番外 画策
「やあ仁義さん。1年ぶりくらいかな?」
岡本と青年の前には、2メートルはあると思われる、黒いロングコートをまとった初老の男が立っていた。
その眼にはサングラスが輝いており、また口を隠すほどの長いエリのせいで、表情を見極めることはできない。
「やれやれ。久々に帰ってきたのだから、少し休ませていただきたいところなんだがな。」
「ま、そういわないで協力してよ。5年前の楽しみの続きが見れるんだよ?仁義さんだって興味あるでしょ?」
「そうであるな。ならば私も老体にムチ打って一仕事するとしようではないか。」
岡本はこの異様な光景にたじろいでいた。なんだこの黒ずくめ集団は。一人ジャージ姿の岡本はお世辞にも浮いていないとは言えない。
「で?そろそろ聞かせてくれよ。どうするつもりなんだ?今回のテーマが油断てのはどういうことなんだ?」
岡本が尋ねると、赤間は今気づいたかのような反応を見せる。
「おお、岡本ではないか。5年もたてば変わると思っていたが、貴様は変わらんな。」
「赤間のダンナこそ。相変わらず火薬のにおいバリバリですねえ。」
「む・・・やはりしみついていたか。なに、某国の反政府軍のトップを、爆撃してきたところなのだ。命に興味はなかったので別状はないようだが、まあ五体満足ではすんでないだろうな。」
なんちゅう仕事だ、と岡本は率直に思った。なぜそんな依頼を?
「はは。知りたいかい?新くん。俺はね、その反政府軍の要人には興味なんてなかった。そいつ自身には何のカリスマ性もなかったからねえ。ただ、まがいなりにもトップが一瞬で吹き飛んだわけだ。それで下のやつらがどんな表情をするのか。そしてその表情から読み取れる心理はどんなものなのか。興味があったのさ。反政府軍を選んだのも抜群のチョイスだろ?」
聞いてもいないのにべらべらしゃべりだす青年。続けて赤間も口を開く。
「その後、様々な動きがあった。復讐心に燃える者。あきらめてしまう者。自らがトップになろうと躍起になる者。そのすべてを吹き飛ばしてやったのだ。」
残忍なことを平気で口にする赤間を見て、岡本は思った。これが戦場で生きてきた男なのだ、と。
「この依頼はアルバでも村雨でも無理だからねえ。全体をぶっ飛ばせる仁義さんの爆弾が必要だったってわけさ。それにしても見たかったなあ。どんな表情してたんだろ。どんなことを思っていたんだろ。」
「異を唱えるわけではないが、『どんな』などと考える必要はないと思うがな。苦しみ。この一言に尽きると思わんか?私はそう思うがね。」
「仁義さんのそのポリシーは買うけどさあ、やっぱり俺は人間の心理ってやつを事細かに分析したいんだよ。まああんたは苦しみさえ見れたらいいと思ってるんだろう?そんなあんただからファミリーに入れてあげたってところもあるけどね。苦しみとやらにとらわれた考え方では何も生み出すことはできないよ。」
「あなたの心理への考え方には感銘を受けることも多々あるが、それは違うな。苦しみこそが、人間の志向であり、人の苦しみこそが、快楽への糧となるのだ。すべてに通ずるのは苦しみ!これは絶対なのだよ。」
「わかってないねえ。心理はそう簡単なものじゃあない。個人によってその思考は様々だ。その思考をある程度くくることができないかと思っているのに、苦しみなんかでくくられちゃあたまらないねえ。」
言い争う二人。岡本は取り残されていたが、言い知れない面白さを感じていた。
そもそも、この青年の配下には、面白くない人間などいないのだ。外国人の子供スナイパー、またまた外国人剣士、日本心理学研究の第一人者など、聞くだけで興味がわいてくるような人物ばかりなのだ。無論、今目の前にいる青年と、赤間仁義という爆弾魔もそうなのだが。
「どの道、結論はおいおい出るだろう。しかし。今回の仕事は骨のない仕事だな。よもや、学校の文化祭ごときをふっとばすだけとは。」
赤間仁義はみるからにがっかりしている様子だ。ただの学校の文化祭を爆弾で吹き飛ばすのががっかりか。岡本には彼らの感性が理解できなかった。
「まあ、今回は生徒や教師のみんなはターゲットではないからね。桐生先生がどうするのかと思っただけさ。イタズラですんだはずの爆弾騒ぎが当日に、本当におこってしまうんだからね。相当の動揺は見られると思うなあ。ああ、楽しみだなあ!」
「あの手紙をイタズラと確信しているようだねえ。」
「イタズラだよ。それこそ、地球が丸いぐらいには明確なことさ。確かめるまでもない。」
青年は、さして興味もなさそうに言った。
「そして、日を空けずともその相談は解決する。わかりきったことさ。そんな時、桐生先生は思うんだ。何事もなくてよかったと。そう、かつてと同じように油断をしてしまうのさ。そんな中、文化祭を学校ごと爆撃する。どうだい?想像しただけで絶望感があふれてくるだろう?」
「そして、苦しみもな・・・」
仁義が青年に続く。そんなところで対抗しなくてもいいんでは・・・
「まさか、あんたらにとって想定外の相談を、ここまで面白く脚色してくれるとはなあ。俺も楽しみになってきたよ。」
「はは、誰だか知らないけれど、イタズラした生徒に感謝しなければならないね。こんなに面白い舞台を俺に示してくれたんだからさあ!きっかけってやっぱり大事だと思わない?」
青年はただ、笑っている。そこに悪意などという一言で表せる感情は見られなかった。
ただ単純に楽しんでいる、それだけだったのである。
「イタズラで終わらせるのはあまりにも味気ないからねえ・・・新君も報告頼んだよ。おそらく明日以降・・・相談は解決へと進んでいくはずさ・・・桐生先生が相談と向き合うのとともにね・・・」
「どこまでも付き合おうではないか。あなたの心理への探求が、何を生み出すのかを知るまで・・・な。」
読んでいただいてありがとうございます。
また、ロボの本名に食い違いを発見しましたので、直しておきました。
申し訳ありません。