始まり
木、木、木。
周りを見れば、私は森の中にいた。
はて? 一体、いつの間に私はここにいるのだろうか。というか、ここはどこだろう?
確か、私は木が少なく、コンクリートが沢山ある場所にいて、信号機が青になったから、歩き出そうとして……。
あれ? そこから頭が痛み、ノイズが走る。だが、何とか思い出して来た。
――あぁ、私は車に跳ねられて、死んだのか。
私は大学に行く為に、いつもの道を歩いていて、赤信号だったから止まっていたのだ。そこは車の通りも、人通りも少ないので、大体は信号無視をして、渡るのだけれど、その時は時間にも余裕があったので、珍しく私は青信号になるのを待っていた。
そして、青信号になり、横断歩道を歩いていたら、物凄いスピードで走っている車が私に向かって来て、跳ねられた。
私は車に衝突され、吹き飛ばされて、そして、アスファルトに打ち付けられて……私は死んだ。
一瞬の出来事だったけど、私にはとても長く感じていたように思う。
それにしても、あの時は痛かった。マジで痛かった。痛いって言葉がちゃちになるくらいの痛さだった。
それにしても、何で私はここにいるのだろうか? もしかして、ここは天国か? 地獄か?
そう思いながら、私は辺りを見渡すけれど、そこは緑とこげ茶の色しかない。
それにしても、久しぶりだ。人が殆ど居なくて、自然がこんなにある場所にいるのは……。多分、小学生くらいに田舎のお祖母ちゃん家に行った時以来ではないだろうか。
というか人は私しか居ないけど、ここは本当に私以外に人が住んでいるのか?
立ち止まりながらそんな事を考えていたけど、ここに只じーっと立っているだけなのもどうしようもないので、歩き始める事にした。
暫く、宛もなく歩いていると走っている人影を見つけて、私以外にこんな所にいるなんて……と考えていたけど、私は迷子だからあの人影の人にここはどこだか聞いてみようと、近づいて思わず足を止める。
私は目が良いので、遠目でもはっきりとその光景を見る事ができた。
その人影の人は“何か”から逃げるように走っていて、つまづいて転び、悲鳴を上げたのだ。声からして男性で、着ている物はどこのコスプレかと思うような西洋の騎士みたいな格好。
その彼は“何か”に襲われている。
私はそれを見て、思わず固まってしまった。
“何か”は男性の背丈よりも半分ほどの高さで、だけれども横幅が長く、平べったい“何か”だった。新種の昆虫か? と思うけど、こんなにでかくて、訳の分からない生き物は知らない。
“何か”は転んだ男性に物凄い速さで近づくが、男性は大声を出しながら、腰に付けていた小さなナイフで切りつける。だが、“何か”は金属のように固いのか、キンッ! と音をたてるだけで傷つかない。
“何か”は男性を覆い被し、男性は何度もナイフを突き刺そうとしているが音が出るだけで、終にはナイフが壊れただけだった。
男性は只喚くしか出来なくなり、“何か”がしゃがむと、男性の声がしなくなった。
“何か”は立ち上がると、どさっと音がして、何の音だろうと首を傾げて気が付いた。私が尻餅をついた音だと……。
“何か”はへたりこんでいる私まで一気に来て、“何か”の形がはっきり分かる。
“何か”は黒と茶色が混ざったような色で、まるでゴキブリが横幅を広くし、普通の物よりも巨大で、足を長くした物だった。
只、震えるだけで私は何も出来ない。
“何か”は私を覆い被し、“何か”の下を見れば、歯のような物が見える。それを見て、さっき見た男性もこうやって食べられたんだ、と他人事のように考えていると、もう少しで私の首と胴体が別れる。と思った時に、それは起こった。
ゴキブリ擬きの“何か”が突然、青い炎に包まれたのだ。
ゴキブリ擬きはキーーッッ! と、耳が痛くなるような甲高い鳴き声を放ち、悶え苦しみながら私から離れて行く。
それを唖然としながら眺めている私は、何が何だか全然理解が追いつかない。
何しろ、車に跳ねられて死んだと思ったら森の中にいて、人がゴキブリ擬きに食べられてるところを見たと思ったら、今度は自分が食べられる側になり、そしたら襲ってきたゴキブリ擬きは青い炎に包まれて苦しんでいる。
……何もかもが分からない。
茫然とゴキブリ擬きが灰になるのを見ていたら、がさりと草むらから黒いローブを被っている人が出て来て、私はビクッと身構えるが、どんな人なのかフードが邪魔でよく見えない。
「★○×◇◎?」
…………何語?
声からして女性だと分かったが、何を言っているのか全く持って分からない。……英語? いや、ドイツ語? ダメだ全然分からない。
「ごめんなさい。言葉が全然分かりません」
私が聞いた事がない言葉だと思うけど……本当に何だろうか? もしかしてイタリア?
「□▼◎△☆●◆?」
いや、だから解らないって。何か私に聞いているようなのは分かるけど……。
これまでの人生の中で一番、頭の中が混乱しているなぁー。と思っていると、何だか気が抜けて、意識が遠くなって行くが、いきなりの強風に驚いて、目を瞑り、また目を開くと、ローブの人のフードが取れていた。
私がこの日、最後に見た物は、キラキラと輝く銀の綺麗な長い髪の、とてつもなく美しい顔つきをした、耳が長く、尖っている女性。
そして、私は気を失う直前にお尻が濡れているのに気が付き、思わず、笑ってしまった。