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第六話 五つの仮設定

 プラネットメーカーのあるプレハブ小屋に近づくことを禁止されたわたしは、することもなく部屋でぼぉ〜っとしていた。こんな状態のわたしにできることはなかったが、それでもみんなと一緒に星を創ってみたかった。

 どこか仲間外れにされてしまったような感じがしてしまう。もちろん、それはしかたのないことだし、みんなはわたしのために星を創ろうとしてくれているのだから、そう思うこと自体が間違いであった。

 わたしがそんなことを考えていると、なぜか飛鳥さんがやってきた。

「あっ、いたいた♪」

 飛鳥さんは、どこかに出かけるのか、肩からショルダーバッグを提げている。

「真菜ちゃん。いまからお買い物に行くわよ♪」

 そう言って、飛鳥さんはわたしの腕を掴んだ。

『えっ? お、お買い物…ですか?』

 わたしは、飛鳥さんの言葉に狼狽してしまう。

 飛鳥さんは、こう見えても現存する二神の一人である。そんな人間神さまが、普通にお買い物へ行くなんて、わたしには信じられなかった。だが、当の飛鳥さんは、そんなことを全く気にしていないようである。

「五人分の食材が必要でしょ〜。それの買い出しだよ♪」

 飛鳥さんの言葉に、わたしは納得をする。わたしたちがお世話になっているのだから、その分の食材は必要となって当然である。

「本当は優子に来てもらおうって思ってたんだけど…、なにかの調査に向かうとか言って逃げちゃったから」

 飛鳥さんは、苦笑気味に呟く。神倉先輩たちはプラネットメーカーにかかりっきりだから、手の空いていそうなわたしに荷物持ちが回ってきたようだ。

『わかりました。ぜひ、お供させてください』

 このまま何もしないでいるよりはマシである。わたしは、飛鳥さんの買い物について行くことにした。


 樹神神社を囲む森を抜け、わたしたちは金緑石の市街地へとやってきた。そこから少し歩けば、目的の商店街が見えてくるはずである。商店街にはわたしもよく訪れていたが、こちらの市街地からは初めてなので、いまいち道順がわからなかった。

 飛鳥さんの先導で歩くわたしたちは、かなり人々の注目を集めていた。こんなところを人間神さまが歩いているわけだから、注目されないはずもない。だが、飛鳥さんはあまりメディアなどに姿を見せないので、彼女が人間神トパーズさまであることを知らない人が多いのではないだろうか。

 それでは、なぜ注目されているかというと…。わたしたちの後ろを歩く、体長三〜四メートルほどで三つ目をした巨大な獣の存在が理由だと思われた。

『あ、あの〜…』

 わたしは、大汗をかきながら飛鳥さんに問いかける。

『リウムちゃん…。やっぱり、まずいんじゃないでしょうか…』

 リウムちゃんは、のっしりとした足取りで、わたしたちの後をついて来ていた。魔獣と呼ばれる姿をしたリウムちゃんは、まさに怪物か化け物のようである。そんなリウムちゃんが平然と街中を歩いているのだから、注目されるのは当たり前であった。

「あ〜…、大丈夫だと思うよ〜。みんな…、慣れてるから〜♪」

 飛鳥さんは、意外にあっさりと答える。

「それに、この辺りはリウムちゃんのテリトリーも同然だし」

 言われてみれば、どこか脅えているようではあったが、悲鳴を上げたり逃げ惑う者は一人もいなかった。

 どうやらリウムちゃんは、飛鳥さんが夏休みで金緑石にやってきたときから、魔獣姿でこの辺りをうろついていたらしい。それに、リウムちゃんは、かつて黒き魔獣と呼ばれ、この街の人々を災難から護っていたのだという。

『慣れている…ですか…』

 わたしは、どう反応していいものか困ってしまう。すると、途中の公園で遊んでいた子供たちが、魔獣姿のリウムちゃんを見て大きな声を上げた。

「あぁ〜! リウムちゃんだ〜♪」

 子供たちは、ドタドタとリウムちゃんめがけて走ってくる。リウムちゃんは、ギョッとした顔をして身構えた。

「リウムちゃん、リウムちゃん♪」

 子供たちの怒涛の攻撃が始まる。足にしがみ付き、尻尾にぶら下がり、背中によじ登る。牙を剥き出しにして威嚇するリウムちゃんだったが、子供たちには効果がなさそうだった。

「飛鳥お姉ちゃん、こんにちは〜」

 小さな女の子が飛鳥さんに挨拶をする。

「はい、こんにちは♪」

 飛鳥さんは、女の子と視線を合わせるようにしゃがみ込み、にっこりと微笑んだ。

「みんな〜。お姉ちゃんたち、お買い物に行くから、リウムちゃん放してあげてね〜♪」

 飛鳥さんが叫ぶと、子供たちは“は〜い♪”っと元気な返事をした。開放されたリウムちゃんは、子供たちから逃げるように、民家の屋根へジャンプしてしまう。

 リウムちゃんがその気になれば、子供たちなどひと飲みである。それでも、リウムちゃんは、子供たちの無邪気さに、どこか脅えているようであった。


 飛鳥さんがお買い物している姿を、わたしは呆然と眺めていた。

「おばさん、お野菜くださいな〜♪」

 飛鳥さんは、元気良く八百屋さんに声をかける。すると、店の奥から、エプロンを着けたおばさんが現れた。

「おや、飛鳥ちゃん♪ 久しぶりだね〜、元気にしてたかい?」

 おばさんは、嬉しそうに飛鳥さんの腕を叩く。

「どうだい? 仕事の方は順調かい?」

 飛鳥さんが選んだ野菜を袋に入れながら、おばさんはそんなことを質問した。それを聞いて、飛鳥さんは、苦笑しながら指先で頬をかく。もの凄く普通な会話に、わたしは立ち尽くしてしまった。

「じゃあ、これでお願いします♪」

 飛鳥さんは、お財布から一万円札を取り出す。現物のお金で取引きされることが珍しいこの時代、わたしも一万円なんて数年ぶりに見た気がした。

 だが、おばさんも負けてはいない。奥にあるレジからお釣りを取り出し、飛鳥さんに手渡す。お釣りに含まれている二千円札なんて、まさにプレミア級のお宝であった。

 そんなやり取りをしながら、飛鳥さんは次々にお買い物を済ませていく。買い物袋に入った大量の食材は、そのほとんどをリウムちゃんが口に咥えていた。

 わたしたちは、駅前の広場で一休みすることにした。荷物を置いたリウムちゃんは、再び子供たちに囲まれてしまう。その人気ぶりは、驚くべきものだった。そんなリウムちゃんを見て、飛鳥さんは楽しそうに微笑んでいた。

「どう? 少しは気分転換になった?」

 不意に、飛鳥さんが問いかけてくる。どうやらこのお買い物は、落ち込んでいるわたしを見かねて、飛鳥さんが計画してくれたもののようであった。

『はい…、おかげさまで…』

 わたしは、曖昧な笑みを浮べる。飛鳥さんの心遣いは嬉しかったが、それより気になっていたことがあったからだ。

『あの〜、飛鳥さん…』

 わたしは、おもいきって、その疑問を口にしてみる。

『人間神って…、どういった存在なんですか…?』

 これまでの飛鳥さんや周りの反応を見る限り、飛鳥さんが神さまだとはとても思えなかった。

「どういった?」

 飛鳥さんは、空を見上げながら考え込んでしまう。

「う〜ん…。あなたがイメージしている神さまと、それほど大差はないんだけど…」

 返事を期待するわたしに、飛鳥さんは信じられないことを呟いた。

「わたしにしてみれば、人間神はお仕事…。職業かな〜♪」

 その言葉に、わたしはずっこけてしまう。彼女にしてみれば、人間神という存在も、ただの職業だというのだ。もちろん、世界を滅ぼす力や、奇跡を起こす力も持ち得ているらしい…。

『そ、それなのに、お仕事…なんですか〜?』

 わたしは、おもわず苦笑してしまう。飛鳥さんの考えは、いまいち理解できないものである。

 確かに、飛鳥さんたちが人間神として即位するまでの神さまといえば、大自然を象徴したものや、神話上の超人、過去の偉人を神化したものがほとんどであった。しかし、飛鳥さんともう一人の人間神さまは、わたしもよく知らないのだが、約二十年前に起こった地球滅亡の危機を奇跡の力で救ったといわれている。

 そんな御二人を、人々は生き神さまとして、崇め敬うようになったわけだ。

「でも、やってることと言えば、大したことないのよ〜」

 飛鳥さんは、人間神としての仕事のいくつかを教えてくれた。

 まずは、地球の環境を監視すること。必要であれば、改善の指示を出したり、知恵や技術を与えたりする。また、宇宙や深海などの調査。そして、異世界からやってくる別種族の介入を防ぐこと…。それらが、人間神としての役目だという。

 大したことない…と言っているが、とてもそうだとは思えなかった。それに、人間神さまとは、思っていた以上にいろんなことをやっているようである。地球のどこかにある聖域から、わたしたちを見守っているだけかと思っていたが、それは間違いのようであった。

『じゃあ…、もう一つ、質問してもいいですか?』

 わたしは、飛鳥さんの話を聞いて、再び疑問が浮かんでくる。つまらない内容なのだが、どうしても聞いておきたかった。

『人間神がお仕事っていうなら…、お給料はどこから貰ってるんですか?』

 その言葉を聞いた飛鳥さんは、ベンチからずり落ちるようにずっこけてしまうのだった。



 お買い物から戻ってくると、わたしに用意された部屋で、優子さんが何かの作業をしていた。ちょうどパソコンが置いてあった場所に、何かの機械を設置しているようである。その機械は、どこかプラネットメーカーの操作装置に似たものであった。

『優子さん…。何をしているんですか〜?』

 わたしは、優子さんの背後から、作業の様子を窺ってみる。すると、優子さんから不機嫌なオーラが立ち昇った。

『あ、あの〜…』

 わたしが意味もわからず苦笑していると、優子さんはジト目をしながら振り返る。

「お兄ちゃんのパソコン壊したの…、真菜ちゃん…?」

 どうやら優子さんは、例のパソコンが壊れたことを怒っているようだ。わたしは、慌てて顔を横に振る。怒っている優子さんは、かなり恐かった。

「ゆう…お姉ちゃん…」

 すると、少女姿のリウムちゃんが、ばつの悪そうな表情で優子さんの袖を引く。

「…、ごめんなさい…」

 リウムちゃんは、ペコリと頭を下げた。

『あっ、違うんです! わたしが無茶なことを言っちゃったから…。だから、リウムちゃんは悪くありません!』

 わたしは、慌てて言い訳をする。リウムちゃんが破壊したとはいえ、その原因を作ったのはわたしなのだ。リウムちゃんが怒られる必要は全く無い。

「はいはい…。わかったからこっちに来る!」

 優子さんは、まったく聞く耳を持たないようである。わたしたちが近づくと、優子さんは、二人の頭に連続したチョップを放った。

『…ったーーーい!』

 頭が割れてしまいそうな痛さに、わたしは涙目でしゃがみ込んでしまう。だが、リウムちゃんはというと、まったくもって平然としていた。

「はぁ〜…。壊れちゃったのは哀しいけど…、許してあげるわ…」

 優子さんは、心底がっかりしたように、大きなため息をつく。そして、気持ちを入れ替えたように、いつもの笑顔に戻った。


『で…。優子さんは、何をしているんですか〜?』

 わたしは、頭のコブをさすりながら、同じ質問をする。優子さんの設置している機械が、とても気になっていたからだ。

「あ〜…、ちょっと待ってね〜」

 優子さんは、軽やかに機械の設定を施す。

「これで…、どうかな?」

 優子さんがパネルの決定キーを押すと、空中にいくつものモニターが浮かび上がった。その中で一際大きなモニターには、宇宙空間が映し出されていた。

 大量の塵やガス雲が渦巻いている光景は、わたしたちなんちゃらプラネットの部員にとって見慣れたものだった。

『これって、第一座標固定した宇宙空間ですよね…。もしかして、みんなが使っているプラネットメーカーの…』

 わたしがそんなことを呟くと、優子さんは嬉しそうに頷いた。

「せっかくの合宿なんだから、あなたも活動に参加しないとね♪」

 優子さんが設置していた機械は、プラネットメーカーを監視したり、遠隔操作するための装置だという。このような装置が存在するなんて、一般のユーザーは知らないだろう。これは、新しいプラネットメーカーを作る上での開発機材だそうだ。

「これで、小屋に行かなくても、惑星創りの進行状況をチェックできるでしょ♪」

 本体に近づかず観察できるため、わたしの魂にも影響は無いという。

「操作法は、プラネットメーカーを使ってるんだから、大体わかるよね♪」

 そう言って、優子さんは、わたしに席を譲ってくれた。

『あ、ありがとうございます♪』

 わたしは、心の底から感謝した。これで、みんなと同じことをしているという一体感が得られるだろう。わたしは、さっそくシステムの状況を確認することにした。

『すご〜い! いったい何十倍なの? こんな数値、いままで見たことが無い…』

 わたしは、素直に驚きの声を上げてしまう。星の誕生に必要とされる各元素などの数値は、これまでとは比べものにならないほど高かった。

『これなら、絶対に星が誕生しますよね♪』

 わたしは、確信を持って優子さんに問いかけた。すると、優子さんは、してやったりといった表情を見せる。

「ふっふ〜ん♪ 数値レベルが高いだけで星ができるほど、プラネットメーカーは甘くないわよ〜」

 優子さんが操作パネルに指を走らせると、別の画面が立ち上がった。

 そこには、一つの惑星が表示されている。青色をした美しい惑星の姿に、わたしはおもわず目を見開いてしまった。

『ブループラネット!』

 わたしの反応に、優子さんはにっこりと微笑む。

 それは、プラネットメーカーを象徴する奇跡の惑星、ブループラネットであった。優子さんは、管理者権限を使って、過去のシステムログをロードしたようである。

 しかし、今回の目的は、ブループラネットではなかったらしい。優子さんは、普通では絶対にできないはずの第二座標固定を解除して、プループラネットが公転する恒星に座標を合わせた。


 モニターには、次々と恒星のデータが表示される。

 ゲームが第二座標固定まで進行すると、恒星の数値データは見れなくなってしまうはずである。それをいとも簡単にやってしまうなど、さすがはシステム開発者だといえた。

「見て…。恒星が誕生する前の座標データよ」

 優子さんは、システムログから数値データを呼び出し、画面に表示させる。そこに表示された数値は、なんちゃらプラネットが観察している座標の五分の一ほどしかなかった。

「わたしに言わせると、数値レベルが高すぎる…」

 優子さんは、なんちゃらプラネットが観察している座標を拡大表示させる。

「この分だと、星が誕生する確率は…、五分五分ってとこかしら」

 数値データをチェックしながら、優子さんはそんなことを呟いた。

『す…、すごーーーーーい!』

 わたしは、大きな声で叫んでしまう。

『半分の確率で、星ができるんですね!』

 なんちゃらプラネットが創設してから十二年。これまでは、星が誕生する気配すらなかった。そのことを考えると、二分の一とは、まさに夢のような数字である。だが、優子さんは、苦笑しながらわたしの考えを否定した。

「半分の確率で、なにをしようが何も起こらないってことよ…」

 優子さんの話では、二分の一の幸運を引き当てたとしても、最終的に恒星が誕生する確率は、わずか五パーセントほどだという。

「プラネットコンテストの開催日から考えて、候補地を替えるなら今しかないんじゃないかな〜?」

 優子さんは、決断を促すように、わたしの顔をジッと見つめた。

『う〜ん…。いまの話は聞かなかったことにしますね〜…』

 わたしは、苦笑しながら頬をかく。

『たとえ星が出来なかったとしても、それがプラネットメーカーの面白いところなんですから』

 上手く言えなかったが、なぜか優子さんは、とても嬉しそうな顔をしていた。

「あなたたち、本当にこのゲームを楽しんでくれているのね♪」

 優子さんは、上機嫌に微笑んでいる。

「でも、今回の星創りは、単なるクラブ活動じゃない…。みんな、あなたのために、惑星を創ろうとしているのよ…」

 そう…、神倉先輩たちは、なんとしても星を創ろうと必死なはずだ。

 プラネット・マナ。それが今回のプロジェクト名である。みんなは、事故で入院しているわたしのために、プラネットコンテスト出場を目指している。星のできない可能性が少しでもあるのなら、早めに回避したほうがいいのかもしれない。

 わたしは、両腕を組んで考え込んでしまった。優子さんがしてくれた話を、健介ちゃんに伝えたほうがいいのだろうか。だが、健介ちゃんに伝えたとしても、神倉先輩たちを納得させなければ意味はない。わたしは、どうすればいいのかわからなくなり、頭を抱え込んでしまうのだった。

「じゃ〜、今回だけは手助けしてあげようかな〜♪」

 そう言って、優子さんは、ある機械を監視装置に接続する。それは、パーソナルカードを差し込むような、データ読取り装置であった。

「これは、次世代のプラネットメーカー用に開発した拡張装置の一つで〜…」

 優子さんは、さらに一枚のカードを取り出す。そのカードには、宇宙に流れる惑星の絵が描かれており、上の方には“遊星の大接近”という文字が書かれていた。

『カード…?』

 わたしが意味もわからずに小首を傾げていると、優子さんは読取り装置にカードを差し込んだ。

『…え?』

 その瞬間、プラネットメーカーの異常を知らせるアラーム音が鳴り響く。いくつかのモニターが立ち上がり、危険レベルAランクの遊星衝突が迫っていると知らされた。

「次のシステムから、宇宙現象の一部をカードによって再現させようかな〜って思っているの」

 優子さんは、たくさんのカードを広げて見せる。わたしは、あまりのことに苦笑するしかなかった。

 恒星の重力から離れて飛んできた惑星は、わたしたちが観察している座標の中心を通過する。その凄まじい勢いに、固まっていた塵やガス雲は、かなり分散してしまった。

 そのことで、座標の数値データが半分以下となる。優子さんによると、あとはみんなの努力次第で恒星が誕生するだろうということだ。



「い、いまのは…いったい…」

 神倉先輩たちは、突然やって来た遊星を、ただ見守ることしかできなかった。観察中の座標を遊星が通過するなど、これまでに聞いたことのない事例である。もちろん、宇宙で起こる出来事としては考えられたが、まさか自分たちが経験することになろうとは夢にも思わなかった。

「若葉! 数値はどうなっている!」

 神倉先輩は、呆然としている若葉先輩に声をかける。ハッとした若葉先輩は、慌ててモニターの数値を確認した。

「惑星の通過前と比べて…、全ての数値が半分以下になっている…」

 若葉先輩は、気落ちした声で呟く。せっかくベストと思われていた座標が台無しである。

「もぉ! なんなのよあの星はーーー!」

 瑞希が大きな声で叫ぶ。

「よし、あの星は“プラネット・健介”と名付けよう!」

 瑞希は、大真面目な顔で、そんなことを提案した。

「プラネット・健介かどうかは置いといて」

 健介ちゃんは、呆れ口調でため息をつく。

「昴先輩…。一度システムリセットをして、最初からやり直したほうがいいんじゃないですかね〜?」

 健介ちゃんの言葉に、みんなは息を呑む。システムリセットをすれば、全てのデータが消えてしまい、候補座標の検索から始めなければならないからだ。

 確かに、超新星爆発というヒントがあるため、座標の検索も以前よりは簡単になった。しかし、超新星を見つけても、どれだけの期間で大爆発を起こすかわからない。下手をすれば、超新星爆発を待つだけで、数日間が経過してしまうことも考えられた。

 さらに、超新星爆発が起こった後に、ブラックホールでも発生してしまったら目も当てられない。

「プラネットコンテストまでの期間を考えると、あまり迷っている時間はありませんよ…」

 健介ちゃんは、優子さんと同じようなことを口にした。

「そうだな…。一度、仕切り直しをした方がいいかもしれないな…」

 神倉先輩は、苦悶な表情で呟く。

「よし…。みんなが良ければ、一度システムリセットをしてみようと思う…。どうだろう?」

 神倉先輩が決断したのだから、若葉先輩たちに異論はなかった。それに、樹神神社のプラネットメーカーを使い始めたのは、昨日のお昼過ぎからである。わずか一日のことだったため、神倉先輩たちも簡単に考えてしまったのだろう。

 遊星の大接近は、優子さんが仕組んだ出来事である。そのことで恒星誕生の確率が上がったわけだが、事実を知らない健介ちゃんたちは、システムリセットしてしまうことに決めたようだ。

 そのとき、健介ちゃんのカード端末に通信が入る。健介ちゃんが確認すると、それは、部屋にいるわたしからの通信であった。

 健介ちゃんは、物陰へ隠れるようにして通話回線を開く。

「真菜…、どうした?」

 みんなに聞こえるとマズイので、健介ちゃんは小声で囁いた。

『健介ちゃん、さっきプラネットメーカーで、惑星が通り過ぎたでしょ♪』

 わたしの言葉に、健介ちゃんが驚く。この場にいなかったわたしが、プラネットメーカーで起こった出来事をなぜ知っているのか不思議に思ったのだろう。

 わたしと健介ちゃんがそんなやり取りをしているとき、神倉先輩はプラネットメーカーのリセットボタンに手を添えようとしていた。

「じゃあ、システムリセットをするぞ…」

 神倉先輩が覚悟を決めて呟くと、若葉先輩と瑞希もコクリと頷く。

「…せ〜の!」

 それを見た神倉先輩は、リセットボタンを一気に押し込もうとした。

「わぁあああ! ストーーーーーーーップ!」

 突然、健介ちゃんの叫び声が響き渡る。みんな、その声に驚いて目を丸くしている。神倉先輩も、リセットボタンを押し込む寸前で、動きを止めていた。

「あ〜…」

 健介ちゃんは、みんなに注目されて大汗をかく。

「やっぱり…リセットするの…、止めにしませんか〜?」

 遊星通過の理由をわたしから聞いた健介ちゃんは、困った顔をしながら、さきほどとは正反対の意見を呟いた。当然、神倉先輩たちに怪訝な顔をされたのは、いうまでもない。


 プレハブ小屋でのドタバタから一時間後、プラネットメーカーに変化が現れた。

 非常に細かくではあるが、砂粒のようなものが出来始める。それは、塵が集まって出来たもので、星が誕生する前触れだといえた。おそらく、神倉先輩たちがプラネットメーカーを操作して、塵やガス雲などをうまく誘導しているのだろう。

 わたしは、数値変動を確認しながら、メインモニターの渦巻きを見つめていた。ここから先は、わたしたちなんちゃらプラネットにとって全てが初めての出来事となるため、片時も目を放すことができなかった。

「もう少しすれば、もっと大きな塊がいくつか出来てくるはずだから…」

 わたしと違い、優子さんはとてもリラックスしている。

「その中で一番大きな塊が、恒星になるはずだよ♪」

 どうやら優子さんは、恒星の誕生を確信しているようだった。

 システム開発者の優子さんが言っているのだから、恒星が誕生することはまず間違いないだろう。問題は、プラネットメーカーの最終目的である惑星が、どの場所に誕生するかであった。

 プラネットメーカーでは、すでに誕生している惑星は、表示されないようになっている。現存する惑星を見つけ、自分たちで創ったと発表する不正が出来ないようにである。そのことは、これから誕生しようとしている惑星にも言えることだった。

 惑星は、恒星が誕生するときに放つ、熱やエネルギーによって出来るとされている。惑星の原形となる塊が表示されているのは、恒星が誕生してから僅か二十秒という短い時間だけであった。そのため、恒星が誕生してしまう前に、ある程度の候補地を見つけておかなければならなかった。

 そんな候補地を、プラネットメーカーでは五つだけ仮設定することができる。ただし、惑星の誕生する座標を、ピンポイントで見つける必要はない。指定する直径五十万キロという広範囲の中に、惑星が誕生すればいいわけだ。

 直径五十万キロという数字はなかなかピンとこないかもしれないが、地球の直径が約一万三千キロと考えると、その広さもイメージできるだろう。それでも、宇宙の広さから考えれば、かなり狭い範囲だといえる。さらに、範囲指定は平面ではなく、立体的にしなくてはならなかった。

 仮設定をした中に惑星の原形が入っていれば、恒星誕生から二十秒が経過しても消えることはない。もし複数個入っていれば、その中からベストな原形を選択し、第二座標の固定をすればいい。しかし、範囲内に何も入っていなければゲームオーバーとなり、最初からやり直しとなってしまう。

 この仮設定こそ、プラネットメーカー最大の山場といえる。それをクリアすることで、その先の惑星開発に進めるのだ。

 誕生するであろう恒星の規模と、仮設定する座標の距離を考えれば、自ずと惑星の姿が想像できるだろう。恒星に近すぎれば岩だらけの惑星となり、遠すぎれば氷やガスに包まれた惑星となる。そんなことを考えると、地球やブループラネットは、まさに奇跡の星と言えた。


 神倉先輩たちは、惑星が誕生するであろう座標の仮設定にかかろうとしていた。恒星の誕生する兆候が現れたため、今のうちに仮設定をしておく必要があるからだ。

「この大きな塊が星になるとして…」

 神倉先輩は、モニターに映し出された星図の中心を指差す。

「これらの小さな集まりが、惑星になる可能性があるかな…」

 続いて、いくつかの塵やガスの塊を指差した。

「そこで、五つの仮設定だけど…」

 神倉先輩は、他の部員たちをゆっくりと見回す。

「自分を含めてみんなには一ヶ所ずつ、四つの座標指定をしてもらおうと思う」

 なんちゃらプラネットの創設以来、はじめての恒星誕生である。神倉先輩は、今回のプロジェクトに参加したみんなで、座標候補を選んでもらおうと考えているようだ。

「でも、わたしたち四人が選んだとして、残りの一つはどうするの?」

 若葉先輩は、小首を傾げながら問いかける。神倉先輩の答えは、もう一人の部員であるわたしが入院しているため、今回は四ヶ所を選ぶだけにしようということだった。

 仮設定を四ヶ所だけにするということは、それだけ惑星が誕生する確率も低くなる。そんな確率を削ってまでも、わたしの分を残してくれるという。若葉先輩や瑞希も、その提案に納得してくれたようである。しかし、健介ちゃんだけが、唸るように考え込んでしまった。

「昴先輩…」

 健介ちゃんは、覚悟を決めたように呟く。

「真菜の仮設定分ですが…、オレに任せてくれませんか?」

 健介ちゃんは、真剣な表情で訴える。それを聞いた神倉先輩たちは、健介ちゃんの意図がわからず、お互いの顔を見合わせるしかなかった。

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