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五話 錯綜

 「どういうことなんだ!?」

マンションの一室。岡本新はめずらしく声を荒げていた。相手はもちろん、この部屋の主である青年である。爆弾事件は文化祭当日だったはず。そのことを非難しているのである。

「あんたは、また俺をだましたっていうのか?ふざけるな!こんなに気に入らないことはない!こんなに憤りを覚えたことはない!そう、あの日以来な!」

青年は相変わらず笑みを浮かべている。

「岡本君。今仁義さんに準備をしてもらっている。当日用の爆弾をね。だから、そんなちゃちな爆弾事件は、知らないんだよ俺は。わかったら黙ろうか?」

青年は普段反抗するこののない配下の口答えに少々イラついているようだ。

「俺の知らないところで話を進めるのはナシだ。そう約束しなかったか?」

「キミもわからないな。その約束があるからこそ、仁義さんに依頼したことも、俺の思惑もすべてキミに話したんだけどな。こうも疑われるとは、俺って信用ないんだねえ。」

傷ついてもないくせにそんな表情をして見せる青年。岡本はいら立ちを隠せなかったが、嘘をついているようには見えない。

「だったら、やっぱりイタズラだというのかい・・・?油断をテーマに君が悪いこと考えているその間に、偶然にも同じような爆弾事件が起きた。だから俺も勘違いしてしまった。そんな稚拙な言い訳をするんじゃないだろうね?」

「まあ悪いことだと思ったことはないけどね。でも、それはないね。これはただのイタズラじゃない。大がかりすぎるからねえ。かといって、何かを、誰かを傷つけてやろうという憎しみも感じられない。そもそもそんな偶然なんてもの、俺は信じたくない。というか、思惑の違う二つの事件が、ニアミスするなんてことはまずありえない。」

青年はコーヒーカップを手に取り、口へと運ぶ。当然だが、岡本の分はない。

一息ついたくらいに、岡本はまたしても問う。

「なら、今回の事件をどう説明する?」

「俺でもなく、かといって偶然でもないのならば、考えられる可能性はたった一つしかない。それは、学校に『

同業者』がいるということだ。そして、俺と同じく油断というテーマに目を付けた。最初の手紙も、次の爆弾も、先生の心理を観察するためのものだったんじゃないかな。俺が文化祭で爆弾騒ぎを起こそうとしたように。俺に先立って計画を立てていたんだろう。用意周到な『同業者』サンがね。」

「ど、同業者・・・だって?」

「ここでまた疑問が生じる。なぜ桐生先生なんだ、ということさ。彼は世の中にごまんといる一教師だ。その教師の中でも底辺だと考えてもいい。」

ひどいことを簡単に口にする青年。まあ26にして教師になった彼にはあまり知性は感じられないのだが。

「なぜ、桐生先生に目を付けたか。これもまた、偶然で済ませられる話ではない。二人の人間が、桐生先生をターゲットに、二つの事件による油断の心理の研究のため、爆弾を用いた。相当ぶっ飛んだ研究者だね。」

お前が言うか、と岡本は思ったが、例のごとく口には出さない。

「しかも、この過激な計画を、あんたより先に仕掛けたわけだろう?そんな同業者がいるのか?モラル重視のこの世の中で、心理学研究者はそう過激な実験に手を出しづらい状況下にある。よほどの力がない限り無理なんじゃないか?」

岡本が問う。

「力があるか、それとも守られているか、だよね。お家にさ。」

青年は何かを知っているのだと、岡本は確信した。

「あんた何か知っているんだろう?」

「どうだがね・・・そんなことより、俺を差し置いて桐生先生に接触して、こんな計画を立てたやつがいるんだとしたら、相当イラつくよねえ・・・俺だってまだ楽しみは取っておいたっていうのにさあ。」

「ちょっと待ってくれ、接触だと?犯人がだれかわかっているのかい?」

「だれか、なんて知ったことじゃない。けど、桐生先生の近くにいることだけは確かだね。おそらくその爆発を自分の目で見ていたはずだよ。でなければ、なんの研究になりやしないからねえ。ま、俺みたいに岡本新という手足がいるなら別だけど。」

岡本はある種すがすがしい気持ちだった。本人を目の前にして、手足などと言われようとは。

「ふん、そいつのたくらみがどうであれ、俺は俺のシナリオ通りに動く。あとの問題は桐生先生が解決するだろう。期待を裏切らないでほしいもんだねえ・・・」




 「まさか、爆弾が爆発するとは。イタズラではなかったということですか。」

昨日に続き、ロボに部室に来てもらった。相澤や木嶋、武藤、浅野の4人は、まだ保健室で近衛のことを見ていいる。

「昨日の探知機でさくっと調べてくれよロボっち!」

いつの間にかロボっちにされているのは置いといて、夏川も調査に参加するつもりらしい。俺としては危険なので参加させたくはないのだが。

いや、そもそも俺が此処で調査をしているのは間違っているのかもしれない。本来、警察に行かなければならない事件だ。だが、今の俺にそんなつもりは毛頭なかった。

俺の目の前で怪我をしてしまった近衛。大切な人形を爆発物にされてしまった手芸・演劇部。

調べる、という形でしか、彼らの不安を取り除けないような気がしたのである。

そのためには、まだ残っているかもしれない爆発物を見つけなければならない。

「頼む。ロボ。」

俺の覚悟を受け取ったのか、ロボは俺の目だけを見てうなずく。

・・・・・・・・・・・・・


「いや・・・この部室に爆発物の反応はもうありません。」

俺と夏川は目を見合わせ、ほっとした。だが、ロボは浮かない顔だ。

「というか・・・・爆発した魔女の人形からも、爆発物の反応はなかったのです。これはどういうことなんでしょうか。」

「そりゃ、爆発しちまったんだから、反応なくても当たり前じゃないか?」

夏川がそう返すが、ロボは首を横に振る。

「いえ、僕の爆発物探知機は、実は火薬の存在を見つけるものなんです。爆発した後だからと言って、粉のひとつ残らず火薬が消え去るわけではありませんので、人形に反応があるかと思って試してみたのですが・・・」

火薬の痕跡は残っていなかったわけだ。

「でもおかしいぞ。小規模ではあったが、結構派手に爆発したんだぜ。」

「俺は現場見てないけどさあ、近衛マジで気絶したたんだよ。爆弾がないってことはないだろ・・・」

「ですから、その爆発の原因が火薬ではないといっているんですよ。爆発があったというなら、そこには何か起こる理由があった。」

「それも、火薬以外の理由か・・・」

火薬以外に爆発を起こしうるものか・・・それはいったい・・・?

「わかった!ガソリンじゃねえ!?ガソリンを無茶苦茶巻いて、火を放ったんだよ!」

まあそれはあり得んだろうな。俺はスルーするつもりだったのだが・・・

「いえ、それはあり得ないでしょうね。さすがに着火を操作した形跡はありませんし、それだけの火ならば爆発よりもまず大火災になってしまいます。そもそも近衛君はやけどすら負っていませんからね。それだけは、ありえないでしょう。」

「だーーー!真面目かよ!言ってみただけじゃんかあ!」

涙目になってわめく夏川。ロボは何というか・・・中学生でも完全に論破してしまうんだな。恐ろしい・・・

「しかし・・・まるで、魔女が魔法を使ったかのようですね・・・」

魔女の人形がひとりでに火を出した・・・・か。それこそありえない話だが・・・

「わかりました、先生。」

「わかったって、爆弾の秘密か?ロボッち!」

「そうです。ズバリそれは、薬品です。」

薬品?そうか。組み合わせによっては爆発が起こる薬品なんてざらだ。犯人はそれを使って・・・

「あ!あんた!」

大声とともに手芸部に入ってきたのは、なぜか美智だった。こいつこんなところで何をしてやがる。

「今日は内科検診だって聞いてなかったの!?もうみんな特別教室に集まってるわよ!?」

「やべえ!忘れてた!」

夏川はどうやら内科検診を遅らせているようだ。それで美智は怒っているのか。

「そういやお前、町の病院の看護師だったんだな。」

「あ、あんたどうしてここに!ロボまで!」

「俺は教師だっつってるだろうが!ロボはあれだ。少し手伝ってもらうことがあってだな・・・」

「おいきりっち!この美人も知り合いかよ!ヒューヒュー!」

もうめちゃくちゃだ。

「とりあえず夏川、さっさと行ってこい!バカ!」



俺は実はというと、薬品ということである人物の顔がよぎっていた。

最近様子がおかしかったあの人。俺のことを助けてくれると言っていたのに、ここ数週間対策室にも顔を出さない。

理科教師の西條涼子。

俺は先日彼女が理科室で準備をしているところを見ている。

爆弾に何の薬品が使われていようと、彼女ならば持ち出すのは容易であろう。

気づくと俺は、首をぶんぶんと振っていた。

「先生・・・?どうかされましたか?」

違う。そんなわけがない。彼女は誰よりも生徒のことを大切に思っているはずだ。

文化祭の準備だって頑張ってきたはずなのだ。

そんな彼女がこんなことをするなんて考えられない、いや考えたくなかった。

これは俺のわがままだ。完全にそう考えることを放棄しようとしている。

だが、そうあってほしくはなかったのである。





読んでいただきありがとうございます。

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