四話 勃発
爆弾騒ぎは解決した。イタズラという、俺たちが最も望んでいた形で。
しかし、事件はまだ終わっていなかった。文化祭三日前の放課後。
俺たちはまたしても騒動に巻き込まれることになるのだった。今度こそ、最悪の事態へと向かって・・・
「何でお前が俺の部屋にいるんだ!」
ロボと南にラーメンをおごってやってから、アパートの自室に帰ってきた俺は、ベッドで寝転がっている美智をとらえた。どうやって入ったんだ。
「うるさいわねえ・・・ドアが壊れてたんだから入れてもおかしくないでしょ?」
「んなこと言ってんじゃねえんだよ!お前はあれか?修理工事中のお店にふらっと立ち寄ったりするのか?壊れてんのと人の部屋に入るのは何の関係もねえだろうが!」
実のところ、入ったことにはそんなに怒っていないのだが、俺が買いだめしていたビールの姿が見られたため、黙っているわけにはいかない。
俺がこんなに畳み掛けても、美智にはいつもの調子は見られない。なんだ?男に振られるには間隔が狭すぎるはずだ。
「昨日も誕生日で飲んだだろ?まーたこんなに、しかも人のを飲みやがって。なんかあったのかよ。」
美智はゆっくりと起き上って、俺の目を見据える。目が座っているのが妙に怖い。
「もうさ・・・あんたでいいかもね・・・結婚するの。」
「は?」
あまりに唐突な発言に不覚にも驚いてしまった。本当にどうしたというんだ。
いつものように酒癖のせいで振られたのだと思っていたが、よほどひどい振られ方をしたんだろうか。それとも、電柱に頭でもぶつけたんだろうか。小学生の時に5連続ぶつけたこいつならあり得る。酔っていそうだからなおさらだ。
「ずーっと一緒にいてさあ。腐れ縁ってやつ?だったらもうあんたでもいいかなって。」
「お、おい落ち着けよ。来るな、じりじりとこっちに来るな。」
美智がくねくねと蛇のようにドアの前に呆然と立っている俺のほうへ這ってくる。もうだめだ。妖怪にしか見えん。
「いいじゃん。あんただって独り身でしょ?彼女もいないんでしょ?」
「ば、バカ言うな!俺はお前をそんな対象としては・・・う、うわ!のしかかってくるな!」
「既成事実既成事実・・・・」
「恐ろしいことを呪文みたいに言うな!」
だ、だめだ・・・おれはここで食われてしまうのか・・・・
ああ・・・短かったな俺の人生・・・
「ダメエエエエエエエエええええええええええええええ!!!!」
悲痛な叫び声とともに部屋に入ってきたのは、先ほど部屋の前で別れた南だった。
「み、南。お前まで勝手に・・・」
「せんせい、最低だよ!美智姉が酔ってるのをいいことに!」
「この状況をどう見たら俺=最低の図式が成り立つんだよ!」
美智はようやく俺の上から離れ、またベッドの上に戻ってしまった。いや、そろそろ帰っていただきたいんだが。
「せんせいが、そんな男だったなんて!そんな、ううーーーー。」
何でこいつがそんなに動揺してるのかはわからないが、美智の話を聞いてやる必要がありそうだ。というか、そうしないと一向に帰ってくれないような気がする。
「なあ美智。お前様子がおかしいぞ。いうに事欠いて俺を狙いだすって、通常のお前では考えられんことじゃねえか。」
「聞いてくれる!?」
0.5秒の速さで俺の前にまた戻ってきた美智はようやく話し始めた。
「実は、この本の占いで、B型がびりだったのよ・・・恋愛運なんて、ハートが半分よ!?1位のA型は五個もあるのに!私、自信なくなってきちゃって・・・」
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「どうでもいいわ!!!!!」
「どうでもいいよ!!!!!」
さて、俺と南のWツッコミが決まったところで、状況を整理しよう。
要は恋愛の占いが最悪だったと。だから振られ続ける自分に自信がなくなって、俺を襲おうとしたと。
「下らねえことで悩んでんじゃねえよ。そんなガラじゃあねえだろう。」
「何よ!占いの恐ろしさがあんたわかってないのよ!」
「大体よお、血液型の占いなんて信用できないぞ?4通りしかねえんだから。日本人の運勢が4等分されるなんて、あるわけないじゃねえか。なあ、南・・・」
「私・・・ハート5つある・・・」
いや俺のほうを見て言われても。お前も信じてるのか。
はあ、明日も仕事か・・・疲れた、本当に。
翌日。俺を待ち構えていたのは岡本先生だった。最悪の朝だ・・・
「やあ桐生君。爆弾騒ぎは解決したのかい?」
「げ、ええ。やっぱりイタズラだったようです。」
「げ、は隠そうか桐生君!」
どうせにぎやかしできたんだろう。面倒くさかったので雑に扱うことにしよう。
「俺、一限から授業あるんで、失礼します。」
「まった!桐生君。爆弾騒ぎはイタズラだった。でも、いろんなことが目まぐるしく起きていく。それらすべてについていくのは難しいことだからね。気を付けることだ。」
またこの人は・・・・急に真面目なことを言い出すのだから。
「心得ておきますよ、ありがとうございます。」
俺はまだ気づいてなかった。岡本先生の忠告が現実になることを。
授業が終わり、放課後になった。と、同時に対策室に駆け込んできた人物がいた。
「きりっち!」
「うっせえ!」
入ってきたのは1年4組所属の夏川・・・ではなく近衛だった。珍しいな。
「なんだよ。んな急いで。なんかあったのか?」
近衛の口から出た言葉は、俺の度肝を抜くには十分だった。
「また、また爆弾の脅迫状だ!」
「・・・・は?」
「何かの間違いじゃないでしょうね!?」
「良も見たでしょバウワウ!ありゃ完全に昨日の手紙の送り主だよバッファロー!」
「うーん、なんか違和感あるんだよなあ。」
「ど、どうしたんですか木嶋先輩!」
手芸部の部室の中では、例の四人が話しているようだ。ただ事ではない。やはりまたもや爆弾が・・・?
「入るぞ。」
「あ、桐生先生!」
俺が中に入ると、武藤がほっとしたような顔をしてこっちを見る。
「早かったですね。近衛に頼んで数分のはずですが。」
「俺の仕事は早いからね!」
近衛が自慢げに胸を張っているが、そんな場合ではない。
「その手紙を見せてくれ。」
『爆弾は偽りではない。手芸部部室の人形が、今度こそ必ず爆発するだろう。』
「な・・・」
「またイタズラなのでしょうか・・・」
武藤が不安げに俺の顔を見上げる。同一人物の犯行であると考えるならば、イタズラではない可能性がある。
二度目、というものに俺は引っ掛かりを覚える。ただのイタズラにしてはしつこすぎるのではないだろうか。
「ワープロか・・・・」
「え?」
「いや、前回の手紙は手書きだっただろう?だが、今回はワープロだ。同一犯が修正してきたのか、それとも・・・」
「俺も!それ思った!だけどさー。文面的には同じやつっぽいよな。今度こそ、って部分がさー。」
木嶋の言うとおりだ。この文面ならば、別人の行動とは考えづらい。しかし、ただ一つ。別人の可能性もなくはない。前回の手紙の内容を知っている人物。その人物ならば、この文面を書くことが可能だったと考えられる。
だが、その可能性はないか。知っているのは俺に夏川、近衛、部の4人だけのはずだ・・・
俺達が考え込んでいるまさにその時だった。近衛が叫び声をあげたのは。
「う、うわあ!」
バン!!!
俺は最悪の事態を想像した。窓際に並べられていた人形が爆発したのだ。
「こ、近衛!!」
一番近くに立っていた近衛の身を案じる一同。倒れこんでいる近衛。
「ほ、保健室に運ぼう!」
相澤が震える声で提案する。
「きりっち~なんで対策室にいないんだよ~!」
こんな時に・・・のんきに入ってきたのは夏川だった。
「う、うわあ!なんじゃこれ!煙たいんだけど・・・・うお!?近衛!?」
うるさいやつだ・・・
「いいから手伝え夏川!」
俺の声から事態の深刻さを伺ったのか、夏川は無言でうなずき近衛のほうへ駆け寄る。
保健室に近衛を寝かせた。爆発による外傷は見られず、後ろに倒れた時の頭へのダメージで昏倒しているだけらしい。俺はその場をまかせて、ある人物をさがした。
「岡本先生!!」
「ん?」
岡本先生・・・この人は・・・この人は!
俺は静かな廊下で、振り向いた岡本先生の胸ぐらをつかんだ。
「ど、どうしたんだい桐生君。俺少し急いでるんだ。喧嘩してる場合じゃないんだけどなあ。」
「あんた・・・何が起こるかわかってたんじゃないだろうな!!今日の爆発について!」
岡本先生は一瞬ハッとした後、怪訝そうな表情を浮かべる。
「今日の爆発・・・?どういうことだい、桐生君!」
何だ?今朝の口ぶりからして、何か知ってるのかと思っていたが・・・
岡本先生は知らない?
「すみません、実はまた爆弾の脅迫がありまして。今度は本当に人形が爆発したんですよ・・・!近衛が少し怪我をして、保健室で寝ていますが、大丈夫だと思います。」
「近衛が!?」
驚きを隠せていない岡本先生の様子に、俺は違和感を覚えた。自分の生徒がけがをした。ただそれだけではない驚きがそこにあるような気がしたのである。
「桐生君、悪いが、ここは任せたよ。俺は今から行かなきゃならないところがある。」
「え、ちょ・・・」
俺が止める間もなく、岡本先生は去ってしまった。
あの必死な様子からは、いつもの余裕は感じられなかった。
しかし、俺も立ち止まっている暇はない。一刻も早く、爆弾騒ぎを解決しなければ。もしかしたらまだ、爆弾が残っているかもしれない。
「あ、ロボか?忙しいところ悪いんだが、また学校に来てくれないか?昨日のマシンを持って。」
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