二話 捜索(前)
あー、二日酔いだ。美智のやろう、まさか冷蔵庫にあったビール全部あけるとは。
あんなことを相談されたのにこんなに気楽というかなんというか。
まあ、心のどこかにイタズラなんじゃないかという考えがあるからだろう。イタズラじゃなかった時のことは・・・もう考えないことにした。
俺が職員室に入ると、あの男が近寄ってくる。
「桐生君。おはよう!」
「おはようございます。さようなら。」
「冷たすぎる!」
俺は前の一件以来さらに岡本先生が嫌いになってしまったようである。
岡本先生は28歳の体育教師で、短い髪とジャージが特徴的な人物で、ゴシップや事件大好きのトンデモ男である。すべてを見透かしたような言動・態度が気に入らない。
「挨拶してるだけなんだからそんな冷たくしないでいいだろ?」
「あなたはいつも挨拶だけで済まんでしょうが。」
「そんなこといって~!また新しい相談があったんだろう?詳しく聞かせてくれよ。」
「・・・!」
まさか、またこの男は何か知ってるんじゃないだろうか?前回もそんなそぶりだっただけに、ないとは言い切れない。
「先生、まさか何か知ってるんじゃないでしょうね。吐いてもらいましょうか。」
俺がそういうと、岡本先生は狼狽した。
「し、知らないって!チョコッと夏川に聞いただけだからさあ。それに最近俺忙しくてさあ。あんまり首突っ込めないんだよねえ。」
いや、忙しくなくても突っ込んでくれるな、とは思ったが、とりあえずこの人が絡んでくる事態にはならなさそうだ。
それよりも、忠告はしとかなければならない。
「岡本先生。夏川に聞いたくらいではほぼ相談の概要がわからないとは思いますが、他言無用ですからね。俺も今、穏便に事を運ぼうと努力してんですから。絶対邪魔しないでくださいよ。」
「もちろんだよ。言ったろ?俺も最近忙しいんだよねえ。あ、桐生君忙しいとは思うけどさ、爆弾騒ぎ以外にも困ってる人いるんだから、助けてあげなきゃだめだよ? !いや・・・」
急に考え込んでしまう岡本先生。それに、他に困ってる人ってどういうことだ?
「先生、それはどういう・・・」
「おっと、俺は首突っ込まないほうがいいんだろう?それに、確証もないことだ、君に今しゃべっても仕方ないことだからね~。そんじゃまた!」
授業があるのだろう。そういって去っていく岡本先生。俺はあの人のああいう含みを持たせた言い方が大嫌いだ。
時間と体力を浪費しただけに終わってしまったな。
あれよあれよと昼休みになってしまった。もし爆弾が見つかってしまったらどうしようか。その時は警察に言うしか残ってないよな。うっとおしいほどの晴れ空とは対照的に暗くなっていく俺の心。
そういや西條先生がいないな。昨日のことを話そうかどうかは迷ったのではあるのだが、協力してくれてるのは事実だし、生徒のことを一番に思っている先生がむやみに口外したりはしないだろう。
いつも屋上で見つけられる俺が、西條先生を探すなんておかしな話だが、仕方がない。
職員室を出たところで、俺は西條船影が理科教師だったことを思い出した。理科室で実験の準備をしているのかもしれない。
ガラッと薄いガラスの張られた扉を開けると、何かが焼けたようなにおいがする。近くの机にはアルコールランプが集められていたので、先ほどの授業で使ったのだろう。それにしてもアルコールランプなんて懐かしいな。実験なんてほとんどずる休みしてたような気がする。
理科室を見渡すと、何やら薬品の整理をしている西條先生がいた。
「よお。」
「わっびっくりした!」
西條先生の驚き顔なんて新鮮だ。大概怒った顔しか見てないからだろうか。人が人ならそのギャップに落ちるんだろうが、それどころじゃない俺には何も影響なかった。
「桐生先生がこんなところに来るなんて珍しいですね。用もないでしょうに。」
何も言ってないのに相変わらずツンケンしてんなあ。
「いやいや、昨日新しい相談があったんでな。先生にも伝えておこうと思って。」
「わざわざ先生が来るってことは、相当な問題なんでしょうね・・・教えてください。」
「実はな・・・脅迫状のイタズラがあったんだよ。文化祭中止にしなければ爆破するってな。」
「・・・!!」
声も出ないといった感じだろうか。もっと大きな声で驚くかと思っていたが。
「そ、それは大丈夫なんですか・・・!」
「ああ。とりあえずイタズラかマジかわからねえからな。警察に言う前に少し調べてみようと思う。文化祭が中止になるとみんな嫌だろうからさ。西條先生だって準備してきたからいやだろ?」
「え、ええ・・・とにかく気を付けてくださいね。私も忙しくて協力できそうにないですから。」
相当驚いたんだろう。西條先生の表情にはまだ戸惑いが残っている。そりゃそうだよな。俺も結構びっくりしたから。
だが、それを抜きにしても西條先生の様子が少しおかしいと思うのだが。準備が毎日あって疲れているのかもしれない。
5限に授業が入っていなかった俺は職員室で宿題のチェックをすることにした。さすがに授業中に屋上でブレイクタイムをとるわけにはいかないからな。
携帯をチェックすると、ロボからメールが入っていた。
『僕のマシンを持っていくのに南ちゃんが協力してくれるそうなので、一緒に行きますね。』
南も来るのか。二人とも母校とはいえ部外者だ。まあ目立たないように入ってきてもらえば大丈夫だろう。豊田とかにばれなければ。
はあ・・・爆弾なんかで文化祭を中止してメリットのあるやつがいるんだろうか。生徒はおそらく文化祭を心待ちにしているはずだ。あまり興味がない奴もいるだろうが、そこまでして中止にしたい奴なんか常識で考えていないような気がする。俺がそうだったように。
だとするならば、やはり部外者が犯人ということになるが、であったとしても動機はないように感じる。
嫌がらせ・イタズラ説が濃厚か。
俺が思案を巡らせていると、ちょうど夏川のプリントが出てきた。
どこが歴史得意だあいつ。次の授業の時に珍解答として発表してやろう。
珍解答① 1543年に種子島に伝来したものは? A.鉄砲
夏川君の答え.ピラミッド
伝来してもらってどうする気だそんなもん。いま日本の墓は三角か?お盆にあれを参ってる光景を見るか?
珍解答② 本能寺の変で織田信長を殺したのは誰? A.明智光秀
夏川君の答え.あけっち
きりっちみたいに言うんじゃねえよ・・・ 武将に対してフレンドリーすぎるだろ。
珍解答③ では、下の者が上のものを討つことを何という? A.下剋上
夏川君の答え.下校時刻
おしい!が、語呂だけじゃねえか。つーかこいつ、わざと間違えてんじゃねえだろうな。
まあ夏川解答抜粋遊びはこれくらいにしておこう。6限がアイツのクラスだからな。今から楽しみだ。
「きりっち、一生恨むかんな・・・」
俺が大々的に発表した夏川珍解答によって、1年4組は爆笑だった。が、女子にかっこつけてばかりいるらしい夏川はご立腹のご様子だ。
「もうすねんなって。」
「女子の俺への接し方が変わっちまうじゃねえか!くうう・・・由美ちゃん・・・」
今は由美という女子にご執心のようだ。ま、どうでもいいんだが。
「悪かったって。この後ジュースでもおごってやるから。」
「ガキか俺は!」
いやガキだろう。
「いつものお調子者を発揮すんなよ、夏川。さすがに今回は危険だからな。」
「いつも調子のってるみたいに言うなよな!任せとけって!武藤ちゃんのためなら!」
だからそれをやめろと言ってるんだが、こいつには念仏だったか。
手芸部に向かう途中、4組の男子がいた。
「あれ?きりっちに夏川じゃん。何やってんの?」
無関係のやつに事情を話すわけにはいかない。
「おー近衛。別に別に別に何もなにも何もやってねえぜ!?」
流石の夏川もそれくらいわかっているようだが、ごまかし方が不自然そのものだ。
「ふーん。なんか怪しいけど、まあいっか。」
「そーいや近衛、例の子に告白したのかよ!」
「へ?」
「あの一目ぼれの子だよ!」
「ば、バカ!声がデカいだろ夏川!」
俺をよそに恋バナを始めてしまった。なんだこいつらは。近衛は事情を知らんからいいとして、夏川はどういう事態かわかっているはずだが。まあ俺もある程度は気楽なのでおあいこか。
というのも、いろいろ問題はあるが、俺はロボを信用している。危険もなく爆弾の有無を調べてくれるだろう。
夏川の腕を引っ張って、俺は手芸部の部室に向かうのであった。
とある放課後。岡本新は焦っていた。いつものようにあの男に呼ばれてしまったからである。
(面白いことには期待するけどさあ・・・こう何度も呼ばれたら仕事になんねえよなあ。)
岡本は思いとは裏腹に嬉々とした表情を浮かべる。
あの男のねぐらである高層マンション、そこの12階についたのは4時半。呼ばれた時間は4時。30分の遅刻だ。あの男の機嫌にもよるが、おそらくは許してくれないだろう。
インターフォンを押してみる。
少しして、鍵のあいた音だけが聞こえる。入れ、と暗に言っているのだろう。その空気から彼の機嫌が見えてくる。
最悪だ。
少し前までは、楽しそうに俺の報告を聞いていたというのに、今日はどうしたというんだろうか。新しい計画が始動したようなので、機嫌がいいのではという、岡本の少しばかりの希望は打ち砕かれた。
おちゃらけた感じで行こうかと思っていたが、少し押さえてみよう、と思った。岡本も、機嫌の悪いあの男は苦手なのだ。
恐る恐るマンションの分厚いドアを開くと、部屋の中は真っ暗で、奥の扉は閉まっていた。壁には謎の数列やアルファベットが無限に書き連なられていた。あと目を引かれるのは、数百冊はあると思われる本。それが床から風呂場まで散らばっていた。
(相変わらず変った男だねえ・・・)
奥のドアを開けるとどんな顔したあの男がいるんだろうか。
ビュン!
ドアを開けると、岡本の頬をなにかとがったものがかすめた。
ダーツだ。彼が趣味でやっているダーツ。特注の黒いダーツの矢が飛んできたのである。
「おいおい、シャレにならないよ・・・」
言いながらも岡本はなぜか笑みを浮かべている。
「ナニその反応。面白くもなんともないんだけど。」
カーテンを閉め切った薄暗い部屋。
本棚に囲まれた部屋の真ん中にあるソファに座っていたのは、黒いパーカーで、フードをかぶった男であった。
その顔を見ることはできないが、岡本は顔を見たことがあるので気にしなかった。切れ長の目が前髪の奥からのぞいている。
「俺はさ、まさに死の恐怖!っていう顔を見せてもらいたかったんだけどなあ。岡本君にはがっかりさせられるよ。遅刻もしてくれちゃってさあ。俺を待たせてくれちゃってさあ。」
「そういわれてもねえ。俺も仮にも教師やってるからさ。あんまり自由がきかないのよ。」
「なになに?さっきの表情ってもしかして、死が迫ってきて逆に笑顔になっちゃうっていう、漫画とかによくあるアレ?ハッ!つまらないんだよ!そんな悟りを開けとは言ってないねえ!」
岡本の話は全く聞かず、自分の話を続ける男。
「死ってのはさあ、この世においてもっとも恐ろしいものなんだよ。だったら笑顔じゃダメなんだよ。死っていう現実に打ちひしがれる、そんな顔じゃなきゃダメなんだよ!そんな顔だからこそ、見てみたいって思わせる魅力があるんだ!」
夢中で独自の理論を展開する男に、岡本は笑みが止まらなかった。やはりこの男、面白い。
「まったくさあ、昨日の女のほうがまだいい顔してたよ。」
「昨日の女?」
「ああ、昨夜ホテルに連れてった女さ。ホテル=好意って思わないでほしいんだよねえ。きったねえケツ振ってくれちゃってさあ。不快でしかなかったよ。元々からかうためだけに連れてったんだけど、イライラしちゃってさあ。さんざん罵倒して、その辺歩いてたおっさんにくれてやったよ。あのときの女の顔ったらなかったねえ。」
(そして相変わらずいいシュミしてるなあ)
岡本は口に出そうかと思ったが、話を止めるとまたダーツが飛んできかねないのでやめた。
「まさに絶望っていう顔してたよ。人間はああでなきゃね。岡本くんも見習って死ぬときは死ぬ顔しなきゃだめだよ?ま、その女は案外気が強くてさ、おっさん殴り倒してたけど。おっさんの顔も絶望にまみれててさあ・・・」
シュミの悪い話を続ける男を見て、岡本は思った。結局何のために呼ばれたんだろう、と。
「まあいいや。今日の遅刻は許してあげるよ。俺も曲がりなりにも大学生だからね、さっき帰ってきたところだったから。」
「で?新しい計画について話したかったんだろ?」
男は訳が分からないという顔で、
「何のことだい?まださすがに何も考えてないよ。先月の今月じゃあ、少し早いと思ってねえ。」
「あれ?あんたじゃなかったんだな。桐生君がバクダンが仕掛けられたっていう相談を受けたそうなんだが、俺も聞かされてなかったし、あんたの計画じゃあなかったんだな。」
岡本は笑顔で青年に報告する。
「どうしてうれしそうなんだよ。俺のいないところでなんか起こってるっていうのか。気に食わないなあ・・・バクダンかあ・・・」
考え込んでしまう青年。
「あれがああなって・・・それで・・・そういうことか!」
青年が声を上げた瞬間、岡本は思った。
(またわっるいこと考えたな・・・)
「つながったよ。人の心は単純だね。とりあえずバクダンの話を聞かせてよ。話はそこからだ。」
(つながってないじゃん!)
岡本の心の叫びは青年には届かなかった。
まだ探しはじめすらいませんね・・・
思ったより長くなりそうですね・・・
まだ登場人物も増えますので。