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第二話 プラネットメーカーの開発者

2004/06/29〜2004/10/28 連載作品

 屋上に出たわたしは、ベンチに座って空を見上げる。昨日と同じような真夏日だというのに、どういうわけか暑いと感じることはなかった。

 わたしは、携帯端末を操作して、ニュース速報を受信してみる。事故の記事を検索しようとしたのだが、その必要はまったくなかった。

『プラネットメーカーの暴走…。女子高校生が爆発に巻き込まれて、意識不明の重体…』

 わたしは、最前列にあった記事を選択し、記事内容を表示させてみる。

 記事によると、プラネットメーカーが謎の大爆発を起こし、部活に出ていた女子高校生が巻き込まれてしまったという。名前は伏せられていたが、重体の女子高校生とは、間違いなくわたしのことだろう。

 本当のわたしは、病院で入院しているらしい。意識不明の状態ではあるが、わたしはまだ生きているという。なら、いまのわたしは、生霊とでもいうのだろうか…。

 何にしても、最悪の事態は免れているようで、わたしはほっと息をつくのだった。


 わたしが屋上で佇んでいたころ、なんちゃらプラネットの部室に、やたら違和感のある人物が現れていた。白衣を纏ったわたしと同年代ほどの女の子で、顔の半分が隠れるほど大きなぐりぐりメガネをしている。少女が現れると、なぜか調査をしていた研究者たちの緊張が高まった。

「異常のあったシステムは、これ?」

 少女は、爆発を起こしたプラネットメーカーを見上げる。すると、一人の研究者が調査結果を報告した。

「システムリセットがされてるから、何があったのかわからないわけね〜…」

 少女は、メインコンソールのパネルに指を走らせる。パネルを軽やかに操作すると、意味不明な記号が羅列したモニターが浮かび上がった。その記号とは、どうやら異世界の言葉で書かれたシステムログのようである。

 システムログは、もの凄い勢いで上へと流れていく。少女は、それをジッと見つめながら、しきりに頷きを繰り返していた。

「如月さん…。なにか、わかりましたか?」

 研究者は、恐る恐る少女に声をかける。如月と呼ばれた少女は、唸り声を上げながら頭をかく。

「う〜ん…。重力値が異様に高くなってるけど、何が起こったかまではわからないかな〜…」

 少女は、そっとグリグリメガネを外す。あらわとなったのは、信じられないほど可愛い少女の素顔だった。

「まぁ、このシステムを造った当人としては、事故の原因を意地でも見つけてみせるけどね〜」

 少女がにっこり微笑むと、途端に研究者たちの顔も緩んでしまう。

 彼女の名前は、如月優子…。後に知ることとなるのだが、いまから二十年ほど前、プラネットメーカーを世に送り出した人物であるという。


 学園内にチャイムが響き、一時間目の授業が始まった。といっても、予定されていた授業が行われるわけではない。昨日の事故について、学園長による説明がされたのだ。

 わたしは、学園長の映像を、携帯端末で受信する。その説明によると、事故調査のため、プラネットメーカーを研究している研究員や、システム開発者が来ているという。おそらく、部室で見かけた白衣の人たちがそうだったのだろう。

 学園長は、一人の女子生徒が意識不明の重体で入院していることを告げる。そして、事故原因がはっきりしてプラネットメーカーに何の異常も無いと判るまで、なんちゃらプラネットの活動が禁止されてしまった。

『そ、そんな!』

 わたしは、自分のことより、部活が禁止されたことにショックを受ける。

 プラネットコンテストの出場を目指しているなら、この時期の活動停止は致命的といえた。

 もちろん、わたしが原因で事故が起こったわけではない。わたしがあの場にいなくても、ブラックホールは発生して、事故が起こったはずである。しかし、ただの事故と人身事故では、周りに及ぼす影響力が桁違いであるようだ。

『う〜ん…、なんとかしないと…』

 わたしは、両腕を組んで唸り声を上げる。そうは言っても、中途半端な幽霊状態では、どうすることもできないかもしれない。そんなことを考えながら何気なく地上を見てみると、通路を渡って北校舎にやってくる人影が目に入った。わたしは、屋上の金網にしがみ付き、その人影をジッと凝視する。

『神倉…先輩?』

 それは、なんちゃらプラネットの部長、神倉昴先輩であった。すぐ隣には、神倉先輩の幼馴染みで副部長でもある、夏樹若葉先輩もいた。

 授業中だというのに、いったいどうしたというのだろう。二人は、そのまま北校舎の中へ入ってしまった。わたしは、急いで二人の後を追うことにする。もしかすると、事故を調査している開発者に、呼び出されたかもしれないと思ったからだ。


 わたしの予想通り、神倉先輩たちは、なんちゃらプラネットの部室へとやって来ていた。

 部室に着くと、神倉先輩たちはその光景に愕然としてしまう。事故以来、立入禁止となっていたため、部室に入ったのもこれが始めてだったのだろう。

「真菜…ちゃん…」

 若葉先輩は、おもわず涙ぐんでしまう。あまりにも酷い爆発の痕に、巻き込まれたわたしのことを心配してくれているようだ。

 よろける若葉先輩を、神倉先輩が優しく支える。普段ではあまり見られない二人の様子に、わたしの胸はチクリと痛むのだった。

「あなたたちがこのクラブの生徒代表ね…」

 そこに、わたしたちと同い年ほどの少女が現れる。

「はじめまして…。わたしがプラネットメーカーを開発した如月優子です♪」

 優子さんは、にっこりと微笑んで、神倉先輩に握手を求めた。

「如月…、優子さん?」

 神倉先輩は、小首を傾げながら握手を返す。それもそのはず。彼女は、いまから二十年ほど前に活躍していたアイドルグループ、SPINELの優子とそっくりな顔をしていたからだ。

 もちろん、二十年前のアイドルがそのままの姿で存在するはずもない。おそらく、SPINELのファンだった親が、彼女と同じ名前を付けたのだろう。それにしても、本当に瓜二つであった。

「さっそくだけど…」

 優子さんは、倒れていた椅子を起こして腰をかける。

「昨日、爆発が起こる直前に、巻き込まれた子から通信があったんだよね…」

 優子さんは、まるで尋問をしているように問いかけた。

 それを聞いた若葉先輩は、驚いたように神倉先輩を見つめる。わたしは、いまにも火が出てしまいそうなほど、顔が真っ赤になってしまった。

 神倉先輩は、ゆっくりと頷いて、携帯端末を机に置く。

「昨日は部活を休みにしたんですが、なぜか野乃原さんは部室にいたみたいで…」

 そう言って、神倉先輩は通信履歴を再生した。

 優子さんは、昨日の通信を食入るように見つめている。他の人に通信を見られるのは、とても恥かしいものである。しかも、その通信でのわたしは、もの凄く舞い上がっていた。わたしは、両手で頭を抱えるように悶えてしまった。

「なるほど…。プラネットメーカーに変化が現れて連絡をしてきた…。で〜、異常に気づいて、何かをしようとしたわけね〜…」

 驚いたことに優子さんは、わたしの言葉と聞こえてくる周りの音だけで状況を判断する。そして、唸りながら、こちらの方をジッと見つめた。

『えっ?』

 わたしは、優子さんの視線に焦ってしまう。いまのわたしは、似非幽霊状態で、他の人たちには姿すら見えないはずである。現に神倉先輩たちは、優子さんがどこを見ているのかを確認して、不思議そうにしていた。

「神倉くんに夏樹さん…だったわね。ありがとう。もう授業に戻っても構わないから♪」

 優子さんは、神倉先輩に視線を戻して、にっこりと微笑む。

「あ、そうだ。さっきの通信履歴だけは、こちらで回収させてもらいますね…」

 優子さんは、小型の端末から細いコードを伸ばし、神倉先輩の携帯端末に接続する。素早くパネルを操作して、昨日の通信だけを自分の端末に移動させた。

「はい♪」

 優子さんは、携帯端末を神倉先輩に手渡す。受取った神倉先輩は、やや複雑な表情をして、優子さんにある質問をした。

「あの…。プラネットメーカーの爆発は、ボクたちの設定に問題があったのでしょうか?」

 神倉先輩は、そんなことを呟く。一部のニュースでは、わたしたちが無茶な設定をしたため、今回の事故が起こったと伝えられていたからだ。

「まぁ、わたしはそれを調べるために来てるんだけど…」

 優子さんは、心配そうにしてる神倉先輩をチラリと見る。

「仮にそうだったとしても、それはあなたたちの所為じゃないわ♪」

 プラネットメーカーが発売されて約二十年間、システムが不具合を起こしたという報告は一切されていない。プラネットメーカーとは、それほどまでに完成されたシステムであり、ユーザーが無茶な設定をした程度では、不具合など起こるはずもなかった。

 このような事故が起こるなど、まさに天文学的確率といえる。そのため、システム開発者である優子さんが直々に調査に来たのだろう。

 あまり納得した様子もないまま、神倉先輩たちは部室を出ようとする。わたしがその後をついて行こうとすると、誰かに襟元を掴まれて、仰け反るような体勢となってしまった。

 驚いて振り向くと、優子さんがわたしの襟元をしっかりと握っている。

「あなたは残ってね♪」

 優子さんは、見えないはずのわたしに向かって、にっこりと微笑む。神倉先輩たちは、自分たちに声をかけられたと思い、困ったような顔をして振り返った。

「あ〜ぁ、あなたたちはいいのよ♪」

 わたしの姿が見えない神倉先輩たちには、優子さんの行動がとても奇妙に映ったようである。神倉先輩たちは、頻りに小首を傾げながら、部室を後にするのだった。



「それで…、あなたが野乃原真菜さんね♪」

 優子さんは、それが当然であるかのように声をかけてきた。突然、ひとりごとを始めた優子さんに、他の研究者たちは怪訝な顔をする。

「あぁ〜、気にしないで調査を続けてね〜…」

 優子さんは、苦笑気味に呟いて、わたしを引きずるように部室の外へと向かった。

『あ、あの〜…』

 わたしたちは、誰もいない中庭までやって来る。そこで、いかにも間抜けな質問をしてしまった。

『わたしが見えるんですか?』

 これまでの態度からすると、見えているに決まっている。しかし、どうしても聞かずにはいられなかった。

「変なことには慣れてる…っていうか、いまやわたしの存在も超常現象…?」

 優子さんは、意味不明なことを呟いて、なぜか項垂れてしまった。

「ねぇ…。わたしって何歳ぐらいに見える?」

 優子さんは、おかしな質問をしてくる。わたしが同い年ぐらいだと答えると、優子さんはさらに泣きそうな顔となった。

「今年、三十八歳になります…」

 最初は何かの冗談かと思っていたが、パーソナルカードの生年月日データを見て、おもわずぶっ飛んでしまった。優子さんの説明通り、生まれた年は、いまから約三十八年前を証明している。信じられないことではあるが、優子さんは普通の人間ではないらしい。

『だから、幽霊になったわたしを、見ることができるんですね…』

 わたしは、優子さんにそのような霊能力があるのかと思っていた。しかし、どうやらそうではないようである。

「あなた…、幽霊じゃないわよ…」

 優子さんは、わたしの考えをずばり否定した。

「いまのあなたは、幽体でも霊体でもない…」

 なぜか、優子さんは困った顔をする。

「なんていうか〜…。あなたの魂は…、この次元に存在してないのよ〜」

 うまく説明できないのか、優子さんは奇妙な手振りを加えた。

『………。…はぁ?』

 もちろん、わたしに理解できるはずもない。魂がこの次元に存在していないとは、いったいどういうことなのだろう。

「つまり〜…。爆発があったときに何らかの力が働いて、肉体を離れた魂だけが、こことは少しだけ違う世界に飛ばされちゃったのよ」

 優子さんの説明では、わたしの肉体と魂の間に、時空のズレのようなものが生じているらしい。そのズレを修復しない限り、わたしの肉体と魂は重なることがなく、一生このままの状態であるという。

『でも、わたしはここに存在してるし…。物だってちゃんと持つことができるんですよ!』

 わたしは、自分の携帯端末を取り出す。他の人には見えなくなってしまったが、しっかりと手に持つことができるのだ。

「う〜ん…、ごめんなさいね〜。わたしもそっちの専門家じゃないから、よくわかんないのよ…」

 優子さんは、困った顔で苦笑してしまう。

「お兄ちゃんが生きていたら、もっと詳しく話が聞けたはずなんだけど…」

 途端に、優子さんが寂しそうな顔をする。そんな様子を見たわたしは、それ以上、何も聞くことができなくなってしまった。


 なんにしても、わたしがこうなった原因を調べるためには、プラネットメーカーの異常を解明する必要があるようだ。わたしは、優子さんに事故の詳細を説明した。

 ブラックホールと思われる謎の球体や、暴走を止めようとリセットボタンを押したこと…。優子さんは、わたしの話しを黙って聞いてくれていた。

『それで、気がつけば自分の部屋で寝ていたんです…』

 よく考えてみれば、それもおかしな話しである。魂の状態で家に帰ったとしても、それまでの記憶がまったく無いのだから。

「事故による記憶の混乱は、よくあることだし…」

 優子さんは、そのことにあまり関心がなさそうである。

「そんなことより〜…。あなた、あの神倉くんって男の子、好きなんでしょ〜♪」

 最初、優子さんが何を言っているのかわからなかった。それを理解したとき、まるで漫画のように、顔から火が出てしまった。

「でも、神倉くんって鈍そうだから、もっと積極的に自分の気持ちを伝えないとダメだよ♪」

 わたしがあたふたしている間も、優子さんの恋愛話は続いていた。

『ちょっ! ななな、なんでそんな話になるんですかーーー!』

 涙目で抗議すると、優子さんはにんまりと微笑む。わたしは、恥ずかしくなって、おもわず顔を伏せてしまった。

「あ…。まずは元の姿に戻らないと、告白もできないか〜」

 優子さんは、からかうように呟く。神倉先輩に告白をするなんて、考えただけでも胸が張り裂けてしまいそうだ。

「それに…。本当にあなたのことを想ってくれている人は、もっと身近にいるかもしれないしね♪」

 そう言って、優子さんは、ベンチに置いてあったわたしの携帯端末を手にする。携帯端末には、メールの着信を知らせるアイコンが点滅していた。

 いつのまに休憩時間となっていたのだろう。どうやら、時空のズレがあっても、メールは受信できるようであった。

『健介ちゃんからだ…』

 わたしは、メールの差出人を確認して、驚きの声を上げてしまう。健介ちゃんからメールをもらうなんて、初めてのことであった。

『わざわざメールをくれなくても、通信してくれば…』

 そこまで口にして、わたしは自分がどんな状態なのかを思い出す。通信しようにも、わたしは意識不明の重体で、入院していることになっているからだ。

 健介ちゃんは、いったいどんな想いで、このメールを送ってきたのか…。わたしは、モニターのアイコンに触れ、メールを再生させてみた。

 それは、十秒ほどの映像メールであった。モニターに映った健介ちゃんは、とても哀しそうな顔をしている。何をするでもなく、ただ視線を泳がせるようにしていた。そして、一言も喋ることなく、映像メールの再生は終了してしまう。わたしは、意味もわからず、小首を傾げてしまった。

「なるほどね〜♪」

 映像メールを覗き込んでいた優子さんは、どういうわけか嬉しそうに微笑んでいる。

「この健介ちゃんとは、どういったご関係〜?」

 わたしが健介ちゃんとの関係を説明すると、優子さんは真面目な表情で考え込んでしまう。

「幼馴染み…ねぇ〜」

 優子さんは、突然、わたしから携帯端末を奪い取る。

「え〜…。大事な話があります。急いで北校舎の屋上まで来てください…っと♪」

 目にも留まらぬスピードで文字入力を始め、なんの躊躇いもなく健介ちゃんへの送信ボタンを押してしまった。

『あの〜…、優子さん?』

 あまりのことに呆然としていると、優子さんはわたしの手を取ってにっこりと微笑む。

「さぁ〜て、屋上に行きましょうか〜♪」

 優子さんは、わたしの意思を確認することもなく、問答無用に歩き始めるのだった。


 わたしは、優子さんに連れられて、再び北校舎の屋上へとやって来た。もちろん、わたしたち以外には、誰の姿も見当たらない。

 優子さんは、無言で校舎の端へと向かい、金網越しから街並みを眺めた。懐かしそうに…、そして、とても淋しそうにしている。そんな様子に、わたしは声をかけるのを躊躇ってしまった。

「意外に、早かったわね…」

 そう呟いて、優子さんは振り返る。

 鉄製の扉が大きく開き、息を切らせた健介ちゃんが現れた。健介ちゃんは、辺りを見回して、誰かを捜しはじめる。

「真菜!」

 健介ちゃんは、わたしの名前を叫びながら屋上へと入ってくる。しかし、優子さんしかいないことがわかると、奥歯を噛み締めるような表情で、つかつかとこちらに向かってきた。

「あなたが健介ちゃんね〜♪」

 優子さんは、怒りの視線を軽やかに交わしながら、わたしの携帯端末を左右に振った。その瞬間、健介ちゃんの瞳がひときわ大きく開かれる。

『あ、あのね、健介ちゃん…』

 慌てて理由を説明しようとしたのだが、やはりわたしの声は健介ちゃんに聞こえていないようである。

「てめぇ〜…、いったいどういうつもりだ…」

 突然、健介ちゃんは、優子さんの胸倉を掴む。完全にからかわれたと思ったのか、健介ちゃんは、いまにも殴りかかりそうな勢いであった。

「てめぇが真菜の携帯使って、メールを送ってきたのか!」

 こんなに怒っている健介ちゃんは、これまで見たことがない。健介ちゃんは、優子さんを金網に押し付け、拳を大きく振り上げた。

『健介ちゃん! やめてーーー!』

 悲しいことに、わたしの叫びが健介ちゃんに届くことはない。健介ちゃんの拳が優子さんの顔に迫る。その衝撃的な光景は、スローモーションのように流れた。

 だが、拳が顔に当たろうとした瞬間、優子さんの身体は陽炎のように消えてしまう。

 呆然と立ち尽くすわたしと健介ちゃん…。

「やれやれ、いきなり殴りかかってくるなんて…」

 どこからか、優子さんの呆れた声が聞こえてくる。

「ちっ! どこに隠れやがった!」

 優子さんの声を聞いた健介ちゃんは、辺りを見回して怒鳴り声を上げた。しかし、優子さんの姿は、どこにも見当たらない。

 そのとき、わたしは地面に映る影の存在に気づく。どうやら健介ちゃんも気づいたようで、わたしたちは同時に空を見上げた。

「やっほ〜♪」

 屋上から十メートルほど離れた空…。優子さんは、そんな空中に浮かんでいた。しかも、優子さんの背中からは、鳥のような一対の翼が伸びている。純白の翼を持つその姿は、まるで、古い宗教画などに描かれている天使のようであった。



『て…、天使?』

 唖然としているわたしたちの前に、天使の姿をした優子さんが舞い降りる。

「健介ちゃん。暴力はダメだよ♪」

 優子さんは、顔を引きつらせている健介ちゃんに苦笑しながら、そう呟いた。

「いまから、野乃原真菜さんがどうなっているか、ちゃんと説明するから…」

 それを聞いた健介ちゃんの顔色が急変する。

「なっ! 真菜がどうしたって!」

 健介ちゃんは、翼の消えた優子さんに詰め寄った。優子さんは、そんな健介ちゃんを落ち着かせるように、にっこりと微笑む。そして、自分がプラネットメーカーの開発者であること、わたしが魂だけの状態で別の次元に飛ばされてしまったことを伝えた。

「信じられないかもしれないけど、真菜さんはいまもここにいるの…」

 疑いの眼差しで見つめられ、優子さんは苦笑気味に頭をかく。

『あの〜…。それを信じろっていう方が難しいのでは?』

 わたしの姿は、健介ちゃんに見えていないはずである。もし、健介ちゃんと逆の立場だったら、わたしも信じることができなかっただろう。

「そうね〜…。真菜ちゃん、あなたと健介ちゃんだけしか知らない、二人の秘密ってないの?」

 優子さんは、困ったように問いかけてくる。わたしが過去の記憶を思い出そうとしていると、突然、健介ちゃんが怒り声を上げた。

「騙されないぞ! そんなことを言って、事故の責任逃れをするつもりだろっ!」

 健介ちゃんは、優子さんを指差して、吐き捨てるように叫んだ。すると、健介ちゃんの態度にカチンときた優子さんは、額に怒りマークを浮かべて不気味な笑みを浮かべる。何もない空間から、宝石のような美しい剣を取り出し、健介ちゃんの鼻先に突きつけた。

「あなたが死んで幽霊にでもなれば、わたしの言っていることが本当だって信じてもらえるかしら。それに、真菜ちゃんの姿も、はっきり見えるようになるかもしれないわね…」

 優子さんの迫力に、健介ちゃんは真っ青となる。そのことに満足したのか、優子さんは剣を収め、にっこりと微笑んだ。

「とはいっても…、証拠がないと信じられないでしょうから…」

 優子さんは、手に持っていた携帯端末を、こちらに投げてくる。

「別次元でもメールが届いたわけだから、通話もできるんじゃない?」

 そういって、健介ちゃんと通信するように指示を出してきた。


『なるほど…』

 わたしは、携帯端末のアドレス帳から健介ちゃんを呼び出してみる。しかし、携帯端末は、何の反応もしない。

『あ…。授業中だから、個人回線は使えないんだ』

 いつのまにか、二時間目の授業がはじまっている。学園の備品である携帯端末では、個人目的での通信が遮断されてしまうのだ。

「それじゃあね〜」

 優子さんは、懐のポケットをゴソゴソとしながら、二枚のカードを取り出す。

「これを使ってみて♪」

 そのカードを、わたしと健介ちゃんに、それぞれ手渡してくれた。

「うおっ! これって、もしかして!」

 健介ちゃんが驚くのも無理はない。優子さんから渡されたカードは、数年後には実用化されると噂されている、次世代の情報端末であったからだ。

「最初にデータをセーブさせるから、携帯端末の拡張スロットにそのカードを差し込んでみて♪」

 優子さんに言われたままカードを差し込むと、わずか数秒でセーブが完了する。

「個人情報もセーブされたから、これからはこのカード端末がパーソナルカードの代わりになるからね♪」

 そして、優子さんは、簡単な操作説明をしてくれた。

 わたしは、親指と人差し指の側面で、カードを挟み込むように持つ。すると、空中に半透明なモニターが浮かび上がった。だが、操作系のパネルは一切現れない。何をしたいかという意思を、親指で触れている端子が読み取る仕組みになっているようだ。

「慣れるまでは、頭の中で“なになに起動♪”とか、実際に考えるようにしてね」

 優子さんは、追加の説明をする。慣れてしまえば、軽く思うだけでそれぞれの操作が出来てしまうらしい。

『え〜っと…』

 わたしは、苦労しながらアドレス帳を呼び出し、健介ちゃんに通信を試みる。すぐ近くで着信音が響くと、驚いた健介ちゃんが回線を開いた。

『あははっ…。健介ちゃん、おはよ〜』

 苦笑しながら挨拶をすると、健介ちゃんの瞳から大粒の涙が溢れ出す。

『えっ、ちょっ、健介ちゃん! なに泣いてるのよ〜!』

 わたしは、健介ちゃんの涙に、あたふたしてしまう。健介ちゃんが泣いているところなんて、久しぶりに見た気がした。

「ねぇ〜♪ 真菜ちゃんは、ちゃんとここにいるでしょ〜♪」

 優子さんは、わたしの背後から、通信の映像に割り込む。わたしと同時に映っている優子さんを見て、健介ちゃんは愕然とする。手元の映像と、優子さんの立っている位置を交互に見て、口をパクパクさせていた。

「真菜…。おまえ、本当にいるのか?」

 健介ちゃんは、信じられないといったふうに、目を丸くして驚いている。意識不明の重体で入院しているはずのわたしと会話しているのだから、当然の反応といえるかもしれない。

『うん…。目が覚めたらこんな状態になっていたけど、ちゃんと健介ちゃんの前にいるよ…』

 わたしは、モニターに釘付けとなる健介ちゃんの姿を見る。すぐそばにいるのに、カード端末で通信しているなんて、なんだかとても間抜けな感じがするのだった。


「これで、わたしが怪しい電波を受信してないことがわかったわね♪」

 優子さんは、にっこりと微笑む。ちなみに、カード型端末も、優子さんが開発しているものらしい。

『電波はいいんですが…、優子さんに生えていた翼の方は…?』

 健介ちゃんとのやりとりで有耶無耶になってしまったが、わたしは優子さんに生えていた翼がかなり気になっていた。あのような立派な翼、服の中にも隠しておけないはずである。

「いや〜…、その話は置いといて〜」

 優子さんは、大汗を流しながら、荷物を横にのける動作をする。普通ではないと判っていたが、まさか天使だとは思わなかった。

「で〜、健介ちゃん。真菜ちゃんが元に戻れるまで…、あなたが面倒を見てあげてね♪」

 突然、優子さんの口からとんでもない言葉が聞こえてくる。その瞬間、周りの時間が止まったかのように、わたしと健介ちゃんは固まってしまった。

「………、はぁ?」

 健介ちゃんが間抜けな声を上げる。

「ま、真菜を…、オレ…が…?」

 健介ちゃんは、カクカクした動きで、優子さんを見つめた。

「こういった超常現象には、当事者のことをよく理解している協力者が必要なの。それに、こんな状態で自分の家に戻っても、ご家族が混乱して哀しむだけだから…」

 優子さんは、真顔でもっともらしいことを呟く。

「真菜ちゃんも、しばらくは健介ちゃんの部屋で寝泊りしてね♪」

 さきほどまでと違い、とても楽しそうにわたしの肩を叩いた。

「ちょっ…、部屋で一緒にーーー! ままま、真菜はそれでいいのか!」

 反応の少ないわたしに向かって、健介ちゃんが大きな声で叫ぶ。

 確かに、こんな状態でお母さんに会えるはずもない。無事だと伝えたかったが、それも控えたほうがよさそうである。

『じゃあ、健介ちゃんのところでご厄介になろうかな〜…』

 わたしが答えると、なぜか健介ちゃんはずっこけてしまう。

『け…、健介ちゃん?』

 いったい、どうしたというのだろうか…。健介ちゃんは、顔を真っ赤にさせて、プルプルと震えていた。

「決まりだね♪」

 優子さんは、パチンと柏手を打つ。

「そうそう、真菜ちゃんが元の姿に戻るまで、健介ちゃんだけの秘密にしておくこと♪」

 どういうわけか、お母さんだけでなく、神倉先輩や瑞希たちにも黙っておくことになった。

「あと〜…」

 優子さんは、健介ちゃんに近づいて、わたしには聞こえない小さな声で囁く。

「二人っきりになるからって、真菜ちゃんにいたずらしちゃダメだよぉ〜♪」

 その言葉に、健介ちゃんの頭が爆発した…ように見えた。優子さんは、健介ちゃんの反応を楽しむように、クスクスと笑っていた。

「はぁ〜…」

 からかわれて疲れたのか、健介ちゃんは大きなため息をつく。

「なんで、こんなことになったんだろう…」

 健介ちゃんは、視線を泳がせて、どこか遠い方角を見つめていた。


『あ、優子さん…。学園のプラネットメーカーって、どれぐらいで使えるようになりますか?』

 わたしは、なんちゃらプラネットの活動が禁止されてしまったことを思い出す。事故調査が終って安全と確認されないことには、部活を再開することができないからだ。

「あなたたち、プラネットコンテストに出るつもりなの?」

 優子さんの問いかけに、わたしたちが頷く。

「でも、今回の事故は、簡単に原因がわかる問題じゃないと思うの…。少なくても、一ヶ月…いえ、二ヶ月はかかるんじゃないかな〜」

 それは、コンテストを目指すのに、絶望的な期間であった。

『そんな〜…』

 わたしは、ガックリと項垂れてしまう。状況は、どんどん悪い方へと向かっている気がした。

「まぁ〜、プラネットメーカーが使えたって、部活が禁止されてるんじゃな〜…」

 健介ちゃんの言葉は、わたしをさらに落ち込ませた。

「あら、それなら学園の部活じゃなかったら良いんじゃない?」

 突然、優子さんがそんなことを言い出す。

「個人的に集まって、別のプラネットメーカーを使えば、誰にも文句はいえないでしょ」

 そう言って、優子さんは、紙の切れ端に何かを書き始める。

「ここにわたしの使っていたプラネットメーカーがあるから、コンテストに出場しようと考えてるなら挑戦してみることね♪」

 渡された紙には、ある住所が書かれていた。

「なんだったら、夏休みに集まって合宿みたいなことをしてみる? けっこう大きな家だから、十数人程度なら問題ないと思うよ」

 優子さんの提案は、いまのわたしたちにとって、とても魅力的なものだった。神倉先輩たちの都合がつくなら、それも楽しそうである。

 この先、どうなるかはわからなかったが、一応お願いしておくことにする。そこで信じられない出会いがあろうとは、このときのわたしは夢にも思わなかった。

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