第四話 樹神神社のプラネットメーカー
2004/06/29〜2004/10/28 連載作品
一週間という健介ちゃんとの共同生活を経て、あっという間に夏休みがやってきた。
なんちゃらプラネットのみんなは、わたしのお見舞いをきっかけに、再び惑星創りの意欲に燃えはじめる。そして、健介ちゃんが提案したように、夏合宿を行うこととなった。
みんなは、わたしのために惑星を創り上げ、プラネットコンテスト出場を目指すと言ってくれている。それは、わたしにとって、もの凄く嬉しいことであった。
わたしたちは、優子さんから渡されたメモを頼りに、街の郊外へと向かっていた。
メモに書かれている住所は、森が広がっている地区のようである。そんなところに、合宿のできるような施設があるのだろうか…。先導する健介ちゃんも、かなり不安そうな顔をしていた。
「え〜っと…」
突然、健介ちゃんが振り返り、わたしと視線が合ってしまう。もちろん、健介ちゃんにはわたしの姿が見えないので、一方的に視線がぶつかっただけである。それでも、わたしは、飛び上がるほど驚いてしまった。
『うぅ〜…』
心臓が激しく鼓動し、顔から火が噴き出しそうになる。わたしは、病院での一件から、健介ちゃんの顔をまともに見られなくなっていた。
感情をあらわにして、泣きじゃくる姿を見られてしまい、もの凄く恥かしい思いをした。いや…。実際には見られていないのだが、それでも恥かしさには変わりなかった。
「健介〜…。合宿先、まだなの〜…?」
振り向いた健介ちゃんを見て、瑞希がうんざりした声を上げる。たいした距離ではないのだが、舗装されていない地面を歩いて疲れてしまったようだ。
「たぶん、この先だと思うんだが…」
健介ちゃんは、困ったように苦笑して、森の奥へと続く一本道を指差す。すると、神倉先輩たちの動きが固まってしまった。
「こ、この先って…、アレに繋がってるんじゃ…なかった?」
若葉先輩は、大汗をかきながら呟く。視線を向けられた神倉先輩は、カクカクした動きで頷いた。
「って、ちょっと! 合宿先って、まさかアソコなの〜!」
瑞希も気づいたのか、大きな叫び声を上げる。健介ちゃんは、瑞希の問いに答えることはせず、唸りながら頭をかいていた。
「まぁ、行ってみるしかないだろう…」
ここで言い合っていてもしかたがない。神倉先輩は、ため息をつきながら、一本道へと入っていく。わたしたちも、渋々その後を追うことにした。
五分ほど歩いただろうか、目の前に石段が現れた。長い石段を見上げると、その先に大きな鳥居が立っている。また、石段の脇には巨大な石碑が建っており、そこには予想通り、“樹神神社”の文字が刻まれていた。
「樹神…神社…」
その文字を見た神倉先輩は、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
若葉先輩たちも、項垂れるようにため息をついている。わたしも、まさか目的地が樹神神社だとは思わなかった。
樹神とは、全国にいくつも点在している神社ではあるが、祀っている神様が凄かった。産土神や天神地祇などではなく、現存する二人の人間神さまを祀っているのだ。
そのため、樹神神社は、易々と立ち入ることができない聖域とされていた。中でも光風町と紅柱石、わたしたちが暮らす金緑石の樹神神社は、三大聖域とされている。そんな聖域で合宿しようとしていたとは、我ながら頭痛がしてくる思いだった。
「昴…、どうするの?」
若葉先輩は、苦笑しながら神倉先輩の指示を仰ぐ。神倉先輩は、腕を組んで考え込み、諦めたように呟いた。
「ま〜、このままこうしているわけにもいかないし…、行ってみようか〜…」
そう言って、神倉先輩は、目の前の石段を登り始めた。
「なぁ〜…。アレ…、何だと思う…?」
健介ちゃんは、隣にいる瑞希に問いかける。しかし、瑞希は真っ青な顔でガタガタと震えるだけで、何も答えようとしない。
石段を登り、樹神神社の境内に着いたわたしたちが見たモノ…。それは、境内に伏せるように寝転んでいる、巨大な獣の姿であった。
体長が三〜四メートルはあるだろうか、真っ黒な毛並みでいかにも凶暴そうな顔をしている。額に憑いた赤い石と合わさって、三つ目のようにも見えた。そんな狼のような獣が、ピクリとも動かずに、わたしたちを睨みつけていた。
「狛犬の…、代わりなのかしら?」
若葉先輩も、震えながら呟く。このような生物は、地球上のどの場所にも存在しないだろう。もちろん創り物だとは思うが、それにしても恐すぎであった。
「人間神さまを祀っている神社なんだから、普通じゃないんだろうけど…」
神倉先輩は、恐る恐る置物に近づいてみる。
「ふぅ〜、大丈夫みたいだ〜」
まったく動かないことを確認して、神倉先輩は腕で汗を拭う動作をした。
だが、ホッとしたのもつかの間、わたしは信じられないものを見てしまった。置物と思われていた獣の目玉が、神倉先輩を追うように動いたのだ。
『か、神倉先輩!』
わたしは、危険を知らせようと、大声で叫んでしまう。その瞬間、獣は顔を上げ、わたしを睨みつけた。
「がるるるっ!」
獣は、牙を剥き出しにして立ち上がり、わたしに向かって大きくジャンプする。
「うわぁあああーーー!」
健介ちゃんたちは、涙を浮かべて逃げ惑う。獣の落下地点には、驚きのあまり身が竦んでしまったわたしだけが残された。
獣は、目の前に着地して、低い唸り声を上げている。わたしは、頭の中が真っ白となり、恐怖に震えるしかなかった。
「リウムちゃ〜ん、どうしたの〜〜〜?」
どこからか、そんな声が聞こえてくる。その声に反応した獣は、聞こえてきた方角に顔を向けた。
奥の方から、一人の少女が現れる。わたしたちと同い年ほどの少女は、平然と巨大な獣に近づき、丸太のような前足に手を添えた。そして、腰を抜かしたように倒れている健介ちゃんを見て、納得したような表情で獣を見上げる。獣は、軽く尻尾を振って、少女を睨み返した。
「飛鳥…お姉ちゃん…。………、お客…さん♪」
驚いたことに、巨大な獣から、かわいい声が聞こえてくる。わたしたちが唖然としていると、獣の身体がみるみる縮小し、十歳ぐらいの女の子の姿となってしまった。
『なっ!』
信じられない光景に、わたしは言葉を失ってしまう。優子さんの翼にも驚いたが、今回はそれの比ではない。まさに、白昼夢でも見ているようであった。
「え〜っと…。もしかして、優子が言ってたなんちゃらプラネットの人かな?」
飛鳥と呼ばれた少女は、わたしに声をかけてくる。どうやら、優子さんと同じように、わたしの姿が見えているようだ。
『は、はひっ!』
面と向かって喋りかけられるのも久しぶりで、わたしはおもわず奇妙な声を上げてしまう。わたしの返事を聞いて、飛鳥さんは、優しそうな微笑みを浮かべるのだった。
「それじゃあ、みんなが泊まる部屋に案内するわね♪」
飛鳥さんは、身を翻して歩き出す。知らないうちに話がどんどん決まるため、神倉先輩たちはしきりに小首を傾げていた。
わたしが飛鳥さんの後に続こうとすると、少女姿のリウムちゃんが手を握ってきた。やはりというべきか、リウムちゃんにもわたしが見えているようである。リウムちゃんは、わたしの手を引っ張って、先導するように歩き出した。おそらく、案内してくれるつもりなのだろう。
リウムちゃんは、獣のときとは違って、もの凄く愛らしい姿をしていた。わたしは、おもわず抱きしめたくなる衝動を抑えるのに必死だった。
「ま、待ってください!」
突然、神倉先輩が飛鳥さんを呼び止める。立ち止まった飛鳥さんは、ゆっくりとした動作で振り返った。
「あ、飛鳥さんと…いわれるのですよね」
神倉先輩は、飛鳥さんに見つめられて、緊張したように息を呑む。
「飛鳥さんって…、その〜…、もしかして…」
しどろもどろになりながら、神倉先輩は何かを質問しようとしている。そんな様子に何かを察したのか、飛鳥さんはまっすぐにわたしたちと向かい合って、ペコリとおじぎをした。
「自己紹介がまだでしたね…。わたしは、樹神飛鳥…」
その言葉を聞いた先輩の顔色が急変する。
「いちおうこの世界の神様…、人間神トパーズをさせていただいています…」
飛鳥さんは、困ったように苦笑する。予想通りの答えに、神倉先輩は、気を失ったように倒れてしまった。
樹神飛鳥…。その名は、紛れもなく現存する二神の一人。いまから二十年ほど前、この世界の神に即位した、人間神トパーズさまの真名であったからだ。
樹神神社へとやって来たわたしたちを出迎えたのは、巨大な狼型の獣に変身できるリウムちゃんと、現存する二神の一人…、人間神飛鳥さまであった。
普通なら、人間神さまは、地球のどこかにある聖域にいらっしゃるはずである。それなのに、どうしてこの金緑石にいるのだろうか…。
「あ〜…。お仕事は瑠璃に任せて、わたしは少し前から夏休み〜♪」
それが、大部屋にお茶を運んできてくれた飛鳥さまの御言葉である。現在、わたしたちは、人間神さまにお持て成しされている、とんでもない状況にあった。
「なるほど…。だから、プラネットメーカーの事故が騒がれなくなったのか…」
神倉先輩は、納得したように、そんなことを呟く。
神倉先輩は、飛鳥さまが極秘で金緑石に訪れているため、全ての報道関係がシャットアウトされているという仮説を唱えた。それに、人々の注意が金緑石へ向かないよう、この街で起こった全ての事件は、話題すら上がらないようになっているのかもしれない。
なんにしても、あれほどの大事故を起こして騒がれないのだから、わたしたちにとってラッキーな展開であった。
「それじゃあ、午後からプラネットメーカーの場所に案内するから、それまではゆったりとくつろいでいてね♪」
飛鳥さまは、微笑みを浮べて、部屋から立ち去ろうとする。
「ま、待ってください!」
瑞希は、大声を出して飛鳥さまを呼び止めた。瑞希の叫びに、神倉先輩たちが青い顔をする。仮にも人間神さまを呼び止めたのだから、当然の反応なのかもしれない。
「わ、わたしの先輩が…、意識不明の病状で入院しています…。どうか、飛鳥さまの御力で、マナ先輩を…治してはいただけないでしょうか!」
瑞希の身体は、緊張のあまりガタガタと震えていた。
「………」
その言葉に、飛鳥さまは考え込んでしまう。
「ごめんなさいね…。個人的なお願いは、叶えちゃいけないことになっているの…」
それを聞いた瑞希は、明らかに落胆した表情を浮べる。
「まぁ〜、今回の事故は優子の仕出かしたことだし、わたしも何とかしてあげたいのは山々なんだけど…」
わたしの詳しい病状は、優子さんに聞いているのだろう。どうやら、時空のズレを修復することは、人間神である飛鳥さまにも難しいようだ。
飛鳥さまは、気落ちした瑞希を見て、困ったような顔で部屋から出ていってしまう。
「瑞希ちゃん…」
若葉先輩は、瑞希を慰めるように、頭を優しく撫でる。自分たちも同じ気持ちだよ…と言わんばかりに、にっこり微笑むのだった。
みんなが瑞希を慰めているとき、わたしは視線を感じて廊下の方を見た。そこには、いなくなったと思っていた飛鳥さまが、障子の陰に隠れて手招きをしていた。
『え?』
わたしが自分を指差してみると、飛鳥さまはコクリと頷く。わたしは、みんなに気づかれないように…といっても見えないのだが、飛鳥さまのもとに駆け寄った。
飛鳥さまは、わたしの手を取り、廊下を渡って別棟へと入る。どんどん奥の方へと進み、庭に面した一つの部屋へ案内してくれた。
「真菜ちゃんは、この部屋を使ってね♪」
神倉先輩たちから隠れて生活するのは、かなり無理があると思われる。飛鳥さまも、気を使ってくださっているようだ。
「ここは、わたしの知っているだけでも、人類滅亡の危機を五回は救ってくれた勇者さまが使っていた部屋なの」
突然、飛鳥さまの口から、とんでもない言葉が飛び出した。
いったい、飛鳥さまは、何を言っているのだろう…。いや、飛鳥さまが嘘をつくとは、とても思えない。もしかすると、わたしたちの知らないところで、世界は何度も滅亡の危機にさらされていたのかもしれなかった。
そして、追い撃ちをかけるように、飛鳥さまは信じられないことを呟いた。
「その勇者さまなら、時空のズレなんて簡単に直してしまうのに…」
わたしは、己の耳を疑ってしまう。飛鳥さまの御言葉は、まさに問題解決の手掛りだったからだ。
『あ、飛鳥さまっ! その勇者さまは、いまどこに…って、はっ!』
飛鳥さまを問い詰めている自分に気づき、わたしは慌てて頭を下げる。
『すすす、すみません!』
わたしは、涙目になりながら、謝罪の言葉を口にした。
「う〜ん…。この姿のときは人間神ってわけじゃないから、そんなに脅えなくても…」
飛鳥さまは、苦笑しながら呟く。しかし、何かを思いついたのか、わたしを見つめてにっこりと微笑んだ。
「じゃあ〜ねぇ、許してほしかったら、わたしのことを“飛鳥さん”って呼ぶこと♪」
どうやら、われらが人間神さまは、立場に対してのこだわりがまったく無いようである。
『そ、それじゃあ…、飛鳥…さん、その勇者さまがいまどこにいるのかを、教えてくれませんか?』
わたしは、失礼が無いように、言葉を選びながらお願いした。
「え…、ショウくんの居場所!」
飛鳥さんは、わたしの言葉を聞いて、なぜかギョッとした動作をする。言いにくそうに唸りながら、わたしの期待には応えられないことを告げた。
「ショウくん…は、いまから二十年前に亡くなっているの…」
それを聞いた瞬間、わたしは目の前が真っ暗となってしまう。期待が大きかっただけに、泣きたい気持ちになってしまった。
部屋を自由に使って構わないと言い残し、飛鳥さんは早足に立ち去っていった。
飛鳥さんは、わたしたちのために、昼食の準備に取りかかったようである。数十分後、わたしたちは、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、人間神さまの手料理を頂戴することになった。
一人残されたわたしは、案内された部屋の中をぐるりと見回してみた。
神倉先輩たちがいる大部屋と同じような純和風の造りで、中央には立派な座卓が置かれている。そして、奥の方に、とても珍しいものを見つけた。博物館にでも展示されていそうな、旧式の電子計算機…。現在のシステムが、パソコンと呼ばれていた時代の個人端末である。
『うわぁ〜…。こんなに大きいんじゃ、持ち運びもできないよね〜…』
わたしは、興味津々にパソコンを眺めてみた。
本体と思われる装置が箱状でやたら大きく、モニターはブラウン管と呼ばれていたものである。入力装置も不思議な形をしており、カード端末で情報を検索してみると、どうやらキーボードとマウスと呼ばれるものらしい。わたしは、キーボードのボタンを押してみる。ぐにゃりとした感覚が指先に伝わり、なんだか楽しい気持ちになってしまった。
現在の端末は、個人の思考や好みに合わせて、次々と文章候補をパネルに表示させるタイプである。大きささえ気にならなければ、このキーボードと呼ばれる装置を使って、一つ一つ文字を入力してみるのも面白そうだ。
『そうだ…』
わたしは、あることに気づいて、パソコンの接続端子を探し始める。このパソコンが、飛鳥さんの言っていた勇者さまの使っていたものだとするなら、時空のズレを修復する手掛りが記録されているかもしれないのだ。
だが、古い時代の端末は、操作が難解だったといわれている。下手に操作して、データが消えてしまっては元も子もない。わたしは、パソコンを直接操作するのではなく、自分の端末に繋げてデータを検索しようと考えた。しかし、接続端子は、見たこともない形状のものばかりであった。
わたしは、データ検索を諦めて、あとから飛鳥さんに操作をお願いしようと考える。そのとき、背後に異様なプレッシャーを感じた。
恐る恐る振り返って、わたしはおもわず息を呑んでしまう。そこには、凶暴そうな三つ目の獣が、牙を剥き出しにわたしを睨みつけていたからだ。
『は…ひ…』
わたしは、気が遠くなるのを感じて、パタリと倒れてしまった。
「…、マナ…お姉ちゃん?」
巨大な獣とは、わたしの様子を見に来てくれたリウムちゃんである。リウムちゃんは、気を失ったわたしの顔を、巨大な舌でペロペロと舐めはじめた。そのザラザラした感触に、わたしは意識を取り戻す。
『きゃあああぁ…って。り、リウム…ちゃん?』
再び気を失いそうになるが、その獣がリウムちゃんだと気づき、わたしは大きな息をつく。
覚悟ができていないときに獣姿を見せられると、心臓にも精神にも負担がかかってしまう。ただ、当のリウムちゃんは、わたしの反応が嬉しいのか、軽く尻尾を振っていた。
『あ…、リウムちゃん…?』
わたしは、リウムちゃんを見て、あることを思いつく。
『このパソコンを使って、データを検索したいんだけど…』
リウムちゃんなら、パソコンを操作できるのではないかと考えた。その問いかけに、リウムちゃんは小首を傾げて考え込む。いや、本当に考えてくれているのか、かなり疑問であった。
なんともいえない空気が辺りに漂う。わたしは、なぜか嫌な予感を覚えた。
「…ん。…、やって…みる」
そう言うと、リウムちゃんは、いきなり前足を大きく振り上げる。唖然としているわたしの目の前で、鋭い爪をパソコンに叩き付けた。
パソコンは、まるで紙で作られた箱のようにぶっ飛んでしまう。
時空のズレを修復する手掛りがあるかもしれないパソコンは、二度と使うことができないほど原型を留めていなかった。
昼食後…。わたしたちは、飛鳥さんに連れられて、神社の裏にある林へと向かっていた。
林を抜けると、古いプレハブ小屋が建っている。その中に、システム開発者の優子さんが使っていたプラネットメーカーがあるそうだ。
「はい。これがここの鍵ね♪」
扉を開けた飛鳥さんは、そのまま鍵を神倉先輩に渡す。
「二十年近くは使われてなかったけど…、ちゃんと動くと思うから♪」
そう言って、飛鳥さんは小屋の中へと入っていく。わたしたちも、急いでその後を追うことにした。
「こ、これは…」
小屋にあったプラネットメーカーを見て、神倉先輩が驚きの声を上げる。そこにあったのは、どの規格にも当てはまらない、機材や接続ケーブルが剥き出しのプラネットメーカーであったからだ。
「もしかして…、試作機かなにかですか?」
神倉先輩は、飛鳥さんがいることも忘れて、興味深そうにシステムのチェックをはじめる。しきりに唸り声を上げながら、感心するように何度も頷いていた。
「し、試作機って…。本当に大丈夫なの?」
瑞希は、不安そうに呟く。このプラネットメーカーは、製品が発売される前の試作機で、すでに二十年以上も使われていない。瑞希が心配するのも、無理はないことだろう。
「あら…。試作機だからって、侮ってもらったら困るわね〜」
飛鳥さんは、意味有り気に微笑む。
「あなたたち、“ブループラネット”って知ってる?」
その名前は、プラネットメーカーのユーザーであれば、誰でも知っているものだった。
ブループラネットとは、初期の頃に発表された青い惑星のことである。地球に似たその惑星はブループラネットと呼ばれ、その美しさからプラネットメーカーのユーザーを一気に増やしたといわれていた。ブループラネットは、ユーザーたちの憧れの的であり、プラネットメーカーを象徴する惑星でもあった。
しかし、プラネットメーカーが発売されてから約二十年…、青い惑星を創り出したユーザーはいまだ現れていない。そのため、ブループラネットは奇跡の星とも呼ばれていた。
「そのブループラネットを生み出したのが…、この試作機だったりして〜♪」
飛鳥さんの言葉に、細部をチェックしていた神倉先輩が驚きの声を上げる。
「こ、これが、ブループラネットを創り上げたシステム!」
神倉先輩は、まるで子どものように、目をキラキラさせていた。
同じシステムを使えば、同じ惑星が創れるわけでもない。それでも、奇跡の星を生み出したシステムが使えるのだから、神倉先輩でなくても感動することだろう。
「なんか…、もの凄いシステムに見えてきた…」
瑞希がそんなことを呟く。ボロボロのシステムがとても立派に見えてくるのだから、人の心とは単純なものである。
とは言っても、さすがは試作機だけあって、操作法があまりにもアナログ過ぎる気がした。
「昴…、システムの様子はどうなの?」
若葉先輩は、各装置を点検していた神倉先輩に声をかける。
「問題ない…。基本操作は、ボクたちが使っていたのと同じみたいだ」
神倉先輩は、ゆっくりと振り向いて、わたしたちを見回す。
「それでは、いまから惑星の創造に取りかかりたいと思います」
神倉先輩は、息を吸い込んで、気合を入れるように大声で宣言する。
「プロジェクト名、“プラネット・マナ”!」
突然、わたしの名前が神倉先輩の口から飛び出したので、飛び上がるほど驚いてしまう。もちろん、神倉先輩にわたしの反応が見えるはずもない。神倉先輩は、みんなが頷くのを見て、満足したように微笑んだ。
「入院している野乃原さんのためにも、必ず完成させよう!」
神倉先輩が拳を突き出すと、みんなも同じ動作で掛け声を上げる。その行動に、わたしは呆然と立ちつくしてしまった。
「プラネット・マナ…ねぇ〜…」
飛鳥さんは、含み笑いを浮かべて、わたしに視線を向ける。わたしは、反論することもできず、照れたように頬を赤く染めるしかなかった。
こうして、わたしたちの惑星創りが始まった。
惑星を創るためには、まず自ら光や熱を発する恒星を誕生させなければならない。恒星は、宇宙に漂う塵やガスが集まり、巨大になることで誕生するといわれていた。
プラネットメーカーでは、まず広大無辺な宇宙空間をチェックして、恒星誕生の条件がそろっている座標を探索することから始める。
宇宙に一千億以上もある銀河の中から一つを選び、倍率を上げながら候補の座標を絞り出す。しかし、わたしたちが住む天の川銀河ですら、直径がおよそ十万光年と信じられない広さがある。そんな無限に思えてしまう宇宙空間の中から、ベストな座標を探し出すことはかなりの労力を要する。運がよければすぐにでも見つかるが、たいがいの場合は適当なところで妥協することが多かった。今にして思えば、その労力こそ恒星の創造を成功させるための条件だったのだろう。
神倉先輩たちにもそれがわかっているようで、座標候補の探索は夜を通して行われることになった。
「先輩、ここなんてどうでしょうか?」
健介ちゃんは、候補地を見つけて、神倉先輩に報告する。神倉先輩は、健介ちゃんのデータを自分のモニターに表示させ、食い入るように数値を見つめた。
「ダメだ…。さっきの座標より、数値が低い…」
神倉先輩は、がっかりしたようにため息をつく。こうした地道な探索によって、座標の候補地を絞り込んでいくわけだ。
大した成果も上がらないまま、ただ時間だけが過ぎていく。そのとき、プレハブ小屋の扉が開かれて、飛鳥さんが入ってきた。
「お夜食持ってきました〜〜〜♪」
飛鳥さんは、おむすびを並べたお皿と、お茶の入ったポットを持ってきてくれたようだ。それを見た神倉先輩は、慌てて飛鳥さんから受け取る。
「どう〜? いい場所、見つかった〜?」
飛鳥さんは、モニターに映る座標数値を覗き込んだ。
「ええ…。一つだけですが、これまでより数値の高い場所を見つけることができました」
神倉先輩は、おむすびを片手に持ちながら、パネルを操作して座標を指定する。モニターには、高密度のガスが漂う空間が映し出された。
「でも、せっかくブループラネットを創ったシステムを使っているんですから、より完璧な座標を見つけたいと思います」
神倉先輩は、候補地の探索に、三日間ほど費やしたいと考えているようだ。
「うん…。じっくりと時間をかけることも大切だね♪」
飛鳥さんは、微笑みを浮かべながら頷いた。
「ところで…、星が生まれる前は、その場所に何があったのかしら?」
突然、飛鳥さんが、とぼけたように呟く。
「星が生まれるぐらいなんだから、元となる何かがあったのでしょうけど…」
飛鳥さんの言葉に、わたしたちは考え込んでしまう。
星が誕生する前の空間…。そこには、大量の塵やガス、それ以外にも星を構成するために必要な様々な元素が存在する。わたしたちは、そんな空間を探しているのだ。
そのことは、プラネットメーカーに挑戦しているユーザーにとって、常識のような内容である。わたしたちは、飛鳥さんが何を言いたいのか、理解することができなかった。
「闇雲に探すだけじゃなく、もっと違う方向から理由を考えて、座標を選択するのも面白いんじゃない?」
飛鳥さんは、湯呑みにお茶を注ぎながら呟く。
「例えば〜…。星の元になる何かは、どうしてそこにあるんだろう…、とか♪」
飛鳥さんの言葉に、神倉先輩がハッとする。どうやら、とてつもないヒントが隠されていたようだ。
「そうか! スーパーノバ…、超新星爆発!」
神倉先輩は、弾かれたように立ち上がり、大きな声で叫ぶ。そこに、仮眠を終えた若葉先輩と瑞希がやってきた。
「若葉、超新星爆発だ! 寿命を終えようとしている星を探すんだ!」
話の内容がわかっていない若葉先輩たちは、神倉先輩の剣幕に呆然としてしまう。だが、神倉先輩の仮説を聞き、慌てて超新星の探索に入った。
『なるほど…、超新星爆発か〜…』
わたしは、満足そうに微笑んでいる飛鳥さんに視線を向ける。
巨大な星が年をとると、中心に鉄のような重い物質が溜まっていく。その重さに耐えられなくなった星は、重力バランスに狂いが生じ、ついには大爆発を起こしてしまう。それが、超新星爆発と呼ばれる現象であった。
爆発を起こした星は、辺りに塵やガスを撒き散らす。それらを元に、長い年月をかけて、再び新しい星が生まれるとされていた。超新星爆発直後の座標には、恒星を創り出す条件が、全て揃っていると予想されるのだ。
「いままでボクたちが探していたのは、星になりきれなかったガスや塵の集まりだったんですね…」
神倉先輩は、何かを悟ったように呟いた。
条件を満たしていないため、いつまで経っても恒星が誕生しない。わたしたちなんちゃらプラネットが選んでいたのは、最初から惑星が誕生することのない座標だったようだ。