発動させられるものなのか。まあいいわ、表へ出ろ小僧。相手をしてやる」

「へっ、少しはマジになりやがったか」


 やっと本気で戦うつもりになったんだろう。

 さっきまでの下卑た笑みは消え、据わった垂れ目からは鋭い光が放たれている。

 それが裏社会での顔ってやつか。


 願ってもない状況だ。

 余裕ぶられてタルテに矛先が向く危険性がこれで減った。

 頭が冷えたことで奴の戦闘能力が上がっちまっただろうが、負けるつもりはない。


 ――アニン、俺がやる。手ぇ出すなよ。

 ――承知。くれぐれも気を付けてな。私はタルテ殿の護衛と、館内の探索を行う。

 ――頼む。


 階下のアニンと"ブルートーク"で確認を取り、俺達はそれぞれの役割を果たしに向かう。

 クィンチはもうタルテを締め上げる素振りを見せなかった。

 戦ってる最中、そっちに魔力を回してる場合じゃないと判断したんだろう。

 もっとも、追い詰めたらタルテに何をするか分からないから、油断はできない。


「タルテはアニンとここにいろ」

「……うん」


 と、忘れずにやっとくことがあった。


「ちょっと触るぞ」


 タルテの頬に手を当て、意識をそこに集めると、淡い緑色の光が生まれる。


「あれ? ほっぺたの痛みが……」

「縄の方もすぐ解いてやるから、もうちょっと待ってろよ」


 これでよし。






 夜空から差し込む月明かりは弱く、うすぼんやりとしか庭を照らしてくれなかったが、戦いに支障はない。


「のこのこついてきおって……よくもワシを足蹴にしおったな。たっぷり後悔させてやる。我が強大な魔力、見せてやろう!」

「面白えじゃんか、是非見せてくれよ」


 向こうも同様らしい。


 クィンチが腰から短刀ほどの杖を抜き、掲げる。

 ついに戦闘開始ってやつだ。

 とりあえずは出方を窺ってみることにするか。


「兵ども、太古よりの猛々しき擲の力――"原始の腕"!」


 もごもごとした発声でクィンチが詠唱を行うと、庭に散らばっていた周囲の小石が次々と宙に浮かび上がる。

 なるほど、岩石だらけの庭はこのためって訳だ。

 で、こいつは土系統がお得意と。


「放て!」


 横に振られた杖を合図として、石たちはまるで無数の見えざる手に掴まれたように――わずかに後方へ動いた後、前方へ弾き出される。

 確かに言うだけあり、初級の魔法にしては量・速度共に多いが、特に問題はない。


 ――ホワイトフィールド!


 俺の前方に展開された薄白色の障壁が飛来する石をことごとく阻み、叩き落とし、狙いを逸らしていく。


「ぬ、ぬううう! 先程の高速移動といい、詠唱も無しにどうなっているのだ……!」

「なめてんのか? そんな石ころ遊びで俺を殺せるかよ」


 地たたらを踏むクィンチを更に煽ってやると、


「ク……な、ならば、これならどうだ!」


 あっさり作戦を切り替えてきたようだ。

 クィンチの魔力に呼応して、杖の先端にはめ込まれた黄色の宝石が輝くと、再び庭の石、というより岩が動き出して浮かび上がる。 

 ただし今度は一つだけ、しかも大きさは先程の比ではなく、先程戦った魔獣・ビンバーの胴体ほどある。

 量よりも質ってことか?


「岩として分かたれど朽ち果てず、我に連なるは――"石紡ぐ鎧"!」


 俺の予想は少し外された。

 大岩はこちらに飛来することなくその場で砕け散り、磁石に吸い付く砂鉄のようにクィンチの肥満した全身へと次々付着していく。

 知らない魔法だから分からなかったんだよ。


「グワハハハハ、どうだ! これぞ堅牢なる守り! 貴様の攻撃は一切受け付けんぞ!」


 完成した石ダルマ、もとい石の鎧ですっぽり全身を覆ったクィンチが、勝ち誇ったバカ笑いを撒き散らす。

 ……え? それで終わりなのか?


「おい、攻撃していいのかよ」

「やれるものならやってみるがいい」

「そっちから攻撃したきゃ、もっとやっていいんだぜ」

「だ、黙れ! いいから攻めてくるがいい!」


 ああ、なるほど。もう打つ手がないってことか。


「……そっか、じゃあ遠慮なく行かせてもらうぜ。忠告はしたからな、どうなっても恨むなよ」


 レッドブルームを使えば蒸し焼きにできるだろうが、そうするまでもない。

 こいつだけで充分だ。

 地面を蹴って一足飛びで接近し、先程ビンバーを仕留めた時と同じく、大包丁の峰で思い切り脳天をぶっ叩く。


「ごげぇ!」


 珍妙な悲鳴とほぼ同時に、兜に相当する部分が砕け散り、クィンチの弛緩した顔が露わになる。


「能力だけじゃなくて武器の方も警戒しろよな。あと魔法を過信しすぎ」

「ち……ちげ……げ」


 意識が飛んでるようだ。俺のありがたーいアドバイスは届いていないみたいだった。

 そのせいで魔力を維持できなくなったのだろう。

 皮の余った頭のてっぺんから血がドクドク流れ出すと、首から下に纏っていた岩石の鎧も剥がれ落ちていく。

 そして最後に、地響きを起こしそうな勢いで本体がどう、とうつ伏せに倒れ込んだ。


「おーい、起きてるかー?」


 大包丁の先で肩の辺りをつっついてみたが、反応はない。

 しかし規則的な間隔で微かに胴体が上下しているから、死んではいないようだ。


 この状態ならば、俺の勝ち、としていいだろう。

 魔法が使える上に宝石も色々持ってたから、もうちょっと手こずるかと思ったのに、随分あっさり終わっちまったが。

 宝の持ち腐れ、って奴だな。

 ちょっと上手いと思うんだが、誰も聞いてる人間がいないのが残念な所だ。


 ところで、どれとどれが石化と縄に紐づいた指輪なんだろう。

 分からんから全部まとめて壊しちまおう。

 クィンチの左手から五つの指輪を抜き取り、


「おりゃあっ!」


 大包丁で叩き壊す。

 ついでに目が覚めた後抵抗されないよう、杖と他の装飾品も全て没収しておく。


 さて、これでケリはついた。戻るとするか。

 あまり触りたくはないがしょうがない。

 俺はクィンチを引きずって、館へと戻った。




 大広間に、タルテとアニンの姿はなかった。

 まだ他の部屋の調査をしているんだろう。

 ブルートークで呼びかけてみる。


 ――アニン、聞こえるか? こっちは終わったぞ。

 ――ユーリ殿。決着がついたのだな。今し方、タルテ殿の拘束が解かれたのを確認した。

 ――そいつは良かった。で、そっちはどうよ。

 ――うむ、タルテ殿が言っていた通り、女子を見つけたのだが……

 ――どうしたよ、歯切れが悪いな。

 ――すまぬが、少々時間をくれ。着替えを探したりせねばならぬ。


 着替え?

 ああ、そういうことか。

 服を着せられてない状態で石化されちまったんだろう。

 アニンがいてくれてよかった。

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