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指先で触れた音色に想いを乗せて  作者: 鹿島夏紀
アルエストに残されたもの
8/8

第7話 律

「ここが俺の部屋だ」

競売所からベルリオーズ様の馬に乗って少し走った場所。

ベルリオーズ様は出張だったらしく、宿屋に泊まっていたようです。

「失礼します......」

「そんなにかしこまらなくていいぞ」

「いえ、そんなわ、......何かついてますか?」

「......クルラのがいいか」

「はい...?」

外套を壁に掛け、椅子に腰かけていたベルリオーズ様は手を打つと、膝を押して立ち上がりました。

「一度、屋敷に帰ろう。エミリオの服を採寸してもらわないといけないからな」

「え、ベルリオーズ様は出張中ではなかったのですか?」

「まあ、お前の服装を見たらそうも言ってられないだろ......」

「服装...?」

ベルリオーズ様にお借りしたマントの下には、ボロボロの布切れをまとった私がいました。

「......」

「ほら、これでも飲んで」

渡されたカップの水面に映るボサボサの髪に煤汚れた顔。女の子らしさなど欠片の一つもない私が映り込みました。

「毒なんて入れてないぞ。俺がそれを飲んでもいい」

「そ、そんな! 私なんていつ殺されるかわからない身でした。いつ死んでが悔いはありません!」

そう。私は奴隷。使われて使えなくなったら捨てられるひとつの道具。

そんな考えが頭をよぎったとの同時に私の身体に柔らかな温かさが伝わりました。

「そんなこというな。お前を必要としている人がいるうちは、お前に悔いがなくてもその人に悔いが残る」

「ベルリオーズ、様...?」

「とても辛かったんだろうな。だから、もう泣くな」

「ベルリオーズ様。私は汚いですよ... 」

「いいか、俺が生きているうちはお前を泣かせたりしない」

「え...?」

ベルリオーズ様の腕の中で私は、泣いていたようでした。

「それにお前は俺の専属になってもらう予定なんだ」

「専属?」

「そう。理由はおいおい話すけど、俺の専属メイド」

「性処理はしたことがないのですが、大丈夫ですか?」

ベルリオーズ様になら...。

「うん。まず奴隷競売にかけられた女が性奴隷になるという概念を消そうか」

どうやら違うようでした。

「違うのですか?」

「違う。俺の世話係」

「一緒にお風呂に入ったりですか?」

「なぜそうなる...」

専属のお世話係なんてしたことがないので、よく理解ができていません。

「とりあえず、もう一人専属がいるからそいつに色々教えてもらえ」

「わかりました」

「よし。明日は朝早いから、今日は夕食をとって寝るぞ」

今日と明日の予定を聞いた私が廊下に外に出ようとした時でした。

「どこに行くんだ?」

「いえ、寝る場所を見つけようと外に行くのですが」

「バカ言え。ベッドだ、そこのベッド」

「それはベルリオーズ様がお使いになられるのでしょう?」

「俺はソファで十分。お前がベッドだ」

「そんな...!」

私が抗議を続けるとベルリオーズ様は「まったく...」と呆れた顔で言うと、

「エミリオ。いいからお前はベッドで寝ろ。これは命令だ」

「命令でも...」

「お前、専属メイドは俺の隣の部屋で生活するんだ。ベッドに慣れておけ」

「そ、それなら半分にしましょう!」

「はい...?」

「そうです! 半分にしましょう! 大きいベッドですから半分ずつで寝ましょう!」

「エミリオ...?」

「これでいいですか?」

ベルリオーズ様は呆れていましたが、最後には「わかったよ...」と了承していただきました。

それからしばらくして夕食をいただきました。本当に食べていいのかとずっとベルリオーズ様に聞き返していましたら苦笑いを浮かべていました。

夕食を食べ終えた後、ベルリオーズ様はお酒を飲むために外へ出るため、先に寝ているように言われました。

「誰か来ても鍵を開けるなよ?」

そう言い残してベルリオーズ様は出て行かれました。



部屋を出たクリュールは、宿屋に併設されるように作られた大衆酒場に足を運んだ。

貴族が大衆酒場に足を運ぶのはそう珍しくない。しかし、やはり身分の差というのは気になるもので、酒が不味くなるという輩もいる。

「おじさん、キツいやつオススメ」

「ん? さっきの兄ちゃんか」

貴族も関係ない口調で話しかけるのは、さすが大衆酒場の店主といったところか。

「そうだな...、林檎酒なんてどうだ?」

そう度数は高くない。店主はクリュールの様子を見てこれぐらいの度数がいいと判断したようだ。それにクリュールは若い。飲みやすいものを選んだのだ。

「キツいのなら何でもいい」

カウンターテーブルの上に置かれた木製のジョッキをクリュールは握りしめると、浴びるようにジョッキを逆さまにし、口の中へ注ぎ込んだ。

「おおう、兄ちゃんなかなかいい飲みっぷりだ」

近くにいた庶民も「おお...」と感嘆の声を上げた。

「酔って帰らないと寝れない状況になったからな」

「貴族らしくない飲み方だしな。 何かあったのか?」

「今日、奴隷競売で1人買ったんだ。そいつが...」

「そいつが?」

「おかしい...」

「おかしいのか。 ...は?」

つい店主は聞き返してしまった。

「おかしいって奴隷がか? って今日の目玉って言いやあ...」

「最高額だ」

「ってことは5000万クローク。...兄ちゃん奴隷に一目惚れか?」

「違う。一目惚れとかそういう問題じゃない」

「何が問題なんだ」

クリュールは店主にエミリオを専属メイドにすること、ベッドに慣れて欲しいからベッドに寝ろと言ったところ一緒に寝ることになったことなどを話した。

「お前、それは...」

「だからこうやって無理して酔ってるんだ」

「だからって... もう6杯目だぞ」

話し終わる頃にはクリュールの身体にアルコールが染み込み支配していた。

「お代は明日の朝でいいからもう帰ったほうがいいぞ?」

「そうする」

言葉数少なくなったクリュールは、少しふらつきながらも貴族としてのプライドを捨てまいと無理して歩き始めた。

やっとのことで部屋までたどり着くと、外套とシャツをソファへ投げ捨て、洗面台で顔を洗い、倒れこむようにベッドに入った。

隣では、エミリオが静かに息を立てていた。

朧げな意識の中でエミリオを確認すると、クリュールの意識は明日へと向けて遠のいていった。

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