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第一話 なんちゃらプラネット

2004/06/29〜2004/10/28 連載作品

ショウとアリスの壮絶な闘いから20年後の世界

Crystal Legend シリーズからは、優子、リウム、飛鳥がゲスト出演します


同一作者小説紹介

★Crystal Legend シリーズ★ 「Crystal Legend 7_2 〜トルマリンの胎動〜」、「Crystal Legend 7_3 〜はじまりの時代〜」、「Crystal Legend 7_4 〜もしかして怪談?〜」

★超獣神グランゾル シリーズ★ 「超獣神グランゾル」、「鳳凰編」

★なんちゃらプラネット シリーズ★ 「なんちゃらプラネット」

★美咲ちゃん シリーズ★ 「〜もしかして怪談?〜」

★4コマ劇場 シリーズ★ 「桜のひみつ」、「ラズベリル☆ショート劇場」


 夏休みも間近となった七月中旬…。朝だというのに、陽射しは容赦なく地面を熱している。

 茹だるような暑さの中、わたし野乃原真菜は、幼馴染みで同級生の遠野健介ちゃんと一緒に、早足で学園へと向かっていた。

「はぁ〜…」

 健介ちゃんが見せつけるようなため息をつく。

「真菜さんは、もう少し早く起きれないもんですかね〜…?」

 健介ちゃんは、やや呆れ口調で呟いた。

「そ、そんなこと言ったって〜…」

 わたしは、苦笑気味に呟く。というのも、わたしは朝が苦手で、健介ちゃんに起こされることが多かった。いや…、毎朝のように起こしてもらっているといったほうが正しいかもしれない。

「普通は逆だろ! オレが寝過ごしていたら、幼馴染みの女の子が優しく起こしに来てくれるってパターン!」

 健介ちゃんは、なぜか泣きそうな顔をする。そんな大声で叫ばれても、わたしにはどうすることも出来ない問題であった。

 もちろん、わたしも早起きの努力はしている。目覚まし時計は三分刻みで五つほどセットしているし、ステレオの自動再生も活用していた。それでも起きられないのだから、仕方のないことだと諦めてもらうしかない。

「ほら健介ちゃん。早く行かないと遅刻になっちゃうよ!」

 わたしは、話を切り上げるようにして、歩くスピードを速める。後方では、健介ちゃんが“いったい誰の所為だ!”と叫んでいた。

『健介ちゃん…、ごめんなさ〜い…』

 これ以上話し込んでいると本当に遅刻してしまう。わたしは、心の中でそっと謝っておくことにした。


 十五分ほど歩くと、いくつもの立派な校舎が見えてくる。初等から高等までの総合学園、人間神飛鳥さまが通っていたことでも有名な、私立白鳳学園である。わたしと健介ちゃんは、この春から白鳳学園の高等部に通っていた。

 …といっても、白鳳学園はエスカレータ式の学校なので、簡単なテストを受けるだけで進学することができる。ただし、受験入学や年度途中での転入には、よほどの成績を収めないといけないらしい。それを考えると、“地元で良かったな〜”と、あらためて思ってしまうのだった。

 わたしが何気なく学園を眺めていると、突然、背中から誰かが抱きついてくる。驚いて振り向くと、わたしたちの後輩である鷲崎瑞希がにっこりと微笑んでいた。

「マナ先輩、おはようございます〜♪」

 瑞希は、元気良く挨拶をする。

「マナ先輩は、今日もかわいいですね〜〜〜♪」

 そう言って、瑞希はわたしに頬擦りをしてきた。わたしは、その攻撃におもわず苦笑してしまう。

「あははっ、瑞希は今日も元気だね〜」

 瑞希のハイテンションには、時々ついていけないところがある。いったい、どこからそんな元気が湧き出てくるのだろう。

「おい瑞希…。オレには挨拶なしかよ?」

 完全に無視されていた健介ちゃんが、ムッとした表情で呟く。すると、瑞希は健介ちゃんに視線を向け、無表情に挨拶をした。

「あ…、健介…。おはよう…」

 瑞希の態度に、健介ちゃんが怒りだす。

「って、オレは呼び捨てかーーー!」

 かなり怒っているように見えるが、健介ちゃんも本気ではない。軽いノリのコミュニケーションといえるだろう。

「健介は、健介で充分でしょ!」

 瑞希は、歯を剥き出しにして、健介ちゃんを睨みつける。明るくて誰にでも優しい瑞希だったが、なぜか健介ちゃんには敵対心を持っているようだ。そのわけを聞いてみたこともあるが、瑞希は教えてくれなかった。

「だいたい、ただの幼馴染みってだけで、毎日毎日マナ先輩と登下校しちゃったりなんかして〜…」

 瑞希は、何をそんなに怒っているのだろう…。

「いい気になってるんじゃないわよ! ええぃ、マナ先輩に近づくなーーー!」

 わたしには、瑞希が怒っている理由を、まったく想像することができなかった。

 そんな感じでしばらくじゃれ合っていたのだが、予鈴が聞こえてきたため教室へ向かうことにする。瑞希も、慌てて隣接している中等部の校舎へと駆け込むのだった。


 教室に入り、わたしは自分の席に着いた。内ポケットから個人情報が記録されているパーソナルカードを取り出し、学園のシステム端末でもある机に差し込む。すると、半透明なモニターが浮かび上がり、わたし専用の画面が起ち上がった。

 途端に、小さなモニターが出現し、さきほどまで一緒だった瑞希の顔が浮かび上がる。

『マ〜ナ先輩♪』

 瑞希は、ニコニコ顔で喋りかけてきた。そこに、もう一つのモニターが出現する。

『おまえら…、もうすぐホームルームだろうが…』

 モニターには、健介ちゃんの呆れた顔が浮かんでいる。健介ちゃんの席を見てみると、小さなモニターにわたしと瑞希の顔が映っていた。

『女の子の会話に割り込んでくるなんて…、健介のスケベ! 最低ねっ!』

 瑞希が激しく健介ちゃんを罵り始める。二人ともわたしの大切な“お友達”なのだから、仲良くしてほしいものであった。

 そのとき、わたし宛てのメールが届いていることに気づいた。二人の言い合いを聞きながらアイコンに触れてみると、届いていた映像メールの再生が始まった。

『え〜…。部長の神倉です…』

 再生されたメールを見て、わたしは飛び上がるほど驚いた。

「か、神倉先輩!」

 わたしは、おもわず大きな声で叫んでしまう。それは、わたしが所属するクラブの部長、神倉昴先輩からのメールだったからだ。わたしの大声に、クラス中の注目が集まる。わたしは、顔を真っ赤にさせながら、食い入るように神倉先輩のメールを見つめた。

 メールの内容は、本日の部活が中止になったという連絡であった。

 部員全員に送られたものなのだが、憧れの神倉先輩からのメールである。再生が終ったメールは、パーソナルカードの最重要フォルダに保存しておくことにしよう。

 おもわぬお宝映像を手に入れて喜んでいると、いつの間にか健介ちゃんと瑞希の罵り合いは終っていたようだ。それどころか、二人とも同じようなジト目で、わたしを睨んでいる。

「え〜っと…、なにかな〜?」

 わたしが苦笑気味に問いかけると、瑞希はムッとした表情で問いかけてきた。

『マナ先輩…。やっぱり部長のこと、好きなんですか〜?』

 その問いかけに、わたしの顔はさらに赤くなってしまう。

「ななな、なに…を!」

 ずばりな質問にわたしがあたふたしていると、なぜか健介ちゃんたちは、落ち込んだように項垂れる。学園でも一二を争うほどかっこいい神倉先輩は、わたしだけではなく、女子生徒たちの憧れでもあるからだ。


 そうこうしていると、ホームルームの時間となった。

 担任教師がやってきて、教壇のシステムを立ち上げる。当然、授業中は通信が禁止されているため、個人回線は一斉に遮断された。

 生徒たちは、起立して礼をする。担任が手元のシステムで出欠を確認し、簡単なホームルームがはじまった。

 連絡事項のアイコンが次々と個人端末に送られてくる。それらの一つに触れてみると、拡大されて読みやすくなった。だが、たいした内容でもないため、軽く目を通しただけでアイコンに戻す。

 わたしは、担任の説明を聞きながら、次々と連絡事項を確認した。その中にあった小さな募集通知に、わたしの興味は向けられた。

「第十五回、プラネットコンテスト開催…か〜」

 わたしは、何度も目にしてきた通知を読み返してみる。それは、毎年夏休みに開催されている、プラネットコンテストの参加募集通知であった。

 プラネットコンテストとは、プラネットメーカーと呼ばれる装置で疑似惑星を創り、その美しさを競い合う大会のことである。

 何を隠そう、わたしの所属するなんちゃらプラネットは、惑星を創ってプラネットコンテストで入賞することを目指していた。いや…、惑星を創ろうとしているといった方が正しいだろう。なにしろ、なんちゃらプラネットが創設されてから十二年間、いまだに惑星を完成させたことがないのだから。

 現在、プラネットメーカーは、全世界で約一千万台も稼動しているという。その中で、実際に惑星を誕生させることが出来るのは、年間を通してみても三十台ほどだといわれていた。プラネットメーカーとはそれほどデリケートなシステムであり、惑星を創造することはとても難しいことであった。

「放課後…、行ってみようかな…」

 コンテストの募集通知を見た所為か、わたしは部室にあるプラネットメーカーの様子が気になってしまう。わたしたちの気づかない間に、星が誕生しているかもしれない。そんなことを考えはじめると、いてもたってもいられなくなってしまった。

『ま〜…、覗くだけなら問題ないよね…』

 わたしは、放課後になったら部室へ行ってみようと心を決める。それが…、これから体験することになる、不思議な出来事の始まりでもあった。



 古びた北校舎の地下に、わたしたちなんちゃらプラネットの部室がある。

 階段を下って少し進むと、いかにも重々しそうな扉が見えてきた。わたしは、壁にある装置へ自分のパーソナルカードを通し、扉のロックを解除する。

 パーソナルカードには、この学園の生徒であることを証明するデータが入っていた。

 扉のロックを外すことはもちろん、学園の備品や教室を借りるためにもカードは必要である。パーソナルカードを持たずに学園内へ入れば、不審者として警備員に囲まれてしまうし、個人画面を上げられないので授業も受けられない。学園に通うための必需品であり、別名“生徒カード”とも呼ばれていた。

 学園側は、パーソナルカードのデータによって、生徒の行動を監視している。だが逆に考えてみれば、禁止されていること以外は、全ての行動がカードを使うことで認められているといえた。

 金属製の扉をゆっくり開き、わたしは薄暗い部室へと入る。机の位置を確認しながら慎重に奥へと進むと、淡い光を放つ円柱状のガラスケースが見えてきた。直径が三メートル、高さ四メートルほどの巨大なもので、一見すると水族館にある水槽のようであった。しかし、中に浮かぶのは魚ではない。そこには宇宙が広がっており、細かな塵やガス雲が渦を巻いていた。

 これがプラネットメーカーの中核となる装置である。

 装置の中には、宇宙空間が再現されており、様々な現象を起こすことができる。そして、何億年もかかるような星の誕生を、わずか数ヶ月で再現してしまうもの凄い装置でもあった。

 プラネットメーカーは、いまから二十年ほど前に発売されたシミュレーションゲームである。装置をそのままに、OSを乗せかえることで、バージョンアップも可能となっていた。部活で使っているプラネットメーカーは、装置こそ十二年前のものだが、OSは三年前に発売された最新の四作目だった。

 実際の星を創るなど、当時では考えられない技術だったという。噂によれば、こことは違う世界の技術を使って開発されたそうだ。

 現在の最先端技術をもってしても、プラネットメーカーをゼロから再現することはできないといわれている。プラネットメーカーの装置を研究している技術者もいるぐらいなのだ。

 そんなことを考えると、異世界の技術を使っているというのも、デマではないかもしれない。ただ、わたしたちユーザーにしてみれば、どんな凄い技術で出来ていようが関係のないことでもあった。


「この調子なら、今年のコンテストも見送りかな〜…」

 わたしは、昨日とまったく同じ光景に、大きなため息をつく。ガラスケースの中には、細かな塵やガス雲が漂っているだけで、大きめの岩石すら見当たらなかった。

 プラネットメーカーの最終目的は、直径一メートルほどの惑星を創り上げることである。それには、まず自ら光や熱を発する恒星を誕生させなくてはならない。惑星は、恒星が誕生するときに発するエネルギーによって出来るとされているからだ。

 ただし、それらの星を創るために正しい手順は無く、偶然に頼る部分が多いのも事実である。それでもプラネットメーカーに挑戦するユーザーが多いのは、平均月収の二か月分で装置が揃えられる手軽さや、自分たちの手で恒星や惑星を創ることができるという夢からなのだろう。

「数値的にも、変化なし…っと」

 わたしは、メインコンソールのモニターをチェックして落胆する。八月末に開催されるコンテストを目指しているのならば、この段階で何らかの反応が欲しいところであった。

 このまま何の反応も無ければ、星の創造は失敗したことになる。そうなれば、現時点での環境を一度リセットして、候補地探索から始めなければならない。つまり、この数ヶ月で収集したデータは、まったくの無駄になってしまうわけだ。

 わたしがなんちゃらプラネットに参加したのは、いまから二年前のことである。それからは、失敗とリセットの繰り返しであった。プラネットメーカーとは、解説書通りに進めれば必ず星が創れるといったゲームではない。そんな難しさも面白いところであるのだが、ここまで無反応だと、本当に星が創れるのか心配になってきてしまう…。

「早く、星に育ってね…」

 わたしは、ガラスケースに手を添えて、祈るように呟く。そのとき、ケース内で起こっているある変化に気づいた。ガス雲の中心に、黒い点のようなものが浮かんでいたのだ。

「まさか、星の誕生!」

 わたしは、おもわず覗き込んでしまう。こんな変化は、いままでになかったことである。

 黒い点は、激しく回転しながら、周りの塵やガス雲を集めている。心なしか、黒い点は少しだけ大きくなったように思えた。

 まさに、話に聞くような星の誕生である。わたしは、黒い点を食い入るように見つめた。

「み、みんなに…、神倉先輩に知らせなきゃ!」

 わたしは、急いで学園から支給されている携帯端末を取り出す。携帯端末にパーソナルカードを差し込み、神倉先輩へ連絡するためにアドレス帳を呼び出した。

 プラネットメーカーの様子は常に記録されているため、明日になれば星の誕生を確認することができる。しかし、みんなが待ち焦がれていた星の誕生…。吉報は、早めに知らせたほうがいいだろう。

 携帯端末を操作して、神倉先輩のアドレスを指定する。だが…、通話パネルを押そうとして、おもわず指が固まってしまった。

「え〜っと…」

 わたしの指は、緊張のためか、プルプルと震えてしまう。心臓が激しく鼓動し、身体も火照ってくる。こんなことがなければ、自分から先輩に通信を入れるなど、考えられなかったはずだ。

「すぅ、はぁ…、すぅ〜、はぁ〜〜〜…」

 わたしは、顔を真っ赤にさせながら、無意味な深呼吸を繰り返す。パネルを押すだけなのに、これほど緊張してしまうとは、我ながら情けなく感じてしまう。

「よしっ!」

 わたしは、覚悟を決めて、通話パネルを押すことにした。

 コール音を聞きながら、わたしのドキドキはさらに増していく。着信履歴が残るため、いまさら後戻りもできない。あとは、神倉先輩が出てくれるのを待つだけである。

 星の誕生…。わたしは、そう信じて疑わなかった。

 そのことで、ある出来事に気づくのが遅れてしまう。プラネットメーカーに発生した黒い点が、激しく回転しながら、徐々に膨れ上がっていたことを…。


『もしもし、野乃原さん? いったいどうしたの?』

 携帯端末のモニターに、神倉先輩の顔が映し出される。その途端、口から心臓が飛び出してしまいそうなほど焦ってしまった。

「かかか、神倉先輩…ですか!」

 わたしから連絡しているわけだし、映っているのも神倉先輩である。わたしは、頭の中が真っ白となり、自分で何を言っているのかわからなくなっていた。

 神倉先輩は、わたしのそんな様子に気を悪くすることもなく、優しく微笑んでくれている。その笑顔こそ、わたしを慌てさせている原因だということに、神倉先輩はまったく気づいていないだろう。

『今日は、ゴメンね。部活、急に休みにしちゃって』

 神倉先輩は、わたしがなかなか話し始めないことに気づかって、そんな話題をふってくる。

「そ、そう! 部活!」

 その言葉を聞いて、わたしは、何のために通信したのかを思い出す。

「神倉先輩、じつは、いま部室に来てるんですけど…」

 わたしは、神倉先輩が喜ぶ姿を想像しながら、ガラスケースに視線を向けてみる。

「…え?」

 そのとき、わたしは初めてプラネットメーカーで起こっている異様な出来事に気づいてしまった。ガラスケース内には、さきほどとは比べものにならないほど大きな黒い塊が浮かんでいる。その塊は、時折放電を繰り返し、激しく回転しながらガラスケース一杯に膨れ上がっていた。

「な…、なに…これ?」

 わたしは、驚きのあまり、手にした携帯端末を床に落としてしまう。

 異様な状況を感じ取ったのか、神倉先輩がわたしの名前を大きく叫んでいた。でも、わたしには、それに答えている余裕はなかった。

 わたしは、恐る恐るガラスケースに近づいてみる。ガラスケースは、触れなくてもわかるほど熱を持っていた。突然、ピシッといった音が聞こえ、ガラスケースにひびが入る。よほどの熱か力が加わらない限り、厚さ二十センチもある特殊ガラスがひび割れることはないだろう。

 部室内に、危険を知らせるアラーム音が鳴り響く。わたしは、慌ててメインコンソールで、プラネットメーカーの状態を確認した。

「重力レベルが限界値を超えている…。これって…、ブラックホール!」

 そんな仮説にたどり着き、わたしは愕然としてしまう。だが、いつまでも呆然としているわけにはいかなかった。

「そ、そうだ! 座標軸の変更をすれば…」

 わたしは、ブラックホールと思われる現象が発生している座標を、ずらしてしまおうと考えた。システムリセットをすれば簡単だが、その場合、全てのデータが失われてしまうことになる。予期せぬ事態とはいえ、プラネットメーカーに初めて変化が現れたのだ。貴重なデータだけは、なんとしても残さなければならない。

 候補地を探すときのように、座標軸をずらすことができればこの現象も収まるはずである。わたしは、メインコンソールの操作パネルを起動させた。しかし、システムがフリーズしているのか、操作パネルはまったく反応しない。

 ガラスケースは隙間もなく黒一色に染まっており、装置の外へも放電現象が始まっている。わたしは、事の重大性に改めて気づかされた。

 慌ててメインコンソールの足元にある、アナログ式のリセットボタンに手をかける。もはや、データを残さなければならないと考えている余裕もなかった。

『野乃原さん、どうしたの!』

 床に落とした携帯端末から、神倉先輩の声が聞こえてくる。その声を聞いたとき、わたしの胸は引き裂かれるほど痛んだ。システムリセットをすれば、全てのデータが初期化されてしまう。それは、これまでがんばってきた環境が、一瞬にして消えてしまうことを意味していた。

 どががっ! プラネットメーカーの一部から爆炎が噴き出す。どうやら、あまり悩んでいる暇はなさそうだ。

「神倉先輩…、みんな…。ごめんなさい!」

 わたしは、祈るような気持ちで、リセットボタンを一気に押し込む。その瞬間、黒い塊が急激に小さくなり、ガラスケース全体にひびが入る。

 そして、全ての光が失われるように、辺りは暗闇に包まれるのだった。



『いやぁああっ!』

 意識を取り戻したわたしは、おもいっきり身体を起こした。

『って…、あれ?』

 辺りを見回し、その光景に驚いてしまう。そこは、なんちゃらプラネットの部室ではなく、自分の部屋だったからだ。

 いったい、いつのまに戻ってきたのだろう。また、プラネットメーカーのブラックホールは、どうなってしまったのだろうか…。しばらくそんなことを考えていたが、それで答えが見つかるはずもない。わたしは、身体をほぐすように、大きく伸びをした。

 どうやら帰ってすぐに寝てしまったらしく、制服を着たままであった。わたしは、枕元の目覚まし時計を確認する。時刻は、ちょうど八時二十分になったところのようだ。

『ん〜…?』

 わたしは、僅かな違和感を覚えながら、窓の方に視線を向けてみた。

 窓からは朝日が差し込み、雀のさえずりも聞こえてくる。そこから導き出される事実…。いまは、夜の八時二十分ではなく、朝の八時二十分のようである。

 わたしは、再び考え込んでしまう。平日の朝、しかも八時二十分を過ぎている。いつもなら、学園へと向かっている時間帯であった。

 サァーーーっという音と共に、わたしの顔から血の気が引いていく。

『ち…、遅刻ーーー!』

 わたしは、慌てて飛び起き、そのままの姿で部屋を出た。いつもなら健介ちゃんが来てくれるはずなのに、今日はどうしたというのだろうか…。わたしは、階段を駆け下りて、リビングへと入った。

『ちょっとお母さん! どうして起こしてくれなかったの…って、あれ?』

 文句を言おうとして飛び込んだのはよかったが、リビングにお母さんの姿は見当たらなかった。

 こんなに朝早く、どこに出かけたのだろう。だが、いまはそれどころではない。わたしは、必要最低限の準備だけを整え、急いで家から飛び出した。


 息を切らせながら、全力で学園へと向かう。学園近くまで来ると、登校中の生徒たちが多くなる。どうやら、遅刻は免れたようだ。

『ふぅ〜…』

 学園に着いたわたしは、大きく息をついて呼吸を整える。靴を履き替えて、早足で教室へと向かった。

『おはよ〜♪』

 わたしは、挨拶をしながら教室に入る。しかし、誰も返事をしてくれない。不思議に思いながら見回してみると、クラスメイトの姿は疎らで、ほとんどが席を空けていた。

『あれ? もうすぐホームルームの時間だよね…』

 わたしは、小首を傾げながら自分の席に着く。気のせいかもしれないが、教室全体が暗く沈んでいるように感じられた。

 そんな様子を不思議に思っていると、健介ちゃんが教室に入ってくる。健介ちゃんは、機嫌でも悪いのか、ムッとしながら自分の席に着く。そのまま、居眠りでもするように、机へうつ伏せてしまった。

『健介ちゃん、いったいどうしたの?』

 てっきり先に来ていたと思っていたが、そうではなかったらしい。

『健介ちゃんでも、朝寝坊することがあるんだね〜』

 軽い気持ちで言ったのだが、健介ちゃんには無視されてしまう。質問にも答えてくれないなんて、健介ちゃんはかなり不機嫌のようであった。そのとき、クラスメイトの女生徒たちが囁く会話が聞こえてきた。

「昨日、…プラネットの部室…」

 ひそひそと話しているため完全には聞き取れないが、わたしたちなんちゃらプラネットに関係した内容のようである。

「…事故…、…野乃原さんが…」

 女生徒たちは、哀しそうな表情で、わたしの机に視線を向けた。

 すると、突然健介ちゃんが顔を上げて、話していた女生徒を睨みつける。女生徒たちは、ばつが悪そうにして、自分の席へと戻っていった。

「くそっ! どうして、真菜が…」

 健介ちゃんは、泣きそうな顔をして、再びうつ伏せてしまう。

 何かがおかしい…。得体の知れない不安が、わたしに圧しかかってくる。健介ちゃんの様子が変なのは、昨日の出来事が関係しているのかもしれない。

 わたしは、事実を確認するため、北校舎にある部室へと向かった。


 北校舎に入ってみると、明らかに普通の様子ではなかった。いつもは、わたしたち以外の人がいること自体珍しいのに、今日に限って大勢押し寄せている。みんな、地下へと下りる階段の方を眺めて、なにやらひそひそと話していた。

 わたしは、人集りを抜けるようにして、中央階段にたどり着く。地下への階段にはロープのようなものが張られており、通行が禁止されているようであった。

『な、なにがどうなって…』

 わたしは、頭が真っ白となり、その場に立ち尽くしてしまう。そのとき、近くに瑞希がいることに気づいた。わたしは、何があったのかを聞こうと、瑞希に近づく。だが、瑞希の様子を見て、おもわず息を呑んでしまった。

『み…ずき?』

 瑞希は、真っ青な顔で、友達の女生徒にしがみ付いている。ガタガタと身体を震わせながら、今にも崩れ落ちそうなのだ。

『ちょっと、瑞希!』

 慌てて声をかけるが瑞希からの返事は戻ってこない。すると、瑞希の瞳から、大量の涙が溢れ出した。

「うっ…、ううっ…。マナ…せんぱーーーぃ!」

 瑞希は、大きな声を上げて、泣き始めてしまう。

『………、えっ?』

 わたしは、後頭部を鈍器で殴られたような衝撃を覚えた。

 瑞希は、何をそんなに哀しんでいるのだろう。それに、瑞希にはわたしの声が聞こえていない…。いや、姿すら見えていないようである。おそらく、健介ちゃんにも、わたしの姿が見えていなかったのだろう。そう考えると、教室での態度も納得ができた。

 しかし、本当にそんなことがあるのだろうか。まるで、この世界からわたしの存在が消えてしまったように思えてしまう。悪夢なら、早く覚めて欲しいものであった。

 目を覚ますと、起こしに来てくれた健介ちゃんがいて、文句を言いながら…いつものように苦笑して…。

『わたし…。いつ、家に帰ったんだろう…』

 そんな疑問が頭に浮かび、わたしはゾッと身震いをした。

 昨日、部室へプラネットメーカーの様子を見に行って、ブラックホールとおもわれる現象に遭遇する。システムの異常から、リセットボタンを押すことになってしまう。気づけば今朝になっており、わたしは制服のまま寝ていた。

 どうやら、リセットボタンを押してからの記憶が、すっぽりと抜け落ちてしまっているようである。わたしは、ふらふらと階段へ近づき、通行禁止のロープを跨ぐ。そして、地下への階段を下り、部室へ向かうことにした。


 部室へ行くまでに、たくさんの人とすれ違った。白衣を纏った人や、警察官とおもわれる人である。やはり、他の人にはわたしの姿が見えないようで、誰にも注意されることはなかった。

 部室の扉は開かれており、中では白衣の人や警察官が何かを調べているようである。

 覚悟を決めたわたしは、ゆっくりと部室の中に入る。部室内の光景を見たとき、わたしの震えは止まらなくなってしまった。

 プラネットメーカーを中心に、装置や備品類が外向きに倒れている。何かが爆発して、その爆風に吹き飛ばされたような状態だったのだ。

 この状況から判断すると、昨日の出来事は、夢ではなかったようである。プラネットメーカーが暴走して、緊急リセットを押したことで大爆発を起こす。その爆発に、わたしは巻き込まれてしまったのだろう。そして、その事故が原因で、わたしの姿は見えなくなってしまった。そこから考えられることは、たった一つしかない。

『わたし…、死んじゃったの?』

 考えたくはない内容に、わたしの身体が震え出す。昨日の事故で死んでしまい、幽霊になってしまったとしか思えなかったからだ。

 もちろん、わたしの疑問に答えをくれる人はいない。わたしの姿は…、いや、声すら誰にも聞こえないのだから。

 わたしは、どうすればいいのかわからず、途方に暮れてしまう。このまま何もせずに、ただ成仏するのを待つだけなのだろうか…。

 そのとき、わたしは床に落ちているある物に気づいた。それは、学園から支給されている、わたしの携帯端末であった。わたしは、携帯端末を拾い上げて、壊れていないか確認する。ちゃんと電源も入るし、パーソナルカードの情報も失われていなかった。

『よかった〜。神倉先輩のメール、ちゃんと残ってるよ〜』

 わたしは、昨日保存した神倉先輩のメールが消えていなかったことにホッとする。

『…って、あ…れ?』

 わたしは、自分の行動に違和感を覚え、おもわず間抜けな声を上げてしまった。

『なぜ…、手に持てるの?』

 その違和感が携帯端末であると気づくのに、数分を必要とした。わたしは、手にした携帯端末を、ジッと見つめる。

 事故で死んでしまったのであれば、ここにいるわたしは、間違いなく幽霊である。幽霊とは、こうも簡単に物が持てるものなのだろうか…。

 さらに、わたしの姿が見えないのであれば、他の人には携帯端末が宙に浮いているように見えるはずである。しかし、携帯端末を目の前で揺らしてみても、まったく驚いた様子はない。わたしが触ったことで、携帯端末の存在が消えてしまったかのようだった。

『う〜ん…』

 わたしは、さらに混乱してしまう。

 よくよく考えてみれば、家の鍵をちゃんとかけることができたし、校舎に上がるときにも靴を履き替えている。どうやら、幽霊のように実体が無いわけではなさそうである。それなら、なぜ他の人にわたしの姿が見えないのだろう…。そんなことを考えていると、ホームルームを知らせるチャイムが聞こえてきた。

 急いで教室に戻ろうとしたが、こんな状態で授業を受けても意味がないことに気づく。わたしは、教室には戻らず、そのまま北校舎の屋上へと向かうことにした。

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