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第五話 急変の知らせ

 現在、メインコンソールのモニターには、ひときわ眩しく輝いている星が映し出されていた。太陽より約十倍の重さを持つ星が寿命となって、重力バランスの異常から大爆発を起こす。そんな超新星爆発が、それほど時間がかからないうちに起こると予想された。

 ちなみに、プラネットメーカーにおける時の流れは、実際の一時間で約百年となっている。つまり、一日で二千四百年が経過するわけだ。ただし、それは基本的な流れであって、システムをスリープ状態にしたり、数千年単位で時間を進めることもできた。

「超新星って…、たしかブラックホールになることもあるんだよね…」

 瑞希は、モニターに映る星を見つめながら身震いする。部員の一人であるわたしが、ブラックホールと思われる現象に巻き込まれて、原因不明の病状で入院しているからだ。

「まぁ、ブラックホールになったり、中性子星が残ったりすることもあるけど…。まだ、モニターしているだけだから、問題ないと思うよ」

 神倉先輩は、超新星を眺めながら平然と答える。座標を固定して、中央のガラスケースに表示させない限り、テレビで映像を見ているのと変わりはない。たとえブラックホールが発生したとしても、モニターすることを止めればいいだけのことである。

「それに、ボクは野乃原さんの事故も、ブラックホールが原因だとは思えないんだ…」

 神倉先輩は、そんなことを呟いた。

 一般的なブラックホールとは、寿命を終えようとする星が、超新星爆発を起こしたときに発生する天体のことである。

 星が超新星爆発を起こすと、外層部は吹き飛ばされてしまうが、逆に中心核は重力収縮してしまう。その中心核の重量が太陽の二〜三倍に達しない場合は中性子星となり、それ以上の場合には重力崩壊を起こして、光さえ脱出できない領域“ブラックホール”が誕生するといわれていた。

 光すら重力に引きつけられるので、外部からブラックホールそのものを見ることはできない。また、天体に限らず、太陽質量の十万倍以上ある星雲がそのまま収縮すれば、同じく重力崩壊を起こして巨大なブラックホールを形成する可能性がある。銀河の中心にも、このようなブラックホールがあると考えられていた。

 つまり、部室のプラネットメーカーで観察していた座標には、ブラックホールが誕生する条件はまったくなかったのだ。

 いまとなっては、あの現象が何だったのか、わたしたちに知るすべはない。システムリセットをしたことで、観察していた全てのデータが失われてしまったのだから…。

「まぁ、この超新星がブラックホールにならないことを祈りましょう…」

 若葉先輩は、苦笑気味に呟く。

「魅力的な座標でも、近くにブラックホールがあるんじゃ、危険すぎるもの…」

 もし、ブラックホールが発生してしまった場合、別の超新星を探す必要が出てくる。だが、恒星同士の距離などを考えても、ここより条件の良い座標を探すことは困難だと思われた。

「ふぁあああ〜〜〜…」

 突然、健介ちゃんが大きなあくびをする。仮眠を取った若葉先輩たちと違い、神倉先輩と健介ちゃんは、ずっとプラネットメーカーにかかりっきりだったからだ。

「ふふっ。遠野くん、超新星の観察はわたしたちに任せて、少し眠ってきたら?」

 若葉先輩は、眠そうにしている健介ちゃんに声をかけた。

「ん〜…、そうするか〜…」

 健介ちゃんは、ヨロヨロと立ち上がり、大きく伸びをする。そんな姿を見ていると、わたしにも眠気が襲ってくるのだった。

「ボクはまだ眠くないし、観察を続けるから…」

 神倉先輩は、モニターから視線を外さずに、片手をあげて合図をした。ゲームとはいえ、普通では絶対に見られない天体ショーが、これから起ころうとしている。なんちゃらプラネットの部長としては、是が非でもリアルタイムで観察しておきたいのだろう。

「それじゃ〜、お先に休ませてもらいますね…」

 健介ちゃんは、みんなに挨拶をして、プレハブ小屋から出て行こうとする。わたしも、その後に続くことにした。

「あ…、そうそう…」

 何を思ったのか、健介ちゃんがいきなり振り返る。止まりきれなかったわたしは、そのまま健介ちゃんの胸に突っ込んでしまった。

『え〜っと…』

 わたしは、動揺しながらそっと顔を上げてみる。姿は見えないものの感触はあるのか、健介ちゃんは顔を真っ赤にして固まっていた。

「って…。なに赤面してるのよ、気持ち悪いわね…」

 瑞希が呆れ口調で呟く。健介ちゃんの態度に、瑞希はなぜか、不機嫌な表情を浮かべていた。


 白鳳学園なんちゃらプラネットの部室では、一人の女性が黙々とデータ収集に励んでいた。それは、プラネットメーカーの開発者である如月優子さんであった。

 優子さんが向かっているモニターには、奇妙な記号の羅列した画面が浮かんでいる。そして、別の小さな画面には、樹神神社にいる飛鳥さんの顔が映っていた。どうやら優子さんは、飛鳥さんと通信しながら、システムログをチェックしているようだ。

『で〜…、何かわかったの?』

 飛鳥さんは、記号の解読で忙しそうな優子さんに声をかける。

「う〜ん、あまり進展無いかな〜」

 優子さんの否定的な言葉に、飛鳥さんはがっかりする。

「たぶん、時空制御装置の異常だと思うんだけど…」

 優子さんがパネルを操作すると、メインモニターにプラネットメーカーの図面が映し出された。

「今回の事故は、装置の暴走っていうより、野乃原真菜さんの力に時空石が反応してしまった…と考えるべきね」

 すると、図面の一部が拡大表示される。プラネットメーカーの中核であるガラスケースの下。ユーザーには、決して目にすることができない装置内部のブラックボックス…。そこには、異世界にしか存在しないとされる、不思議な宝石が収められていた。

『それにしても…。プラネットメーカーのユーザーたちは、自分たちがタイムマシンにもなりうる装置を使ってるなんて、夢にも思わないでしょうね〜』

 飛鳥さんは、呆れたようにため息をつく。

「ま〜、ただの人間に、時空石を扱えるほどの知識や技術は無いでしょ〜」

 優子さんは、苦笑しながら頭をかいた。

「それに、このサイズの時空石には、人を転移させるほどの力は無いはずだし…」

 そう言って、優子さんは、懐から一つの小瓶を取り出した。

 小瓶の中には、虹色に光を放つ宝石が入っている。これが、時間や空間を操ることができる“時空石”であった。

 プラネットメーカーとは、ただのシミュレーションゲームではない。ブラックボックスに収められている時空石の力を使い、過去の宇宙まで遡って、実際に星を観察しようとする装置だ。

 これまで、ユーザーがプラネットメーカーで誕生させた恒星や惑星は、宇宙のどこかで実際に存在しているという。時空間転移による過去や未来への時間移動、空間転移による座標の探索…。わたしたちがゲームだと思っている装置は、異世界でも特殊とされる時空術がふんだんに使われていた。

 もちろんプラネットメーカーは、過去に誕生した星をただ観察するだけの装置ではない。優子さんがプラネットメーカーを創った目的は、惑星の誕生にユーザーを介入させることであった。

 ユーザーが惑星の誕生に介入することで、自然では考えられない変化が起こることもある。それによって、ブループラネットのような“生命が住める惑星”を創ろうとしているわけだ。

 生命が住めない惑星を、テラ・フォーミング(惑星改造)で強引に変化させるのではなく、長い年月をかけて環境を整える。当然、人間の一生では、星の環境を整えるまでの時間が足りないため、時空間を跳躍するプラネットメーカーが創られたのだ。

 まるで、神さまの真似事をしているようである。わたしたちは、惑星の創造という壮大な計画に、知らないうちに参加させられていたようだ。

 この事実は、優子さんと飛鳥さんしか知らないことである。他の研究者は、いまでもプラネットメーカーを、異世界の技術が使われているゲームだと思っていた。

 おそらく、これからも事実が公表されることはないだろう。ユーザーは難しいことを考えずに、シミュレーションゲームとして楽しめばいいのだから…。

「それはそうと…。そっちの星創りは順調なの?」

 一息ついた優子さんは、カップにコーヒーを注ぎながら呟く。席に戻り、飛鳥さんの映っている画面を拡大表示させた。

『うん♪ いま、超新星を観察中だよ♪』

 飛鳥さんが答えると、優子さんの眉がピクリと動く。

「飛鳥…。なんか喋ったでしょ…」

 優子さんは、飛鳥さんをジト目で睨みつけた。

『ううん、わたしはヒントを口にしただけだよ〜♪』

 抗議の視線をかわすように、飛鳥さんはそっぽを向いた。

「はぁ〜…。まぁいいわ〜…」

 追求することを諦めた優子さんは、呆れたように大きなため息をつく。飛鳥さんであれば、ブループラネットを創り上げることも簡単なことだろう。

 そのとき、優子さんの情報端末に、緊急を知らせる着信音が鳴り響いた。

『な、なに? トラブルでも起こったの?』

 飛鳥さんが心配そうに呟く。優子さんは、それには答えず、緊急回線を開いた。

 画面に映ったのは、事故を調査に来ていた研究員の一人である。研究員の真剣な表情に、優子さんは覚悟を決めるかのように喉を鳴らした。

『優子…?』

 飛鳥さんは、緊急回線が閉じられたのを確認して、優子さんに問いかける。優子さんは、真っ青な顔で、心配そうにしている飛鳥さんを見つめた。

「病院の…、真菜ちゃんの容態が急変したって…」

 そのことを告げる優子さんの声は、微かに震えていた。

 途端に、飛鳥さんとの回線が途切れる。飛鳥さんは、プレハブ小屋にいるわたしの様子を見に行ったに違いない。

 同じように、優子さんも慌ててシステムを休止状態にする。セキュリティーを確認し、急いでわたしが入院している総合病院へ向かうのだった。



「あなたたち!」

 飛び込んできた飛鳥さんに、神倉先輩たちは飛び上がるように驚く。

「何か変なことしなかった?」

 飛鳥さんは、何かを探すようにキョロキョロしながら、プラネットメーカーに近づく。そして、中央にあるガラスケースを見て、おもわず息を呑んでしまった。ガラスケースには宇宙空間が広がっており、超新星の残骸と思われる塵やガス雲が渦を巻いていたからだ。

「変なこと…って…」

 神倉先輩が困ったように呟く。

「ちょっと前に超新星爆発が起こって、ベストと思われる座標を探索し、いま第一座標の固定をしたところです♪」

 そう言って、微笑みを浮べながらガラスケースを見つめた。

「凄いんですよ♪ いままでの座標とは、比べものにならないほど数値が高くって〜」

 若葉先輩も、嬉しそうにはしゃいでいる。まるで、恒星の誕生を確信しているようであった。

「そう…。良かったわね…」

 飛鳥さんは、素っ気無い態度で、慌しく神社へと戻って行く。残された神倉先輩たちは、意味もわからずに呆然とするしかなかった。


 飛鳥さんが用意してくれた部屋に戻る途中、わたしは全身の力が抜けるような感覚に陥り、その場に倒れ込んでしまった。意識はあるのだが、まともに身体を動かすことはできない。助けを呼ぼうにも、カード端末すら操作することができなかった。

『いったい、どうなって…うっ!』

 蟲が蠢くような感覚に、わたしはおもわず身震いしてしまう。次の瞬間、全身が引き裂かれるような激痛に襲われた。

 痛みによって身体が硬直してしまい、悲鳴すら上げることはできない。このままでは、気が狂って死んでしまう…。そんなことを考えていると、巨大な何かが近づいてくる気配を感じた。目だけで気配を追ってみると、そこには魔獣姿のリウムちゃんが牙を剥き出しにして唸っていた。

「…、マナ…お姉ちゃん?」

 リウムちゃんは、強面で小首を傾げる。わたしが動けないことに気づいたのか、鼻の頭で反応を確かめた。

「ここ…、お布団じゃない…」

 そう言うと、リウムちゃんは口を大きく開いて、わたしの身体を咥えてしまう。そのまま首を振り上げて、わたしを背中に乗せてしまった。

 リウムちゃんは、背中でうつ伏せになっているわたしを落とさないようにゆっくり歩く。どういうわけか、さきほどまでわたしの全身を襲っていた激痛は、ウソのように治まっていた。

『リウムちゃん…、ありが…と…』

 わたしは、心地よい温かさを感じながら、意識を失ってしまう。

「真菜ちゃん!」

 そこに、慌てた様子の飛鳥さんがやってきた。

「無事の、ようね…」

 飛鳥さんは、わたしを見てホッとしたように息をつく。すると、飛鳥さんの携帯端末に通信が入った。

「もしもし…、優子?」

 飛鳥さんは、相手の確認もせずに会話を始める。

『こっちは落ち着いたみたい…。そっちの様子はどう?』

 どうやら優子さんは、わたしの容態が安定したことを連絡してきたようだ。

「こっちも同じ…。それより、ついさっきプラネットメーカーの第一座標固定が行われたみたい…」

 飛鳥さんは、これまでの詳細を優子さんに伝えた。それを聞いた優子さんは、難しい顔つきで考え込んでしまう。そして、飛鳥さんを睨みつけるように呟いた。

『わたしがそっちに行くまで、真菜ちゃんをプラネットメーカーへ近づけないようにして…。それと…、リウムちゃん、いる?』

 優子さんの問いかけに、リウムちゃんが飛鳥さんの携帯端末を覗き込む。

『今晩の見回りは中止にして、真菜ちゃんから絶対に離れないこと!』

 リウムちゃんは、一瞬だけ考え込んだが、それでも素直に頷いた。

『まぁ〜、そっちに行って詳しく調べてみないとなんとも言えないんだけど…。真菜ちゃんが倒れた原因は、プラネットメーカーを起動させたことと、何か関係があるのかもしれないわね…』

 優子さんは、頭を掻きながら唸り声を上げる。プラネットメーカーの時空石が影響しているのであれば、リウムちゃんの持つ力で遮断できるだろうということだった。

「わかったわ…。優子もなるべく早く、こっちに来てね…」

 そう言って、飛鳥さんは通信を終了させる。

「さて…、真菜ちゃんを布団に寝かせるわよ♪」

 飛鳥さんは、リウムちゃんを促すように歩き始めた。


 目覚めると、いつのまにか朝となっていた。わたしは、枕元にある目覚まし時計を見て、慌ててベッドから飛び降りる。時針は、かなりまずい位置を指していた。

 健介ちゃん、今日はどうしたんだろう…。制服に着替えながら、わたしはそんなことを考える。もちろん、あまり考えている余裕はなかった。わたしは、学園に向かうため、家から飛び出した。

 学園までの通学路を全力で走る。だが、どういうわけか、自分以外の学生の姿はまったく見られない。どこか違和感を覚えながらも、わたしは学園へと急ぐことにした。

 すると、前の方に健介ちゃんの後姿が見えてくる。わたしは、腕を大きく振り、健介ちゃんの名前を呼んだ。しかし、聞こえなかったのか、健介ちゃんが振り返ることはなかった。

 そんな態度に小首を傾げていると、別の道から一人の女の子が現れる。女の子は、健介ちゃんの姿を見つけ、嬉しそうに駆け寄った。その女の子とは、わたしたちの後輩、鷲崎瑞希であった。

 いつもケンカばかりしていた二人とは思えないほどの仲良さである。それに、なぜか瑞希は、高等部の制服を着ていた。

『マナ先輩が死んじゃってから、もう一年が経ったんだね〜…』

 突然、瑞希がそんなことを呟く。その言葉に、わたしは衝撃を受けた。瑞希は、いったい何を言っているのだろうか…。

『真菜のことは、もう忘れちまおうぜ…』

 健介ちゃんがとても淋しそうな顔をする。

『人は、いつか死んでしまう…。だから、それまでに悔いが残らないよう、一生懸命生きればいいのさ♪』

 健介ちゃんは、瑞希に優しく微笑みかけた。

 そのとき、わたしはあることを悟ってしまう。ここはわたしが死んでしまった後の世界であること、これが夢の中の出来事であることを…。

 空想なのか、あるいは未来を予知したものなのか、それはわたしにもわからない。ただ、時空のズレを修復する方法が見つからない限り、この光景が現実となってしまう可能性も考えられた。

 健介ちゃんと瑞希は、まるで恋人同士のように振舞っている。そんな様子を見ていると、なぜかわたしの胸は、引き裂かれてしまうように痛むのだった。


『健介ちゃ〜ん…。わたしを置いていかないで〜〜〜…』

 布団に寝かされていたわたしは、うなされながら寝言を呟く。

 ちょうどそこに、優子さんと飛鳥さんがやってくる。二人は、わたしの情けない寝言を聞いて、おもわず苦笑してしまった。

 優子さんは、病院にいるわたしの容態が安定したのを確認して、つい二時間ほど前に樹神神社へ到着していたようである。その足で、プラネットメーカーのあるプレハブ小屋へ行き、システムログのチェックを行う。そして、結果を飛鳥さんに伝えるため、この部屋にやって来たわけだ。

「結論から言うと、飛鳥の予想通り…。真菜ちゃんの容態が急変したのと、プラネットメーカーのメインシステムを起動させた時間が、ピタリと一致したわ…」

 優子さんの言葉に、飛鳥さんは大きく項垂れてしまう。

「今回の一件は、プラネットメーカーの異常っていうより、真菜ちゃんの目覚めようとしている力が影響していると思うの…」

 優子さんは、神妙な顔つきで、リウムちゃんと一緒に寝ているわたしを見つめた。

「信じられないけど、時空力だね…」

 どうやら飛鳥さんも、同じことを考えていたようであった。

 わたしの中で、時間や空間を操る力が目覚めようとしているらしい。その力が、プラネットメーカーの中核に納められている時空石と、激しく反応してしまったそうだ。

 力のコントロールができないため、プラネットメーカーの暴走を引き起こしてしまい、時空のズレが生じてしまったというのだ。

「ま〜、リウムちゃんが側にいるかぎり、ひとまずは安心かな…」

 優子さんは、わたしに寄り添うように眠っているリウムちゃんを見る。リウムちゃんの持つ強い力が、プラネットメーカーから発生する時空力を遮断しているという。

「時空石の影響は、真菜ちゃんが必要以上にプラネットメーカーへ近づかなければ平気なんだけど…。魂と肉体が少し離れ過ぎたみたいね〜」

 その言葉に、飛鳥さんが小首を傾げる。すると、優子さんは、衝撃の内容を口にした。

「魂の崩壊が始まっている。このままじゃ、あまり長くもたないかもしれないわ…」

 そう言って、優子さんは悲しそうにわたしから顔を背ける。

 そんなやりとりを、わたしは夢とも現実ともつかない空間で、ぼんやりと聞いていた。



「お…、真…。起き…」

 遠くの方から、健介ちゃんの声が聞こえてくる。その声は、とても懐かしく感じられるものであった。しかし、今はとても眠いのである。わたしは、適当な返事を返して、もう一眠りすることにした。

「って、いい加減に起きろ!」

 そんなセリフと共に、わたしの頭に激痛が走った。

『いった〜〜〜い!』

 どうやら、健介ちゃんの拳骨が、わたしの頭に直撃したようである。わたしは、涙目になりながら、ゆっくりと起き上がった。

『う〜ん…。健介ちゃん…? おはよ〜〜〜…』

 大きなあくびをしながら、わたしは健介ちゃんに挨拶をする。

「おはようじゃねぇー! まったく、いつまで寝てる気だ〜?」

 健介ちゃんは、呆れ口調で大きなため息をつく。お前の寝起きの悪さは一生直らなねぇな…、とでも言いたげであった。

『そんなこと言ったって〜〜〜…って、あれ?』

 そのとき、わたしは健介ちゃんと普通に会話できていることに気づいた。

『健介ちゃん…、わたしの声が聞こえるの?』

 わたしは、またもや無意味な質問をしてしまう。健介ちゃんの反応を見れば、わかりきったことなのだ。

「おぅ♪ あの鳥人間に渡されたこの石のおかげで、お前の姿もばっちり見えてるぜ♪」

 健介ちゃんは、首からかけているペンダントのような石を見せた。ちなみに鳥人間とは、優子さんのことである。

 その石には異世界の能力が備わっているようで、微妙な時空のズレを修正して健介ちゃんの感覚に伝えているという。おそらく、これまで調べてきた情報を元に、優子さんが創ったものなのだろう。

「これで通信越しじゃなく、普通に喋れるよな!」

 健介ちゃんは、嬉しそうに微笑みを浮かべた。

 その言葉を聞いて、わたしはハッとしてしまう。起きたばかりのわたしは、髪の毛もボサボサで、とても情けない姿をしていたからだ。わたしは、身体を隠すようにタオルケットを引き寄せ、手にした枕で健介ちゃんを叩き始める。

『わかった。わかったから、あっちに行って!』

 わたしは、枕を振り回すように、健介ちゃんを何度も叩く。恥ずかしさのあまり、顔から火が出てしまいそうだった。

「って! なにするんだ真菜!」

 健介ちゃんは、その攻撃から逃れるように、部屋から飛び出してしまう。わたしの意外な反応に、かなり戸惑っているようだ。健介ちゃんにしてみれば、いつものように起こしているだけなのに、突然の反撃を受けてしまったわけだ。

「ったく…。二度寝して、飛鳥さんに迷惑をかけるんじゃねぇぞ!」

 吐き捨てるような言葉を残し、健介ちゃんはスタスタと歩いていく。いつもと違うわたしの反応に、健介ちゃんはしきりに小首を傾げていた。

『び、びっくりした〜〜〜…』

 健介ちゃんの足音が聞こえなくなったのを確認して、わたしは大きく項垂れてしまう。健介ちゃんが起こしてくれるのは、いつものことである。それなのに、とてつもなく恥かしく感じてしまった。

 もしかすると、わたしの中で健介ちゃんへの気持ちが変化してきたのかもしれない。だが、それがどういった意味を持つものなのか、今のわたしに理解することはできなかった。


 身なりを整え、わたしとリウムちゃんは、台所のある母屋へと向かった。その途中、急激なめまいに襲われる。わたしは、壁へ寄り添うようにしゃがみ込んでしまった。

「マナ…お姉ちゃん…?」

 リウムちゃんは、無表情にわたしの顔を覗き込んでくる。

「…ごはん?」

 なぜ御飯なのかわからなかったが、わたしを心配してくれているようだ。

 身体の変調は、昨晩のような激痛を伴うものではなく、酷いカゼにでもかかったときのようなダルさである。どこか熱っぽく感じるのも、気のせいではないのかもしれない。そんなことを考えていると、わたしは自分の身体に起こった異変に気づいてしまった。壁に添えた右手が色を無くし、半透明となって消えようとしていたのだ。

『えっ!』

 わたしは、右手を隠すように抱え込んでしまう。その異様な光景は、わたしの理解を超えたものであった。

「…お姉ちゃん?」

 異様な気配を感じ取ったのか、リウムちゃんがわたしに問いかけてくる。わたしは、慌てて何でもないことを伝えた。そして、恐る恐る右手を確認してみる。わたしの右手は、普段と変わらない状態で、間違いなくそこにあった。

 気のせいだったのだろうか…。いや、わたしの右手は、確かに消えようとしていた。

“魂の崩壊が始まっている。このままじゃ、あまり長くもたないかもしれないわ…”

 突然、頭の中に優子さんの声が響いてくる。どこかで…、また、確実に聞いた言葉であった。

『魂が…、崩壊…?』

 わたしは、昨晩の出来事を思い出す。全身を襲った激痛は、普通ではなかった。それに、消えかかった右手…。いったい、わたしの身体に、何が起ころうとしているのだろうか。わたしは、ゆっくりと近づいてくる死の恐怖に、身体の震えが止まらなくなってしまう。

 そんなわたしの手を、リウムちゃんがギュッと握り締める。それだけで、不安に押し潰されようとしていたわたしの心は、落ち着きを取り戻してくるようだった。

 わたしは、おもわずリウムちゃんを抱きしめてしまう。

「う?」

 リウムちゃんは、きょとんとして、不思議そうに小首を傾げていた。


 台所に到着すると、部室で調査しているはずの優子さんが、飛鳥さんの用意した朝食をとっていた。そういえば、健介ちゃんが優子さんにペンダントを貰ったとか言っていたような気がする。

「飛鳥〜、お茶まだ〜〜〜?」

 優子さんは、それが当然であるかのように催促をした。

「あんたは〜、本当〜に変わらないわね〜…」

 文句を言いながらも、飛鳥さんはお茶の入った湯のみをテーブルに置く。ただし、怒っているふうではなく、そんなやり取りをどこか楽しんでいるようであった。

「あら、真菜ちゃんにリウムちゃん。おはよ〜♪」

 わたしたちに気づいた飛鳥さんは、笑顔で挨拶をしてくれる。

『あっ、おはようございます!』

 わたしは、慌てて挨拶を返した。彼女が人間神さまであるなんて、いまだに信じられないことである。

『え〜っと…。優子さん、いらっしゃっていたんですね〜…』

 わたしは、お茶を飲んでいた優子さんに視線を向けた。

「真菜ちゃん、久しぶりね〜♪」

 優子さんは、にっこりと微笑んだ。

「どう? 元気してた?」

 すごく普通な会話に、おもわず呆然としてしまう。はたして、魂だけの状態で、元気だといえるのだろうか…。

『は、はい…。いちおう、元気だと…思います…』

 わたしが苦笑気味に答えると、優子さんは真剣な眼差しでこちらを窺う。

『あの〜…』

 優子さんの意味有りげな表情に、わたしは大汗をかいてしまった。体調の異変を、どこか見透かされているような気がしたからだ。

「真菜ちゃん…」

 優子さんは、わたしをジッと見つめる。そして、とんでもない内容を口にした。

「朝御飯は、和食でいい?」

 それを聞いた瞬間、わたしは豪快にずっこけてしまう。てっきり、昨日倒れてしまったことを確認してくると思っていたのに、まったくの肩透かしであった。

「優子…。あんた、だんだんアリスに似てきたわね…」

 飛鳥さんの呟きに、優子さんはなぜか項垂れてしまう。アリスさんとは、いったい誰のことなのだろう…。

「真菜ちゃん。はい、どうぞ♪」

 飛鳥さんは、落ち込む優子さんに苦笑しながら、朝食をテーブルに並べてくれた。

『あ、ありがとう…ございます〜…』

 わたしは、椅子に手をかけながら、ヨロヨロと立ち上がった。用意された朝食は、とても美味しそうである。

『いただきま〜す♪』

 席に着いたわたしは、飛鳥さんに感謝しながら、箸とお茶碗を手にするのだった。

「ところで、真菜ちゃん…」

 食後のお茶を飲んでいた優子さんが、不意に喋りかけてくる。

「昨日の夜、プラネットメーカーの第一座標固定がされたみたいだよ〜…」

 優子さんの話では、わたしがプレハブ小屋から出た直後、観察していた超新星が大爆発を起こしたという。その後、神倉先輩たちが候補地を探索し、星の創造にベストと思われる座標を固定したらしい。

『そうなんですか〜? じゃあ、ご飯をいただいてから、さっそく見に行かなくっちゃ♪』

 プラネットメーカーが本格稼動したという情報は、わたしの心を弾ませるものであった。だが、続けられた優子さんの言葉に、わたしは愕然としてしまう。

「それはダメ…。っていうか、真菜ちゃんは小屋に近づくのも禁止ね」

 優子さんのセリフに、わたしは絶句してしまった。しかし、衝撃の内容は、それで終りではなかった。

「プラネットメーカーが稼動したことで、あなたの魂はとても不安定な状態になっているの…。だから、小屋に近づけば、あなたの寿命を削ってしまうことになるから…」

 優子さんの真剣な表情に、わたしは息を呑んでしまう。優子さんは、とても冗談を言っているような様子ではなかった。

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