第九話 プラネット・マナ
オレンジ色に輝く球体は、冷えるにしたがって黒い箇所が目立つようになってきた。惑星を覆う地面が出来始めたのだろう。
時々、吸収されなかった岩石が惑星に衝突するのを確認することができた。衝突した箇所は、まるで水面に波紋が広がるような現象を起こす。そして、固まりかけた地面を砕き、表面を再びオレンジ色に染めた。
しばらくすると、球体全体が薄黒い色となる。地殻の完成…。つまり、惑星の誕生である。
惑星が誕生しても、宇宙空間に漂う岩石が降り注ぐことには変わりない。ただし、先ほどまでとは違い、岩石の衝突した後には丸いクレーターが出来上がり、惑星の表面に粉塵を撒き散らしていた。
「環境を整えるにしても、岩の衝突が無くならないと危ないよな〜…」
健介ちゃんは、引っ切り無しに降り注ぐ流星の数に、呆れた顔でため息をつく。惑星と同じ軌道上のゴミが無くなるまで、この現象は続くと予想された。
「そうだな…。惑星が安定するまで、ボクたちにできることはないから…」
神倉先輩は、時間を確認して、ある結論を出した。
「今日の観察は、これで終りにしよう。明日は、九時から再開することにします」
誰も反対することなく、神倉先輩の提案は受け入れられた。惑星が誕生しているのだから、それほど付きっきりにならなくても平気なのだ。
しかし、この後、大きな事件が起こることになる。それは、惑星の完成に関わる、とても重要な出来事であった。
みんなが寝静まった深夜のことである。突然、プラネットメーカーに警戒音が鳴り響いた。
メインモニターには、危険レベルBランクの“彗星の接近”が表示される。次々に小さなモニターが浮かび上がり、彗星の情報が映し出された。彗星の軌道が計算され、惑星に衝突する可能性が八十パーセントを超えることが確認される。そのため、危険レベルはBランクからAランクへと訂正された。
このような天体現象は、この場に神倉先輩たちがいたとしても、回避できるものではない。それでも、何らかの対策が検討できたはずである。だが、いまとなっては全てが遅すぎであった。
数分後、惑星と巨大彗星は、表面を掠めるように衝突した。
直撃していれば惑星は粉々になっていたはずであったが、表面を掠めるように激突したため砕け散ることはなかったようだ。しかし、惑星の表面は深く抉れ、その衝撃により内部のマントルが激しく活動を再開する。惑星は、再びオレンジ色の球体となる。そして、やって来た彗星はというと、惑星の重力に捕まり、その流れを止めていた。
彗星の表面には、大量の氷が層を重ねていたようで、砕け散らばったものが惑星の重力に引き寄せられる。氷は熱によって蒸発し、雨を降らせて惑星の地表を冷やしていく。惑星は、彗星の激突で巻き上がった塵や、水蒸気によって発生した雲で、全体が覆われてしまう。厚い雲により、惑星の地表は、完全に見えなくなってしまうのだった。
また、やってきた彗星は、惑星が誕生するのと同じように、周囲の塵や岩石を集めて球体となる。その大きさは、惑星の四分の一ほどもあった。
プレハブ小屋にやって来た神倉先輩たちは、惑星の状態に度肝を抜かれてしまった。僅かな間に、惑星の表面が厚い雲に覆われていたからだ。
「な、何が起こったんだ…」
神倉先輩は、呆然とガラスケースを見つめた。
雲は惑星の自転に逆らって流れており、惑星全体に縞模様を描いている。ところどころ渦を巻いており、まるで目玉のような模様となっていた。
「ちょっ! 何よアレ!」
突然、瑞希が素っ頓狂な声を上げる。瑞希が指差した方角に視線を向けると、そこには信じられないものが浮かんでいた。
「なななっ! 星ーーーーー!」
健介ちゃんは、声を震わせながら驚く。惑星の陰から、別の球体が現れたからだ。
「惑星…。いや、惑星を中心に回っているから、衛星か?」
神倉先輩は、健介ちゃんより冷静に状況を分析する。
「どうやら、彗星が惑星の重力圏に引っかかって、そのまま衛星になっちゃったようね…」
若葉先輩は、システムログをチェックして、そんなことを呟いた。
「…って、ちょっと待って!」
若葉先輩が慌てて振り返る。
「惑星と衛星…、衝突しちゃってるみたい…」
青い顔をしながら、若葉先輩はそう報告した。
そこで、神倉先輩たちは、プラネットメーカーに残る映像を再生してみる。彗星の接近、惑星との衝突。そして、惑星の再構築と、分厚い雲の発生…。全てが驚きの連続であった。
「雲に遮られて、内部のスキャンが効かない…。でも、惑星全体が氷のように冷たくなっている…」
若葉先輩は、パネルを操作しながら、必死に惑星のデータを集めていた。
「恒星からの距離を考えても、これほど冷たくなるわけがないから…、この雲によって太陽からの熱が遮断されているようね。少し違うけど…。ほら、地球でいうところの、恐竜絶滅みたいな感じ♪」
その仮説には、神倉先輩たちも納得したようだった。
太古の昔、地球上には、数多くの恐竜が存在していた。そんな恐竜たちは、一説によると、落下した巨大な隕石が大量の粉塵を巻き上げ、その結果分厚い雲が地球を覆い隠し、寒さによって絶滅したとされている。この惑星も、同じような状態になったと予想されるのだ。
「それにしても…。よく砕けなかったよな〜…」
健介ちゃんは、愛おしそうに惑星を眺める。彗星の軌道がもう少し内側だったなら、惑星は木っ端微塵となっていただろう。
「さっすがは、プラネット・マナ先輩だね♪」
瑞希は、ご丁寧にも惑星の名前に“先輩”を付けている。それを聞いた健介ちゃんは、おもわず吹き出してしまった。
「な、なによ〜!」
瑞希は、顔を真っ赤にさせながら、可愛く頬を膨らませる。
「いや、確かに…。さすがはマナだな♪」
健介ちゃんは、笑いを堪えながらそっぽを向く。だが、そんな健介ちゃんを見て、瑞希はどこか嬉しそうであった。
最近の健介ちゃんは、かなり様子がおかしかった。しかし、惑星が誕生したことで、完全に以前と変わらない状態となってくれたようである。瑞希は、それが嬉しかったのだろう。
惑星が誕生して、さらに三日が過ぎた。惑星の表面は、いまだ分厚い雲で覆われている。このままではとても環境設定を行える状態ではなく、健介ちゃんたちは二人一組で惑星の観察に当っていた。
「変わんないね〜…」
瑞希は、詰まらなそうに呟く。隣では、健介ちゃんも同じように退屈していた。
「コンテストの締め切りまで、あと三日か〜」
健介ちゃんは、携帯端末でスケジュールを確認する。このままの状態でもコンテスト出場は可能だが、美しさからみればせいぜいCランク止まりだろう。そのことは、瑞希にも充分わかっていた。
「でも、これだけ立派な“月”があるんだから、いいとこまでいくかも♪」
瑞希は、惑星の四分の一ほどある大きな衛星を見つめた。衛星にしては大きいと感じるかもしれないが、地球に対しての月の大きさが約四分の一だと考えると、意外に普通なのかもしれない。
「確かに…。いままでのコンテストでも、これほど大きな衛星がある惑星は無かったもんな〜」
健介ちゃんは、衛星を拡大してモニターに表示させる。何も無い岩石だけの衛星だが、遠目で見ると美しい薄黄色をしていた。
「この衛星にも、名前を付けたほうがいいかも…って!」
そのとき、惑星を覆う雲の一部が切れ、地表が見えたような気がした。健介ちゃんは、慌ててガラスケースに駆け寄り、内部に浮ぶ惑星をジッと見つめる。その身体は、小刻みに震えているようであった。
「健介…。どうしたの?」
瑞希もモニターから離れ、健介ちゃんの後ろから惑星を覗き込む。
「えっ!」
瑞希は、その光景に愕然としてしまう。雲の隙間から見え隠れしているのは、とても美しい水色だったからだ。
「うそ…だろ…」
健介ちゃんは、ガラスケースに手を添えて、惑星を凝視する。雲は徐々に薄れていき、惑星本来の姿を現した。
「ブ、ブルー…プラネット…」
健介ちゃんは、震えるような声で呟く。現れたのは、いくつかの大陸を持ち、青い海に囲まれた美しい惑星であった。
プラネットメーカーが発売されて二十年間…。水に囲まれた青い星を創ったのは、システム開発者の優子さんしかいない。そのため、青い星を創ることは全ユーザーの夢となり、その惑星はプラネットメーカーの象徴といわれてきた。
いくつもの偶然が重なり合い、再び誕生した青い惑星…。なんちゃらプラネットは、そんな奇跡の星を完成させたのだ。
誰もいなくなったプレハブ小屋の中に、一人の女性が佇んでいた。その女性とは、魔界から戻ってきた優子さんである。
「まさか、ブループラネットに成長してるとは…」
優子さんは、ガラスケースに浮ぶ宝石のような青い惑星を見つめた。
「うぅ〜…。この環境を犠牲にしなければならないなんて…」
優子さんは、心苦しそうな表情で、中央装置のメンテナンスパネルを開く。特殊な工具を使い、プラネットメーカーのブラックボックスを開けて、時空石をあらわにさせた。
「え〜っと…、こいつをここに…」
優子さんは、小さな部品を時空石の近くに設置する。中央装置とケーブルで繋がった操作パネルで、何かの設定を施した。
「これで、よしっと…」
作業を終え、メンテナンスパネルを閉める。立ち上がった優子さんは、もう一度だけ青い惑星に視線を向け、プレハブ小屋から立ち去っていった。
全身が焼けるように熱く感じられる。それなのに、流れる汗はとても冷たく思えた。わたしは、いつまで経っても眠ることができず、寝返りを繰り返していた。
そのとき、わたしの部屋に、誰かが入ってきたのを感じた。月明かりに浮かび上がった人影は、数日前に魔界へと旅立っていった優子さんであった。
「やっぱり…、もう限界のようね…」
優子さんは、わたしの頬に手を添えながら呟く。そして、掛け布団を取り去り、わたしの身体をいわゆるお姫さま抱っこの状態で持ち上げた。
『ゆ…、優子…さん?』
わたしは、気恥ずかしさから、おもわず苦笑してしまう。
『え〜っと…。わたし…、どうなっちゃうんですか〜?』
優子さんの態度からすると、単にからかっているだけではなさそうだ。
「ん〜…。時空のズレを修復する方法が見つかったから、これから試しに行くんだよ〜♪」
優子さんは、微笑みながらそんなことを呟く。しかし、思考が麻痺している所為か、特に嬉しいとは感じなかった。
優子さんは、わたしを抱きかかえたまま、プレハブ小屋へと向かう。その途中、トイレに起きた健介ちゃんがこちらを窺っていたことに、わたしは気づかなかった。
プレハブ小屋に入ると、中央に青白い光が感じられた。わたしは、ゆっくりと視線を向けてみる。そこには、青い宝石のように輝く、美しい惑星が浮んでいた。
『ブルー…、プラネット…』
わたしは、おもわず息を呑んでしまう。惑星が誕生したことは聞いていたが、まさか、それが奇跡の星とされるブループラネットだとは思わなかった。
プラネットメーカーは、データ上で創られた惑星を、ただ映しているわけではない。ガラスケース内には実際の宇宙空間が広がっており、疑似惑星がそこに存在している。ガラスを挟んで数メートルの距離に実物の惑星があるのだ。
それは、まるで宇宙船から地球を眺めているような光景であった。
「ブループラネットのときもそうだったけど、環境設定をしない状態で水の豊富な惑星が誕生する確率は、限りなくゼロに近いの…」
優子さんは、わたしを抱えながらガラスケースに近づく。
「この惑星も、たくさんの偶然が重なって誕生したのね…」
そう呟いた優子さんは、とても哀しそうな表情をした。わたしが不思議そうにしていると、覚悟を決めた優子さんがとんでもないことを口にする。
「時空のズレを修復するには、この環境をシステムリセットしなければならないの…」
優子さんは、真剣な表情で、わたしの顔をジッと見つめた。
『シ、システムリセット!』
わたしは、驚きのあまり叫んでしまう。途端に激しく咳き込んでしまい、優子さんが背中をさすってくれる。
『あ、ありがとうございます…。でも…、どうしてシステムリセットをしなければならないんですか…?』
わたしは、恐る恐る優子さんに問いかけてみた。システムリセットをすれば、せっかく誕生した奇跡の惑星が破壊されてしまうことになるからだ。
わたしを助けるためにシステムリセットが必要というのであれば、どうしてもその理由が知りたかった。すると優子さんは、わたしを椅子に座らせて、魔界で確認してきた内容を語りはじめた。
魔界で会った人物は、時間や空間を司る神、時空神ラルドさまであった。
優子さんがラルドさまに会うのは、これが初めてだったという。優子さんの受けた印象は、意外に常識人であったそうだ。
ラルドさまは、わたしに起こっている状況を、全て御存知だったようである。ラルドさまの見解は、優子さんの仮説と同じであった。
時空石とわたしの目覚めようとしている時空力が影響して、プラネットメーカーが暴走する。一瞬で数億年の時が経過し、それが影響して時空軸が少しだけズレてしまう。そのとき、わたしの魂が別の次元に弾き飛ばされてしまったらしい。
「つまり、あの事故と同じレベルのエネルギーを発生させて、それをある機械で反転させれば、あなたの魂を元の時空に戻せるってわけ♪」
優子さんは、対処方法を説明する。簡単そうに言っているが、巨大なエネルギーを反転させるなど、もの凄く難しい技術が必要なのだろう。
『そのエネルギーを得るために…、この惑星を破壊する…わけですね…』
わたしが問いかけると、優子さんはコクリと頷いた。
「破壊するって言っても、この前と同じようにシステムリセットをするだけ…」
優子さんは、メインコンソールの足元に視線を向ける。そこには、プラネットメーカーの環境をリセットする、アナログ式のボタンがあるはずだ。
「こうしている間も、あなたの時空力を感じて、プラネットメーカーのエネルギーが増大している。あと数分もしないうちに、この辺り一帯を巻き込んだ大爆発が起こってしまうでしょうね〜…」
優子さんは、さらりと恐ろしいことを呟いた。
『でも…、やっと完成した惑星を破壊するなんて…』
わたしは、躊躇いの言葉を口にする。
この惑星が誕生するまで、神倉先輩たちの苦労は並大抵のものではなかったはずだ。さらに言ってしまえば、完成した惑星は、奇跡の星ブループラネットである。たとえ同じようにゲームを進めたとしても、二度とこの青い星を創り上げることは出来ないだろう。
「なにを言っているの。システムリセットをしなければ…。このままじゃ、あなた死んじゃうのよ!」
優子さんは、わたしの考えを窘める。
「ゲームと自分の命…、どっちが大切なの?」
真剣に問いかける優子さんだったが、わたしにはずばりな決断をすることができなかった。そんな態度に、優子さんは大きなため息をつく。
「健介ちゃん…、そこにいるんでしょ。入ってきなさい…」
優子さんは、突然、そんなことを呟いた。
すると、プレハブ小屋の扉が開き、健介ちゃんが入ってきた。
「真菜…。なにを悩んでいるんだ?」
健介ちゃんは、苦笑しながら近づいてくる。どうやら、わたしたちの会話を、最初から聞いていたようである。
「この惑星を壊すことで、おまえの命が助かるのなら、考える必要もないだろ…」
健介ちゃんには、迷っている様子はまったくなかった。
『でも…。惑星を壊しちゃったら、コンテストにも出られないんだよ!』
わたしがそう叫ぶと、健介ちゃんはにっこりと微笑む。
「コンテストは来年もある…」
健介ちゃんは、ゆっくりとした動作で、ガラスケースに手を添える。
「それに、この惑星は、おまえのために創られたんだ。おまえの命を助けるために壊すんなら、みんなも納得するだろうよ…」
健介ちゃんは、宝石のような青い惑星を、愛おしそうに見つめた。
『でもでも…』
それでも納得しない様子を見て、優子さんは再びわたしをお姫さま抱っこで持ち上げる。
『ゆ、優子さん!』
優子さんは、わたしを抱いたまま、ガラスケースを背にするように立った。
「健介ちゃん…。お願いできるかしら?」
優子さんは、健介ちゃんに微笑みかける。健介ちゃんは、素直に頷き、メインコンソールの足元にしゃがみ込んだ。
『ちょっ…。け、健介ちゃん!』
リセットボタンに手をかける健介ちゃんを見て、わたしは慌てて声を上げた。
『健介ちゃん…、ちょっと待って! みんなに相談してからでも遅くは…』
だが、その言葉は最後まで続かなかった。
「真菜がなにを言おうと、オレはリセットを押す!」
健介ちゃんの決意は変わらない。
「いくぞ…」
健介ちゃんは、優子さんが頷くのを確認して、一気にリセットボタンを押し込んだ。
『ダメーーーーー!』
わたしの悲鳴が辺りに響き渡った。
リセットボタンが押されたことで、惑星は一気に縮小し、プレハブ小屋は白い光に包まれる。それは、事故のときの暗く冷たい光ではなく、とても暖かで優しい感じの光だった。
光が収まったとき、わたしと優子さんの姿はその場から消えていた。健介ちゃんは、きょろきょろと辺りを見回す。そして、中央にあるガラスケースが視界に入った。
ガラスケースの中には、何も存在していない。まるで、最初から何も無かったかのようであった。また、メインコンソールのモニターには、初期メニューの画面が表示されている。どうやら、全てのデータがクリアされてしまったようである。
こうして、なんちゃらプラネットが創り上げた奇跡の星は、ついに幻となってしまった。
健介ちゃんがリセットボタンを押した翌日、プレハブ小屋へやって来た神倉先輩たちはその光景に愕然とした。やっとの思いで完成させた奇跡の星…。その惑星が、ガラスケースから消えていたからだ。
「い、いったいどうなってるんだ!」
神倉先輩は、ガラスケースに駆け寄って内部を確認する。だが、宝石のような惑星は影も形もなかった。
「健介! 何があった!」
神倉先輩は、メインコンソールへもたれかかるようにしゃがみ込んでいる健介ちゃんに問いかけた。
「システムリセットをしました…」
健介ちゃんは、大きなため息をつき、簡潔な報告をする。
「シ、システムリセットですってーーー!」
瑞希がヒステリックに叫ぶ。
「あんた、いったい何を考えて!」
怒った瑞希は、健介ちゃんの胸倉を掴んで前後に揺らす。
「やかましい!」
健介ちゃんは、いらついたように、片腕で瑞希の手を弾く。瑞希は、健介ちゃんの態度に、驚きの表情をした。いつもなら、迷惑そうな顔をしながらも、軽い冗談を返してくれるはずである。それなのに、いまの健介ちゃんは、かなり様子が変であった。
「な、なによ…」
瑞希は、驚きと悲しさに、涙ぐんでしまう。健介ちゃんは、軽く舌打ちをして、項垂れるように呟いた。
「これで…、真菜の命が助かるんだよ…」
健介ちゃんの言葉に、神倉先輩たちが息を呑む。どうしてここで、わたしの名前が出てくるのだろうか…。神倉先輩たちがそんなことを考えていると、この修羅場を予想していたのか、飛鳥さんがプレハブ小屋に現れた。
「あ〜…。やっぱり説明が必要みたいだね〜」
飛鳥さんは、苦笑しながらみんなを見回す。どうやら飛鳥さんは、優子さんがわたしを連れ出す前に、これからの行動について、説明を受けていたようであった。
「飛鳥さん…、説明が必要って…?」
神倉先輩は、飛鳥さんと向い合う。
飛鳥さんは椅子に腰を下ろして、わたしに起こっていた出来事…、なぜシステムリセットが必要だったのかを語りはじめた。
どこからか、わたしを呼ぶ声が聞こえてくる。朦朧とする意識を覚醒させ、わたしはゆっくりとまぶたを開いた。
瞳に飛び込んできたのは、一面に広がる青色であった。所々、白い綿のようなモノが浮んでおり、それが雲であると理解するのには、しばらく時間が必要だった。
『えっ…、地球?』
わたしは、自分の置かれている状況に愕然とする。わたしは、宇宙空間に漂いながら、巨大な青い惑星を見下ろしていたのだ。
『いいえ…。あの星は地球じゃない…』
突然、後ろから声が聞こえたため、わたしは慌てて振り返る。そこには、純白の翼を広げて漂う、優子さんの姿があった。
『あの惑星の名前は“プラネット・マナ”…。あなたたちなんちゃらプラネットが創っていた惑星よ♪』
優子さんは、わたしの隣に浮び、惑星マナを見つめた。
『プラネット・マナって…。優子さん、なにがどうなってるんですか〜?』
爆発に巻き込まれて、今度はプラネットメーカーの中に取り込まれたとでもいうのだろうか…。わたしは、混乱のあまり、頭痛がしてくる思いだった。
そんな疑問を感じ取ったのか、優子さんが説明を付け加える。
『あれは、正真正銘、宇宙に実在する惑星…』
優子さんは、さらに混乱してしまうわたしを見て苦笑する。そして、信じられないことを語りはじめた。
『プラネットメーカーって、本当はゲームじゃないの。本物の惑星を観察して、生き物が住めるように改良するためのシステムなのよ…』
優子さんは、プラネットメーカー本来の機能について説明をはじめた。
時空石の力を使って過去の宇宙を表示させる。惑星の誕生するであろう座標を選択し、環境を整えて生き物が住めるように調整を施す。いままでプラネットコンテストで発表された惑星は、生命が住めるような状態ではないが、宇宙のどこかに存在しているらしい。
優子さんの話は、全てが驚きであった。ガラスケース内に再現させていると思っていた宇宙空間は、時空間を歪めて表示させていた本物の宇宙であるという。もちろん、観察していた惑星も、正真正銘の本物である。
わたしたちがゲームだと思っていたプラネットメーカーは、想像を遥かに超えた、とんでもない装置だったようだ。ちなみにシステムリセットとは、宇宙との繋がりを遮断するだけで、本当に惑星が破壊されてしまうわけではない。
『凄い…ですね…』
わたしの感想は、こんなものである。いや…、正直のところ、説明の半分も理解できたかどうか疑問であった。ただ、この星がみんなで創っていたプラネット・マナであることだけは、理解することができた。
『で〜…、なぜわたしたちが、その惑星マナを見下ろしているんですか?』
わたしは、もう一つの疑問を口にする。記憶に間違いがなければ、つい先ほどまで、わたしたちは樹神神社のプレハブ小屋にいたはずである。それが、どうして宇宙空間を漂っているのだろうか…。
『いや〜…、なんて言うか〜…。そ、そんな難しいことを考えてはダメ!』
突然、優子さんの態度があやふやになる。
『これは…。そう、夢なの!』
適当な説明で誤魔化そうとする優子さん。どうやら、優子さんにも理由がわからないらしい。
真相はというと、惑星との繋がりを遮断するとき、わたしの魂がプラネット・マナに引き寄せられて、時空間移動してしまっただけである。優子さんは、いなくなったわたしの波長を頼りに、ここまでやってきてくれたようだ。
『じゃあ…、時空のズレはどうなったんですか?』
わたしは、もっとも重要な疑問を確認する。すると、優子さんの表情は、パッと明るくなった。
『あっ、それは大丈夫〜♪』
優子さんは、自信満々に答える。
『時空にズレは感じられないから、ちゃんとこっちの次元に戻ってこれたはずだよ♪』
それを聞いて、わたしはホッと息をついた。そういえば、こころなしか身体に生命力が満ち溢れているように思える。入院している肉体との繋がりを、確かに感じることができた。
『さぁ…、みんなが待ってるわ…。帰りましょう♪』
優子さんは、わたしの身体をそっと抱きしめる。その心地良さに瞳を閉じると、わたしの意識はそこで途切れてしまった。
わたしの姿は、徐々に揺らいで薄くなり、ついには光の塊となった。優子さんは、その光を愛おしそうに抱える。懐から一つの時空石を取り出し、その力で時空間移動をして姿を消すのだった。
わたしの肉体が眠っている病室には、事実を知らされた神倉先輩たちと飛鳥さんが訪れていた。
長い看病生活により、お母さんもかなり疲れているようである。学生時代の同級生でもある飛鳥さんは、わたしのことよりお母さんを心配しているようだった。
「マナ先輩は、ずっとわたしたちのそばにいてくれたんですね…」
瑞希は、涙ぐみながらわたしを見つめる。姿こそ見えなかったが、一緒に惑星創りをしていた事実が嬉しかったようだ。
「遠野くんも水臭いわね〜…。どうして教えてくれなかったの?」
若葉先輩は、おどけたように問いかける。健介ちゃんは、優子さんから口止めされていたことを伝え、苦笑しながら頭を掻いた。
そこに、時空間移動で戻ってきた優子さんが飛び込んでくる。
「はいはい、どいてね〜〜〜」
優子さんは、急いでベッドに駆け寄る。そして、抱えていた光の塊を空中へと解き放った。その瞬間、病室内は眩しい光に包まれた。
光の中に、半透明のわたしが浮かび上がる。その姿は、ゆっくりと降下をはじめ、ベッドに寝ているわたしの肉体と重なるように消えてしまった。
「ふぅ〜…。これで一安心…」
優子さんは、落ち着いた様子で、大きく息をついた。すると、いままで人形のようだったわたしの顔が、ゆっくりと赤みをおびてくる。魂が戻ったことで、身体の各機能が回復を始めたようだ。
「真菜…、真菜…」
健介ちゃんは、静かに囁きかける。しかし、わたしの意識は一向に戻ろうとしない。
「おい、どうなってるんだ!」
健介ちゃんは、優子さんを睨みつけるように問いかけた。
「だ〜か〜ら〜。ほんと、憎たらしい子ね〜〜〜!」
優子さんは、その問いには答えず、健介ちゃんの頬を掴み、左右におもいっきり引っ張った。痛がる健介ちゃんを見て、飛鳥さんが苦笑する。
「命に別状は無いから大丈夫よ…。仮にも魂が離れていたわけだから、回復するのに時間がかかるだけ♪」
優子さんと違い、飛鳥さんの言葉は素直に信じられるから不思議なものである。健介ちゃんも、それ以上問い詰めることはなかった。
だが、しばらく経ってもわたしの意識は戻ろうとしなかった。
神倉先輩たちは再度惑星創りをはじめたようだが、二日ではどうすることもできない。コンテストの締切日も過ぎてしまい、出場を断念するしかなかった。ただ、システムリセットをしてしまったとはいえ、奇跡の星を誕生させたという充実感はあった。
そして、わたしの意識が戻らないまま、プラネットコンテストの当日を向えることになった。