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第三話 真菜と健介の関係

2004/06/29〜2004/10/28 連載作品

 健介ちゃんは授業に戻り、優子さんは再びプラネットメーカーの調査に向かう。わたしは、特にすることもないため、北校舎の屋上でニュース速報をチェックしていた。

 絶対安全と思われていたプラネットメーカーが暴走したことは、かなり衝撃的な出来事であった。そのため、テレビのニュース番組でも大きく取り上げられていた。

 このままでは、プラネットコンテストも中止されてしまうかもしれない。だが、放課後になる頃には、どういうわけか騒ぎが下火になっていた。

 普通なら、学園に報道関係者が押し寄せてきてもおかしくないはずである。しかし、校門前には、テレビ局どころか、事故を調べる記者すら見当たらない。まるで、何らかの圧力によって、報道規制がされてしまったかのようであった。


 昨日の事故以降、なんちゃらプラネットの部室は、立入禁止となっている。そのため、なんちゃらプラネットの部員たちは、自然と北校舎の屋上に集まっていた。

 高等部二年で部長の神倉昴先輩。同じく二年で副部長の夏樹若葉先輩。高等部一年の遠野健介ちゃん。唯一の中等部、三年の鷲崎瑞希。そして、高等部一年の野乃原真菜…。以上の五名がなんちゃらプラネットの部員であった。

「マナ先輩のお見舞いに行きましょう!」

 突然、瑞希が大きな声で叫ぶ。しかし、それを聞いた神倉先輩は、瑞希の意見を制するように呟いた。

「いや…。事故が起きて間もないわけだし、少し期間を置いたほうがいいと思う…」

 昨日の今日で病院に行っても、付き添っているであろう家族が迷惑するだけである。お見舞いに行くのなら日を改めた方がいい…と、優しい神倉先輩は考えているのだろう。

「そうね…。確かに昴の言う通りかもしれないわ…」

 若葉先輩は、神倉先輩の意見に同意する。

「いますぐに飛んで行きたい気持ちもわかるけど、落ち着いてからの方がいいかもね…」

 若葉先輩は、瑞希をなだめるように微笑んだ。それに、病院には事故を取材する報道関係者が集まっているかもしれない。そんなところに、なんちゃらプラネットの部員が出向いたら、騒ぎが大きくなってしまうだけである。

「そ、そんな…」

 瑞希は、否定的な意見に愕然とする。

「健介は…、健介はマナ先輩に会いたいよね!」

 みんなの意見を黙って聞いている健介ちゃんに、瑞希は縋るような表情で問いかけた。

「まぁ〜…、お見舞いに行ったからって、真菜が治るわけでもないし…」

 健介ちゃんは、困ったように頭を掻く。その言葉を聞いた瑞希は、信じられないといった顔で絶句した。事情がわかっている健介ちゃんと違い、何も知らない瑞希にとって、かなりショックな言葉だったのだろう。

「健介! あんた、それでもマナ先輩の…」

 瑞希は、悔しそうに唇を噛み締め、とうとう泣き出してしまう。そんな瑞希を、若葉先輩があやすように抱きしめる。わたしは、そんな光景を、まるで他人事のように眺めていた。

 瑞希がわたしのために泣いてくれているのはわかる。でも、こうして自由に動き回れることを考えると、本当のわたしが入院していることの方が信じられなかった。

 思い切って、みんなにもわたしの存在を伝えてしまいたい。だが、事情を話したところで、みんなを巻き込んでしまうだけである。ここは、黙って成り行きに任せるしかなかった。


「それじゃあ、今度の土曜日に、野乃原さんのお見舞いへ行くことにしようか」

 神倉先輩は、瑞希の涙に苦笑しながら、そう切り出した。

「用事のある人もいるだろうけど、なるべくこちらを優先させてほしい」

 みんなが頷くのを見て、神倉先輩は満足そうに微笑む。

「じゃあこれからは、何かあればメールで連絡を取り合うことにしよう。部活が禁止されちゃったから、みんなで集まることも少なくなるだろうし…」

 神倉先輩の言葉を聞いて、わたしはあることを思い出した。優子さんに提案された、夏合宿のことである。

 わたしは、優子さんから渡されたカード端末を取り出す。頭の中で文章を組み立てると、モニターには考えた通りの文字が現れた。

『おぉ〜♪』

 わたしは、おもわず声を上げてしまう。次世代の情報端末がこれほど便利なものだとは驚きであった。

『っと、いけない…』

 カード端末の便利さに感心している場合ではなかった。早くしないと、みんなが帰ってしまうかもしれない。わたしは、出来上がった文字メールを、健介ちゃんのカード端末に送信した。

「…ん?」

 着信に気づいた健介ちゃんは、ポケットからカード端末を取り出す。他のみんなに気づかれないように、後ろ向きでメールを確認した。

「…、遠野くん?」

 健介ちゃんの奇妙な行動に気づいたのか、若葉先輩が声をかける。

 メール内容を確認した健介ちゃんは、大きなため息をついて、わたしの代わりに夏合宿の提案をしてくれた。

「あ〜…、先輩…。今年のプラネットコンテストは、もう諦めるんですか?」

 健介ちゃんの言葉に、神倉先輩たちは困った表情をする。部活を禁止されているのだから、それは当然の反応だといえた。

「じつは、ある場所のプラネットメーカーを借りることができたんですが…」

 それを聞いた瞬間、神倉先輩の顔がパッと明るくなる。しかし、すぐにその感情を押し殺すように、目を伏せてしまった。

「たとえ使えるシステムがあったとしても、活動は自粛しなければならない…」

 神倉先輩は、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。

「開発の人は、ボクたちに責任は無いって言ってくれてたけど、野乃原さんの事故はなんちゃらプラネットに無関係なことじゃないんだから…」

 そう言って、神倉先輩は、健介ちゃんをジッと見つめた。

 その真剣な表情に、健介ちゃんは言葉を詰まらせる。意見の食い違いに、なんともいえない気まずい空気が流れた。

「でも…」

 そんな沈黙を破ったのは、二人のやりとりを静かに聞いていた瑞希であった。

「コンテストを諦めたって聞いたら、マナ先輩、がっかりするんじゃないかな〜」

 しっかりとした視線でみんなを見回す瑞希。

「それに、自分が原因でコンテストがダメになったって知ったら、マナ先輩、絶対に悲しむよ!」

 瑞希は、大きな声で、神倉先輩に訴えた。

 すると、神倉先輩は、両腕を組むように考え込む。そして、意見を求めるように若葉先輩を見つめた。

「確かに、コンテスト出場を一番楽しみにしてたのは、真菜ちゃんだったわね…」

 若葉先輩がそんなことを呟く。わたしにしてみれば、惑星を創ろうと一生懸命だった神倉先輩につられて、はしゃいでいただけなのだが…。

「それなら、真菜のためにも諦めちゃダメですよ!」

 健介ちゃんは、ここぞとばかりに、神倉先輩を畳み掛けようとする。

「そこには、泊めてもらえる施設もあるらしいんです。だから、夏休みに泊り込んで、コンテストまでに星を創りましょう!」

 乗り気ではなかった健介ちゃんも、勢いに任せて、そんなことを提案した。

「野乃原さんのためにか…」

 神倉先輩は、再び考え込んでしまう。先輩の気持ちは、かなり揺れ動いているようであった。しばらくすると、神倉先輩がゆっくりと顔を上げる。健介ちゃんたちを見回すようにして、先輩なりの考えを伝えた。

「この問題は、簡単な内容ではない…。結論を出すには、もう少し時間が必要だと思う…」

 続いて、神倉先輩の言葉を補うように、若葉先輩が発言する。

「幸い、夏休みまであと一週間もあります。この話は、真菜ちゃんのお見舞いに行ってから、決めることにしましょう♪」

 若葉先輩の意見に、神倉先輩は力強く頷くのだった。


 夏合宿の話もなんとか纏まり、なんちゃらプラネットの臨時会議はお開きとなる。先輩たちは一足先に帰ってしまい、屋上には健介ちゃんと瑞希だけが残された。

 瑞希は、なぜか健介ちゃんを睨みつけている。健介ちゃんは、大きなため息をついて、瑞希と向かい合った。

「…なんだ? 何か言いたいことでもあるのか?」

 瑞希が健介ちゃんに突っかかってくるのは、今に始まったことではない。健介ちゃんも、瑞希が自分を嫌っているのだと、なんとなく気づいているのだろう。健介ちゃんは、威嚇する瑞希を見て、うんざりしたようにため息をついた。

「………」

 健介ちゃんの問いかけにも、瑞希はまったく答えようとしない。それどころか、目を吊り上げるように、健介ちゃんを睨みつけていた。

「何もないんなら、帰るからな!」

 そんな雰囲気にイラついたのか、健介ちゃんは、吐き捨てるような言葉を残して階段へ向かおうとする。

「あっ、待って!」

 驚いたことに、瑞希が慌てて健介ちゃんを呼び止める。その行動が予想外だったのか、健介ちゃんも、目を丸くして振り返った。健介ちゃんにジッと見つめられ、どういうわけか、瑞希は頬を赤くする。

「あの〜、その…、え〜っと…」

 言いにくいことなのか、瑞希は口篭るように下を向く。健介ちゃんが唖然としていると、覚悟を決めた瑞希が顔を上げて大きく叫んだ。

「合宿の話…、ありがとう!」

 その途端、瑞希の顔が真っ赤に染まる。そして、逃げるように階段を駆け下りて行ってしまった。

 わけもわからず、呆然と立ち尽くしてしまう健介ちゃん…。いままでの瑞希には、あまり見られないような反応であった。



「なぁ、真菜…。本当〜に、オレの…部屋で…、その…、泊まる気なのか〜?」

 モニターに映ったわたしに向かって、健介ちゃんがそんなことを確認する。実際には隣を歩いているわけだが、健介ちゃんにわたしの姿は見えない。そのため、会話するのも端末越しとなっていた。

『うん…。他の人ならともかく、健介ちゃんには気を使わないですみそうだし♪』

 わたしがそう答えると、健介ちゃんは複雑そうな表情で項垂れてしまう。健介ちゃんは、なにをそんなに落ち込んでいるのだろうか…。しばらくそんな感じで喋っていたのだが、いつのまにかわたしの家が近づいていたことに気づく。

『あ…、着替えとか持っていきたいから、ちょっと待っててね〜♪』

 わたしは、健介ちゃんの返事も聞かずに、玄関へと走り出した。健介ちゃんの部屋に泊めてもらうにしても、最低限の準備は必要になるからだ。

 扉には、しっかりと鍵がかかっていた。どうやら、お母さんは、まだ病院から帰っていないようである。いや、入院したわたしに付き添っているのだから、今日も戻ってこないかもしれない。わたしは、カード端末で扉を開き、家の中へと入っていった。

 自分の部屋で、着替えなどを大きめのショルダーバッグに入れる。そして、何気なく部屋の中を見回してみた。

 慣れ親しんだ自分の部屋…。特別な理由があるとはいえ、この部屋から出ていくことになろうとは夢にも思わなかった。

 このまま元に戻れず、二度とここには帰って来られないのではないか…。そんな考えが浮かび、身体がガタガタと震えてくる。優子さんが時空のズレを修復する方法を見つけてくれない限り、そうなる可能性も捨てきれなかった。

『ダメダメ!』

 わたしは、不安を拭い去るように頭を振る。この先どうなるかはわからないし、いま考えても仕方のないことだ。

『さて…と、健介ちゃんも待っていることだし、急がなくっちゃ…』

 わたしは、そっと部屋を出ることにする。家の中の光景を脳裏に焼きつけながら、健介ちゃんが待っている玄関へと向かった。

 玄関まで来ると、健介ちゃんが立ち尽くしていた。わたしは、カード端末を取り出し、目の前の健介ちゃんに通信を入れる。モニターに映る健介ちゃんは、どこか複雑そうな顔をしていた。通信越しでしか会話ができないわたしを、哀れんでいるのかもしれない。わたしは、どう反応していいのかわからず、苦笑するしかなかった。


 プラネットメーカーの暴走という信じられない事故が起こったにも関わらず、夜のニュースでは詳細など一切報道されることがなかった。

 学園でニュースをチェックしていたときからおかしいと感じていたが、ここまで何もないことを考えると本当に報道規制がかけられているのかもしれない。普通なら、予定されていた番組がキャンセルになって、特別報道番組が放送されていたとしてもおかしくないからだ。

 もしかすると、優子さんが何らかの根回しをしてくれているのかもしれない。なんにしても、事故のニュースを見ずに済むのはありがたいことである。悲惨な状況を聞かされたりしていたら、いまごろ気分が滅入ってしまっていたはずだから。

 そのとき、部屋の扉が開いて、健介ちゃんが入ってくる。健介ちゃんは、二人分の食事を載せたお盆を持っていた。

「うぅ〜…。部屋で二人分食べるって言ったら、変な顔をされた…」

 健介ちゃんが言っているのは、おそらく遠野のおばさんと妹の七海ちゃんのことだろう。健介ちゃんは、お盆をテーブルに置き、急いで部屋の鍵を閉めた。

 突然部屋で…、しかも二人分を食べるというのだから、怪しまれない方がおかしい。さらに、わたしの姿や声は、普通の人には判別できない。端末越しとはいえ、側からみれば健介ちゃんがひとりで喋っているようにしか思えなかった。

『健介ちゃん、ごめんね〜。幽霊でも、おなかが減っちゃうみたいだから…』

 わたしは、苦笑しながらお腹をさする。ちなみに、いまは学校支給の携帯端末へ、優子さんから渡されたカード端末を差し込んで通信していた。これなら、テーブルに置いた状態で会話ができるからだ。

「協力者が必要って意味…、はじめてわかったよ…」

 健介ちゃんは、大きなため息をつく。

 魂の状態といっても、肉体が無いだけで、普通の人間と変わりないようである。お腹も減るし、おそらくは睡眠も必要となるはずだ。お母さんはしばらく家に戻ってこないだろうし、優子さんの言うように、協力者がいなければ途方に暮れていたことだろう。

『健介ちゃん…。ありがとね…』

 わたしは、健介ちゃんをジッと見つめ、あらためて感謝の言葉を伝えた。すると、健介ちゃんは、照れたようにそっぽを向く。

「ま〜、なんだ…。冷めないうちに、食っちまおうぜ!」

 クッションに腰を下ろした健介ちゃんは、黙々と食べ始める。

 わたしは、作ってくれた遠野のおばさんに感謝しながら、美味しそうな夕食をいただくことにした。


 夕食後…。わたしたちは、特に何をするわけでもなく、点けっぱなしのテレビを眺めていた。

 この時間になると、事故のニュースが放送されることもなくなっていた。これほどまでに無反応だと、昨日の事故自体が夢だったような気さえしてくる。もちろん、自分に起こっている現象を考えると、夢であるはずもないのだが…。

「ん〜…、ごほごほっ!」

 突然、健介ちゃんが空咳をする。健介ちゃんは、どこか落ち着かない様子で、ソワソワしていた。なんともいえない空気が漂うと、健介ちゃんはゆっくりと立ち上がった。

「あ〜…、ちょっとトイレ!」

 健介ちゃんは、そう言い残して、部屋を出て行ってしまう。この一時間で、いったい何回トイレに行くのだろう…。

『あ…、そうだ♪』

 わたしは、ショルダーバッグを開けて、替えの下着やバスタオルを取り出す。そして、健介ちゃん宛ての映像メールを録画した。

『先にお風呂を使わせてもらうからね♪』

 映像メールが送信されたのを確認して、わたしはお風呂場へと向かうことにした。

 健介ちゃん家のお風呂は、階段を降りた一階の奥にある。わたしは、誰も入っていないことを確認し、脱衣場で服を脱ぎ、急いで浴室へと入った。

 シャワーで汗を流し、少し熱めの湯船に浸かる。

『う〜〜〜ん♪』

 湯船で手足を伸ばすと、心地良い温かさが全身に伝わった。これで、魂だけの存在だというのだから信じられないものがある。そんなことを考えていると、脱衣場に誰かが入ってきたのを感じた。

『まずっ!』

 わたしは、顎までお湯に浸かり込む。当然、そんなことをしても姿が隠せるはずもない。焦りながら曇りガラスに視線を向けると、何者かは鼻歌交じりに服を脱いでいるところだった。

「おっふろ〜♪」

 扉を開けて入ってきたのは、わたしより二歳年下で健介ちゃんの妹、遠野七海ちゃんであった。七海ちゃんは、イスに腰を下ろして、やはり鼻歌交じりにシャワーを浴びはじめる。どうやら、完全にわたしの存在には、気づいていないようであった。

 しばらくすると、シャワーを浴び終えた七海ちゃんが、こちらに近づいてくる。

 一瞬、わたしの浸かっている箇所のお湯が、消えて見えないのではないかと焦ってしまう。しかし、七海ちゃんは、何事もないように湯船に入ってこようとした。おそらく、時空が微妙にズレているため、七海ちゃんのいる空間では、わたしが浸かっている場所にもお湯があるのだろう。

 七海ちゃんに存在を覚られずわたしがホッとしていると、再び脱衣場に何者かの気配を感じた。気配の主は、勢いよく浴室の扉を開けて、慌てた様子で大きく叫んだ。

「てめぇ! 風呂に入るって、いったい何を考えて!」

 それは、メッセージを見てすっ飛んできた、健介ちゃんであった。

『あ…』

 わたしがお風呂に入っているとわかっていて飛び込んできたのだ。健介ちゃんも、かなり焦っていたようである。

 だが、魂だけの状態で別次元に飛ばされたわたしの姿は、健介ちゃんに見ることはできない。健介ちゃんの瞳には、湯船に入ろうとしている七海ちゃんの姿だけが映っていたことだろう。

 可哀想に、七海ちゃんは、わけもわからず固まっている。いち早く状況を把握した健介ちゃんは、急いで浴室の扉を閉めた。その瞬間、七海ちゃんの悲鳴が辺りに響き渡る。

「いゃあああーーーーー! おにぃ〜ちゃんのスケベ! 変態ーーー!」

 七海ちゃんは、涙目になりながら叫び声を上げる。今回の一件で、健介ちゃんには、妹のお風呂を覗いたという不名誉なレッテルが貼られてしまった。

『健介ちゃん…、ごめんね〜』

 わたしは、苦笑気味に呟く。この後、健介ちゃんは、しばらく七海ちゃんに口を利いてもらえなくなってしまうのだった。



 土曜日の午後、なんちゃらプラネットの部員たちは、駅前の公園に集まっていた。プラネットメーカーの暴走に巻き込まれて入院している野乃原真菜…、つまり、わたしのお見舞いに行くためである。

 わたしは、いまだ昏睡状態にあり、その原因すら判明していないという。それもそのはず。わたしは、魂だけの状態で別次元へと飛ばされてしまい、肉体に戻ることができなくなってしまっていたからだ。

「そろそろ行こうか…」

 全員が揃っているのを確認して、神倉先輩が号令をかける。姿の見えないわたしがすぐ近くにいるなど、神倉先輩たちは夢にも思わないだろう。

『それにしても…』

 わたしは、複雑な心境となって項垂れてしまう。自分自身のお見舞いに向かうなど、かなり間抜けな気がしたのだ。

 事情を知っている健介ちゃんは、一緒に行かないほうがいいと言ってくれていた。でも、自分の状態を把握しておくことは、これからどうするかを決めるためにも必要となってくるだろう。

 そう…。いつまでも、このままでいるわけには、いかないのだから…。


 わたしが入院しているという病院は、駅から歩いて二十分ほどのところにある。

 特殊な事故に巻き込まれてしまったわけだから、専用の治療機関かと思っていたが、どうやら普通の総合病院に入院しているようだった。

 病院近くまでやってくると、突然、神倉先輩が隠れるように指示を出す。建物の陰から病院を覗くようにして、玄関前にマスコミがいないことを確認した。

「よし…。大丈夫みたいだ…」

 神倉先輩は、安心したように呟く。事故から日にちは経っていたが、余計なトラブルで騒がれるのは避けたほうがいいだろう。わたしたちは、安全を確認してから、神倉先輩を先頭に病院へと入っていった。

 病院の受付で病室を聞き、設置されている端末にパーソナルカードを通して面会の手続きをする。普段はあまり感じることのない病院内の雰囲気を味わいながら、なんちゃらプラネットの部員たちはわたしが入院している病室へと向かった。

「野乃原真菜…。ここだな…」

 神倉先輩は、壁のプレートを見て病室を確認する。さすがに団体部屋ではなく、個室に入院しているようであった。

「失礼します…」

 神倉先輩がドアをノックして病室に入っていく。わたしたちは、その後に続いた。

 通路を奥へと進んで行くと、かなり広い部屋に出た。その中央にベッドが置かれており、一人の少女が寝かされている。ベッドの周りには、様々な機械が並べられており、それらから伸びたいくつもの紐が少女と繋がっていた。おそらく、少女の容態をモニターしている装置なのだろう。

「あ…、健介くん…」

 呆然と立ち尽くすわたしたちに気づいたのか、ベッドの近くに座っていた女性が声をかけてくる。

「お見舞いに来てくれたのね…」

 それは、看病疲れで少しやつれたお母さんであった。お母さんは、ゆっくりと立ち上がり、わたしたちに近づいてくる。

「おばさん…」

 顔色の悪いお母さんを見て、健介ちゃんが心配そうに呟く。その瞬間、お母さんの手刀が健介ちゃんの額にヒットした。

「だぁあああ!」

 健介ちゃんは、両手で額を押えながら、しゃがみ込んでしまう。

「麻衣さんでしょ…、健介くん♪」

 お母さんは、健介ちゃんを窘めるように微笑む。その行動に、神倉先輩たちは唖然としていた。

『ちょっとお母さん!』

 わたしは、恥かしさのあまり、大きく叫んでしまう。もちろん、その声がお母さんに届くことはなかった。

「さぁ、みんなも入ってくださいね」

 お母さんは、先輩たちを招き入れる。病室の奥には、付き添いが休めるベッドもあり、訪れた人がくつろげるようにソファーも置かれていた。

「え〜っと、みんなは、真菜と同じクラブの人かしら?」

 それを聞いた神倉先輩たちは、慌てて自己紹介をはじめる。お母さんは、神倉先輩の名前を聞いて、意味ありげに微笑むのだった。

「それで…、真菜ちゃんの容態は…?」

 若葉先輩は、遠慮気味に問いかける。すると、お母さんが困ったように顔を横に振った。

 いろんな検査を行ったが、何の反応も見られなかったという。

「すみません…。ボクたちの所為で…」

 謝罪しようとする神倉先輩だったが、その言葉は、お母さんの笑顔によって遮られた。

「なにもあなたたちの所為じゃないでしょ。ただ、真菜の運が悪かっただけで…」

 お母さんは、優しく微笑みながら、とんでもないことを呟く。

「あなたたちが無事で、本当に良かったじゃない♪」

 あの日、部活が休みになっていなければ、ここにいた全員が事故に巻き込まれていたかもしれない。それを考えると、お母さんが言うように、わたしに運が無かっただけかもしれなかった。

 それにしても、実の娘が大変な状態だというのに、もう少し気の利いた言い方があるのではないだろうか…。わたしは、項垂れるようにして、大きなため息をついた。


 神倉先輩たちとお母さんが喋っているとき、わたしはそっとベッドに近づいてみる。そして、ベッドを覗き込んで、おもわず息を呑んでしまった。そこに寝ていたのは、まぎれもなくわたし自身であったからだ。

 目立った外傷は見られないものの、肌の色が青白く、とても生きているようには思えない。モニターされている心電図の音だけが、辛うじて生きていることを証明しているようであった。

 これまでは、どこか夢の中の出来事のように感じていた。しかし、目の前で寝ている自分を見つめているうちに、急激な不安に襲われてしまう。

 確かに、事故を起こしたプラネットメーカーは、優子さんが部室に泊まり込んで調べてくれている。だが、事故の原因を突き止めたところで、時空がズレた理由まで判明するのだろうか。その理由がわかったとしても、時空のズレを修復するのに、いったいどれぐらいの年月が必要となるのだろう。これから先も元の状態に戻ることができず、誰にも気づかれないまま死んでしまうのではないだろうか…。

 そんなことを考えているうちに、いつのまにか、わたしの瞳からは大粒の涙が溢れ出ていた。

 わたしが泣いていても、誰も慰めてくれない。何をしようとも、誰も気づいてくれない。わたしは、不安と孤独感に耐えられなくなり、逃げるように病室から飛び出してしまった。

 突然、誰もいないのに扉が開かれたため、神倉先輩たちは驚きの表情を見せる。ただ、健介ちゃんだけは何かに気づいたようで、慌てて病室を飛び出すのだった。


 どこをどう走ったのか…。わたしは、病院の中庭に来ていた。

 フラフラとさまよいながら、庭に聳える巨木に近づく。わたしは、巨木の根元にしゃがみ込み、両腕で顔を覆うように項垂れた。

『どうして、こんなことになったんだろう…』

 わたしは、ギュッと唇を噛み締める。こんな気持ちになるのなら、病院になんか来なければよかった。そう考えると、再び涙が溢れてきてしまう。

 自分がどんな状態なのかを知らなければ、少なくとも不安を覚えることがなかったはずだ。これまで通り、健介ちゃんの部屋で暮らし、端末越しに会話をして…。

 わたしは、空を見上げるように、後頭部を木の幹へ押し付けた。誰にも気づいてもらえない。誰とも喋れないことが、こんなにつらいものだとは思わなかった。

 もし、存在に気づいてくれる者がいたのなら、わたしはその人と離れないように憑いていくかもしれない。幽霊なんかは、みんな、こんな考え方をしているのだろうか…。

 そんなことを考えながら苦笑していると、ポケットのカード端末に着信が入った。端末を確認してみると、健介ちゃんからの通信のようである。

 一瞬、どうしようかと迷ったが、回線を開いてみることにする。モニターに浮かび上がったのは、汗をかいて息を切らせている健介ちゃんの姿だった。

『健介ちゃん…。病院内は、通信禁止なんだよ〜…』

 わたしは、無意味なことを呟く。二十年前ならともかく、通信等による治療機器の誤作動対策は取られているからだ。

「なぁ〜に言ってるんだ…」

 なぜか、健介ちゃんの声が二重に聞こえてくる。驚いて顔を上げてみると、息も絶え絶えな健介ちゃんが目の前にいた。

「はぁはぁ…。やっぱり、ここにいたんだな…」

 健介ちゃんは、わたしを見つけて、嬉しそうに微笑んだ。

『健介…ちゃん…?』

 健介ちゃんには、わたしの姿は見えないはずである。通信もしていないのに、どうして居場所がわかったのだろうか。

「けっ、おまえの考え方は、自分で思っているよりも単純なんだよ…」

 健介ちゃんは、腕で汗を拭いながら呟く。

「入院してる自分を見て、不安になったんじゃないか?」

 健介ちゃんは、わたしの心をずばり言い当てた。

「それに、真菜が落ち込むときは、昔っからこんな木の下だって決まってるからな♪」

 その笑顔を見た瞬間、わたしは涙が止まらなくなってしまった。

 誰にもわたしの存在が気づかれなくなったわけじゃない。わたしに気づいてくれる人は、こんなにも近くにいたのだ。

『健介ちゃん!』

 わたしは、おもわず健介ちゃんの胸に飛び込んでしまう。わたしが触れることで、健介ちゃんが消えてしまう可能性も考えられた。それでもわたしは、感情を優先させて、おもいっきり健介ちゃんに抱きついた。

「ちょっ、真菜!」

 姿は見えないが、抱きつかれた感覚はあるようで、健介ちゃんは激しく慌てまくる。

「えっ…?」

 そのとき、健介ちゃんの瞳には、わたしの姿が浮かび上がって見えた。だが、ほんの一瞬のことで、わたしの姿は再び見えなくなってしまう。

 そのことは、もしかすると時空のズレを修復するヒントなのかもしれない。しかし、わたしに抱きつかれた健介ちゃんは、それどころではなさそうだ。

 健介ちゃんは、顔を真っ赤にさせながら、あたふたしてしまう。ただ、わたしの姿は見えないため、傍目からはかなり挙動不審に映っていたことだろう。

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