ヒサメの過去話(過去作)
初めましての方、初めまして。
いつも読んでくれている方、ありがとうございます、偽の妹です。
今回はハウトさんと同様、とても思い入れのあるキャラの一人である
ヒサメさんの過去話です。
ハウトさん同様、くら~い過去の持ち主です。
悲劇を体験してるからこそ、今が好きな人です。
0話
ここはラスティアという世界。
そこには十数個の領が存在している。
その領の一つ、サディア領でのことである。
「そういえば、ヒサメの過去って知らないな」
そう話すのは、金色の長髪をなびかせ、白のシャツに赤のロングスカートをはいていて、
頭に立派な二本の角がある鬼のライである。
「え、そうなんですか?」
「ああ」
「私も聞いたことがないですね」
巫女服に黒髪ストレートの女性、雨宮氷雨|あまみやひさめが問いかけ、ライが肯定し、
メイド服を着た金髪ロングのロボット、フォルタ‐エイティがさらに氷雨に言う。
「お二人とも古参でしたから知ってるものだと思ってましたわ」
「他の連中は知ってると思ってるかもな」
「ですね」
氷雨は少し考えるようなそぶりを見せると、
「そうですね。ちょうど良い機会ですし、少しお話しましょうか?」
そう二人に尋ねる。
「ああ、頼む」
「お願いします」
二人が肯定すると、氷雨は自分の過去を話し始めた。
1話
イメリア歴521年。
自分の領を捨て、セントビア領に残った雨宮家。
陰陽師とは名乗っているものの、やっていることは情報屋の仕事ばかりしている父と、
平凡な母、娘が一人、三人で平穏に暮らしていた。
しかしある日、悪魔の群れが街を襲った。
幸い――と言えるかはわからないが――被害は二、三件の民家が襲われただけで、
悪魔たちはすぐに街を警備していた兵によって打ち倒された。
襲われた民家、その中に、雨宮家も含まれていた。
なんでも、悪魔退治の情報提供しているのが悪魔たちには気にいらないようで、
真っ先に襲われたのだとか。
娘は無事だったが、母は魔物どもに蹂躙されてしまった。
遅れてやって来た父は、悲しみと怒りに震えていた。
この頃から悪魔を異常なほど憎むようになったらしい。
522年5月1日。
雨宮家に次女が生まれた。
暗い雰囲気を払うかのように、二人の間に新たな家族ができた。
その子を、氷雨、と名付けた。
その後、しばらくして、長男、三女も生まれた。
雨宮家は、つかの間の平和を謳歌していた。
あの日が来るまでは……。
525年5月
氷雨の体に異常が出た。
人間では考えられないような、膨大な魔力を放出するようになった。
最前線で悪魔退治をしていた父は、直感でわかった。
氷雨は、私との子ではなく、忌まわしき悪魔どもの子供だと。
その日から、氷雨の地獄の日々が始まる。
まず、父がおこなったことは、氷雨の隔離。
屋敷の離れに氷雨を隔離し、父が封印をかけた。
次に、満足に食事が取れなくなった。
隔離されているから当然ともいえるが、哀れに思った母や長女が、父の目を盗み、
窓から食べ物を渡していたという。
もし、母や長女が渡していなかったら、氷雨は餓死していたことだろう。
父の目は厳しく、隙を見て渡していたのは一週間に一回、それもわずかな量だけだった。
そして最後に、父からの暴力。
悪魔に対しての恨みをまるで氷雨で晴らすかの如く、執拗に暴力を振るわれた。
みるみる衰弱していく氷雨を見て、母は嘆き、父は喜んでいた。
そして……。
526年1月。
「勝則さん、なにを考えているんですか!?」
母が父、勝則|かつのりに叫んでいる。
「簡単なことだ。せっかく力があるなら、上手に使ってやろうというだけだ」
「ですが、あの子は私たちの――」
「私たちの、なんだ?あいつは悪魔との子供だ!私とはなんの関係もない!」
「だったら、私の言うことを少しは聞いてください!封印を解くのは良いとして、
使い魔などにせず、ちゃんと私の子どもとして育てていきましょう」
「ほう。お前は、私に逆らうのか?誰のおかげでこの屋敷に住んでいると思ってるのかな?」
「それは……」
「忌まわしき悪魔の子供を育てるなど、寝言を言うでないわ!」
「……」
口論が止み、離れの封印が解かれる。
中には、衰弱してやせ細った氷雨が倒れていた。
封印が解かれたことに気がついたのだろう、氷雨はゆっくりとした動作で顔をあげる。
「……お父さん?」
「ふっ、まだ私を父と思っているのか。なら話は早い。私はお前に生きる術を与えてやろう」
力なく横たわる氷雨の衣服を剥ぐ勝則。
「なにをするの、やめて……」
「お前は今から私と主従関係を結び、私の使い魔として生きるのだ。そうすれば、
おいしいご飯も食べられるし、家族とも幸せに暮らせるのだぞ」
そう言いながら、氷雨の意思を無視しながら作業を進めていく。
「いや、やめて……」
叫びたいにも関わらず、満足に叫ぶこともできない氷雨が、必死でもがく。
「さあ、私の僕となり、私の理想を叶えるための道具となるのだ!」
そして、氷雨は、勝則の手によって無理やり主従関係を結ばされた。
2話
526年7月。
セントビア領とナスティア領の境にある村、コルト村にて。
「それは、本当のことなのか?」
村長が旅人、勝則に尋ねる。
「はい、間違いありません。悪魔たちは東にある未開の地にいます。
そこにいる悪魔を根絶やしにすれば、おのずと答えは出るでしょう」
「しかし、私たちでは一匹でさえ倒すことはできんぞ」
「ご安心ください。傭兵さえ用意していただけたら、私が全て倒しましょう」
「本当か!それは助かる。すぐに手配しよう」
「ありがとうございます、ククク」
勝則が悪魔を倒すことを想像し笑みを浮かべる。
「ところで、こちらのお嬢ちゃんは?」
村長が氷雨を指さして尋ねる。
「この子は私のボディーガードです。小さいのに優秀でしてね。
並みの悪魔ならこの子一人で片付くでしょう」
「ほほう。ならばなぜ傭兵を?」
「連中は逃げ足が速いですからね。確実に仕留めるためには数が必要なんですよ」
「なるほど、わかりました。では、準備ができるまで宿屋でお待ちください。
宿代はこちらでお支払いしておきますので」
「それは助かります。ほら、氷雨、いくぞ」
「……はい」
勝則と氷雨は、村長の家を後にした。
「氷雨」
勝則が氷雨を呼ぶ。
「はい」
「村の様子を良く見ておけ。ついでに地形も把握しておくんだ」
「はい」
そういうと、氷雨は勝則のもとを離れ、村を散策する。
「氷雨、宿屋で待ってるからな」
「はい」
氷雨は、まだ四歳にも関わらず、とてもしっかりしていた。
それは、父親がこの短期間でどれだけ強引に知識を詰め込んだかがわかる。
村を散策していると、
「こんにちは」
突然、背後からあいさつが聞こえてきた。
氷雨は振り返ると、そこには、氷雨より二歳ぐらい年上と思われる少女が立っていた。
「……こんにちは」
氷雨は挨拶を返す。
「私、フレィア。フレィア‐レイシャル。あなたは?」
自分の名前を名乗ったフレィアは氷雨に尋ねる。
氷雨は、どうしたらいいか分からず、おろおろする。
「あ、ごめんね、聞いちゃまずかった?」
フレィアが申し訳なさそうに聞くと、氷雨はその場から逃げだした。
氷雨は、自分の正体を知られることを恐れていた。
(彼女とは違う。私は、ただの使い魔。決して相容れない存在……)
「あ、待って!」
「フレィア、フェイがお腹すいたってうるさいからそろそろ戻ってらっしゃい」
「は~い。まったくお兄ちゃんは……」
フレィアは母親に促されて自分の家へと帰っていった。
(私は、あんな風にはなれない……)
氷雨は泣きそうだった。
彼女の記憶の中に『幸せ』という言葉は存在しない。
あるのは『恐怖』と『服従』。
しかし、どこか心の奥底では願っているのかもしれない。
『幸せ』な日々を送っている自分を。
「ただいま戻りました」
「遅かったな。なにかあったか?」
勝則は氷雨に問いただす。
「……いえ」
「そうか、それなら良い。余計な知恵を身につけられては困るからな。
氷雨も明日に備えて寝ておけ。明日には傭兵が揃うそうだ」
「はい」
勝則は氷雨にそう告げると、布団へと入っていった。
翌日、村長の家にて。
「雨宮様。傭兵はこれだけいれば十分でしょうか?」
「ああ、十分だ。では、これからナスティア領を通り、未開の地へと向かう。
道は私が指示を出すから前衛を頼む」
その言葉に、集まった傭兵が頷く。
「どうか、お気をつけて」
「ありがとうございます。必ずや良い知らせをお届けしますぞ」
勝則はそう告げ、一行は未開の地へ。
「止まれ!」
森の奥までやってくると、集落のようなところがあった。
「ここがやつらの根城ですかい、勝則のだんな」
傭兵の一人が尋ねると、
「ああ。ここからが正念場だ。いけ!」
勝則が号令を出す。
すると、傭兵たちが雄叫びをあげながら集落を襲い始めた。
「さてと、氷雨。体を温めておけ」
「はい」
勝則は集落が襲われる様を高みの見物している。
しばらくすると、一人の悪魔がこちらにやってきた。
「お主が、我らが集落を襲った首領だな?」
「いかにも」
「我が名はゼルギノス。集落を守るためにも、お主の命、奪わせていただく!」
そういうと、ゼルギノスは持っていた剣を抜き、勝則に突進する。
「ふん、これだから低能な悪魔どもは……。氷雨、やれ」
「はい」
そう言い終わるや、氷雨は自分の身長の何倍もあろうゼルギノスを
いともたやすく投げ飛ばす。
「なっ!?」
ゼルギノスは年端もいかない少女に投げられたことに驚いた。
そして、その隙を氷雨は見逃さない。
ゼルギノスの胸めがけて、思いっきり拳打を加えた。
氷雨の拳は、ゼルギノスの胸を貫通し、心臓をも貫く。
「がふっ」
口から大量の血を吐くゼルギノス。
そして、氷雨は血みどろの拳を引き抜く。
返り血で真っ赤になりながら、勝則のそばへ向かう。
「ククク、私の使い魔にこうもたやすくやられるとは。少々念を入れすぎたかな?」
この時、氷雨の拳はありあまる力で砕けていたが、勝則は気にしない。
「くっ、無念……」
ゼルギノスは最期にそう言い絶命した。
「さてと、成果は十分だし、そろそろ引き上げるとするか。ククククク」
勝則は心底楽しそうに笑った後、引き上げの合図の笛を鳴らす。
傭兵たちが戻ってきて、それぞれ戦果を報告し合う。
そして、コルト村へと帰っていった。
「よくぞ帰ってこられた!して、成果は?」
「ご安心ください。悪魔は駆逐しましたぞ」
「ありがとうございます!これで、窃盗に遭わずにすみます」
「いえいえ。では、私はこれで」
「そんなこと仰らず、一晩だけでも泊まっていったらどうですか?」
「妻と子どもに無事を早く伝えたいので、申し訳ないですが……」
「そうですか。それなら私たちは引き止めるわけにはいきませんな」
「お心遣い感謝いたします。行くぞ、氷雨」
「はい」
そう言い、村をあとにする。
「ククク、アッハッハッハッハ」
勝則はなにが楽しいのか、笑いを堪えることなく家へと帰っていった。
後日、コルト村が悪魔の襲撃を受け壊滅した、と報があった。
それを聞いた勝則は、やはり愉快そうに笑っていた。
まるで、コルト村を滅ぼしたかったかのように……。
3話
528年7月、豊かの町シュタイアにて。
「氷雨、今日は町の散策を先にしなさい。終わったらここに戻ってくるように」
「はい」
勝則は町長の屋敷を指さしながら氷雨に言う。
「私は町長と大事な話があるからな。1時間ほどしたら帰ってこい」
「はい」
返事をすると、氷雨は町の散策しにいった。
氷雨がしばらく町を歩いていると、
「こらーーーーーー、こんのくそガキどもがーーーーーーーー!!」
「盗られる方が悪いのよ」
「おい、急げハウト!さっさとづらかるぞ」
「りょーかい」
どうやら、子どもたちがお店の食べ物を盗んでいったらしい。
(豊かの町なんて言っても、所詮はこんなもんか)
氷雨は子どもとは思えないような感想を持った。
氷雨は一年前、父親から辞書を手渡され、『暗記しろ』と言われていた。
氷雨は持ち前の頭の良さを遺憾なく発揮し、わずか一年で辞書を完全に覚えていた。
そのためか、難しい言葉も使えるようにはなっている。
しかし、勝則の前では従順であることを求められているため、
返事以外の言葉を述べることはまれだ。
(一時間なら、もう少し探索できそうかな?)
氷雨は集合時間を気にしながら、町の散策を続ける。
一方、町長の屋敷では、勝則が町長と話をしていた。
「それは、本当なのですか?」
「はい、本当です。スラムにいる子どもたち、その中にいる緑の髪の子供は
悪魔の血を引いているでしょう。ここへ来る前にスラムに寄った時、
妙な魔力を感じました。間違いないでしょう」
「むむむ。して、私たちはどうしたら良い?」
「町の者にこのことを伝え、子どもたちをその子供に近づけないようにします。
その後、町の者総出で彼女を殺害します。そして、周辺の町や村にはこう伝えます。
『悪魔の襲撃を未然に防ぐためだ』とね」
「なるほど。わかった、すぐに町の者を集めるとしよう」
「えぇ、では、護衛が帰ってきたら私は自分の家へと帰りますね」
「はい、わざわざお越しいただきありがとうございます」
「いえいえ、ククク」
勝則は愉快そうに笑った。
数十分後。
「ただいま戻りました」
「遅かったな、氷雨。なにかあったか?」
「町で子どもが盗みを働いてました」
「そうか。安心しろ、それは翌日には収まる」
「そうですか」
「ああ、そうだ。クックック、アッハッハッハッハ!」
勝則はまた愉快そうに笑った。
氷雨は勝則の前では思考を停止している。
必要なことを報告し、必要な指示に従えばいい。
それ以上は私は望んではいけないことなんだ。
そう、言い聞かせていた。
翌日。
家に帰って居間でくつろいでいた勝則は、物音が聞こえてそちらを向く。
そこには、一本の光の柱が見えた。
方角的に豊かの町シュタイアがある辺りだ。
それを見届けた勝則は狂ったように笑い転げたという。
4話
勝則と主従を結んでからも生活が大きく変わることはなかった。
相変わらず離れに隔離され、封印されている。
ただ、改善点もあった。
食事は、一日一回、残飯のようなものではあるが出るようになった。
また、着る物も与えられた。
後、父親の暴力が目に見えて減った。
この程度で、と思うかもしれないが、満足に食事も取れず飢えに苦しんだ氷雨にとっては、
これだけでも十分なほど改善されたのだった。
しかし――。
534年5月。
氷雨は限られた環境にも関わらず、なかなかの美人になった。
勝則はそこに目を付けた。
「氷雨、今日はお客さんを呼んでいるよ」
「……はい」
外には、数人の男が立っていた。
「さあ皆さん、いかがですか?」
「へえ、まだ餓鬼だけど可愛いじゃねぇか」
「なにを言うのです、これがいいんじゃないですか」
男たちがなにやら私をじろじろ見て論じている。
氷雨は嫌な予感がしていた。
辞書には、そういう単語も載っている。
「では、ご自由にお楽しみください。二時間後にまた様子を見に来ますので」
「へへ、だってよ」
「それでは、早速……」
「い、いや、来ないで!」
氷雨が悲痛な叫びをあげる。
「なに言ってんだ、許可はもらってるんだよ」
「そうですよ、安心してください。大人しくしてれば痛くしないですから」
「い、いやあああああああああああああああ!!」
この日を境に、氷雨の日々は再び地獄へと変わった。
5話
539年7月。
毎日のように相手をしていた男共は今日はいない。
かわりに、険しい顔をした勝則が氷雨の前にやってきた。
「氷雨、今回の仕事、お前に活躍してもらうぞ」
「……はい」
「どうした、もう立つこともできんか、ん?」
「いえ、大丈夫です」
そう言いながら、ふらふらとおぼつかない足取りで勝則のそばまで行く。
「では、行くぞ」
「はい」
そして、氷雨にとって、運命の日を迎える。
今回の仕事は、とある人物の暗殺だった。
過去に戦争を起こしては敗北し、そのたびに逃げのびていた悪魔、スキア‐サディアだ。
サディアと言えば、かつて魔王と呼ばれていた悪魔の家系である。
(たしか、自分に味方するものには優しく、敵には容赦しない人、だったはず)
氷雨は敵の情報を整理していた。
今までの小物の悪魔退治とは訳が違う。
災厄の象徴とまで呼ばれた悪魔だ。
氷雨は、自身の命もこれまでか、と思っていた。
おそらく父は私に特攻させ、戦っている最中に私もろとも大技でとどめをさすのだろう、
そう考えていた。
「氷雨、今回はまずお前にスキアと戦ってもらう。私は後方で詠唱をするから
邪魔されないように、だ。その後、合図を送って退け。私の術を叩きこむ」
「……はい」
自分の予想していた戦略とほぼ同じことに落胆を覚える氷雨。
間違いなく自分も殺されるだろう。
氷雨はどこか諦めた気持ちで勝則についていった。
「さて、目標は現在野営中か」
勝則はスキアの姿を確認してつぶやく。
一帯は森林だったが、スキアの周囲にわずかに開けた草地になっている。
「良いか、詠唱の邪魔をされないように、だぞ」
「はい」
木の陰に隠れた二人は作戦を再度言い、勝則は隠れたまま大型の術の詠唱を始め、
氷雨はスキアに特攻していった。
「!?」
氷雨と勝則は同時に驚いた。
先ほどまでスキアがいた場所には襟と縫い目が赤い白衣と緋袴の巫女装束を纏い、
綺麗な白髪を重力が無いかのように横に広がったポニーテールにしている女性が立っていた。
「なんの用ですか、雨宮さん?」
「なっ!?」
スキアはいつの間にか、勝則の背後に立っていた。
そして、持っていた剣を勝則の首筋にあてる。
「ああ、聞くのは野暮でしたね。暗殺でしたっけ、私の」
「何故それを知っている!?まさか……」
勝則が青ざめながらある考えに辿り着く。
「ええ。依頼者は今そこのお嬢さんと相対してる、十六夜|いざよいですよ」
スキアは視線をくいっと十六夜に向けて、すぐに戻す。
「フフフ、ハハハハハ、情報屋の私がまさか情報不足だったとはな!してやられたよ!」
「元から情報収集は私の得意分野ですから。無論、あなたの噂も知ってます」
「ほう、ならば、どうするのかね?」
「決まってますよ」
そういうと、スキアは躊躇うことなく勝則の首を刎ねた。
どさっ!
勝則はあっけない最期を迎えたのだった。
「おっとっと、大丈夫か、氷雨?」
勝則がいなくなったことで、主従が解かれ、力を失った氷雨が十六夜のいる方へ倒れ込む。
「あれ、私は……」
氷雨は動けない自分に戸惑っていた。
「無理はしない方が良いですよ。なにせ、あなたは本来なら立つのもやっとなくらい
疲弊しきっているのですから」
スキアが剣についた血を振り払い、鞘に収めながら氷雨に言う。
「……殺さないのですか?」
氷雨が疑問に思ったことを尋ねる。
「あなたは勝則とは違う。ただつき従ってただけですから。あなたはどうしたいですか?」
「私が、どうしたい?」
スキアの答えたことの意図が分からない氷雨は首をかしげる。
「ええ。あなたはもう勝則の道具じゃない。あなたはあなたとして生きて良いんです」
「私は、私として……」
氷雨は嬉しさとかそういうものよりも戸惑いが大半を占めていた。
(何故私を生かしてくれる?何故私をそこまで面倒をみる?分からない)
そんな氷雨に声をかけたのは十六夜だった。
「わからないよね、どうしたらいいかなんて。わたしもおんなじだった」
「……え?」
予想外のことを言われて十六夜の方を向く氷雨。
「わたしもおんなじ。ある人の道具だった。その人をスキアが倒した。どうしたらいいか
分からなかった。だから、したいことが決まるまで、スキアと一緒にいることにした」
淡々と、自分の置かれていた立場を語る十六夜。
スキアは黙って話を聞いている。
数分、沈黙が場を支配する。
と、
「もし、なにをしたら良いか分からないなら、一緒に旅をしないかい?」
スキアが氷雨に問いかけた。
「……はい、私なんかで、良いなら」
氷雨は少し悩んだ後、悩んでも私のしたいことが思いつかなかったため、
スキアの提案を受け入れることにした。
「そうか!なら改めて自己紹介をしようか。私はスキア‐サディア。今はただの旅人さ」
「わたしは神楽|かぐら十六夜。イザヨイって呼んでね」
「私は、雨宮氷雨。よろしくお願いします、スキア、イザヨイ」
「「よろしくね」」
こうして、氷雨は勝則の呪縛から解き放たれ、スキア達と共に旅をすることになった。
6話
それからしばらく旅をする日が続いた。
十六夜は氷雨のことが気になるらしく、いつも新しいことを思いつくと
氷雨に見せに行っていた。
氷雨は初めこそ戸惑っていたり微妙な顔をしていたが、今は面白いことには
素直に笑うようになったし、からかわれたら怒ったりするようになった。
そして539年11月。
氷雨はいつもいろんなことをしてくれる十六夜に思い切って聞いてみることにした。
「ねえイザヨイ。なんで私にここまでしてくれるの?」
「何故か、でござるか?」
この時、十六夜はとある本の影響で自分のことを拙者、
語尾にござるを付けるようになっていた。
何故このような口調になったかというと、氷雨がこの口調になったのがきっかけで
いろいろと感情を表に出すようになったからである。
「うん。以前、私とおんなじ、て言ってたのも気になるし……」
「ふむ。真面目な話になるから口調を戻しても良いでござるか?」
「うん、いいよ。というより、いつもその口調じゃなくても大丈夫だよ」
氷雨は微笑しながら十六夜に言う。
「じゃあ……」
十六夜は、氷雨に自分の過去を語り始めた。
氷雨は十六夜の話を聞いて、自分にしていた行動について納得がいった。
十六夜は、物心つくころには暗殺の手伝いをされ、失敗するときつい罰を受けていたこと、
パルスという人に無理やり部下にさせられたが、その人が面白い人で
徐々に感情を覚えていったこと、暗殺の手伝いをさせていた人が連れ戻しに来た時、
当時の領主様とスキアに救われたこと、パルスが死んで領を去ったこと、
再び暗殺の道具にさせられたこと、スキアが再び助けてくれたこと、
今はスキアに忠誠を誓っていることを教えてくれた。
(イザヨイは過去に私みたいなことがあって、それを救ってくれたパルスという人が自分に
してくれたことを私にしていたのね)
「イザヨイは、私の過去は知ってるの?」
「拙者は勝則の手駒をさせられてるのだけは知ってる。
スキアは全部知ってるみたいだったけど」
「そう。じゃあ、今度は私が話す番だね」
そういうと、氷雨はお返しとばかりに自分の過去を語り始めた。
「そんなことがあったんだ」
十六夜は涙を流しながらそう言った。
「泣いて、くれるの?私のことで?」
「だって、他人事に聞こえないもん。氷雨は強いね。
私の話聞いても泣かないでいられるんだもん」
「強くないよ。イザヨイが私のために泣いてくれただけで泣きそうだもの」
「うん」
「ありがとう。ねえ、イザヨイ」
「なに?」
氷雨は、ちょっと恥ずかしそうに俯きながら言葉をつづけた。
「私たち、そ、その、親友、に、なれる、かな?」
「うん、なれるよ!」
「即答したわね……。私、嫌なこといっぱいするかもしれないよ?」
「だいじょーぶ」
「人間とか大嫌いだから残酷なことするかもしれないよ」
「だいじょーぶ」
「でも、私――」
「ヒサメ。だいじょーぶだよ。なにがあっても、親友だから」
「ほん、とに、いいの?」
「だいじょーぶだよ」
「あり、がとう」
氷雨は途中から涙を堪えることができなかった。
氷雨の中で、初めて心から認め合うことができる人を見つけることができた。
そのことが何より嬉しかった。
そして、氷雨と十六夜はお互いを思って抱き合った。
しばらくして、お互いに落ち着きを取り戻した頃。
「じゃあ、私の前だけでは、ござるとか付けなくていいからね」
「はっ!?すっかり使うの忘れてた」
「ふふ、いいのよ。それに使っても別にいいからね」
「うん、わかった」
こうして、氷雨と十六夜は晴れて親友となった。
終話
「大体、こんなところかしらね」
氷雨が疲れたとばかりにお茶を飲む。
「なるほど、それでお前ら二人やたら仲が良いんだな」
「ええ。私が誇る親友ですわ」
ライの言葉に満足顔の氷雨。
「私と出会う前にいろいろなドラマがあったのですね」
「ええ」
フォルタの言葉にやはり満足顔の氷雨。
「でもよかった。氷雨について少し考えを改めないとな」
「それはどういう意味ですの!?」
「言葉通りの意味だよ。私は誰かに忠誠を誓ったわけではないからな」
「そこが私との大きな違いですね、ライ」
フォルタが少し防御線を張る。
「だな。さてと、私はそろそろ自室に戻るとするよ」
「わかりましたわ。いつか、あなたに尊敬されるような領主になってみせますわ」
「ふふ、期待しないで待っててやるよ」
そういうと、ライは自室へと帰っていった。
「さて、私も部屋に帰りますわ。フォルタも、今まで通りお願いね」
「かしこまりました、ヒサメ」
こうして、氷雨の過去語りは終焉を迎える。