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第八話 真菜の生命力

 惑星の原形が発見されたことは、直ちに神倉先輩たちにも知らされた。

 予期していなかった事態に、先輩たちは喜びの声を上げる。偶然とはいえ、プラネットメーカー最大の難関をクリアしたからだ。

 なんちゃらプラネットのみんなは、気持ちも新たに惑星創りを再開させた。第二座標には、当然、わたしが選んだ座標が設定される。そのことで、プラネットメーカーの中核であるガラスケースに、選択された宇宙空間が映し出された。

 ガラスケースには、まだ惑星とはいえない大小様々な岩石が浮かんでいる。この後、それぞれが集まるように大きくなり、重力が強くなるにつれて周りに漂う塵をも引き寄せる。そして、ある一定の大きさに達すると、内部に熱が発生して、原始の惑星が誕生するという。

 それから、このゲームのメインといえる、惑星の環境設定が待っていた。

 環境を整え、時には地震や噴火のような災害を起こし、根本的な惑星改善を行う。八月末に開催されるプラネットコンテストでは、誕生させた惑星の美しさが競われることになるわけだ。

 と…、ここまでが惑星創りを順調に進められた場合のお話…。恒星が誕生してから三週間。わたしたちの観察している岩石群は、まったく変化が現れていなかった。

「マナ…お姉ちゃん…。………、無事?」

 枕元では、少女姿をしたリウムちゃんが、わたしの様子を心配そうに見つめている。

 このところ、わたしは身体の調子が悪く、寝込むことが多くなっていた。いや、身体は入院しているわけだから、魂の調子が悪いというべきだろうか…。とにかく、一日の大半を布団の中で過ごしていた。

『う〜ん…、無事じゃないかも…』

 わたしは、大きく咳き込んでしまう。そのたびに、全身の筋肉が軋むような痛さを感じた。

『わたし…、このまま死んじゃうのかな〜…』

 最近、そんな悲観的な考えがよく浮かぶようになっていた。日に日に体力が落ちていくのを、実感することができるのだ。

“魂の崩壊が始まっている。このままじゃ、あまり長くもたないかもしれないわ…”

 合宿を始めたころに聞いた優子さんの言葉が思い出される。わたしの魂は、もはや限界を迎えようとしているのかもしれなかった。

「真菜ちゃん、お粥作ったんだけど、食べられる〜?」

 土鍋を持って現れた飛鳥さんは、わたしの意思を確認する。とても食べる気にはなれなかったので、わたしは小さく首を振ってお断りした。

「少しでも食べておいた方がいいんだけど…」

 飛鳥さんは、困ったようにため息をつく。ただ、飛鳥さんにも、わたしがそんな状態ではないことはわかっているようだ。

 飛鳥さんは、わたしの額に置かれた濡れタオルを交換してくれる。

『あ、ありがとう…ございます〜…』

 ここに来てからというものの、飛鳥さんには世話をかけっぱなしである。わたしは、こんな自分を情けなく思えてしまうのだった。

『あ…、そうだ…。飛鳥さん、プラネットメーカーの様子は…、どうなってますか〜…』

 わたしは、身体を起こすことも辛かったため、飛鳥さんに聞いてみる。飛鳥さんは、監視モニターに近づき、システムの状況を確認した。

「え〜っと…、特に変化は見られないかな〜…」

 飛鳥さんは、申し訳なさそうに呟く。

 第二座標固定までは順調に進んだというのに、肝心の惑星が誕生しない。このままでは、プラネットコンテストまでに、納得のいった惑星が創れない可能性も出てくる。

 惑星創りも、これまでと同じではなく、なんらかの変化が必要なのかもしれなかった。


 ちょうどそのころ、優子さんは、わたしが入院している病院を訪れていた。

 最近の優子さんは、樹神神社と病室の往復を続けている。時空のズレによる、わたしの身体と魂の変化を調べているようだった。

 それにしても、いくらプラネットメーカーの開発者だからといって、わたしたちと同い年にしか見えない優子さんが病状を調べていることは異様なことである。普通なら、付き添っているお母さんに、追い出されてしまっても仕方のないことだろう。しかし、入院費用や生活費を優子さんが負担してくれているようで、何の問題もなかったようである。

 それに、わたしには知らされていなかったことだが、優子さんとお母さんは、学生時代の同級生で親友同士だったらしい。さらに、二人は、人間神に覚醒する前の飛鳥さんとも同級生だったという。

「う〜ん…、ヤバイかも…」

 わたしの身体を見ていた優子さんは、その衰弱状態に、思わず本音を呟いてしまった。

「って、冗談じゃないわよ!」

 途端にお母さんの顔色が一変する。

「あなたが大丈夫だって言ったから、いままで黙ってたんですからねーっ!」

 お母さんは、優子さんの首を掴み、ぐらぐらと揺らす。どうやらお母さんは、わたしの陥っている状況を、優子さんから聞いていたようである。

「麻衣、まぁ落ち着きなさいって…」

 優子さんは、お母さんの両肩に手を置く。

「死とは哀しいものではないの…。むしろ、この世で修行を終えて、あの世に迎えられる…」

 しかし、優子さんの言い訳は、お母さんの睨み付けるような視線で中断されるのだった。


「ねぇ、優子…」

 少し落ち着いたお母さんは、眠っているわたしの顔を見つめながら呟く。

「セリアに連絡することってできないの? 魂が別の次元に飛ばされるなんて、どう考えてもあっち側の現象でしょ…」

 お母さんは、異世界にいる友人の名前を口にする。だが、優子さんの反応は否定的であった。

「今回の現象は、本当に特殊なの…。たとえセリアでも、どうすることもできないでしょうね…」

 優子さんの言葉に、お母さんは項垂れてしまう。優子さんは、意識の戻らないわたしの頭を、優しく撫でてくれた。

 優子さんは、プラネットメーカーが暴走した原因を、とっくの昔に解明していた。

 今回の事故では、時間や空間を操作するプラネットメーカーと、わたしが潜在的に持っている時空力が互いに影響し合って引き起こされた。いや…、徐々に目覚めようとしていた時空力を、わたしが制御できなかったのが原因だという。

 わたしがプラネットメーカーに近づいたことで、中核に収められた時空石が激しく反応することになる。プラネットメーカーは過去にあった実際の宇宙空間をガラスケース内へ表示させているわけだが、時空石の暴走によって、一瞬で数億年の時間が経過したそうだ。

 そんな変化に耐え切れず、プラネットメーカーには膨大なエネルギーが蓄積される。そして、リセットボタンを押したことで、時空軸をズラしてしまうほどの大爆発を起こした。優子さんによると、もしリセットボタンを押さないでいたら、数分もしないうちにこの街は、闇に呑み込まれて消滅していただろうという。

「時空力を扱える者は本当に珍しくって、長い歴史の中でも三人しか現れていないの…」

 優子さんは、四人目であるわたしの顔を、あらためて見つめる。ただの女の子であるわたしには、時空力など過ぎた力であった。

「真菜ちゃんの時空力は、コレで封じることができるけど…」

 優子さんは、懐から一つの指輪を取り出す。それは、ショウさんの形見ともいえる、時空力を封じるための指輪であった。

「時空のズレを修復してからじゃないと、渡しても意味はないしね〜」

 優子さんは、困ったように苦笑してしまう。異世界でも特殊な力とされる時空力は、優子さんにもわからない部分が多いそうだ。

「真菜ちゃん自身が時空力をコントロールできるようになれば一番いいんだけど…」

 とは言っても、独学でコントロールできるようになるのは、まず不可能と思われる。つまりは、わたしの命が尽きるまでに、なんとしても時空のズレを修復する方法を見つけなければならないのだ。

「優子…、いまはあなただけが頼りなんだからね!」

 お母さんは、優子さんの手をしっかりと握った。傍目から見ると親子のようなのだが、これで同い年だというのだから驚きである。

 お母さんの訴えに、優子さんは真剣な表情をする。次の瞬間、優子さんは苦笑しながら、指先で頬を掻いた。

「ごめ〜〜〜ん。ちょっと無理かも〜♪」

 優子さんの言葉に、お母さんは唖然としてしまう。無理という言葉だけで片付けられてしまったらたまらない。お母さんは、優子さんの頭に、おもいっきり手刀を振り下ろした。

「痛っ…。ま〜、精一杯努力いたします〜…」

 優子さんは、涙目でそんなことを呟く。優子さんを睨み付けるようにしているお母さんは、かなり怒っているようである。

「真菜…」

 お母さんは、わたしの手を両手で握りしめ、祈るように俯いてしまう。その姿は、間違いなく、我が子を心配する母親のものであった。



 草木も眠る丑三つ時…。わたしの部屋に、何者かが侵入してきた。

 息を殺し、気配を消しながら近づき、寝ているわたしの顔をそっと覗き込む。

「なるほど…。この子を中心に、時空の歪みが発生しているみたいですね…」

 わたしの姿が見えているのだろうか…。何者かは、確認するように呟いた。

 そんな声に、わたしは目を覚ます。薄明かりに照らされたのは、美しい顔立ちをした青年の姿であった。青年は、わたしの視線に気づき、にっこりと微笑みを返す。

『………』

 目の前の出来事が夢なのか幻なのか、わたしは理解に苦しんでしまう。

『え〜っと…、こんばんは〜…』

 我ながら、なんとも間抜けなことを口にしたものである。青年は、苦笑しながら頭を掻いた。

「あやしい者ではありません…。ボクは、ある御方の命を受け…」

 青年が事情を説明しようとしたとき、障子が勢いよく開かれ、隣の部屋で寝ていた優子さんが飛び込んできた。

 優子さんは、青年めがけて長剣を振り下ろす。しかし、青年は後ろに飛んで、それを難無くかわした。

「こんな時間に女の子の部屋へ忍び込むぐらいなんだから、殺されても文句はないでしょうね…」

 優子さんは、牽制しながら青年を睨みつける。その威圧感に、わたしはおもわず息を呑んでしまう。いままでの優子さんとは、まるで別人のようだったからだ。

「ちょっ、待ってください! ボクです、アクア…」

 その瞬間、青年は、庭から現れた魔獣姿のリウムちゃんに、頭から咥えられてしまった。

「んーーーっ!」

 青年は、苦しそうに足をじたばたとさせる。リウムちゃんは、青年を庭へと引きずり出し、何度も何度も地面に叩きつけた。

 青年の言葉に納得したのか、優子さんは長剣を収めて苦笑する。どうやら、青年の正体に思い当るふしがあったようだ。

『な…、なんなの?』

 わたしは、そんな出来事に、ただ呆然とするしかなかった。


 母屋にある居間では、優子さんと飛鳥さんが謎の青年を前に苦笑していた。

「それにしても、まさかアクアちゃんだったとは…」

 優子さんは、久しぶりに再会した青年を、あらためて見つめる。青年は、二十年前とは比べものにならないほど成長していた。

 彼の名は、光竜アクアマリン。こう見えても、人間ではなく、異世界の竜族だという。

「あの頃のアクアちゃんは、おもいっきり如月家のペットだったからね〜♪」

 飛鳥さんは、懐かしむように微笑む。本当のアクアさんは獣のような姿をしており、二十年前にはペットのように扱われていたそうだ。

「人型がその姿なんだから、犬型の方も成長しているの?」

 飛鳥さんが問いかけると、アクアさんは涙目で項垂れてしまった。

「い、犬じゃありませんよ〜…」

 アクアさんは、シクシクと涙を流す。

「で〜…。アクアちゃんは、なにしに来たわけ?」

 優子さんは、アクアさんの真意を問いかける。おそらく、わたしの様子を見に来たのだろうが、アクアさんの口から直接聞きたかったようだ。

「それに…。精霊界から人間界へ来ることは、禁止されてるんだけどな〜」

 飛鳥さんは、アクアさんを睨みつけるように呟く。飛鳥さんが人間神として即位した後、異世界との交流は基本的に禁止されていた。もっとも、異世界の住人で人間界の存在を知っているのは、ごく一部の人々だけのようなのだが・・・。

「………、時空の歪みを感知しました…」

 アクアさんは、用件を簡潔に呟く。その途端、優子さんの顔色が変わった。

「どうやら、時空力によるトラブルが起こったようですね…」

 アクアさんは、優子さんをジト目で見つめる。優子さんは、あさっての方角に視線を向けてしまった。

「はて…、なんのことでしょう〜」

 優子さんは、大汗をかきながら、とぼけようとする。

「え〜っと…。ちょっとした事故なら…、起こっちゃった…かな〜」

 指で頬を掻く優子さんに、アクアさんは大きなため息をついた。

「そのことで、ある御方が説明を求めておられます…」

 アクアさんは、やっと本題を切り出した。優子さんたちが小首を傾げていると、アクアさんがその御方の名前を呟く。

「ラルドさまです…」

 それを聞いた優子さんたちは、飛び上がるように驚いた。

「ラ、ラルドさまって…。姿を晦ませていたんじゃなかったの?」

 飛鳥さんの問いかけに、アクアさんはこくりと頷いた。ラルドさまは、いまから二十年前、ショウさんとアリスさんの死に責任を感じて、精霊界から姿を消していたという。

「時空力のことですから、時空神であらせられるラルドさまが対応するのは当然かと…」

 アクアさんが素っ気無く呟くと、優子さんは彼の後ろに回り込んで、頭を抱えるように首を絞めた。

「へぇ〜…。アクアちゃんは、噂に聞く“絶対無敵で非常識”なヤツに、わたしを売ろうっていうの?」

 優子さんは、キリキリとアクアさんの首を絞め上げた。

「“究極の若作り”…が…抜けていますよ…」

 アクアさんは、苦しそうな声で、優子さんの説明を追加する。アクアさんは、現在、その究極の若作りな方に、弟子入りしているそうだ。

「わかったわよ…。行けばいいんでしょ…」

 優子さんは、アクアさんを解放して、やれやれといった表情をする。

「それに…。これで真菜ちゃんの状況を、なんとかできるかもしれないしね〜」

 優子さんは、ゆっくりと立ち上がり、“後は任せる”といったような視線を飛鳥さんに向けた。

「では、魔界に出発しましょう♪」

 その言葉に、優子さんがずっこける。

「ラルドさまは、現在、魔界にいらっしゃいます」

 アクアさんは、優子さんの疑問を先読みするように答えた。

「ま〜、この際、どこだっていいわ〜…」

 優子さんは、頭痛を感じたように、こめかみに手を添える。目的地は、てっきり精霊界だと思っていたようだ。

「それで、一度光風町に戻るんだよね…」

 なぜか、優子さんは、言いにくそうに呟く。当然の質問であるためアクアさんが小首を傾げていると、優子さんは苦笑しながら頭を掻いた。

「できれば、背中に乗せてってもらいたいな〜…なんて♪」

 その言葉に、今度はアクアさんがずっこけてしまった。

「って…。優子さん、もしかして、まだ飛べないんですか〜!」

 アクアさんが問いかけると、優子さんは恥ずかしそうに頷く。優子さんは、五十メートルほど浮かぶことは出来るそうだが、鳥のように飛び回ることはできないらしい。

「飛べない天空族って、貴重ですよね…」

 アクアさんは、まるで天然記念物を見るような視線を向けて、大きなため息をついた。


 日の出前…。優子さんたちは、薄暗い境内に集まっていた。これから、異世界へと繋がるゲート“こだまの樹”がある光風町に向うらしい。

「さて…、光竜の姿に戻るのも久しぶりですね…」

 そう呟いた瞬間、アクアさんは、美しい純白の竜へと姿を変えた。光竜となったアクアさんは、魔獣姿のリウムちゃんを二回りほど大きくした姿をしており、頭に二本の立派な角、背中には大きな翼を持っていた。

 竜といっても、伝説に残る爬虫類のような形ではなく、見た目は細めの大型犬をさらに巨大化させたような姿であった。魔獣に変身しているリウムちゃんとは違い、アクアさんはこちらが本来の姿であるという。

「でかっ!」

 飛鳥さんは、おもわず驚きの声を上げてしまう。しかし、アクアさんがさらに成長すると、全長が五十メートルほどになるそうだ。

「もう、アクアちゃんなんて、言ってられないかもね〜♪」

 飛鳥さんは、アクアさんの成長を喜ぶように微笑んだ。

 優子さんは、ふわりと浮き上がり、光竜となったアクアさんの首元に着地する。跨ぐように座った優子さんは、身体に純白の毛を巻き付けて固定させた。

「それじゃあ、ちょっと行ってくるね…」

 優子さんは、見上げている飛鳥さんに声をかける。

「それと…。あの子たちに、これ以上、ヒントを与えないこと!」

 優子さんがビシッと指差すと、飛鳥さんは苦笑しながら固まった。

「はいはい…」

 飛鳥さんは、困ったように返事をする。

「あなたも、時空の歪を修復する方法、ちゃんと見つけてきなさいよ。このままじゃ真菜ちゃんの命…、長くてあと数週間程度でしょうから…」

 飛鳥さんの言葉に、優子さんはしっかりと頷く。そして、アクアさんの首筋に手を添える。すると、アクアさんは、翼を大きく広げて大空へと舞い上がった。

 飛鳥さんは、飛び去るアクアさんたちをジッと見つめる。ちょうど、東の空が、明るくなり始めたところだった。

 そのとき、小石の転がるような音が聞こえた。

「えっ!」

 飛鳥さんは、慌てて振り返る。そこには、仮眠を取ろうとプレハブ小屋から戻ってきた健介ちゃんが呆然と立ち尽くしていた。

「け、健介くん…」

 飛鳥さんは、真っ青な顔をしている健介ちゃんに声をかける。

 健介ちゃんは、ヨロヨロと歩き出し、飛鳥さんの両肩を掴んで大きく叫んだ。

「真菜…。真菜の命があと数週間って!」

 健介ちゃんは、飛鳥さんに縋りつく。よほどショックだったのか、足に力が入っていないようである。

 ガタガタと震え、涙を流す健介ちゃん…。飛鳥さんは、そんな健介ちゃんを落ち着かせるように、そっと抱きしめるのだった。



 優子さんが魔界へと旅立って、すでに三日が経過していた。

 プラネットメーカーは、相変わらず沈黙を決め込んでおり、惑星の誕生する気配すら無かった。プラネットコンテストへの出場申込みが数日後に迫っていることを考えると、なんとしても今の環境で惑星を誕生させなければならない。そのことが、健介ちゃんを苛立たせていた。

「だぁーーーっ! さっさと惑星になりやがれっ!」

 健介ちゃんは、拳を机に叩き付ける。その大きな音に、隣に座っていた瑞希が飛び上がって驚いた。わたしの寿命を聞いた所為か、このところの健介ちゃんは、イライラしっぱなしである。苛立ちによって痛みは無いのだろうが、健介ちゃんの拳には薄っすらと血が滲んでいた。

「健介…、少し落ち着け」

 神倉先輩は、健介ちゃんの態度を嗜める。神倉先輩の言葉に、健介ちゃんはチッっと舌打ちをした。

「ちょっと…、頭を冷やしてきます…」

 声を絞り出すように呟くと、健介ちゃんは、プレハブ小屋を出て行ってしまった。

「………。反抗期かしら?」

 若葉先輩は、なんとも的外れなことを呟く。その問いかけに、神倉先輩はおもわず苦笑してしまう。

「健介…」

 瑞希は、健介ちゃんの態度がなんとなく気になっていた。健介ちゃんの態度は、まるで、部室での事故当時、わたしを心配していた瑞希自身のようだったからだ。

「惑星創りが進まないから、気が立っているんだろうな…」

 神倉先輩は、中央に設置してあるガラスケースを見て、大きなため息をつく。健介ちゃんだけでなく、神倉先輩たちも、少なからず落胆しているようであった。


 プレハブ小屋を出た健介ちゃんは、わたしの寝ている部屋にやってきていた。

『………』

 健介ちゃんに気づいたわたしは、視線を向けて笑顔を浮かべる。わたしは、もはや起き上がることもできないほど衰弱していた。

「真菜…」

 健介ちゃんは、わたしの寝ている枕元で胡坐をかく。

「真菜〜、大丈夫か〜?」

 健介ちゃんは、心配そうにわたしの顔を覗き込む。わたしの顔は、まさに病人のようだっただろう。

 なんとか返事をしようとしたのだが、声すら出てこない。わたしは、布団の中から手を出し、健介ちゃんに伸ばした。健介ちゃんは、わたしの手を握り締め、祈るように目を閉じる。手には健介ちゃんの体温が感じられ、なぜか幸せな気分となるのだった。

「もうすぐ惑星が誕生するから、それまでには元気になっていないとな…」

 健介ちゃんは、嘘の報告をする。今のわたしでは監視システムをチェックすることはできないが、惑星創りの進行状況は飛鳥さんから聞かされていた。

 しかし、そんな健介ちゃんの心遣いは、とても嬉しく思える。健介ちゃんは、病気で沈みがちなわたしを、元気付けようとしてくれているのだ。

「あら、健介くん…。また来ているの〜?」

 そこに、わたしの着替えを持ってきてくれた飛鳥さんが現れる。最近の健介ちゃんは、暇を見つけては、この部屋にやって来ていた。

「あ、飛鳥…さん…」

 健介ちゃんは、少しだけ複雑そうな表情をする。優子さんが魔界へと向ったあの日、健介ちゃんはわたしの状態について説明され、やり場の無い怒りの言葉を飛鳥さんにぶつけていたらしい。飛鳥さんは少しも気にしていないようだったが、健介ちゃんにしてみれば、どこか気まずいのだろう。

「あの〜、飛鳥さん…。優…、あの鳥人間は…、まだ戻らないんですか?」

 健介ちゃんが言う鳥人間とは、もちろん優子さんのことである。最悪の出会いの所為か、はたまた照れているだけなのか、優子さんを名前で呼ぶのにいまだ抵抗があるようだ。

「優子? そうね〜、戻ってくる連絡は無いわね〜…」

 飛鳥さんは、困ったように呟く。魔界でトラブルに巻き込まれ、なにか戻れない理由でもできたのだろうか…。

「そうですか…」

 健介ちゃんは、大きなため息をついた。わたしの寿命が尽きようとしているいま、一刻でも早く優子さんには戻ってきてもらわなければならない。

「ところで…、健介くん」

 飛鳥さんは、視線を健介ちゃんとわたしの間に向ける。飛鳥さんの視線を追ってみると、わたしの手が健介ちゃんに握り締められたままだった。

「いやぁ〜、ラブラブですね〜♪」

 飛鳥さんは、からかうように手の平を顔へ向けて上下させる。途端に健介ちゃんは、真っ赤な顔でわたしの手を離した。

「うふふっ、からかっちゃってごめんなさい♪」

 飛鳥さんは、楽しそうに微笑む。

「これからも真菜ちゃんの手を握ってあげてね♪ それが、真菜ちゃんのためにもなるんだから…」

 急に真面目な顔となる飛鳥さん。飛鳥さんによると、お互いの手を通じて、生命力のようなものがやり取りされているという。

「いや…。一緒にお布団へ入って、身体を密着させたほうが効果あるかしら…」

 飛鳥さんは、考え込むようにとんでもないことを呟いた。

『さ、さすがに、そこまでは〜…』

 わたしは、おもわず苦笑してしまう。すると、なぜか健介ちゃんは、落ち込んだように項垂れてしまった。

 飛鳥さんの言うように、健介ちゃんに手を握られて、少しだけ元気が出たように思えた。生命力のやり取りは、強い信頼で結ばれている者たちが行うと効果的である。身内や恋人同士…、お互いを思う力が強いほど、より効果が表れるという。

「な、なら、昴先輩に手を握ってもらえば、一発で治るんじゃないか〜?」

 わたしの気持ちを知ってか、健介ちゃんはそんなことを呟く。だが、神倉先輩に手を握られたのなら、ドキドキして逆効果となってしまう気がした。

『健介ちゃん…』

 わたしは、頬を赤くしながら、健介ちゃんをジッと見つめる。

『また…、手を握りに来てね…』

 そう言って微笑むと、健介ちゃんはまるで漫画のように顔が真っ赤となった。

「お、おぅ! ま…、任せとけ!」

 健介ちゃんは、照れたようにそっぽを向く。

「はいはい、いちゃつくのはそれぐらいにして…。ほら…、真菜ちゃんはこれから身体を拭くんだから、あなたはあっちに行ってなさい!」

 飛鳥さんは、手を上下に振って健介ちゃんを追い出そうとする。健介ちゃんは、しぶしぶ立ち上がり、部屋を出ようとした。

「健介くん…」

 障子を閉めようとした健介ちゃんは、飛鳥さんの声に振り返る。

「覗いちゃダメだからね〜♪」

 とんでもないことを言う飛鳥さんに、健介ちゃんは見事にずっこけてしまった。

 部屋を出た健介ちゃんは、プレハブ小屋に戻らず、境内で空を見上げていた。真夏の陽射しが照りつけており、健介ちゃんの額から滝のような汗が流れ落ちている。それでも健介ちゃんは、無意味に空を見上げ続けていた。

 そのとき、健介ちゃんのカード端末に通信が入る。健介ちゃんが端末を手に取ると、それはプレハブ小屋にいる瑞希からの通信であった。

『健介! すぐに来て!』

 瑞希は、とても慌てているようである。健介ちゃんが何事かと問いかけると、瑞希は弾んだ声で返事をした。

『星が…、岩石群が固まりはじめた!』

 それを聞いた健介ちゃんは、急いで小屋へと走り出す。惑星が完成すれば、きっと真菜は助かる…。そんな奇跡を信じるように、健介ちゃんは惑星創りの最終調整へと向った。


 ガラスケースの中にある岩石群は、渦を巻いて徐々に集まり、大きな球体となった。

 しばらくすると、重力によって内部に熱が発生し、球体全体がオレンジ色に光り始める。まるで、球体の表面が溶岩で覆われているように見えた。この状態が治まれば、念願の惑星誕生となるわけだ。

「星はどうなった!」

 プレハブ小屋に健介ちゃんが飛び込んでくる。健介ちゃんは、中央にあるガラスケースに近づき、食い入るようにオレンジ色の球体を見つめた。

「よっしゃーーー!」

 健介ちゃんは、感情が弾けたようにガッツポーズをする。よほど嬉しかったのだろう、健介ちゃんの目じりには、涙が浮かんでいた。

「ふぅ〜…。これで、もう大丈夫だな…」

 神倉先輩は、大きく息をはく。どんな姿に成長するとしても、惑星が誕生することは間違いないことである。

「昴…」

 若葉先輩が右手を上げると、神倉先輩はそれに答えてハイタッチをする。

「やったね♪」

 若葉先輩は、神倉先輩の手を握り締めて、にっこりと微笑んだ。

 神倉先輩も、にっこりと微笑みを返す。なんちゃらプラネットが創設されてから約十二年…、始めてとなる惑星誕生の瞬間であった。

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