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聖夜の願いごと

作者: 景雪

 男は、機械の出力を増減するねじを握っている時も、普段のようにロボット並の正確さを保つことができなかった。もう十年も勤めているが、一度もしたことがないようなミスを、ここ何度か男はしてしまった。工場長は男を気遣ったが、男は、「大丈夫です」と気遣いに甘えなかった。男は真面目だった。生まれつき、甘えたことも弱音を吐いたこともなかった。


 女は、毎日のように町の医院に通っていた。自分自身ではない。幼い娘のためである。娘は難病にかかり、医者もさじを投げるほど症状は深刻だった。何度医者に通っても娘は良くならない。かといって、医者に行かなければ途端に娘の具合が悪化する。完治しないけれども恒常的に医者に通わなければならず、医療費もかさんだ。しかし、どんなに医療費をつぎこんでも、娘は良くならなかった。


 娘は、もうすぐ五歳になるのだが、生まれつき病弱だった。かかりつけの医者から、五歳の誕生日を迎えることができないだろうと言われたのは、つい先日だ。だから男は、彼が今まで完璧だと言われてきた仕事において、ありえない失敗を何度かしてしまったのだ。娘がいなくなるなどという事実を、受け入れることなどとてもではないができなかった。


 男と女が住む町には、教会があった。教会には聖なる主が祀られており、男も女も日曜日の度に通い、祈るのが習慣だった。男はある時、思い出した。聖なる主は、一生に一度の願い事を叶えてくれるということを。


 男は祈った。娘の命を助けてくれ。そのかわり、自分の命を捧げると。自分は、どんな死にかたをしてもいいと。娘の命を助けるためなら、自分がどんなに苦しんでも構わないと、一生懸命に祈った。


 娘は死んだ。あっけなかった。やはり、どの医者も手の施しようがなかった。


 男は落胆した。女も落胆した。唯一の娘を失ってしまった。男と女は協会に赴き、祈った。娘の冥福を祈った。天国で幸せに生きていくようにと。将来自分たちが行くまで、待っていてくれるようにと。


 その時、神の声が聞こえた。二人に対して、神はどこかから語りかけた。

 「お前たちは、それぞれ自分の命と引き換えに、娘の命を助けようとした。自分の命を粗末にする者を、救うことはできない。だから、娘の命は救えない。

 だが、お前たちがおのれの命と引き換えに娘を救おうとしたその心意気は、確かにくみ取った。女よ、身体を大切にせよ」

 男は、女の腹を見た。確かにふっくらと盛り上がり始めているように思えた。

 男と女は声のした方を見た。何の音も声もしなかった。男と女は声のした方に向かって頭を下げた。声がとっくに聞こえなくなり、その余韻さえなくなってからも、二人は頭を下げ続けた。

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