第七話 恒星誕生と惑星の原形
プレハブ小屋のプラネットメーカーでは、今まさに、究極の選択がされようとしていた。
惑星が誕生するであろう座標を予想して、あらかじめ五つの候補を選んでおく。その座標候補に惑星の原形が入っていないと、プラネットメーカーはゲームオーバーとなってしまう。恒星創りに成功したユーザーたちの約八割は、座標の仮設定に失敗してゲームオーバーになっているらしい。
そのため、ユーザーたちの間では、この選択がプラネットメーカー最大の難関といわれていた。
プラネットメーカーの状況を表示しているモニターに、無作為に回転している小さなリングが浮かび上がった。どうやら、神倉先輩たちが、座標の仮設定を始めたようである。
「恒星から、およそ一億五千万キロの距離ってとこかしら…」
優子さんは、一つ目の仮設定を見て、意味ありげに呟いた。
「誕生する恒星の規模が太陽と同じと予想して、ほぼ地球のある位置関係だね…」
あまりにも基本に忠実な座標指定だったためか、優子さんは、どこか面白くなさそうである。
「う〜ん…、もう少しおもいきった設定にしても良いと思うんだけど…」
優子さんはそんなことを言っているが、神倉先輩たちにとっては、少しでも惑星誕生の可能性を考えての選択だったのだろう。
『じゃ〜、優子さんなら、どの辺りを選びますか〜?』
システム開発者としての意見は、とても興味深いものである。わたしは、おもいきって優子さんに聞いてみることにした。
「わたしなら…」
優子さんは、広大な空間を見回す。
「ずばり、ここかな♪」
優子さんが指差したのは、塵やガスが固まった場所ではなく、辺りに何もない真っ暗な空間であった。
『え〜っと…』
わたしは、反応に困って苦笑してしまう。しかし、優子さんは、冗談を言っているようではなかった。優子さんは、わたしの戸惑う様子を見て、にっこりと微笑んだ。
『でも…、どういう理由でこの座標…なんですか?』
わたしが問いかけると、優子さんは選んだ座標の少し内側を指差す。そこには、惑星の誕生しそうな塵やガス雲が集まっていた。
そのとき、二つ目のリングが浮かび上がる。仮設定のリングは、一つ目と同じように、塵やガス雲が中心となるように指定されていた。それを見た優子さんは、“やっぱり”と、小声で呟く。
「はじめての仮設定だからしかたないと思うけど…」
優子さんは、恒星の位置から二つ目のリングまでを、指でなぞるようにする。
「恒星誕生の瞬間、結構な爆風が発生してしまって、惑星の元となる塊が外側にずれちゃうことがあるの…」
優子さんが選んだ座標は、そんな移動を考えての指定だったようだ。
はじめて恒星誕生を成功させたユーザーは、ほぼ間違いなく仮設定に失敗するらしい。それは、爆風によって移動する距離を考えずに、仮設定をしてしまうからであった。
『結構な距離を移動するんですね…』
わたしは、仮設定のリングを眺めながら、驚きの声を上げてしまう。恒星誕生から二十秒でこの距離を移動するわけだから、まさしく弾き飛ばされてしまう感じなのだろう。ちなみに、この移動範囲は、恒星に近いほど、大きくなるということだった。
「まぁ〜、自分の直感を信じた方が、綺麗な惑星になるんだけどね〜♪」
優子さんは、苦笑しながら頭をかく。移動距離を考えて指定しても問題はないが、気に入った惑星ができるのは、いつも直感で指定した範囲であるという。
続いて、三つ目のリングが浮かび上がる。やはりというべきか、先に選択された二つのリングと同じような設定であった。
『あと二つ…。このままじゃ、仮設定に失敗するんですよね…』
わたしは、優子さんに問いかけてみる。優子さんの答えは、基本的な座標を選択した場合でも、まれに成功する場合があるということだった。ただし、その確率は、限りなくゼロに近いらしい。
すると、四つ目のリングが浮かび上がった。全てのリングは、恒星の誕生するであろう位置から、一億キロ〜二億キロの範囲内に収まっている。神倉先輩たちは、地球やブループラネットのような、水の惑星を創ろうとしているのかもしれない。
「さてと…、ラストの仮設定をどこにするのか…。これは見物ね〜…」
優子さんは、身を乗り出すようにして、モニターを見つめる。だが、数分経っても最後のリングは現れなかった。
なかなかリングが現れないため、わたしたちが不思議に思っていると、プレハブ小屋にいるはずの健介ちゃんがやって来た。
「真菜!」
健介ちゃんは、急いでわたしたちの元に駆け寄ってくる。
「いま、座標の仮設定をしているところなんだが…」
説明しようとした健介ちゃんは、わたしたちの見ていたモニターに気づいて驚いてしまう。モニターには、プレハブ小屋にあるプラネットメーカーの様子が映し出されていたからだ。
「女の子の部屋へ勝手に入ってくるなんて…。健介ちゃんのエッチ〜♪」
優子さんは、両手で身体を隠すように、健介ちゃんから距離を取った。優子さんは、なぜかとても楽しそうである。
「ど、どうしてこっちにもモニターが…。っていうより、あんたは学園に帰ったんじゃなかったのかーーー!」
健介ちゃんは、ここに優子さんがいることを怒り出す。“こんなところで遊んでいないで、さっさと事故の原因を調べに行け!”とでも言いたいのだろう。
『け、健介ちゃん、落ち着いて!』
わたしは、慌てて健介ちゃんの腕をしっかりと抱える。いまにも、優子さんに飛びかかりそうだったからだ。すると、健介ちゃんは、驚いたようにわたしを見つめた。
『…はっ!』
わたしは、顔を真っ赤にさせながら、健介ちゃんの腕を解放する。健介ちゃんは、やや複雑な表情で、大きなため息をついた。
「で〜、真菜ちゃんに何か用があるんじゃないの?」
そんなやり取りに飽きてしまったのか、優子さんは、部屋にやって来た理由を問いかけた。
「そうだった…」
健介ちゃんは、思い出したかのように、わたしをジッと見つめる。
「真菜。第二座標候補なんだが、なんちゃらプラネットの部員が一人づつ指定することになった」
突然のことだったため、わたしには健介ちゃんの言いたいことがわからなかった。健介ちゃんは、やれやれといったふうに、再び大きなため息をつく。
「最後の仮設定は、おまえが決めるんだよ…」
そう言って、健介ちゃんは、モニターに浮かぶ宇宙空間を指差した。
『えぇーーーーー!』
予想していなかった重要な役回りに、わたしは、おもわず叫んでしまう。
『そ、そんな…。だって、わたしは意識不明で入院していることになってるんだよ〜!』
意識が無いのに、座標の指定ができるはずもない。健介ちゃんは、そのことをわかっているのだろうか…。
「そんなの、適当な理由を付けておけばいいんだよ!」
健介ちゃんは、わたしのお母さんが選んだことにしようと考えているらしい。
「で〜? どの辺りにするんだ?」
どうやら、わたしが五つ目を選ぶことは、すでに決定しているようであった。
困ったわたしは、意見を貰おうと、優子さんに視線を向けてみる。優子さんは、余計な情報を喋り過ぎたと、自己嫌悪に陥っている最中だった。
「はぁ〜…。そういうことなら仕方ない…」
優子さんは、パネルを操作して、座標の選択画面を呼び出す。
「真菜ちゃん。決めるのなら、確実に惑星が誕生する座標を選びなさいよ♪」
気持ちを入れ替えた優子さんは、にっこりと微笑んで、わたしに席を譲ってくれた。
『が、がんばります…』
わたしは、覚悟を決めて、操作パネルに向い合った。
候補地をチェックしながら、次々に座標を拡大表示させていく。いくつもの塵やガス雲をチェックするが、どれも良いように思うし、全てが悪いようにも思えてしまう。優子さんの口ぶりからすると、他の四つは失敗している可能性が高いので、全てがこの選択にかかっているといえた。わたしは、そんなプレッシャーに耐えられなくなり、頭を抱え込んでしまうのだった。
「真菜…。あまり時間が無いんだぞ…」
健介ちゃんが急かすように呟く。その言葉を聞いて、わたしはさらに焦ってしまう。
「だから、直感でいいのよ…」
そんなわたしを見兼ねたのか、優子さんが耳元で優しく囁いてくれた。
わたしは、優子さんが教えてくれた仮設定の選び方を思い出す。惑星の元と思われる塵やガス雲より、外側に座標を指定する。ただし、綺麗な惑星が誕生するのは、自分の直感で選んだ座標だという。
『よしっ!』
わたしは、拡大させていた画面を元に戻し、星図全体が表示されるようにする。そして、何も考えないように、ぼぉ〜っと宇宙空間を眺めてみた。
しばらくすると、ある座標に蒼い光が走ったのを感じた。慌てて視線をやるが、そこは黒い闇が広がっているだけの空間である。また、近くには惑星の元となる塵やガス雲も見当たらない。そんな、惑星ができる可能性のまったく無いような座標に、わたしの心は激しく惹かれるのだった。
『じゃ〜、ここにします…』
わたしがその箇所を指差すと、健介ちゃんは見事にずっこける。
「って、なに考えてるんだ!」
健介ちゃんは、よろめきながら身体を起こす。
「そんな何も無い座標を選んで、惑星ができるわけないだろ!」
健介ちゃんには、わたしの選択が、どうにも納得できないようである。
言いたいことはよくわかるし、わたしだってここに惑星ができるとは思えない。だが、どうしてもこの座標が気になってしまうのだ。
「はいはい。真菜ちゃんが選んだんだから、文句はないでしょ〜♪」
優子さんは、健介ちゃんを無視して、わたしの選んだ座標を固定してしまおうと操作する。わたしは、止めようと暴れる健介ちゃんを押さえるのに必死だった。
「へぇ〜…、これが見えたのか…」
優子さんは、わたしたちに聞こえないような小声で、そんなことを呟く。何も無い座標をジッと眺め、嬉しそうに仮設定を完了させてしまった。
プレハブ小屋でシステムを監視していた神倉先輩たちは、その変化に驚きを隠せないでいた。何の操作もしていないのに、五つ目の仮設定リングが出現したからだ。
リングが現れたのは、健介ちゃんが病院に向って、しばらく経ってのことである。別の部屋に監視システムがあることを知らない神倉先輩たちは、まさに、狐につままれた思いだっただろう。
「マナ先輩が来てくれたんですよ♪」
瑞希のぶっ飛んだ言葉に、神倉先輩たちは苦笑してしまう。意識不明で入院しているわたしが、魂だけの状態で仮設定をしに来たとでもいうのだろうか…。しかし、たとえシステムのバグだとしても、瑞希はそう思いたかったようだ。
「それにしても、なんとも言えない座標ね〜」
若葉先輩は、複雑そうな表情で呟く。恒星の誕生するであろう場所から一万九千キロと、距離こそ他の仮設定と似通っているが、そこは周りに何も無い闇の空間であった。
「あ…。昴、遠野くんに“早く戻って来なさい”って連絡しといてね♪」
若葉先輩は、神倉先輩にそんなことをお願いする。健介ちゃんが別棟にあるわたしの部屋に来ているなど、みんなは夢にも思っていないだろう。
「ああ、そうだな」
神倉先輩は、携帯端末を手に取り、健介ちゃんとの通信回線を繋ごうとする。そのとき、プレハブ小屋の扉が開かれ、健介ちゃんが入ってきた。
「あ…れ、健介…?」
先輩たちは、驚きのあまり口をパクパクさせてしまう。
「あ〜…。やっぱり、おばさんに頼める状況じゃないかな〜…って」
健介ちゃんは、適当な言い訳をして、病院へ行かなかったことを誤魔化した。
「…、役立たず…」
呆れた瑞希は、ジト目で健介ちゃんを睨む。
健介ちゃんは、バグによって最後の仮設定がされてしまったことを神倉先輩から告げられる。理由を知っている健介ちゃんは、苦笑しながら頭を掻くしかなかった。
神倉先輩たちは、飛鳥さんが用意してくれた夕食を交代でいただく。そして、日付が変わろうとしたころ、観察していた座標に変化が現れた。
宇宙空間に広がっていた塵やガス雲が、回転するスピードを増して圧縮されていく。このとき雲の中では、冷え切っていたガスが、圧縮することで高温となっていた。
オレンジ色の球状となったガスは、ゆっくりと時間をかけながら、さらに回転を増して周りの塵などを内側へと吸い込んでいく。内部の圧力に耐えられなくなったガスは、中心から一気に噴出される。それは、まるで球体から細い棒が飛び出しているようであった。
球体は、さらに回転するスピードを速め、一瞬だけ真っ黒となる。
次の瞬間…、球体に眩しい光が灯されて、青白く輝く恒星が誕生した。
「やった…。ついにやったぞーーー!」
神倉先輩が雄叫びを上げる。これほど興奮している神倉先輩は、非常に珍しい。それほど、恒星誕生が嬉しかったのだろう。
「惑星は…、惑星はどうなったの!」
若葉先輩は、慌てて仮設定した座標を確認する。惑星の原形が表示されているのは、恒星誕生から二十秒と短いため、それほどのんびりとしていられなかった。
「えっ…、あれっ?」
一つ目のリングをチェックしていた若葉先輩は、惑星の元となる岩石群が見当たらないことに焦りはじめる。
「他の座標を調べるぞ!」
神倉先輩の顔色は、かなり悪いように思えた。若葉先輩がチェックした座標は、惑星ができるであろう最有力の仮設定であったからだ。
「いやな流れだな…」
そんな悪い予感が当ったのか、四つの仮設定に惑星の原形は一つも入っていなかった。
事実に落胆する神倉先輩たち…。恒星が誕生してから二十秒という、惑星の原形が表示されている時間も過ぎてしまった。
「せっかく、恒星の誕生まで成功したのに…」
健介ちゃんは、悔しそうに歯を食い縛る。いったい、何がいけなかったというのだろうか…。
「ねぇ…」
落胆している先輩たちに、瑞希が声をかける。
「マナ先輩が指定した座標は…調べないの?」
瑞希が言っているのは、何の操作もしていないのに現れた、五つ目の仮設定のことである。実際は、わたしが直感で選んだ座標なのだが、それを知らない神倉先輩たちはシステムのバグと思っているようであった。そんなバグによって選択された座標に、惑星の原形があるはずもない…。神倉先輩たちは、そう考えていた。
「そう…だな。もしかしたら、惑星が誕生しているかもしれないな♪」
神倉先輩は、気を取り直して、五つ目の仮設定を画面に表示させてみる。僅かな期待に胸を膨らませながら、仮設定の座標を食い入るように見つめた。だが、その期待は落胆へと変わってしまう。
「やっぱり…、何もない…」
結果を報告する神倉先輩の声は、微かに震えていた。
「ゲームオーバー…、だね」
瑞希がひとりごとのように呟く。神倉先輩たちは、項垂れるように落ち込んでしまった。
なんちゃらプラネットとしては、初めてとなる恒星の誕生…。しかし、最大の難関といわれる第二座標の仮設定に失敗してしまったようだ。
初めて恒星を誕生させたのだから、クラブ活動としてはまずまずといったところなのかもしれない。ただ今回の活動は、意識不明で入院しているわたしのために、プラネットコンテストを目指したものである。恒星を完成させておいて、惑星創りに失敗してしまったのだから、神倉先輩たちの悔しさは計り知れないだろう。
「なんにしても、今日はここまでにしよう…」
神倉先輩は、活動の終了を宣言する。
「明日の午後から情報を集めて…、それが終ったらシステムリセットする…ことに…」
神倉先輩は、おもわず言葉を詰まらせてしまう。その瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいた。
恒星誕生の様子は、わたしの部屋に設置されているモニターでも、確認することができた。
星の誕生する映像を見たのは初めてだったが、とても印象に残るものであった。夜空に浮かぶ星々は、全て、このように誕生したのだろうか…。などと、感動していたのはほんの僅かな間だけである。わたしは、プレハブ小屋にいた神倉先輩たちと同じように、仮設定の座標を確認した。
『はぁ〜…。やっぱり、失敗ですね…』
わたしは、惑星の元となる岩石群が見つからなかったことに落胆してしまう。ただ、仮設定が失敗する可能性も聞かされていたので、それほどショックではなかった。
『あ〜ぁ…、これでゲームオーバーか〜』
わたしは、気落ちした心を隠すように苦笑する。
「…って、何をそんなに落ち込んでるの?」
わたしの様子を見て、優子さんは不思議そうな顔をしていた。優子さんにとっては、失敗の一つや二つ、大した問題ではないのかもしれない。
そこに、プレハブ小屋から戻ってきた健介ちゃんが現れた。健介ちゃんは、遠慮気味に座布団へ腰を下ろす。そして、仮設定に失敗したこと、明日からの活動計画についてを知らせてくれた。
「と、いうわけだ…。調査が終わったら、また候補地探しから始めないと…」
健介ちゃんは、疲れた様子で項垂れてしまう。この二日間の作業が全て無駄になって、かなり気落ちしているようだ。
「ねぇ…」
突然、優子さんが健介ちゃんに声をかける。
「作業を再開するのって、明日のお昼からなんだよね〜…」
健介ちゃんが頷くと、優子さんは、何かを考え込むように腕を組む。
「ま〜、半日あれば、変化も現れるかな〜…」
優子さんの呟きに、わたしたちは小首を傾げる。すると、優子さんは、苦笑しながら衝撃の事実を伝えた。
「なに勘違いしてるか知らないけど…。仮設定…、ちゃんと成功してるわよ」
その言葉に、わたしたちは唖然としてしまう。成功…と言われても、五つの仮設定には、惑星の原形は見当たらなかった。それが、どうして成功だというのだろうか…。
「失敗なら、ちゃんと“ゲームオーバー”って表示されるでしょ〜。あなたたち、マニュアル読んだことある?」
優子さんは、からかうように微笑んだ。
『たしかに、ゲームオーバーにはなってないみたいだけど…』
わたしは、あらためて五つの仮設定を確認してみる。だが、どんなにチェックしてみても、惑星の影すら見当たらなかった。
「また、いい加減なことを言ってるんじゃねぇだろ〜な…。この鳥人間…」
健介ちゃんは、呆れ口調でそんなことを呟く。当然、優子さんに聞こえないわけがなかった。
優子さんは、無言で立ち上がり、廊下側の障子をゆっくり開く。
「リウムちゃ〜ん♪」
優子さんが庭に向かって声をかけると、暗闇に大きな赤い光が三つ浮かび上がった。
真っ赤な三つ目は、ジッと健介ちゃんを睨み付ける。健介ちゃんは、そのプレッシャーに恐怖してしまい、ガタガタと震え出した。
「ちょっ! な、何をする気だ!」
気丈にも、健介ちゃんは、優子さんを怒鳴りつける。
「ふふふっ…。どちらの立場が上か…、はっきりさせといた方がいいでしょ〜」
優子さんは、悪魔のような微笑を浮べ、健介ちゃんを指差した。
「リウムちゃん、やっちゃいなさい♪」
その瞬間、庭の暗闇から現れた大きな“口”が、健介ちゃんめがけて迫ってきた。
まさに、一瞬の出来事であった。健介ちゃんは、部屋へ突っ込むようにした魔獣姿のリウムちゃんに、頭から咥えられる。健介ちゃんの身体は、腰から上がリウムちゃんの口に、すっぽりと収まっていた。
健介ちゃんは、苦しそうに両足をばたつかせる。
『わあぁーっ! リウムちゃん、ダメーーー!』
慌てたわたしは、リウムちゃんの牙に手をかけて、口を開けようと努力する。もちろん、それでリウムちゃんの口が開くはずもない。
「はむはむはむ♪」
リウムちゃんの額にある真っ赤な石から、のん気で楽しそうな声が聞こえてくる。リウムちゃんの口はしっかりと塞がれており、わたしにはどうすることもできなかった。
そうこうしていると、健介ちゃんの足が激しく痙攣を始める。しばらくすると、健介ちゃんの身体がぐったりとして、とうとう動かなくなってしまった。
『いやぁ〜! 健介ちゃん、死なないで〜〜〜!』
わたしは、涙目で必死に呼びかける。隣りで嬉しそうに笑っている優子さんの姿が、とても印象的であった。
翌朝…、いつになく早起きをしたわたしは、プラネットメーカーの監視装置を起動させてみた。もちろん、昨晩に聞いた優子さんの話が、気になっていたからである。
モニターが立ち上がり、観察している宇宙空間が映し出される。誕生した恒星を中心にして、無作為に回転する五つのリングが浮かんでいた。
『やっぱり、ゲームオーバーにはなっていないみたいだけど…』
わたしは、五つの仮設定を順番に確認する。だが、昨日と同じように、星の欠片すら見つからなかった。
優子さんによると、仮設定は確実に成功しているらしい。しかし、惑星の原形となる岩石群が見つからない以上、失敗したと言えるのではないだろうか。わたしは、わけもわからずに、大きなため息をついてしまう。
そこに、飛鳥さんが朝食を運んできてくれた。
「朝から熱心だね〜♪」
飛鳥さんは、座卓に朝食を並べながらにっこりと微笑む。
昨日、わたしが夕食をいただいていると、神倉先輩たちと鉢合せになってしまった。当然、神倉先輩たちにわたしの姿は見えないのだが、それでもかなり焦ってしまう。そのため、いらぬ騒ぎを起こさないためにも、今日からこの部屋で食事をいただくことになったのだ。
『飛鳥さん、すいません〜…』
わたしは、慌てて頭を下げた。忘れがちなのだが、彼女はこの世界の神さまである。そんな神さまに賄ってもらい、そのうち罰が当るのではないかと心配になってしまう。
『リウムちゃ〜ん、ご飯だって〜〜〜』
わたしが庭に向かって声をかけると、巨大な漆黒の獣が現れた。次の瞬間、獣はみるみる小さな女の子の姿となり、テクテクとした足取りでこちらにやって来る。女の子は、それが当然であるかのように、わたしの膝の上に座った。
「リウムちゃん、よっぽどあなたが気に入ったのね〜」
飛鳥さんは、苦笑しながら手招きをする。
「でも、リウムちゃんはこっち♪」
飛鳥さんに注意されて、リウムちゃんは、渋々向いの席に座るのだった。
『いただきます♪』
わたしは、手を合わせて、飛鳥さんに感謝しながら御飯を食べ始めた。
「ねぇ、ちょっとプラネットメーカー見せてもらうね〜♪」
そう言って、飛鳥さんは、慣れた手つきでパネルを操作する。
「はは〜ん。優子が言ってたのは、これか〜〜〜」
飛鳥さんは、五つの仮設定のうち、わたしが選んだ座標を見てそんなことを呟いた。
『………』
わたしは、食べる手を休めて飛鳥さんに視線を向ける。
『そこに、何かあるんですか?』
どうやら、飛鳥さんにも何かが見えているようである。
「いや〜…。ばらしちゃうと、また優子が怒るだろうし…」
飛鳥さんは、困ったように指先で頬をかく。超新星爆発の一件も、後から色々と言われたらしい。
おそらく、飛鳥さんに頼み込めば、いまプラネットメーカーがどうなっているかを教えてくれるだろう。だけど、優子さんや飛鳥さんのようなガイド的存在に頼ってばかりでは、惑星が誕生しても自分たちだけで創ったとは言い切れない。たとえ簡単な内容でも、自分たちで見つけないと意味は無いからだ。
わたしは、少しでも早く作業を再開させようと、食べるスピードを速めた。
そのころプレハブ小屋では、食事を終えた健介ちゃんが、プラネットメーカーの作業を再開していた。本来ならば午後から調査を始めるはずだったが、健介ちゃんも優子さんの言葉が気になってしまったのだろう。健介ちゃんは、わたしと同じように、仮設定の再確認を始めていた。
「ったく…、何があるって言うんだ?」
健介ちゃんは、頭を掻きながら呟く。仮設定をする前まであった塵やガス雲は、恒星誕生の爆風により、見事に吹き飛ばされていた。
「ま〜、あいつはこのゲームを作った人間なんだから、オレたちの気づかない何かが見えてるんだろうけど…」
健介ちゃんの言うあいつとは、もちろん優子さんのことである。健介ちゃんは、優子さんをかなり意識しているようで、いまだ名前で呼ぼうとはしなかった。
健介ちゃんがそんな愚痴をこぼしていると、突然、小屋の扉が開かれた。
「あ…れ…? 健介が先に来てるなんて、今日は大雪かな〜?」
現れた瑞希が、眩しそうに空を見上げる。季節は夏であるため、当然、雪など降るはずはない。
「あのな〜…」
健介ちゃんが大きなため息をつく。
「それより、瑞希こそ早いじゃないか…」
健介ちゃんは、席についた瑞希に声をかけた。
「マナ先輩のためにも、休んでなんかいられないわよ!」
瑞希は、拳をギュッと握りしめる。その瞬間、瑞希の背後に炎が立ち昇った…ように見えた。
「はぁ〜…、なに張り切ってるんだか…」
健介ちゃんは、やれやれとため息をつく。
「そんなの、真っ先に来てる健介だけには、言われたくないわね!」
瑞希は、なぜか頬を赤くさせながらそっぽを向く。
「それより…、データの収集だよね…」
赤い顔を見られたくないのか、瑞希は慌てて作業に入ろうとした。
「あ〜…。データ収集をする前に、もう一度、仮設定の座標確認だ…」
健介ちゃんの言葉に、瑞希は驚きの表情を浮かべる。
「ほら…、例のプラネットメーカー開発者に聞いたんだが、仮設定に失敗したら、ゲームオーバーが表示されるはずなんだよ…」
健介ちゃんは、優子さんに聞いた内容を、簡潔に説明した。
「仮設定に成功しているって言っても…」
瑞希は、五つの仮設定を順番に表示させる。だが、健介ちゃんと同じように、何も発見することができなかった。
「簡単に諦めるなよな〜…」
健介ちゃんが大きなため息をつく。
「昨日と何か変わったところがあるはずなんだ。そいつさえ見つけられたら…」
健介ちゃんは、モニターを食入るように見つめた。
「変わったところね〜…。なにも変わらなかった場所ならあるんだけど…」
そう言って、瑞希はわたしが選択した座標を表示させる。
「ほら…。ここの空間って、やけに暗くない?」
モニターを覗き込む健介ちゃんにドキドキしながら、瑞希はリングの中央付近を指差した。瑞希によれば、恒星が誕生する以前から、この座標は暗かったという。
「確かに…」
健介ちゃんは、モニターいっぱいに、真っ暗な空間を表示してみた。
「なっ! これってガス雲…なのか?」
健介ちゃんが驚きの声を上げる。ただの空間と思われていた座標には、雲のようなガスが発生していて、光を遮っていたからだ。
どうやら、広範囲に渡って高密度のガスが発生しており、システムのスキャン機能でも内部の様子を確認することができなかったようだ。
「えっ、なにあれ!」
瑞希は、何かに気づいて、大きな声を上げる。ガス雲の間から、僅かに岩の欠片のようなものが見えたのだ。
「ちょっと、あれって!」
瑞希が健介ちゃんの腕を取って引き寄せる。すると、ガス雲の一部が晴れ、大きな岩の塊が現れた。
漆黒の雲は、霧が晴れるように薄れていき、隠していたものをあらわにする。そこには、大小様々な岩の塊が、円を描くように渦を巻いていた。
「やった…。オレたち、ついにやったんだーーー!」
惑星の原形を発見した健介ちゃんは、感動のあまり、瑞希を背中から抱きしめてしまう。瑞希は、惑星を見つけた嬉しさと、健介ちゃんに抱きしめられた恥かしさで、顔が真っ赤になっていた。
惑星の元となる岩石群は、別棟のわたしにも確認することができた。
『本当に…あった…』
わたしは、驚きのあまり目を丸くする。優子さんの言葉を信じていなかったわけではなかったが、あのようなガス雲に岩石群が隠れているとは思わなかった。
『優子さん…。あの雲はいったい…?』
わたしは、隣りでモニターを見ていた優子さんに問いかけてみる。優子さんは、その問いかけに、なぜか困ったような顔をした。
「ごめ〜ん、わたしにもわかんないのよ〜…」
苦笑しながら呟く優子さんに、わたしは豪快にずっこけてしまう。仮にもこのゲームを作った当人だというのに、わからないことがあるのだろうか。
「ま〜、わたしはあの物質を、ダークマターって呼んでいるけどね〜」
その言葉に、わたしは飛び上がるほど驚いてしまった。
ダークマターとは、宇宙にたくさん存在すると考えられているが、光も電波も発することがないため、可視光線や赤外線、エックス線などではまったく見ることのできない謎の暗黒物質のことである。質量からその存在が予測される物質で、正体はよくわからないが、宇宙の質量の約九十〜九十五パーセントはダークマターが占めていると考えられている。存在は確認できないが、そこに無ければ、宇宙の始まり“ビッグバン”が説明できないという、なんとも不思議な物質であった。
『じゃあ、これがダークマターなんですか!』
わたしは、モニターに映るガス雲を凝視する。しかし、どう見てもただのガス雲にしか思えない。すると、優子さんは、とんでもないことを呟いた。
「あ…、いや〜〜〜…。わたしが勝手にそう呼んでるだけで〜…」
優子さんは、苦笑気味に頭を掻く。どうやら、優子さんにも、その正体がわかっていないらしい。わたしは、全身の力が抜けたように項垂れてしまった。
優子さんは、仮設定のときに、ダークマターが集まってできたガス雲に気づいていたのだろう。わたしが見た蒼い光は、もしかすると、ガス雲から現れた岩石群の一部だったのかもしれない。
惑星の元となる岩石群は、ダークマターの雲に包まれて、恒星誕生の爆風から護られたという。だが、その爆風により、今度はガス雲が薄まって、岩石群が姿を現したようだ。
「なんにしても、惑星の仮設定が成功して、良かったじゃない♪」
優子さんは、誤魔化すように大きな声で笑う。
こんな適当な人が作ったプラネットメーカーを使っていて、ほんとうに大丈夫なのだろうか…。わたしは、心の底からそんなことを思うのだった。