一話 脅迫
この少女は今なんて言った?
爆弾?仕掛けられた?そういったのか?
「と、とりあえず落ち着け。名前と学年を教えてくれ。」
少女は一呼吸置いた後、話し始めた。
「すみません、あわててしまって。わたし、2年1組の武藤茜といいます。手芸部に所属しています。」
ふーん、まあ見るからにインドア系な女の子だな。それよか・・・
「爆弾ってどういうことなの!?」
俺の代わりに夏川が聞きやがった。邪魔すんなよ、お前。
「じ、実は、こんな手紙が部室に・・・」
そういって武藤が出した手紙は、真っ白で無機質な、ごく普通の手紙だった。
その中身を見て、俺はかなり驚いた。
『お前らが作った人形のどれかに、爆弾を埋め込んだ。人形劇を中止しろ。さもなくば、文化祭公演の途中に、爆弾を起動させる。選ぶのはおまえらの自由だ。だが、命の保証はしない。』
おいおい・・・マジのやつじゃねえかよ。
「に、人形劇っていうのは?」
「毎年の伝統で、お互い少人数の演劇部と手芸部が一緒にやってることなんです。」
なるほど、人形を手芸部がつくり、演技を演劇部が担当する。中学生の文化祭にしてはなかなか手のこんだことをする。いや、そうじゃなくてだな・・・
「ほかの誰かに話したのか、このことは?」
「いえ、ここで話したのが初めてです。といっても手芸部と演劇部のメンバーは知っているんですけど。」
まあ当然か。だが、この問題はたかが学校の相談コーナーが受け持つようなスケールの話じゃない。たとえ、悪いイタズラだったとしてもだ。
「警察に行ったほうがいいと思うぞ俺は。」
俺の意に反して、武藤は相当抵抗する。
「いや、ダメなんです!そんなことしたら、文化祭が中止になっちゃう!」
おいおい、人命のほうが大事だろうが。
「バカ言うな。ンなことより大事なことがあるだろ。この件は警察に言わないとだめだ。」
「ダメです!絶対文化祭はやるんです!だから先生のところに来たのに・・・」
どういうことだ?この子の文化祭への執着は相当なものだ。
「なんだ?そんなにその公演とやらが大事なのか?お前は2年だろう。来年頑張ればいいじゃねえか。とにかく、今年はあきらめるしかねえだろ?」
「ち、ちがうんです・・・私だけの公演じゃないんです・・・私たち4人の、大切な公演なんです。それに・・・」
ほう、手芸部と演劇部は合わせて4人しかいないのか。
ん・・・?話が途中で切れてしまったと思ったら、武藤は真っ赤な顔でうつむいている。
「な、なんだ?どうしたんだこいつ。」
「わかってねえなあ、きりっち。男だよ男。」
はあ?つまり、手芸部Or演劇部の誰かに武藤は恋していて、その男のために文化祭は中止したくない・・・?
なんじゃそりゃ。
「バカか。たとえそうでも何の理由になる。文化祭は、中止だ。」
「かたい!かたいよきりっち!もっと柔軟に、スライムみたいになれよお。」
なんでお前は武藤側なんだよ。
「そ、それだけじゃないんです!木嶋先輩にとっては最後の文化祭なんです!ずっと、ずっと公演のために準備してきたんです!最後に思い出を作りたいんです!」
「分からんでもないが、しかしだな・・・」
やはりだめだと言おうとした俺を遮って、夏川が勝手なことをしゃべり始める。
「OKOK!とりあえず爆弾はイタズラかもしれないんだから、いったん俺らで調べてみるよ!で、ヤバそうだったら警察に話す。これでどうよ!」
「てめえ何言ってんだ!」
「ここは生徒の相談を聞く場所だろ?いったん調べようって、な?」
「あ、ありがとうございます!お願いします!」
くそ、夏川の案の方向で話が進んでるじゃねえか。これはマジで俺やガキが突っ込んでいい規模の話じゃねえだろう。爆弾の規模はわからねえが、下手すれば全校生徒が危険にさらされる。
「夏川、お前何企んでんだ・・・」
「こ、怖いよきりっち・・・何も企んでないよ!べつに文化祭あれば準備とかで授業つぶれるとか思ってねえから!」
・・・それはいいが、警察が入れば休みになる可能性もあるってことを考えないんだろうか。考えないんだろうな。バカだから。
「よしわかった。明日、お前らの部室に行って調べる。もちろん内密にだ。この手紙からすると、イタズラじゃなければすでに爆弾が埋められている。素人に扱えないかもしれないが、俺に当てがあるから、そいつを立ち会わせる。それでヤバそうだったら警察。いいな?」
まあ頼めば来てくれるだろう。あの機械にめっぽう強いあいつは。爆弾に詳しいかどうかは知らん。
「はい!ありがとう先生!それとな、夏川君!」
うれしそうな武藤と、感謝されて照れている夏川。そういや、夏川は1年だから、武藤より年下なんだったか。見た目では全くそんな風に見えないんだが。
「いいってことよ!」
調子に乗んな。あと先輩と教師には敬語使え。
衝撃的な相談があった夜。俺はある女に詰め寄られていた。
「なんなのよ、これは!」
「何って、ビールだけど。」
「そんなこと聞いてんじゃないわよ!なんだってこのあたしの誕生日という記念すべき祝賀パーティーのプレゼントが、いつもの安い缶ビールなのよ!」
美智この野郎。人がなけなしの金はたいて買ったビール6本セットが気に入らんというのか。
「お前これ好きだったろうが。いつも飲んでたし。」
「あんたわかってないわね!お金がないから仕方なくこの安いのを買ってたの!くそう・・今からでもア○ヒ買ってきなさい!」
そんなに変わらんだろう。プレゼントが缶ビールなことには異議なしなのか。昔からこいつはわかりやすい。
「ほんとに、南ちゃんを見習いなさい!こんな可愛い口紅をくれたのよ?」
「えへへ~」
ふーん、南もそういうの選べる年齢になったのか。
「和子さんも・・・洗剤くれた・・・し。」
本日旅行中の30代後半?大家・和子は欠席だ。洗剤だったら俺のほうがいいんじゃないか?あのババア、どんなチョイスしてんだよ。
「すみません遅くなりました。」
そういって南の部屋に入ってきたのは、件のロボットマニア・ロボこと芦屋快だ。
前みたときより髪は伸びていて、好青年っぷりは相変わらずだ。メガネを掛けだしたようで、なかなか似合っている。
「ロボ君!」
「久しぶりじゃないのカイ。」
「おー、ずっと大学で研究してたんだろ?お疲れ。」
「ありがとうございます、あと美智子さん、これどうぞ。」
ロボは照れ臭そうにしながら、美智にきれいにラッピングされた箱を差し出した。
「あら、ありがとう!だれかさんとは違うわね~!あけさせてもらうわね。」
俺を見るな俺を。
美智が箱を開けると、中にはゲーム機が入っていた。
「あ!最近噂のポラスタ4じゃない?」
ああ、10月に発売したポラロイドスタリオン4か。謎のネーミングが大うけして、ついに4弾が出たという。
「すっごーい!私がほしいくらいだよ!」
美智より南のほうが興奮しているようだ。ゲームでテンションあがるならまだ子供か。
「ありがとう。でも高かったでしょう?それに、あたしあんまりゲームしないのよ。」
「いえ、それは僕が自主制作したものです。ポラスタとは全然関係ないですが、まあ呼ぶならロボスタとでも呼んでください。」
「ロ、ロボスタ・・・」
ロボの衝撃発言に一同は驚愕していた。ロボって実はすごい奴なんじゃないのか?将来ノーベル賞くらい取れるんじゃないのか?
「ソフトは恋愛シミュレーションです。すぐ別れてしまう美智子さんのために・・・い、痛い痛いです!」
一言多いのが玉にきずだが。
どんちゃん騒ぎが始まった。とはいえ、ノリノリなのは南と美智子だけなのだが。
俺は隅のほうでロボと話していた。
「そういえば先生、酒田さんは来てないんですか?」
ロボは生徒でもないのに俺のことを先生と呼ぶ。やめろとは言ってるんだが、こいつも頑固だからな。ある出来事以来、完全に俺を尊敬しているらしい。そんな器じゃないんだけど。
「ああ、アイツはまた旅にでも出かけてるんだろうさ。」
酒田とは、放浪癖のあるアパートの住人だ。ひと月一回会えればいいかぐらいの男である。
「ふーん、それより新しいマシンの・・・」
ヤバい、また得体の知れないものの実験台にさせられてしまう。基本はいいやつなんだが、こういう点でタガが外れるのだ。
俺は話を変えるために、今日会ったことを話すことにした。どの道こいつには爆弾探しを手伝ってもらわなきゃいけないからな。でも、こんな素っ頓狂なこというのは少し抵抗あるな・・・
あんなやつとはいえ一応誕生会だし、こんな話題はどうかと思うが。その主役は10個年下の少女と最近のアイドルの曲を熱唱しているけれども。
「あのなロボ。落ち着いて聞いてほしいんだが・・・うちの学校に爆弾が仕掛けられているんだ。それでだな・・・お前に少し手伝ってもらいたいというかなんというか・・・」
「・・・いいですよ。なんだかおもしろそうだし。」
こいつが本当にわからん。
「なるほど・・・現時点ではいたずらの可能性というのもあり得るわけですね。」
「ああ、まあ一応人形には触れないように言ってあるが。」
「あと1週間くらいで文化祭・・・ですか。となると、すでに仕掛けられている可能性もありますからね。手紙を出した以上、警戒されることはわかっているはずですから。」
ロボは単純に頭がいい。いや洞察力があるといったほうがいいかもしれない。
「もう一つの可能性ですが、内部の人間が犯人ならば、前日にでも仕掛けることは可能ですね。それも、人形に近いごく一部の人間・・・」
「ああ。俺もそれを考えて、相談してきた女子に人形を隔離させておくように言ってある。ま、その女子が犯人ってことはないと思う、つーか考えたくないな。」
「ならその子は大丈夫でしょう。先生の人を見る目を信用に値しますから。」
いや、万が一ということもあるのだが、武藤の口ぶりや様子からは、文化祭を中止にさせるメリットなんかないことは明らかだった。
「その人形の大きさや形状も問題になるでしょうね。重さで分かる場合もありますし。小型なら重さも感じさせませんが、相当の技術、もしくは入手経路が必要になるはずなので、学校内の人間に用意はできませんしね。」
「そうだな。重さや音で気づかなかったくらいだ。やっぱりイタズラなのかもしれないな。」
俺がそういうと、ロボは考え込んでしまった。何だ?何か思いついたのか?
「おおい!きりゅう!こっち来てお前も飲め!」
気づけば美智は飲んだくれてしまっていた。南に飲ませてないだろうな。源一郎さんにどやされても知らねえぞ。
「仕方ねえな・・・そういうわけだからロボ。明日の放課後迎えに行くからよ、頼むわ。」
「もちろんです。僕も興味ありますし、先生が頼みごとするなんて珍しいですからね。」
「のめのめ~!」
日付が変わろうとしているのに、まったくお開きする気配のないアパートなのであった。
第2章といったところでしょうか。
先の展開は考えておりませんが、なんとかします。