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1話『ユーリは空腹の奴隷・タルテと出会う』

 腹を空かせていると、どこからか現れて食べ物をくれる。

 そんな自己犠牲のヒーローなんて大嫌いだった。

 あくまで空想の話であって実在しないし、そもそも俺のことを助けてはくれなかったからだ。


 まさか、飽食の時代に餓死するとは思ってもみなかった。

 悲劇なんてもんじゃあない。最悪だ。


 だからこの世界では、俺が本当に、その大嫌いなヒーローになってやろうと思った。

 相手が誰だろうと、腹を空かせた奴に俺が飯を食わせて、助けてやるんだ。

 この世界なら、それができる力もある。

 あんな酷く、惨めな思いを、他の誰かにさせたくはない。


 俺は安食悠里であると同時に、絶対正義のヒーロー・ユーリ=ウォーニーだ。






「いただきまーす!!」


 少年少女の元気な声が、周囲の喧騒を押し返すように響く。


「兄ちゃん、ホントにタダで食っていいのか!?」

「おう、今日は俺のおごりだ。ガンガン食っとけよ育ち盛りども」


 笑いかけてやると、前歯の欠けた子は我慢できないといった風に目の前のカレーライスを貪り始めた。

 それを皮切りとして、他の子どもも一斉に食事を開始する。


「うまいか?」

「うんっ!」

「はーい!」


 口元を汚しながら、子どもたちは一斉に返事をする。

 こうも喜んでくれると、こっちとしても振る舞った甲斐があるってもんだ。

 たとえ財布が寒くなったとしても。


 ここはファミレ市のほぼ中央に位置する大食堂だ。

 で、卓を挟んで目の前にいるこいつら、男児二人に女児が一人だが、ついさっき知り合ったばかりの子どもである。

 血が繋がった兄弟でも何でもない。


 え、なんで知り合ったばっかの赤の他人にメシ食わせてるのかって?

 答えは簡単、こうすることが俺の正義だからだ。

 別に子どもだからとかじゃなく、腹空かせた人間を放ってはおけなかった。それだけだ。


「食い終わったら孤児院まで連れてってやるよ。その後は孤児院の人たちが何とかしてくれっから、安心しな」


 説明したが、子どもたちは聞く耳持たずで、目の前の食べ物を胃に詰め込むのに一生懸命だった。

 ま、後でもう一回言えばいいか。

 冷めちまう前に、俺も早いとこ自分のメシを食うとしよう。


 ……と思い、箸を手に取ったその時、気付いちまった。

 食堂の外から、何やら物騒な空気が漂ってきてることに。

 耳を澄ますと、食堂内で飛び交っている大声や食器の触れ合う音、食事音の中に、怒鳴り声のようなものが混ざっているのが聞こえてくる。

 明らかに異質だった。


 この時点で大方の察しがついてしまい、思わずため息をついてしまう。

 具体的なやり取りまでは流石に分からないが、どうせまた店の外で血の気の多い連中が、肩がぶつかっただの何だのとアホらしい理由でもみ合ってるんだろう。

 全く、ヒマな奴らだ。

 とはいえ、気付いちまった以上、無視する訳にもいかない。


「どうしたの?」

「ああ、ちょっと気になることがあってな。外に行ってくっけど、お前ら、ここで大人しく食ってろよ」

「はーい!」


 美味そうに湯気を漂わせている肉入り油揚げうどんに未練はあるが、ちゃちゃっと片付けて戻ってくればいいだろう。

 席を立ち、人混みで狭くなっている道を抜け、食堂の外へと出る。


 案の定、出入口のすぐそばに人だかりができていた。

 だが、人と人の頭や肩の隙間から覗き見えたのは、俺の予想とはやや外れていた光景だった。


「ほら、さっさとやれよ!」

「……イヤ、です」


 血の気が多いには多いが、男同士の争いではなかった。

 女が一人、混じっていた。


 厳密には、女一人に対し、男三人の状況。

 どう考えても痴話ゲンカどころか、真っ当なやりあいですらないよな。


「はいはい、ちょっとすんませんね。通して下さい」


 半ば強引に人をかき分けて、ドーナツ状になった人の輪の中、空洞に入っていく。


「まーまー、待って待って待って。とりあえず落ち着こうじゃありませんか」

「んだぁ? てめえは!」


 声をかけるなり、ガラの悪い三人の男たちが俺の方に首をひねってメンチを切ってきた。

 こんなことを言って落ち着くはずないのは分かっている。予想通りの反応だ。


「俺はユーリって者だ。よろしく」

「は? じ、自己紹介しろなんて言ってねえだろうが!」


 男の一人が、多少なりとも面食らった様子を見せた。

 よしよし、取っ掛かりが見えてきたぞ。


「あ! あいつ、ひ、"人切り包丁"のユーリだ!」

「違ぁう! 人は切らねぇ!」


 その時、いきなり変な名前で呼んできた野次馬にはちゃんと突っ込みを入れておく。

 あらぬ誤解を広められたらたまったもんじゃない。

 ……まあ、全く切ったことがない訳でもないんだけどな。


「ひ、人切り?」

「そこは別にどうでもいいじゃないですか。あんた達の名前も聞かせてくださいよ」


 気を取り直して問い質してみると、男たちは渋々それぞれ名乗った。


「で、何だか穏やかじゃない状況だけど、どうしたんです?」

「あ? この女をしつけてやろうとしてたんだよ」


 男の一人が、ニタニタと気持ち悪い笑みを作って答える。


「しつけ?」

「おう。こいつ、俺らの主人が買ってきた奴隷なんだけどよ、どうも反抗的でいけねえ」

「ふぅん……」


 ちらりと、その女奴隷を見てみる。

 奴隷と言うには、服装は思いのほか普通だった。

 素材も悪くはなさそうで、そこそこの暮らしをしている町娘のようにも見える。

 少し赤みがかった茶髪を伸ばしていて、顔立ちもかわいらしいが、こっちを見る目つきがきついのが少々減点対象か。

 いやまあ、敵意全開で俺のことを思いっ切り睨んでいるのもあるんだけど。

 つーか俺のこともこいつらと同類に見てないか?


「……わたし、違う。本当は……奴隷じゃあ……」


 女が視線を下にずらしながら絞り出した言葉は、震えを伴っていた。


「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよな。ちゃんと署名した契約書に書いてあったろう? "私は何も言わずご主人様の犬に、人形になります"ってよ。全部お前が悪い、で片付いちゃうの。わかる?」


 形勢は明らかに女の方が不利だった。

 詳細な部分までは知りようがないが、言い分だけを切り抜けば男たちの方が正しい。

 契約してしまっている以上、いくら喚いても覆すことはできない。

 恥ずかしい話、俺は法律にほぼ無知だからよく分からないんだが、書面による契約が強制力を持つことぐらいは分かる。

 無条件の契約解除制度なんて気の利いたものは、こっちの世界にはないだろうし。


「てなワケだ。買った側が奴隷に何しようが、赤の他人にゃ関係ねえだろう? さ、兄ちゃんはすっこんでな」

「……まあ、おっしゃる通りですけど」


 確かに奴隷の所有権は、金を出して買った奴にある。

 俺がどうこう言える道理はない。


 でもなあ、釈然としないよなあ。


 奴隷側のご意見を目で窺ってみる。

 相変わらず俺とこいつらを一まとめに睨んでくるだけだ。

 ああ、そんな目を潤ませて、悔し涙をこぼしそうになるなよ。


 ……なんて考えていた矢先だった。


「オラさっさと食えよ! 犬みたいにケツ振って、キャンキャン鳴きながらよ!」


 男の一人が、手に持ってたシチューの入った皿を持って傾け、地面にビチャビチャと捨てやがった。

 更にパンを落とし、踏んづける。


「ほれ、食いやすいように潰してやったぜ。ギャハハハハ!」

「這いつくばれよ! おう早くしろよ!」


 俺の中にある堪忍袋の緒が、ブチブチと千切れていく。

 空想上の存在なんだろうが、確かに音がはっきりと聞こえた。


 こいつら、自分が何をしたか分かってんのか?

 シチューが俺の血液であり、パンが頭、そう言っても過言じゃないってのに。


「さっさとしろよクソ奴隷女! こっちゃ旦那から手ェ出すなっつわれててイラついてんだ、これくらい……」

「やらなくていいぞ」


 介入する理由ができた。

 別に理由を作ってくれたことに対する感謝なんざこれっぽっちもしないが。


「……ああ?」

「おい」

「なんだてめ……えっ!?」


 思わず手が伸びてしまっていた。

 短気だと思わないで欲しい。むしろいきなり殴り飛ばさず、襟首を掴み上げるに留めたことを褒めてもらいたい。


「シチューを皿に戻してパンの砂利を払え。今なら作った人に謝らせる程度で済ませてやる」

「は、はぁ? 何をワケの分からねえことを言ってやがる!」

「グダグダ言ってんじゃねえ。口に押し込んで食わすぞ」

「てめえにゃ関係ねえだろうが!」

「そうでもねえんだよ」

「んだとぉ!?」

「お前らは、食い物を粗末にした。それが理由だ」

「は? んなくだらねぇコトで……げはっ!」

「どこが下らねぇってんだ!」


 ダメだ、我慢できそうにない。

 そう思った瞬間にはもう、掴んでいた男を力任せに地面へ叩き付けていた。


「げはっ!」


 背中をしたたかに打ち、泡を吹いて失神する男。

 それを見て残り二人が、口々に威嚇の言葉を吐きながら腰の剣を抜き出す。

 こうなればもう仕方ない、やるしかない。

 周囲から上がるざわめき、広がる人の輪を意識の端に認識しつつ、肚を決める。


 とは言っても、この程度の連中なら俺一人で余裕だろう。

 アニンがいればもっと楽に片付くだろうけど。

 ま、"力"を使うまでもないか。




 イノシシのように突っ込んでくる敵二人を、近付くはしから剣をかわしてぶっ飛ばしていく。

 もちろん武器は使わないし、急所も外す。

 自慢じゃないが、この程度のチンピラにやられるほどヤワじゃあない。


 二、三度ぶっ飛ばして勝負が決した所で、野次馬から歓声が上がるが、別に嬉しくもなんともない。

 ただちょっとばかし恥ずかしいだけだ。


「こ……この野郎、やりやがったな! 俺らの雇い主が誰だか知ってんだろうな!」

「あのクィンチさんだぞ!」

「クィンチ? ……誰だっけ?」

「て、てめえ! なめやがって!」


 俺の煽りとは対照的に、野次馬たちが再びざわつき始めた。

 おいやべえぞ、だの何だのとささやく声も聞こえる。


「人切り包丁のユーリだか何だか知らねえが、覚えてやがれ! きっちりクィンチさんが礼をしに行ってやるからな!」

「あ、お、おい」


 食べ物を元に戻さず、ありきたりな捨て台詞を吐くだけ吐いて、男たちは人の輪を押しのけ去ってしまった。

 しょうがない奴らだな。

 とりあえず、ぺちゃんこになったパンを拾い上げ、砂利を手で払う。

 どうしたもんかと考えてると、輪の中から中年の男、このパンとシチューの売主(多分屋台をやってるんだろう)が現れて、俺に礼を述べた後、回収を始めた。

 いや、別に俺は大したことをしてないんだけどな。


 ひとまず食い物のカタがついたところで、取り残された女の方を見てみる。

 明らかに戸惑っていた。

 そりゃそうだ。曲りなりとはいえ、一応の買い主にはほっぽりだされ、その原因を作った野郎だけが残っちまったんだから。


「ど、どういうつもりよ? 別に、助けてほしいなんて頼んでないのに」


 女の方が先に少し震えた声で切り出してきた。

 まだ少し棘があるものの、先程までの敵意は感じない。

 これなら話を聞いてくれそうだ。


「あー分かってる。俺が勝手にあいつらにムカついてぶちのめしただけだ。あんたは関係ない。それよかさ、まず名前を教えてくれよ。俺の名前はもう分かってるだろ? ユーリ=ウォーニーだ」


 ま、安食悠里でもいいけど。


「……タルテ」


 視線を足下に落とし、タルテはぽつりと呟いた。


「んじゃタルテ、これから一緒にメシ食おうぜ」

「はあ?」

「腹減ってるって顔に書いてあるぜ。ちょうど連れのガキンチョどもが食堂の中にいるんだ、せっかくだから一緒に食おうや」

「……わたし、お金持ってないんだけど」

「俺が出すよ。勝手に首突っ込んで揉めた詫びだ。つーかいつまでもこんな状況じゃ居心地悪いだろ」


 親指で周りを差す。

 羞恥心に訴えたのが決め手になったようだ。

 煮え切らない態度のタルテだったが、ようやく納得の意を示した。


「おし決定。じゃ行くか。はいはい、ちょっと道開けて下さいよ」


 今度は野次馬をかき分けていく手間はなかった。

 どこぞの指導者が海を割ったが如く、勝手に開いていく道を通って大食堂へ入り、待たせている子どもらの所へ戻る。


「オッス、お待たせ…………って」


 俺は思わず言葉を失ってしまった。

 ……だって、


「お……俺の肉入り油揚げうどんが完全消滅してるじゃあねーかッ!!」


 なんということだ!

 俺の楽しみが! なくなってしまった!!

 そりゃあないぜ!

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