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あすはとレオ

「富士見さん、どうして泣いてるの?」

堀口レオに聞かれたとき、わたしは放課後、教室で人生初の赤点を取った数学のテストをじっと見つめ、茫然としていたところだった。

「大したことじゃないわ。そう…ただ調子が悪いだけなのよ。」

慌ててシャツの袖で頬をつたう涙をぐいっと拭い、机の上のテストを八つ折りに折り畳んで、カバンの中に押し込んだ。顔が熱くなる。見られてしまったかもしれない。

「大丈夫だよ。僕より43点も高いよ。それに僕たちは、勉強するために生きてる訳じゃない。」

あぁ、やっぱり見られていた…でも、43点はわたしの点だ。ということは…まさか…

「堀口くん。まさか0点なの……?」

「うん。そうだよ。もう慣れてるよ」

堀口くんは照れたように笑いながら言った。

「笑ってる場合じゃないよ!どうするの?進級出来なかったら!」

「違う世界に行くさ。こう見えて手先が器用だから。」

「それは知ってるよ。堀口くんって、陶芸家で人間国宝の堀口辰二郎さんの息子なんでしょ。」

「うん。父さんの創る器はすごいよ。気を抜いたらこちらが、体ごと吸い込まれるんじゃないかと思うほど、光で溢れていて、そして大きな闇も秘めている。光と闇が同時に存在する…せ界は、矛盾しているからこそ美しいんだ。」

一つ一つの言葉を確かめるみたいにゆっくりそう言って、堀口くんはとても淋しそうな顔をした。今にも涙を零しそうな、…夜の森の中で迷子になり、ひとりぼっちになってしまった子どものような、深い悲しみに溢れた瞳を、まっすぐにこちらに向けた。

でもそれは多分ほんの一瞬だけのことで、

「あれ?どうしたの?富士見さん?」

と聞かれて、わたしははっとした。時間が止まったように、わたしだけが彼の深い悲しみの中にいたのだ。堀口くんの瞳は、いつもと同じ色に戻っていた。

「あの、レオって呼んでもいいかな。あと、それから、数学一緒に勉強しない?」

きっと卒業したらすぐ縁が切れるだろうし、友達関係を構築するために、労力を使うのは嫌だ。だから友達なんかつくらない。幼稚園で仲良しだった友達にハブられてから、ずっとそう決めていた私だ。でも…あまりにも、彼の悲しげな瞳が、目に焼きついて離れなかったのだ。

堀口くん…いや、レオは、にっこり笑って言った。

「もちろんいいよ。じゃあ僕は、あすはって呼ぶね。」

こうして私たちは友達になった。でも、それからあの時の淋しげな顔を、レオはわたしに一度も見せなかった。わたしは忘れたことがなかったけれど。

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